きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.6.11 京都・泉湧寺にて



2006.7.30(日)

 56歳の最終日は銀座の画廊でバタバタと過ごしました。日本詩人クラブの詩書画展が7月31日から銀座8丁目の「地球堂ギャラリー」で開催されます。今日はその搬入日。65点ほどの作品が持ち込まれました。私は担当理事としての責任者です。でも絵画にはまったくのド素人ですから、展示はプロの小川英晴会員にお願いしました。作品を持ち寄った会員や、会員に代わって持ち込んでくれた人たちも手伝ってくれて予定の2時間で終了しました。
 最初はどうなることやらと内心ハラハラしていたのですが、だんだん形になってくると嬉しさが込み上げてきました。65点もの作品が整然と並んだ風景は、まさに美の殿堂という雰囲気でしたね。私は絵は描きませんけど観るのは大好きです。その絵が私の責任のもとで飾られている! 一種の感動を味わいました。詩と絵の饗宴。6日の午後2時まで開催しています。ぜひお出掛けください。お待ちしています。



狩野敏也氏CD歌曲集
『極楽とんぼの子守唄』
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2006.7.1 小森音楽事務所録音編集

収録曲
(1)しらこばと
(2)まけものの木のアリア
(3)杉の花のアリア
(4)玉屋の椿のアリア
(5)新・蚤の唄
(6)極楽とんぼの子守唄
(7)二重まぶたの雪女
(8)そこに人がいるから
(9)音楽寺幻想(合唱)
(10)鮟鱇は唇ばかり
(11)冬のけやき
収録時間59分26秒



 極楽とんぼの子守唄

「お母ちゃんやめておくれよ、
まっぴるまに子守歌
極楽とんぼは、
怠けものって評判なんだもん」

ぼうや、よい子だ、よくお聞き
極楽はいつも夏
きれいな蓮の花が咲いてます
尻尾の先をちょっぴり水に浸していると
この世のものとは思えないほど
しあわせです

「あれっお母ちゃん、
 ここはこの世でなくて、あの世だろ
 さっき着いた顔に傷のあるおじさんも
 <おおい、あのよッ>
 て言ってたよ!

いいえネ、おしゃか様の
大きな手のひらにのってしまえばね
あの世もこの世ももうないの
ああ、この世はあの世か
あの世がこの世かこの世があの世か…

「だけど、極楽ちかごろたいへんなんだ
 なまけていると、とんぼのガッコにはいれない
 昼間っから寝ろって、アべコベじゃないのお母ちゃん」

まあ、ぼうや、勉強なんて
親不孝な子がするものよ
ごらん、いま地球も夏で、花火の季節です
ほら、上から見る揚げ花火のすてきなこと

「ほんとうだ…なんとすばらしい眺めでしょう!
 にんげんの作った、
 たったひとつの美しいものです。」

 ホント、お母ちゃんの言うとおりだった
 ぼくは、目覚めた…じゃなかった
 ねむーくなってきたよ」

また、まどろみましよう蓮の葉っぱの上で
 ととんととんぼのとんとろり
 とととんとんぼの子守歌

 狩野敏也さんによるCD「詩・歌曲集」の第4集です。1995年から2005年までの10年間に演奏された曲がまとめられていました。CDタイトルにもなっている紹介した作品は2004年11月に演奏されたもので、作曲:石渡瑞都、歌唱:潮川千里・藤崎啓之、ピアノ:川中順子の諸氏と記録されています。軽快なリズムの中にも「あの世」「この世」という重さが感じられるおもしろい曲です。値段が付いていないので市販されているかどうか不明ですが、機会があったら聴いてみてください。



詩誌『火皿』111号
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2006.7.20 広島市安佐南区
福谷昭二氏方 火皿詩話会発行 500円

<目次>
■ 詩作品
・天叟寺廃寺にて−古墓と白い植物−/福谷昭二 2
・冬立つ風/荒木忠男 4
・夕暮れの桜/松本賀久子 6
・逝く夏の妹/松井博文 8
・静かな大人になるために/沢見礼子 10
・道/川本洋子 12
・川/川本洋子 13
・狭霧/大石良江 14
・テポドン/大石良江 16
・エゾリスと母/石田明彦 17
・情熱/野田祥史 20
・こども/福島美香 22
・海印寺/御庄博美 24
・北村/的場いく子 26
・ぼたん/的場いく子 27
■ エッセイ
・新しいヒロシマの詩創造への期待(二)
 −「長津功三良詩集」から−/福谷昭二 28
・伊東静雄の垂直性/松井博文 31
■ 編集後記
■ 表紙画−〔路地〕作者=巻幡玲子(尾道市在住)



