きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.7.7 クリスタルボウル(「アリキアの街」にて)



2006.9.14(木)

 実家に帰って父親を病院に連れて行きました。月に一度の通院で、今までは妹や姪が連れて行ってくれていましたが、先月からは私がやっています。今までは会社勤めでしたから休暇を取って連れて行くことは無理でした。退職した今はこんなことも出来るんだなと、ヘンに感激しています。仕事最優先の生活って、いったい何だっんだろうなと考えてしまいますね。もちろんそれで生活は安定できたわけですから、否定するつもりはありません。ただ、場合によっては親の死に目にも合えないほどの仕事って、どこかおかしくありませんか、と言いたいだけです。オフクロが危篤だったときのことを思い出します。交代要員が来るまでは仕事を放り出すわけにもいかず、ジッと耐えていた時間…。幸い、そのときは危篤を脱しましたけど。
 父親は親としては問題のある人間ですが、親であることには変わりありません。これからも出来るだけのことはしてやろうと思っています。



現代詩歌精選『茜色』
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2006.6.30 東京都千代田区
美研インターナショナル刊 1000円+税

<目次>
俳句
飯塚 芙紅・2−7  樺澤 田麻・8−13
須崎美穂子・14−19  田中美佐子・20−25
緑川 橙子・26−37
短歌
懐  妙和・38−43  諏訪 淑美・44−49
田中 岑子・50−55

土井のりか・56−61



 母に代わって/土井のりか

せめて
現地の女の方の家にでも
匿われていて下さればよいのにと

天神様の境内の
石の大きな黒い牛が
明け方
貴方を背に乗せて
空翔けていった夢を見ましたから
きっと何処かで生きておいででしょう

届けられた
空っぽの
白木の箱に
貴方が遺して征かれた
髪の毛と乳色に光る知歯
(おやしらず)を入れて
それでも二人の娘と
原山
(注) の墓地に
納めに行きました

墓蓋を開けると
長い年月に
透き通った地下水が
一段目の石の棚までひたひたと寄せ
ご先祖さまの涙のように光っておりました

あまり貴方のお帰りが遅いので
昨年
貴方の年ほどになりました息子に
便りを託し
沖縄まで届けに行って貰いました
何処からでもお読み頂けますように
透明なガラスの器に入れて

息子は
確かにご返事を頂いて参りました

自決なさった洞窟の側の
硝煙の染みついた石ころと
入り口を覆い隠すようにして茂っていたという
名も知らぬ平たい木の葉を
黙って私にくれました

今は唯
天神様の境内の石の大きな黒い牛が
貴方のお側に連れていって下さる日を
心静かに待っております

 (注)原山−大分県臼杵市仁王座字原山

 「沖縄」戦で「自決なさった」「貴方」に「お読み頂けますように」、「貴方の年ほどになりました」「私」の「息子に」「母に代わって」「便りを託し/沖縄まで届けに行って貰いました」。「息子は/確かに」「硝煙の染みついた石ころと」「名も知らぬ平たい木の葉」という「ご返事を頂いて参りました」。
 散文的に読み取ればこのようになると思います。「貴方」は「私」の父上でしょう。戦後60年以上経っても、遺族にとっての終わりはないことが良く判ります。「天神様の境内の石の大きな黒い牛」が「貴方を背に乗せて/空翔けていった夢を見」させ、「貴方のお側に連れていって下さる」という祈りが精神的な支えになっていて、改めて戦争の罪悪を感じさせる作品だと思いました。



高瀬苳女氏詩画集『雲のゆくえ』
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2006.8.18 京都市右京区 洛味社刊 1000円

<目次>
瀬戸川 9      たんぽぽ 10
さるすべり 11
<詩画論・抄> 子どもの心と芸術 12
落葉 13       貴船菊 14
たず 15       地蔵 16
信濃柿 17       18
<詩画論・抄> 言語と絵画 19
姫踊子草 20     香り 21
遠山 22       あじさい 23
秋海棠 24      おみやげ 25
<詩画論・抄> ものの思いを知る 26
栗 27        近江太郎 28
つくし 29      ひめ女苑 30
雲 31        ははそ 32
初蝶 33       草笛 34
玉水木 35      あとがき 36



 おみやげ

いっぱい
はらっぱを

ひろって
きて
もらう

 色紙に自作の絵と書が描かれた美しい本です。<詩画論・抄> は相馬大さんの「詩画論」から採ってきたようで、これも参考になりました。紹介した作品には「はらっぱ」に散る紅葉、いちょうなどが描かれ、居間にでも飾っておきたくなるほどです。佳いタイトルです。これ以上なにも足せないし、削ることもできません。「ひろって/きて」くれたのはお孫さんでしょうか、言葉の奥に人間が見える佳品だと思いました。



