きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.5.6 群馬県榛東村にて

 


2006.5.10(水)

 退職記念というわけではありませんが、長年の疲れを癒しに1泊で草津温泉に行ってきました。行きに伊香保の徳冨蘆花記念文学館に寄って、草津では20〜30年ぶりに湯畑を見て、のんびりと過ごしました。湯畑はスキーの帰りに何度か訪れたことがありますけど、当然雪景色。雪のない湯畑を見て、こんな風になっていたのかと新鮮な思いをしました。

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 写真は文学館に併設されている「蘆花記念会館」です。蘆花はたびたび伊香保を訪れていて、亡くなったのも懇意にしている旅館の離れです。記念館はその離れを移築したもので、終焉の部屋も残されていました。
 徳冨蘆花(1868〜1927)というと『不如帰』程度しか知らないのですが、図録『蘆花の生涯』を買って読んでみたら結構おもしろい男だったようです。トルストイに会いに行っているんですね。明治時代の民友社や国民新聞社を起こした実兄の徳冨蘇峰との、生涯に渡る確執は文学上でも面白いものだと思います。時間が出来たら研究してみたいものです。




山田春香の個人詩誌HARUKA 189号
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2006.6.1 大阪府交野市 交野が原ポエムKの会 発行 非売品

<目次>
ウザイ警告  遠い朝
ルート更新  森
《はるぶみ》



 遠い朝/山田春香

昨晩と同じころに目が覚め
だいたいの決意で
だらしない自分を
風呂場へと連れてゆく

このタオルはたしか昨日も使ったようだ
それは夕方まで
お日さまを浴びていた今日用のタオル
太陽のにおいに包まれて
私は自分の雨をきれいに拭きとる
それからにんじんジュースを飲み
テーブルの前へ座り込む

よくお風呂に入れたなあ
誰もそんなこと言わないのに
もう一度入れと言われたら
絶対ムリだ、と思いながら
だいだい色の灯りを浴びて
私はいつのまにか
遠くへ、いく

 夕方目覚めて、夜、お風呂に入ったのでしょう。「だいたいの決意」というのが佳いですね。自分の娘を見ていても、こんな感じで動いているのが判ります。「自分の雨をきれいに拭きとる」という詩句もおもしろいと思いました。「遠い朝」というタイトルも良く効いていますね。



大木潤子氏詩集『鳩子ひとりがたり』
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1999.12.20 東京都新宿区 思潮社刊 2000円+税

<目次>
 T 名
ハトちゃんの死 6
ハトちゃんについてハトちゃんが語ったこと 10
A大学B学部C学科D文学専攻第四学年鳩山鳩子二十一歳 13
鳩子さんのハンカチ 23
 U 場所
二年三組鳩山鳩子(出席番号二十六番) 28
鳩子の空 32
「四年生の思い出 鳩山鳩子」――卒業文集から 35
箱 40
 V 他者
受胎告知 43
汝自ラヲ知レ 48
ちょう子さんの名刺 53
 W 不在、あるいは死
「かちかち山」 60
鳩子の家 73



