きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.7.7 クリスタルボウル(「アリキアの街」にて)



2006.9.24(日)

 拙HPの誤字・脱字に悩んでいます。文芸作品を転載させていただいているわけですから、それなりに気を遣っていますが、やはり、ある。お手紙やお電話をいただいて恐縮しきりです。紙の本と違ってすぐに訂正が効くところは助かっていますけど、間違われた方にしてみれば不愉快だろうと思います。
 で、考えたのが、甘えた感じもしますけど、読者の皆様のご教示です。トップページにも「お願い」として書いておきましたが、間違いを発見されたらぜひ教えてください。半永久的に遺すHPとしたいと思っています。そのためにも文芸作品は完璧にしておきたいと願っています。もちろん地の文も完全を目指していますので、お気づきの点はご遠慮なくお教えくださると助かります。よろしくお願いいたします。



詩誌『パレット倶楽部』2号
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2006.10.1 埼玉県三郷市
植村秋江氏方連絡先・パレット倶楽部発行 非売品

<目次>
藤本敦子……空が集まって・そこにいる…2
熊沢加代子…犬吠崎・鏡…6
植村秋江……長雨が続くと・水の目…10
重永雅子……見知らぬ人へ・ケヤキとエノキとムクノキと…14
笠間由紀子…風向きが変わる・S字フック…18
<エッセイ>
重永雅子……石垣りんと赤坂の町…24
<スケッチノート>…26
あとがき…28



 長雨が続くと/植村秋江

長雨が続くと
空もまた疲れるのだろう
この広い空の隅々まで
雨雲を行き渡らせ 補い続けて

とつぜん投げ出したくなって
そんなふうに
雲の一部が切れて‥

雲間から光が漏れ
向かいのマンションのガラス窓を照らしている
空に向かって伸びた直線の壁
無機質なものの部分にスポットが向けられて
そこだけ琥珀色に輝いている

見慣れた風景なのに
SF映画の宇宙都市のように見えるのだった

踏み荒らされた草地の水溜りにも
置き忘れられた自転車にも
希望のように光が届いて

何処に止まっていたのだろう
カラスが、ふわりと降りてきて
音もなく水浴びを始めた

 第1連の「長雨が続くと/空もまた疲れるのだろう」というフレーズから魅了された作品です。「雲の一部が切れて‥//雲間から光が漏れ」という描写、「SF映画の宇宙都市のように見える」という見方も佳いですね。擬人法の「空」ですがヘンに人間臭くなくて、適度な距離を感じます。その距離感がこの作品の質を高めていると言って良いでしょう。最終連の「カラス」の「水浴び」の「音もなく」も奏功していると思いました。



詩誌『帆翔』39号
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2006.9.15 東京都小平市
《帆翔の会》岩井昭児氏発行 非売品

<目次>
雲/あの言葉 長谷川吉雄 1
高原の葬祭 渡邊静夫 4
整列するもの 坂本絢世 6
蜘蛛の巣 大岳美帆 8
舞台 茂里美絵 10
はんなりこぼれる花 荒木忠男 12
蛍草 三橋美江 14
杖 小田垣晶子 16
七月の波紋 吉木幸子 18
片思い/Constant Nymph 岩井昭児 20
随筆
手向草(十) 三橋美江 22
私の一日 小田垣晶子 23
黄銅鉱と父 荒木忠男 25
お洒落 茂里美絵 26
高橋くん 大岳美帆 27
酔中夢 渡邊静夫 29
青森・津軽地方のわらべうた 長谷川吉雄 31
※受贈詩誌・詩書等紹介 2〜
※あとがき/同人連絡先 表(三)



 雲/長谷川吉雄

あの綺羅びやかな太陽の衣裳は
いつも 私のうれいを映していた
少年の暗い気鬱
(きうつ)

どうして雲はあんなに弱いのだろう
風に追われたり

丘の上のカソリック寺院の
尖塔
(せんとう)を襲っては
そこに 立ち惑って
少さな つり鐘の鈴をふる

私は考えてみた
山の稜線や森の梢と戦って
引裂かれた 雨のことを

山の牧場で青春を抱いてくれた
あの優しい雲
静かな瞳の底に
湖と斑牛
(まだらうし)を湛えて

 巻頭作品で、とても佳い詩だと思います。第2連の「どうして雲はあんなに弱いのだろう」というフレーズが意表を突いて、この詩の核になっていると云えるでしょう。雲から派生した雨も「山の稜線や森の梢と戦って/引裂かれた 雨」となっていて、作者の個性的な視線に共感します。同じ雲や雨を見ても、こうも違って見えるのか、見させてくれるのかと感心した作品です。