季刊詩誌『裸人』27号
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2006.10.1 千葉県香取市
五喜田正巳氏方・裸人の会発行 500円

<目次>
■詩
木瓜−天彦五男 3
透きとおった魚−禿 慶子 6
旅−長谷川忍 8
■エッセイ
ハマのメリーさん−大石現子 11
■詩
時間−水崎野里子 14
情熱のスペイン−水崎野里子 16
くずれる街−くろこようこ 20
噛みつき亀のこと−くろこようこ 22
■エッセイ
サマースクール参加・他−水崎野里子 25
■詩
夫婦の会話−大石規子 30
採血−五喜田正巳 32
■雑記
受贈書、後記 34



 採血/五喜田正巳

美しい看護師さんだ
七回目の緑内障の手術をすることになった
少し ちくりとしますね
なるべく血管が出るように
わたしは拳をにぎりしめる

昔はさり気なく横を向いたりしたものだが
ちくりとする場合を見てみようと
注射針の先を見つめる
針の先端は老いずいた腕の皮を盛りあげ
土竜が土に入ってゆくように
少しそのまま
わたしのなかの血を吸いよせる おと
たしかに聴こえたような
流れる血を引きよせる針は獲物を狙う狩人だ

血が看護師の持つ管に溜ってゆく
看護師もわたしも呼吸の止ったような時間
一本の針を通して看護師と一体になった

眼をつむって手術を受けている間も
看護師との海をさまようだろう
看護師が添っているだけで癒やされる患者
天女とはこのような美しいものなのだ

 「採血」の場面というのは誰でも経験することで、確かに「流れる血を引きよせる針は獲物を狙う狩人」のように見えます。しかし「一本の針を通して看護師と一体になっ」ているとまでは考えもしませんでした。人によって捉え方、感じ方は違うものだなと改めて思います。それを個性と言い、だからこそ個々の詩が面白いのだと云えましょうね。最終連の「天女とはこのような美しいものなのだ」というフレーズは同感。医師とはある意味対等かもしれませんが「看護師」の前では赤子のようになってしまいます。そんな男心を巧く捉えた作品だと思いました。



『千葉県詩人クラブ会報』195号
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2006.9.15 千葉県館山市
前原武氏方編集室・斎藤正敏氏発行 非売品

<目次>
'06ちば秋の詩祭(第5回) 文芸講演に、著名詩人二名 1
'06ちば秋の詩祭日程 2
文学散歩へどうぞ 3
山佐木進詩集『ひぐらし三重奏』を読んで/野村 俊 3
会員の近刊詩集から53 山佐木進詩集『ひぐらし三重奏』 3
会員の近刊詩集から54 中谷順子詩集『破れ旗』 4
『破れ旗』という人生/根本 明 4
詩 しみ/片岡 伸 4
特集 温故知新 会報第1号(昭和41.7.30)より 5
詩 喝采/根本 明 5
新会員紹介/会員活動/受贈御礼/編集後記 6



 しみ/片岡 伸

盆入りの棚吊りのあと
仏壇の引き出しを開けてみる
思い出の奥から父の手箱を出してみる

年数を経るに従い
物すべて時間に侵される
箱の中の千人針も日の丸の添え書きも
半世紀以上の時を経て汚れ
しみだらけだ

父の遺したものは
小さな家と少しの田畑とこの箱の中の代物だけ
彼にとって
薄暗い青春と屈曲した心の詰まったこの箱は
命以上のものであったと思うし
心に焼き付いた黒いしみでもあった

毎年私は手箱の蓋をそっと開ける
父の形見と語らう
気がつけば 幾つもの品々を整理している
私の手や身体や気持ちにも
もはや消えることのない
しみが目立ってきた

 会員の作品として載せられていたものです。「しみだらけ」な「箱の中の」ものと「しみが目立ってきた」「私の手や身体や気持ち」を対比させて人生を考える作品と云えましょう。「半世紀以上の時を経」たのは「父の形見」とともに「私」も同様ですが、ここには諦観は感じられず、淡々と「幾つもの品々を整理している」作者の姿が浮かび上がります。そう感じさせるのは「気がつけば」という詩語だろうと思います。一定の年齢にならないと見えないもの、書けないものがあるのだなと感じた作品です。



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