きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.6.30 東京・新宿



2006.8.15(火)

 61回目の敗戦記念日。最後っ屁のように靖国神社に行った首相には憤りを通り越して哀れささえ感じました。公約≠言うのなら、もっと大事な公約に命を懸けてもらいたいものです。モノの本質を捉えない首相も哀れなら、それを選んだ国民も哀れ。もっと哀れなのは無駄な死を強いられた兵士だろうと思います。いや、このまま平和が続けば無駄死にではなかったかもしれませんが、この先いつか来た道をたどることになれば彼らの死はまったくの無意味…。12時の黙祷に合わせてそんなことを考えていました。



詩誌『山形詩人』54号
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2006.8.20 山形県西村山郡河北町
高橋英司氏編集・木村迪夫氏発行 500円

<目次>
詩●その後も朝は/大場義宏 2
詩●母語・方言による詩らしきもの3・4/島村圭一 4
詩●ケヤキの下で/山田よう 9
詩●ぼくの魂がある日/近江正人 12
詩●エーテル論/高啓 15
評論●超出論あるいはリバーシブルの視座
   、、――吉野弘詩集『夢焼け』論/万里小路譲 19
詩●こい歌/菊地隆三 26
詩●夏至/阿部宗一郎 30
詩●乾いた春/木村迪夫 35
詩●楊枝のある光景/高橋英司 39
詩●沈むわたしの青のゆめうた/佐野カオリ 42
論考●承前 風土性について(13)
   ――黒田喜夫に観る風土/大場義宏 48
後記 53



 エーテル論/高 啓(こう ひらく)

夕暮れ時の国道を走りながら空を視あげると降りてくるものがある
それはぼくの芯を貫いてプルルと身震いさせてから地に下りて消える
鼻歌を口ずさんだり鼻糞を穿ったりして
ぼくは戯れにそれをかあさんと呼ぶ
かあさん、あなたがそこここの空気や固有物を満たしている

  ある日、昔染みの女がきて
  彼女個人の事業のことを肩で風を切るように語るので
  この街でいちばん洒落たフレンチ・レストランに入る
  すると女はぼくのまえではらはらと涙を流すのだ
  見栄っ張りの社長が商店街近代化で過剰投資して巨額の債務を負い
  倒産したら生きていけないとその社長(と彼女は夫を呼ぶ)は鬱病になった
  夜昼なく俳桐する痴呆の姑は下の世話をする自分を家政婦だと思っている
  同じ街の姑の実の娘はたまに頼んでも三時間で世話を投げ出し
  ボロボロに疲れて帰ってきても家族は食事ができるのをただ待っているだけ
  自分の事業の稼ぎは店の借金返済に消えるというのに
  外で見せる諷爽とした姿に焦がれて若い男が纏いついてくる
  そのすべてに疲れ果てそうになる自分自身への呵責を
  ぼくの前に吐き出してから
  (覚悟して聞いてね・・・)
  保証人になってほしいと言うのだ

かあさん、
あなたが命を削るように守ってきたあの店は
シャッター通りとなった中心商店街でまだ生き残っているだろうか
うちは利幅の少ない商売だから買掛金は売掛金と同額まで
銀行からの借金は預金と同額まで
それを必ず守ると心に誓っている
大学に入ったら二度と戻らないと悟っているのに
どうみても商売人とはかけ離れたタイプの
たった一人の実の子のぼくにそれでもいつかそんな話をした

それでぼくはスーパーではあなたの街からきた一番安いパック酒を買う
デッキブラシや莚や玉縄を配達しにいくと鼻が曲がるような芋の発酵臭がした
その酒造りの街でただひとつの合成酒を製造している蔵元へ
雪道を汗だくで自転車を漕いでやっと着く
納品書の金額をみてこれでいくらの儲けになるのだろうと想った
いまもあの時間を生きているのだと確かめるみたいに