ハトちゃんの死

わたしには「鳩山鳩子」という立派な名前があるというのに しかも「鳩子」という
名前には 「世界に平和をもたらすように」 という親の真剣な願いまでこめられて
いるというのに 一方でこの世には固有名詞を授けられない物たちが数えきれないほ
どいて たとえば「爪きり」とか「耳かき」とか「財布」とか「冷蔵庫」とか これ
らの物が固有名詞を持たないということはわたしに「学生」という以外に名がないの
と同じくらい屈辱的なことで  それでまずわたしの「爪きり」にサミイ  わたしの
「耳かき」にジミイ わたしの「財布」にルミイ わたしの「冷蔵庫」にエミイ と
命名するところからわたしは始めたのです わたしの「机」はカトリイヌ わたしの
「ベッド」はクリスチイヌ わたしの「本棚」はマルスリイヌ わたしの「押入れ」
はアデリイヌ わたしの「電気釜」はジョゼフィイヌ わたしの「魔法瓶」はジャク
リイヌ わたしの「ご飯茶碗」はデルフィイヌ わたしの「湯呑み茶碗」はアルセエ
ヌ わたしの「お箸」はアントワアヌ ところが間もなくわたしは命名するだけでは
不十分であることに気付きました 戸籍 という立派な身分証明がわたしには用意さ
れているけれども それに相当するものを彼らにも用意してあげなければならない
そこでわたしは@入手年月日(出生年月日に相当) A入手地(出生地に相当) B
棄却年月日(死亡証明に相当 但し本欄は棄却時迄空欄とする) の三項目を満足さ
せるべく用紙を準備し 各品物についての正確な記述を心掛けたのでした が 想像
するだけでわかるとおりこれは恐ろしく膨大な作業で なかでも難儀きわめるのが紙
幣と硬貨の管理で 某五千円札を千円札五枚にくずして百五十円区間の切符を一枚買
うというケースを例にとると 五枚の千円札のそれぞれを例えばシャルロット ブリ
ジット イングリッド マルグリット ベルナデット と名付けたとして各お札の戸
籍簿の@Aをまず記入し シャルロットに関してはBの欄も記入すると速やかにシャ
ルロットを自動券売機の溝に投げ入れ 百五十円のボタンを押すと今度は出てきた切
符及び五百円玉一枚百円玉三枚五十円玉一枚についても即座に戸籍簿を作成する必要
が生じ そうこうしているうちに残った千円札のどれがブリジットでどれがイングリ
ッドだったかわからなくなってしまうという不祥事もあったりしてもう疲労困憊 体
力も精神力も既に限界のとある日の朝 「自ら世界の座標軸の原点たらんと欲するの
は許され難い傲慢である」 という声が恵みの雨のように天から降ったのです そう
です わたしは名を持たぬ物を命名することによって救おうとするのでなく わたし
自身名を持たぬ者となって彼らと共に歩む道を選ぶべきだったのです その日以来わ
たしの関心はもはや物の命名にはなくなり 「鳩山鳩子」という名から如何にして脱
却するかという一点に集中したのでしたが これがまた物の命名に劣らず困難な作業
で それというのも例の戸籍及び健康保険証 そこから「鳩山鳩子」を抹消するには
「鳩山鳩子」が死ぬよりほかなく しかもわたしは名を持たぬ者として生き続けなけ
ればならないので そこで年齢 身長 体重 血液型 がわたしと同じ友人を部屋に
招いて「ケーキを買ってくるわね」と言いながらわたしだけ土間まで出て 予め用意
しておいた石油缶に手をかけるなりあっと思う間も与えず彼女の体に石油をわんさか
振り掛けマッチを三本擦って投げつけるとわたしはそのまま失踪 翌日夕刊に載った
焼身自殺の記事は意外に小さく 死亡した女性の名前は「鳩山鳩子」
(ハトちゃんかわいそう)
(いいひとだったのに)
(でもあんなにだいじにしてたものたちといっしょにしねて)
(そうだね ハトちゃんしあわせだったかもしれない)
遙かヨーロッパの田園から鐘の音が耳に響き 『晩鐘』の農民さながらわたしは敬虔
に両手を合わせています いまわたしは名のない者として名のない物のために日々祈
りを捧げ 名のない物とともに名のない者として歩む者です

 6日のまほろばポエトリーステージでお会いした著者より送っていただきました。7年前に出版された第一詩集です。記念すべき第一詩集の記念すべき巻頭作品を紹介してみました。こんな凄い詩集があったのかと今更ながら驚いています。帯には気鋭の新人による悪意とユーモアあふれる大人のための童話集≠ニありましたが、まさにその通りですね。物には全て固有名詞があるべきだ、という発想。それが無理だと判ったら、自分が「名のない物とともに名のない者として歩む者」となる発想。いずれも柔軟な思考で、かつ悪意とユーモアあふれ≠トいます。そして、この悪意≠ェ大事だと思います。ただのユーモアだけなら世に溢れていますが、悪意を伴う詩は意外に少ないのではないでしょうか。悪意から見える真実を抉り出した詩集と云えましょう。
 この巻頭作品に続く12篇の詩は、いずれもおもしろくて全部紹介したくなるほどです。こういう詩集は滅多にありませんね。今では入手も難しいかもしれませんけど、ことによったら詩専門の古書店には出ているかな? 一度お手に取って読んでみてほしい詩集です。