ふくちのぶこ氏詩集『猫の楽しみ』
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2006.9.25 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
 T
新しい朝 8     この街 10
アクティヴ 12    無量大数 14
心の澱(おり) 16   原因 18
仙人掌(さぼてん) 20 街角 22
冬が来る前に 24   ひとやすみ 26
 U
猫の気持ち 30    はじまり 32
夏の終り 34     夏の日 36
それだけ 38     秋の夜 40
それから 42     猫の楽しみ 44
風の謀反(むほん) 46 猫の友達 48
 V
遺伝子 52      魔女の出番 54
木枯らしの頃 56   現在進行形 58
隙間 60       道の記憶 62
北風の町 66     ローマの雨 68
墓標 72       明日を拓くもの 76
 あとがき 78



 猫の気持ち

我が家の猫は
餌をたくさんやってもたくさん残す
少しやっても少し残す
中くらいやっても中くらい残す

猫分けといってね
仲間のために残すのよ
猫好きの友は言った

家の中ばかりにいて
仲間のいない我が家の猫は
誰のために残しているのだろう

もしかしたら私のため!

そういえば朝起きた時
枕もとにゴキブリが一匹
仰向けにころがっていたことがあったっけ

 第2詩集だそうです。『猫の楽しみ』というタイトルですし表紙の絵も猫ですから、猫の詩ばかりかと思ったらそんなことはありませんでした。直接猫を書いているのは「猫の気持ち」「猫の楽しみ」「猫の友達」の3編だけです。あとは2編ほど脇役で出てくるだけです。ここでは「猫の気持ち」を紹介してみました。
 「猫分け」というのは初めて聞いた言葉ですが、そういえば小学生・中学生の頃に居ついた野良猫が残したことがあったか…、ちょっと思い出せません。しかし「仲間のために残す」とは良い話ですね。実はそれは「もしかしたら私のため!」とするところが面白いと思いました。



詩誌『ERA』7号
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2006.9.30 埼玉県入間郡毛呂山町
北岡淳子氏方・ERAの会発行 500円

<目次>

岡野絵里子 カーネーションの不在 4
竹内美智代 伸びた手 6
川中子義勝 小舟の艫にて歌う 8
吉田義昭 発熱体 12
瀬崎 祐 蛇の背骨 15
中村不二夫 コラール−富良野にて− 18
畑田恵利子 シュプレヒコール 21
小川聖子 ドリップトリック/月齢カレンダー 24
大瀬孝和 春の祭り 26
田村雅之 窈窕の女 28
北岡淳子 沼 30
抒情とは何か2 神品芳夫 散文と詩のあいだ 32
ユビキタス
貝原 昭 酒しずく 39
中村不二夫 中島敦とヨコハマ 42
畑田恵利子 世界名作『高慢と偏見』を読む 44
エッセイ 住連木 律 モンドリアンの絵画批評が詩論になる不思議 46

日原正彦 その木に 48
橋浦洋志 虹の地殻 51
貝原 昭 まだ見ぬ父祖の地へ 54
中村洋子 小鳥のように 56
清岳こう 竹をあむ/紙をすく 58
藤井雅人 アステカの蛇神 62
吉野令子 夜の繊細な倫理―― a memoty 66
小島きみ子 仮面の秋 68
佐々木朝子 蚊−ノモンハン・蓮華坑より 70
田中眞由美 飲み下す 72
連載 日原正彦 断章2 75
編集後記 80




 カーネーションの不在/岡野絵里子

 枯れた花を花瓶から抜くと そこに花の形の影が残る
ざらり と手に触れそうな生の名残り 濃紅 白 淡黄
色 華やかな色彩の陰で隠れるように だがくっきりと
立っていた虚ろ

 かつて存在し 今は不在のものの痕跡は 残像と呼ば
れる 知覚心理学の実験室で 学生だった私は 白い画
用紙の上に現れる 幻の図形や色彩を懸命に追いかけて
いた 「網膜上の後
(おく)れ」は様々な図形残効や残留感覚
それから沢山の課題レポートを生んだが 人の中に散ら
ばる無数の痕跡の意味や 一茎の花が持つ虚ろを 説明
することは出来なかった

 食事会に誰かが持って来た花束は 喜ばれ 玄関に活
けられて 皆に見られた 「わあ きれい」 「良い香
りだね」 運ばれて来た時間は そのまま花を包み 私
たちが駅の階段を駆け上がったり 書類の数字を直した
りしている間に ゆっくりと当たり前のように崩れ 花
びらをしぼませたのだ

 花瓶は今 空になった 何かが散っていく カーネー
ション という花の名前を思い出して呟くと 虚ろは消
え そこには 名札をはずし どこかへ出かけて行った
者の空席が残された

 「枯れた花を花瓶から抜くと そこに花の形の影が残る」と、第1連から魅了された作品です。「虚ろ」を詩にするのは難しいと思っていたのですが、この作品はそこを上手く書いていると思います。「残像」という科学では「一茎の花が持つ虚ろを 説明/することは出来」ず、そこは詩を含めた芸術の分野なのかもしれません。さらに、その「虚ろ」を「空席」とするところが素晴らしいですね。さすがは巻頭作品だと思いました。



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