  するとあるべつの日にむかし世話になった先輩がきて
  おまえの詩を読んだよと急に母親の話をはじめるので
  この街でいちばん洒落たおでん屋に入る
  すると男はぼくのまえではらはらと涙を流すのだ
  同居してきたのだが母親と女房の折り合いがわるくて離婚した
  それでずいぶんと多額の慰謝料や養育費を支払うことになった
  こんどは母親がなんとかいう難病で失明しそうだ
  まだらボケも始まっている
  父親が付き添って月に一度、東京は新宿の病院へ通い
  保険の利かないとくべつな注射をうたなければならない
  明日の朝発つ切符も手配しているのだが
  一週間ほど滞在するのに持たせてやる金が都合つかないのだと
  ぼくの前にいかにもの人情芝居をならべてみせて
  保証人になってほしいと言うのだ

かあさん、
ぼくは一生忘れないほど尊敬していたこのひとの
その故滑さが哀しすぎる嘘を何割か見破ると
酒臭い口実に多重債務者とはこうなるものかと息を呑んだが
それでもその老母の件についてまでは疑うことを断ち切って
しょうがねぇなと閉じかけたATMに走った
もっともぼくはあなたたちを見送ってきたので
ひとはいつか死ななければいけないのだと思う
だからこっそりと口にするが
ひとは死にながら生きている

それでぼくはくすみはじめたあなたの写真を覘く
そこにいるのは遠すぎていつか映画でみたような面影だが
それはそれとしてプルルと縦にも風は吹く
夕闇が迫ると缶ビールの一本目が効いてきたみたいな幸いに満たされて
ぼくは気まぐれにそれをかあさんと呼ぶ
かあさん、あなたがそこここの意味やトルソに満ちている

 この「かあさん」はおもしろいですね。「空を視あげると降りてくるもの」であったり「そこここの空気や固有物を満たしている」ものであったりします。また「そこここの意味やトルソに満ちてい」たりします。しかも「見送」られていますので、亡くなっていると考えるべきでしょう。唯一具体的なのは「あの店」を「命を削るように守ってきた」ことでしょうか。それらから導き出される「かあさん」は一般的な霊と考えてよいかもしれません。その「かあさん」を縦糸に、「昔染みの女」と「むかし世話になった先輩」を横糸に織った佳品と云えましょう。「ひとは死にながら生きている」という詩語も佳いと思います。詩で書かなければ出来ない世界を描いた作品に敬服しました。



個人詩誌『夜凍河』8号
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2006.7 兵庫県西宮市
滝悦子氏発行 非売品

<目次>
「部屋」



 「部屋」

雨の夜

窓をあけて、と彼女が言う

左はんぶん痺れてしまって
寝返りをうてないのに

ともかく、窓をあけた

古い鏡に写る紙飛行機と曲がったクリップ
ジャバウォッキーのメモ
ここじゃない、と彼女が言うので
隣の窓をあけた

片方の白い手袋と見慣れない書体の契約書
クロヴィスの吸殻
ここも違う、と彼女が言うので
別の窓をあけた

からっぽの写真立てと黄ばんだ招待状
レベッカの足跡
彼女が迷っているので
残りの窓をあけた

青梅がしわしわ熟れている瓶と角砂糖がひとつ
ハンズの紙袋
ほらね、と私が言ったので
彼女は黙って寝返りをうった

湿った石畳の上

膨らんだ紙袋を抱えて背中を向けた彼女と
痺れたまま
ハンズの紙袋を抱えて彼女の背中を見ている私と

暗がりに描いた窓から
遠い湿った風が吹いてくる

ねぇ、あしたも雨かしら

川底がせり上がって
もう耳の高さの音だ

 この「彼女」をどう捉えるかが問われていると思います。人間でもよいけど、私には猫のようにも思えます。様々な小道具も重要な位置を占めていると考えられますね。どう重要なのか具体的な説明が難しいのですが、理屈で考える必要はないでしょう。背景として捉えてよいと思います。主題は「部屋」です。「部屋」を詩にした作品として鑑賞しました。




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