 作品中の@〜Bは機種依存文字で、特にMacでは文字化けしているはずです。拙HPでは通常、(1)〜(3)のように修正させてもらっていますが、ここでは作品の形態がブチ壊しになるので原文通りとさせていただきました。Macユーザーの方はマル1〜マル3であることをご承知おきください。



大木潤子氏詩集『有性無生殖』
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2002.7.20 東京都新宿区 思潮社刊 2200円+税

<目次>
毛ちぎってもいい・・・6
そしてわたしの亀頭のさき・・・8
白ーくってふううーっくらッしたあんまんみたいなムネ!・・・10
いや、何っつーのかなーその、・・・12
とくに子供がすきなんてことはぜんぜんないし・・・15
コンドームボクの崇拝する・・・17
ぢらしてぢらしてとにかくぢらしてやる・・・19
サキノチャンチノ ゲン ガトホボエスルト・・・22
おっはー 元気??(^o^)v・・・26
おねがいだから おねがいだからたすけてって・・・30
(『神よ』ってさ ミヤ神・・・33
丘の傾斜を太陽が黄金色に染めながら・・・37
いちめんの濡れた灰、・・・42
光り、光るもの・・・45
告白します。きいてください。・・・47
まあそう一方的に・・・50
ここはねやっぱり私としてもね・・・52
(七月二十四日)――まあそうだけれども心のどこかでね、・・・56
本当のあたし 本当のあたしってどっかなあ、・・・60
誰もいない、誰もいない夜の闇はちょっと怖い、・・・63
初めて二人で迎えた朝、・・・69
ただふざけてるだけとは思われへんかった、・・・71
あなたはわたしのもの、そしてわたしはあなたのもの・・・74
愛してる 愛してる いとおしい、君の血と 君の肉とを・・・76
かぜがふいてかぜにまってかぜにはこばれて・・・79
なんかさー、ここってなんか、ほとんどダッレもいないよねー、・・・82