 エゾリスと母/石田明彦

若い看護師さんに、また母が叱られている。
今度は枕の下に
ティッシュペーパーに包んだ、栗ご飯の栗を
隠していたらしい。
努めて優しくたしなめてくれる看護師さんに僕は
申し訳ありません、お手間かけます と
謝ったのだが、
エゾリスが、冬眠の前に団栗を
あちこちに埋めるように
ポシェットの中に半分の食パンを
ドライフラワーの小鉢に飴玉を
母が、隠しておきたがる理由は
できれば伝えたいと思う。

三年ほど前、もう少ししっかりしていた頃に
母に始めて、ショートステイに
行ってもらった時のことだ。
着替えを多すぎる程下げているだけでなく
預金通帳まで持って行く と言い出して
お母さん、まるで避難するみたいですね
と 答えてしまって気がついたのだ。
母は、その生涯に何度「避難」をしてきただろう。

旧満州のコーリャン畑の中を
幼い姉二人を連れて
顔に煤を塗った母が、走って行く。
雨の中に停った無蓋車に
押し込められたひとの群れ。
排泄物の臭い。
遠くの銃声。
いつ帰国できるかわからない不安に
押し黙った人々の一人に母がいる。
やっとたどり着いた佐世保港で
一枚の預かり証と引き換えに
これまで袖口に隠して来た
旧満州国通貨を、
おずおずと差し出している母がいる。

少しうとうとしたかと思うと
すぐに眉を寄せて、うめき声をたてる母よ。
冷たい腕をさすると、弛んだ皮膚が
腕輪のように片寄る。
僕に何ができるというのだろう。
僕に何ができるだろうか。
夢の中に「ダワイッ」と叫んで銃を向ける男が
かならず現われるという。その男の腕には、
何十個もの腕時計がぶら下がっているという。

病院にいつしか夜が来て、
物音の途絶える一瞬に
ここは(全ての生き物の集まる大きな家)
なのではと、僕には思えます。
僕も、壁の残像の一つではないだろうか、と。
うなされながら眠る母よ。
明日、またエゾリスのように
食べ物の隠し場所を探しても
自分の木の洞は、見つからないままなのですね。

 「母が、隠しておきたがる理由は」何なのだろうと読み進めて、「母は、その生涯に何度『避難』をしてきただろう。」というフレーズで理解しました。国策に乗った挙句の「いつ帰国できるかわからない不安」、「銃を向ける男」への恐怖。それらに「うなされながら眠る母」に「隠しておきたがる理由」の現実味を感じます。おそらく私も含めて「努めて優しくたしなめてくれる看護師さん」の世代には理解し難い過去だったろうと思います。「エゾリス」のような「母」に感動を覚えた作品です。



季刊詩誌『詩と創造』56号
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2006.7.30 東京都東村山市
書肆青樹社・丸地守氏発行 750円

