きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.6.29 山形県戸沢村より 月山

2006.4.9(日)

 午後3時より代々木上原の「古賀政男音楽博物館・JASRACけやきホール」で『春惜しむコンサート――貞松瑩子の詩を歌う――』というコンサートに行ってきました。私はカメラマンを仰せつかって撮りまくりました。

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 全18曲の詩はすべて貞松瑩子さんの作詞、作曲家は11名、ピアニスト3名、ソプラノ・メゾソプラノ4名、それに女声合唱団という壮大なスケールのもので、定員220名の会場は満席でした。(社)日本歌曲振興会、マザーアース(株)の後援もありましたが、やはり貞松叙情の魅力にとりつかれた人が多かったのかなと思いました。
 写真は「ゆりの木女声合唱団」の皆さん。佳い歌声でした。

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 こちらは最後に謝辞を述べる評論家の父君・遠丸立さん、貞松瑩子さん、孫でピアニストの吉岡三貴さんと司会の女性。貞松さんの喜寿のお祝いを兼ねた会で、貞松さんご本人は「生前葬だ」なんておっしゃっていましたが、そんな陰はない楽しい会でしたね。
 今回発見したのは、写真を撮りながら音楽を楽しむことはできないな、ということです。普段のコンサートは撮影禁止が一般的ですから、写真を撮らずに音を楽しめますが、初めてコンサートを撮ってみて両立させるのは無理だと判りました。150葉ほどの写真を撮りましたけど、その1葉1葉はシャッターチャンスを狙って撮ったものです。歌い手の表情を追い、どこで口を開けるのか、顔の筋肉を緩ませるのかをつかむためにのみ曲を追いました。そこには音を楽しむ余裕なんて出来るはずがないんですね。懇親会である歌い手さんが「楽しんで聴けなかったでしょう」と言ってくれましたが、まさにその通りだったのです。
 でも良い経験になりました。たったひとりで写真を撮りまくるというのはプロみたいで、自尊心を満足させられましたね(^^;

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 こちらは終了後の記念撮影。これだけの人たちが関わったのですから大変なことだと思います。皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました!



千木貢氏詩集『感情』
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2006.4.20 埼玉県坂戸市
風聲舎刊 非売品

<目次>
昼下がり  6    鞄のなかみ 9
ストーカー 12    ノラの家 15
春 18        風俗小説論 21
新・感覚派 25    ロビー 29
原質 32       交差点 36
樹影 39       風 44
血族 47       団欒 50
棒 53        安曇野 57
そこにいるだけで 60 背後にたちあがる 63
ある夢 66      待合室の長椅子で 70
幻視 73       端境期 78
夜長 81       朝市 85
貉 88        あとがき  92



 団欒

開放的なリビングにも
片隅に陽の射さない薄暗い場所があって
親や子の
兄弟姉妹の
他愛もないうすっペらな笑い声に隠され
ぽっかり穴が開いたみたいな
窓があるのを
ご存知か

普段は閉じられたままだけれど
何かの拍子に不意に開いて
眼ばかりいかがわしい
痩せて蒼白い
燐が燃えているような顔が
そこから覗いて
ニヤリばかにしたような微笑みを浮かべているのに
気づいたことはありますか

欠陥住宅というのは
そのあたりから崩れだすのだ
その小さな窓のあたりから

なぜなら
それまで何の問題もないと
信じられていた娘が
一家団欒の最中に
まるでパッと消えるように
その窓から抜け出していってしまう
あ、あ
母親の目の前の
ソファに
無防備に転がっている少女のぬけがら

 タイトルの「感情」という作品はありませんが、この詩集を鑑賞する上で重要だと思われる言葉が「あとがき」にありました。
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詩の題材として感覚がかなりすっきりしているのは、痛いとか冷たいとか、瞬時に脳の判断を仰がねば生死に関わるからであろう。
その点、感情はしばしば圧殺される。
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 「感覚」と「感情」の差異についての洞察の深さに敬服します。順序は逆かもしれませんが、この考えに基づいて詩集を鑑賞し、ここでは「団欒」を紹介してみました。「片隅に陽の射さない薄暗い場所」、その「小さな窓」から「それまで何の問題もないと/信じられていた娘が」「無防備に転がっている少女のぬけがら」を残して「抜け出していってしまう」というのは、日常のなかにある非日常を表現していると思います。
 「ノラの家」「血族」「朝市」なども面白い作品です。機会のある方はぜひ千木ワールドを楽しんでみてください。



月刊詩誌『現代詩図鑑』第4巻4号
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2006.4.1 東京都大田区 ダニエル社発行 300円

<目次>
啼く鳥/からだ    國井 克彦 … 3  パンを下さい        高木 護 …… 34
紅ばら白ばら     有働 薫 …… 7  花明かり          枝川 里恵 … 37
リンララの裏側    武田 健 …… 12  デスパラティスをわたる 11 高橋 渉二 … 40
大きな顎が      三井 喬子 … 15  四月馬鹿          岡島 弘子 … 45
幼年         柏木 義高 … 19  感慨して/飯はまだか    岩本 勇 …… 49
苦悩の果てに     小野耕一郎 … 23
真夜中の観覧車    佐藤真里子 … 26
THE CRUELLEST MONTH
. 倉田 良成 … 30  表紙画 …… 来原貴美『遠い昔の記憶』



 飯はまだか/岩本 勇(いわもと ゆう)

やくたいもない
ライフ
朝飯も喰ったし
昼飯も喰った
あとは
晩飯の時間を待つだけだ

私には
あなたたちにないものを
持っている
その筈だったのに
それだけが支えだった筈なのに
五十才を過ぎたら
それが何かさえ分からなくなってしまった

terayamaさんが
私の詩を初めて活字にしてくれた十八才の時から
   ・・・
詩人は名誉職だと分かっていたけど
だからと言って
食っていくための確かに方途は
全く考え付かなかった

五十一才になった今もアルバイト
ライフ
元祖フリーターだと笑って言うけど
そのことを情けないと思わない
ことの方がどうかしているのかも
しれないな

詩を辞めていた四十才の頃
自分を支えているものが何もないと気がつき
がく然として自律神経失調症になったことの方が
まともと言えばまともな感覚
だったのかもしれない

このまま死ぬまで
売れない詩を書き
そして死んでいくのだと女房に
宣言したって
それさえどこまで本気なのか
自分でも分からない

やくたいもない
ライフ
朝飯も喰ったし
昼飯も喰った
あとは
晩飯の時間を待つだけだ

 詩人のひとつの「ライフ」が表出している作品だと思います。「あなたたちにないもの」が「五十才を過ぎたら」自分でも「それが何かさえ分からなくなってしまった」というのは実感があり、共感しますね。「このまま死ぬまで/売れない詩を書き/そして死んでいく」しかないのかもしれません。それが「名誉職」詩人に与えられた運命なのでしょうから、甘んじて受けようではありませんか、ご同輩!




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