                   毛ちぎってもいいいっぽんにほんさんぼん
それともじゅっぼんぐらいまとめてにぎってひきちぎってもいいあなたのたいらかな
胸板うっすらとあぶらを塗布したようにいつもひかっていて屋外ではそこに空の青や
樹々の梢の緑がうつる肉色の鏡あわく紅いろのさしたやわらかな皮膚の平面に虫ピン
で板に止められて整えられた蝶の羽のようにひろがってけぶるあなたの体毛擦り合わ
さるたびじょりじょり音たてるあなたのちぢれた胸の毛いっぽんにほんまとめてじゅ
っぽんひきちぎるけどがまんしてねいくとききっとちぎってしまうけどそれともお尻
の脇の毛の方がいいちょっとちっちゃめのお尻お風呂あがりにバスタオルを持って追
いかける大人の手をすりぬけて大得意で部屋中を駆け回る幼児のそれのように白くて
あたらしいお尻に場所を間違えたみたいに植えられた剛毛の群れをにぎるあなたの腰
が動くたび45度ぐらいの角度でななめ上下に前後するたびあなたがあなたの勃起した
陰茎をわたしの開かれた女陰にさしこんだりまたひきぬきかけたりするたびその半ば
規則正しく時に即興の入る動きに合わせて振動するあなたの尻にぽやぽやとわやわや
と無垢なるものをけがすようにはえた黒くて密生する約3センチからいちばん長くて
も5センチくらいで先端は急に細くなりそれいじょうはけっしてのびない毛をわたし
はにぎりわたしの右手はにぎり左手はときに宙をつかんだりあなたの肩を背中を脇腹
から腰のへんをいやらしくいやらしい手つきで指の腹でまさぐるようにしてAV女優
の指のうごきですなわち手のひらはすこし浮かして指の第一関節の裏のあたりにぐっ
と圧力をかけながらすこしずつ場所をいどうさせそれから女陰の脇にあてるわたしの
なかを往き来するあなたの陰茎のうごきを確認する洗濯機の排水ホースみたく螺旋状
に刻みこまれた凸凹の触感をたのしむやわらかい場所暗くてあたたかくて開かれてい
る場所両生類の腹のようにいつもしめっている場所があなたをお招きする取りかこみ
まとわりつき吸いつくような場所にあなたに来ていただく触れては離れ見つめ合いま
た触れて離れる接吻のリズムで往き来するあなたの陰茎吸いあった舌と舌とが離れる
ときの過度に水分を含んだおとが虚空にひびいて聴覚をしげきするだいじょうぶだか
ら今日はだいじょうぶだから安心してやってください排卵日には間があるから生理終
わってまだ間もないから行為は途中で中断せずそのままいってください一度いったら
二度二度いったら三度ひきぬかずそのままわたしの女陰のなかに明日葉のゆで汁のよ
うに糸をひくあなたの特殊な体液を今日はいくらでも何度でも注入してほしいわたし
の意図とはべつのところでうごく膣の筋肉まるで拒むように収縮する遙かな弾力をも
ったわたしの膣壁を押し入りあたたかく息づく子宮口にあなたの亀頭を押しあて乳首
を待つ新生児の唇のようなあなたの愛らしい尿道から激しく流れ滴る明確な質感を伴
った液体が子宮口に直接注がれ頸管から卵管へと一滴も膣外に洩れ出ることなくすべ
て子宮内へとそそがれるようにあなたの特殊な体液をわたしの体内にはいせつしてく
ださいそのときが近づいて強度を増す陰茎膨れあがった亀頭が子宮口を繰り返し叩い
て体の内部よりざわざわと羽ばたくもの内臓の表面に湧きおこりそこから筋肉へ筋肉
から体表面へ銀のさざ波のように伝わって鳥肌をたたせるもの草のうみいちめんの草
の野原逆光にてらされてぎんいろに光るいっぽんいっぽんの草の葉のほそく磨かれた
なかに眠る穂のひとつひとつに風は吹き風は時間の生まれた場所から吹き草の葉の揺
れかたはいちまいいちまいでびみょうにずれわずかな時間の差をもって描かれる波の
もよう起伏してうねる草の群れ群れ逆光をあびて光る平原くろい天中に嵌められた太
陽は周囲の光を吸収しすべての温度をそこにあつめ冷やしてゆく温度のない平原に風
は吹き風は吹いて星の光のように遠い場所に生まれた風星の光めように生まれた場所
ではすでに死んでいるときに届いて吹く風がだれもいない平原の死んだ草を揺らす揺
らされて草は死んだぎんいろの光をはなつ凍った陽の光を反射して揺れるそのときき
こえる微かなおとひろがる海耳にあてた巻き貝のえがく螺旋の向こう側に横溢するな
めらかな液体

 こちらは第二詩集になると思います。これも第一詩集に負けず劣らず凄い詩集です。こちらも巻頭の作品を紹介してみました。読みながら思わず「勃起」してしまいました(^^; 下品な表現ですみません。でも、作品中にも書かれている言葉ですし、男の生理としては仕方ないかなと思っています。そんな偽善者ぶった振る舞いを真っ向から否定してくる詩集なんです。全編、セックスばかりで、ありとあらゆる場面がこれでもかこれでもかと出てきます。レズもホモも、小学生から90過ぎの老人の性まで、全て網羅することは理論的に不可能でしょうが、考えられる性行為の場面が次々と表現されています。しかし食傷にはなりません。それは、文学だからです。人間を見つめるという文学が根底にありますからエロ本とはまったく違います。

 著者は若い女性ですが、これは若いうちにしか書けないなと思いました。個体差はありますけど、60の声をそろそろ聞こうという私などは、女性の裸を見ても感動はなく、ましてや書こうなどという意欲は起きません。もちろん高年齢の詩人や作家でも性を採り上げている人は大勢いますけど、私はダメですね。もう少し若いときは性についてそれなりに書いたつもりですが、今は興味を失ったようです。もっとも、あれは書くものではなくやるものだとうそぶいていますが(^^;

 構成も見事です。冒頭の「毛ちぎってもいいいっぽんにほんさんぼん」は、種明かしをすると最後の「なんかさー、ここってなんか、ほとんどダッレもいないよねー」の一番最後に再び出てきます。つまり、この詩集は円環しているわけなのです。生命の再生を謂っている詩集と云えましょう。ちょっと刺激が強すぎるかもしれませんがお薦めの一冊。古書店で手に入るかなあ?




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