きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.6.11 京都・泉湧寺にて



2006.7.15(土)

 午後2時より東京・神楽坂エミールで日本詩人クラブ現代詩研究会が開催されました。コーディネーター:川中子義勝理事、講師は平出隆氏で、演目は「詩を離れて詩を思考する――散文概念をめぐって」です。詳細な講演録はいずれ日本詩人クラブ機関誌『詩界』に載ると思いますのでそちらに譲りますが、一言で云えば、とても佳い講演でした。月例会の講演は1時間、研究会は3時間ですから一概に言えませんが、ここのところ月例会より研究会の講演の方が充実しているかと実感しています。

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 写真はゲルハルト・リヒターの絵を背景に講演する平出さん。「詩を離れて詩を思考する」一環としてリヒターの絵を採り上げてくれましたが、これがGOOD! 特に2004年の「アブストラクト・ペインティグ」と題された絵には衝撃を受けました。ボヤけた背景と鮮明な前景の抽象画です。このボヤけと鮮明のあわいが主題のようで、これは詩では書けない! 絵でしか表現できないことをリヒターはやっているようで、驚くとともに悔しかったですね。芸術の前衛と謂われた詩は、絵画に一歩遅れているなと感じました。
 ちなみに絵画界におけるリヒターの位置付けは、現役の絵描きの中で最も高額な値段がつくことだそうです(^^; うん、これは判りやすい。

 平出さんは懇親会にも出席してくれて、少しお話しできました。とても良い男で、歳は私と同年か1年下。髪も黒々としていて、私と同じ年代とは思えませんでした。そんな嫌味もぶつけてみましたけど、終始にこやかで、さわやかな青年という印象です。
 主催者側の私が言うのもヘンですけど、充実した佳い会でした。次回は地域会場として宇都宮で9月2日に開催します。講師(発題者)は東大教授の川中子義勝理事。詩論研究「詩と音楽のかかわり――バッハの音楽をてがかりに」です。私の好きな音楽と詩の関わり、今から楽しみです。皆さんもよろしかったらお出でください。



横関丈司氏詩集
『ラビリントスのために』
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2006.4.29 北海道釧路市 緑鯨社刊 2000円

<目次>
道をのそのそ………………4
捕えられて…………………8
ラビリントスのために……10



 ラビリントスのために(3)
   ミノタウロスの誕生。

風がそよそよと 吹いていると 世界が回る
とがった鋭利な先の 緑の葉の傷つける植物
が 回っている 川の水は すべてのしずく
しずくに 呪詛の声や 形をとることのない
著しくからんだ文字を 一面にうかばせてい
る 眠があるなら 耳があるなら 見えるこ
と聞こえること すべての感覚が 働くなら
知るだろう この 起伏ある土地を ふりそ
そぐ 白昼の逃亡を すべての感覚の 恐ろ
しい高鳴りを 壁のすきまでは 半ば裸体の
妻と王とが くるくると 回る鞭を使ってい
た おびただしく 幾層にも折り重なり あ
るいは繋がり合って 半ば牛とも もはや人
間の胎児ともつかない 黒いものが 鞭打た
れた 顔中に 喜色をうかべながら 壁は黒
い汗を 幾度もにじませた 飲もうとする水
が もはや幾度も 声をあげ 世界が すば
やく回る だから 知ったのは いつだった
ろうか すべての植物が 海神の喜びの 文
字をうかべている このおだやかな 水や風
は 大きな合唱だ すべての喜びの 歌の中
で 残された場所が あるのだろうか

 詩集タイトルともなった「ラビリントスのために」は(1)から(11)まである一大叙事詩です。目次では簡単にしか書かれていませんが、その副題を見るだけでもこの詩集の性格が判ると思いますので転載します(/は原文では改行であることを示す)。
(1)ことばは語られる。/神話のはじまり。
(2)ポセイドンが/ミノスに牛を賜る。
(3)ミノタウロスの誕生。
(4)ダイダロスが/牛人形を作る。
(5)生贄の子供たちが、/運ばれる。
(6)ミノタウロス。/ラビリントス。
(7)テセウスは/ミノスに謁見する。
(8)声。ことば。/ラビリントス。
(9)アリアドネー。ことば。/ラビリントス。
(10)ミノスの死。/神話の終わり。
(11)ことばが語り続ける。

 ここでは「(3)ミノタウロスの誕生。」を紹介してみましたが、ご存知のようにミノタウロスはギリシャ神話の、
牛に恋したクレタの王妃ファシバエから生まれた怪物で、人間の体に牛の頭を持っています。その誕生を格調高くうたいあげた章と云えましょう。私はギリシャ神話に詳しくない(上述は辞書の受け売り)のですが、ギリシャ神話好きの人にはたまらない詩集でしょうね。興味のある方にはお薦めの1冊だと思います。



詩誌『ぼん』44号
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2006.7.30 東京都葛飾区
池澤秀和氏発行 非売品

<目次>
詩 女の免疫     齋藤  2
  天命       齋藤  4
随筆 刻の狭間で 44 池澤秀和 6
詩 碑        齋藤  8
  名前       齋藤  10
  ポプラ      齋藤  12
  還流       池洋秀和 14



 天命/齋藤

一日中事椅子で検査室を巡り
予備手術が終ったのは夜の八時
朝ぬき夜ぬきの食事のせいか
体重は一キロ近く減っている

命の運命
(さだめ)に従うのが老化だと
身勝手な美学にこだわり続け
自らを土壇場にまで追い込んで
あげくの果てがこのざまだ
九州直撃の大型台風がやってきて
降りも降ったり 東京の川も溢れた
夜っぴて大粒の南が窓をたたき
暗い病室に私は一人目覚めている

死ぬまで付きまとう戦争の記憶
ボロ布の引揚げ孤児が歩いてくる
生きるもいのち 死ぬるもいのち
雨はいよいよ激しく降りしきる

いよいよ明日はこれも運命
(さだめ)
ペース・メーカーを胸に植え込む
枯れ木に花はもう咲くまいが
せめて名月よ心の真に影を落とせ

 先日亡くなった齋藤(まもる)さんの追悼特集になっていました。紹介した詩は亡くなる2カ月前に池澤さんに届いたものだそうで、おそらく絶筆だろうと思います。「命の運命に従うのが老化だ」というフレーズに齋藤さんらしい「美学」を感じます。それほど親しくさせていただいたわけではありませんが、著作も5冊ほど頂戴しており、出版記念会などでお会いする度ににこやかに話しかけてこられました。惜しい先輩を亡くしたなと思います。行年82歳、ご冥福をお祈りいたします。




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