きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.5.6 群馬県榛東村にて

 


2006.5.18(木)

 何年ぶりかで爽やかな気分に浸っています。今日は正真正銘の5月18日。ようやく追いつきました!
 長いときでは2ケ月もアップが遅れ、詩集や詩誌を送ってくださった皆さまへの礼状も遅れて、心苦しい思いをしていましたけど、これで長年の夢が実現しました。あとはてぐすね引いて待つばかりです(^^;
 ま、冗談は抜きにしても素直に嬉しいですね。失業した甲斐があったというものです。皆さまからいただいた本で刺激を受けて、詩なりエッセイなりをガンガン書いていこうと思っています。20年ぶりに小説にも挑戦したいですね。今まではサラリーマンでしたから遠慮していたのですが、これからは市販されたものについては宣伝もしていきます。どうぞよろしくお願いいたします。



季刊詩誌『新怪魚』99号
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2006.4.1 和歌山県和歌山市
くりすたきじ氏方・新怪魚の会発行 500円

<目次>
  上田 清(2)営為(四十一)
  山田 博(4)痒い生
  桃谷延子(5)介護日記
  水間敦隆(6)白い雨
 曽我部昭美(8)行進
  寺中ゆり(9)出家
佐々木佳容子(10)笑えない話
  岡本光明(12)夢の時間(夏)
 五十嵐節子(14)修復は夢の中で
 中川たつ子(16)花嵐
くりすたきじ(18)北の亡者T
  井本正彦(20)やよい

 表紙イラスト/くりすたきじ



 痒い生/山田 博

生物は
生れると同時に
死に近づいてゆく
それを意識できるのは人間
漠然と死を意識したのは
十五、六歳の病身の頃だった
確然と死を意識したのは
二十一歳 従軍して海洋へ出た時だ
でもあくまでも生を基盤としたものだった
死を基盤として生を感じだしたのは
いつごろからだったのであろう?
前立腺癌を手術してからは
死に近づいてゆく生を意識した
八十歳を過ぎた煩からは
死の方から近づいてくる生を感じた
八十四歳の今では死は背中に貼りついて
背中の手の届かないところが
ときどき痒くなる

 「死を意識」するにも「生を基盤としたもの」と「死を基盤」とするものがあることを初めて知らされました。作者が「前立腺癌を手術」したのは何歳のときか判りませんが80歳近いころかなと想像しています。私はまだ50代後半なので「生を基盤」としていることを作品を通して意識しましたが、いずれ「死を基盤」とするようになるのかと教えていただきました。
 最後の部分が佳いですね。背中が「ときどき痒くな」ったら「死の方から近づいてくる生」なのだと思うようにします。




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