<目次>
巻頭言〔モダニズムについして〕U/辻井 喬 4
詩篇
落ちぬくものの死を生きよ/原子 修 6
戦争レクイエム 嶋岡 晨 9
【一九四三年生まれのソネット】(三部作)/森 哲弥 14
地霊頌
(ゲニウス・ロキしょう)−Cogito そして Psyche/内海康也 18
匂袋
(においぶくろ)/階(きざはし)/山本沖子 20
子葉声韻−かえし陽を、ほら…/高貝弘也 22
消えた少女に寄せるソネット/石原 武 26
何かを/西岡光秋 28
この空虚の何処かに/清水 茂 30
病む女/鈴木有美子 33
棺の中へ/黒羽英二 36
落穂拾い/笹原常与 39
鏡の情話/川島 完 42
はっきりさせるには/泉 渓子 45
名前/竹内美智代 47
降る/小網恵子 49
ぐる/中桐美和子 51
ヰタ・セクスアリス/納富教雄 53
わたとは 何處/丸地 守 57
エッセイ
「戦争レクイエム」をめぐって/嶋岡 晨 60
<詩>の在り処を索めて(二)/清水 茂 64
屹立する精神 シェイマス・ヒーニー (訳)水崎野里子 68
感想的エセー「海の風景−モン・サン・ミッシェルへ」X−(1)/岡本勝人 75
彫刻家カミーユ・クローデル、彫像が奏でる詩/橋本征子 81
Mνηοσυνη/森田 薫 87
この詩人・この一編 安西均『花も実も』/宮沢 肇 92
詩集評 共同体亦は個別の死の彼方へ−ことばが光を放つ幽暗の時−/溝口 章 94
現代詩時評 平和を希求する心と高年齢化社会の痛感と……/古賀博文 103
プロムナード
どんな空気で戦争が/こたきこなみ 111
『って言うか』/岡崎康一 112
海外の詩
ドリーの慎ましさ ジェイムズ・ジョイス/本田和也訳 113
詩集『カラス』より テッド・ヒューズ/野仲美弥子訳 120
夢の風景 キャスリン・レイン 佐藤健治訳 123
アナホリッシュ他 シェイマス・ヒーニー/水崎野里子 127
詩集『消えそうな火』(一九七五)より ペドロ・シモセ/細野豊訳 131
瀧の前で/混血児に他 チョン・ホスン(鄭浩承)/韓成禮訳 136
新鋭推薦優秀作品「詩と創造」2006新鋭推薦優秀作品
ゆうぐれ/はばたき 葛原りょう/私の知らない夏 宮尾壽里子
写楽の鼻 岡山晴彦/蛇 高坂光憲/節分 弘津亨
意味 高橋玖末子/リバーシブル 奥野祐子
韓国新進詩人 推薦優秀作品
3分間/飛行機が飛んだ 飛行機が消えた他 チェ・ジョンレ(崔正札) 韓成禮訳 149
透明な日々/苦痛他 ペ・ヨンジェ(「龍斉) 153
研究会作品
黒い土産 川原よしひさ/かみ切られた舌 金屋敷文代/空 太田美智代 157
西日の街 松本ミチ子/皮膚科医院待合室 四宮弘子/水芭蕉 藤庸子
視線 吹野幸子/四月 仁田昭子/「川の見える景色」 江原智枝子
誤解の痕跡 一瀉千里/草葬 石田由美子/桜・花びら・屑 吉永正
右往左往 豊福みどり/あの日々 清水弘子/開花V 相場栄子
若葉 喜多美子/楽園 吉田薫/春の或る日 山田篤朗
選・評 丸地 守
全国同人詩誌評 評 古賀博文 173
書肆青樹社の本 書評
上原季絵詩集『乳房は母にあずけて』/山下静男詩集『梅漬け』(近刊) 177
皆木信昭詩集『ごんごの風』(近刊)/高田千尋詩集『お母さんは二人』(近刊)
評 こたきこなみ



 名前/竹内美智代

久しぶりに訪れた故郷の朝は早い
潮風と波の音が欲しくて 少しあけて寝た窓から
拡声器を通しての声が聞こえる
――さざ波地区のみなさん おはようございます。
 今日は四月一日火曜日です
 きょうのおもな出来事をお知らせします

幼児のころからもう何十年
かわらない海辺の朝の六時のお知らせ

――たけうちみちよさん
うつらうつらのなかで開いた自分の名前
エッ
この時間の名前は確か今日の葬儀の人
いくら板子一枚下は地獄 不慮の死と隣り合わせの漁村とはいえ
死者の名前がわたしとは!
それにしてもなんでわたしが
まさか

昨夜はヒュルルと盛んに鳴く鳶を気にして叔母が言っていた
「船がいたころ鳶が家の上で鳴きながら飛ぶと
また誰か船乗りが死んだのではと思ったものだ」と

わたしのことを占った人が言ったことを思い出した
「この人は裏庭で子猫を水攻めで殺し
愛する男は強く抱きしめて絞め殺し
海に引きずり込んで青年までも殺してしまうんだから
こわい人 そのうち自分だって殺してしまうよ」と

「たけうちさん 竹内美智代さん」
半分眠っていた脳みそはしっかりと自分の名前を聞いた
拡声器からではなく 朝日の届く玄関の方から

 「久しぶりに訪れた故郷の朝」に聞いた「死者の名前」としての「わたし」。それだけなら同姓同名の笑い話で済んでしまうのでしょうが、それを「わたしのことを占った人が言ったこと」にまで展開させたのは見事だと思います。もちろん現実の「たけうちみちよさん」は「こわい人」ではありませんが、そう規定していくところにこの作品のおもしろ味があります。最終連の「拡声器からではなく 朝日の届く玄関の方から」というフレーズも佳いですね。現実に引き戻された安心感を感じました。




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