きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.9.16 群馬県榛東村「現代詩資料館・榛名まほろば」にて



2006.10.7(土)

 午前10時から日本詩人クラブのオンライン現代詩作品研究会が開催されることになっていたんですが、マイリマシタ。メーリングリスト(ML)で開始宣言を発信しましたけど、全々アップされません。私のパソコンがおかしいのだろうと思って、専門委員さん宅に電話して、彼女から開始宣言を出してもらうようにしました。ところが…。彼女宅からも発信できませんでした。
 マニュアルをひっくり返して、NiftyのHPからトラブル対策を拾い出して…。まったく原因が判りませんでした。そのうち通常のメールも遅れて来ることが判り、これはNiftyのサーバーがおかしいと気付きました。結局、私の開始宣言は4時間遅れでアップされ、何とか開催に漕ぎ着けました。ML登録者の皆さん、ご迷惑をお掛けしました。

 本日午前10時から明日の午前10時までの開催時間でしたが、終了を午後6時まで延長することにしました。原因はNiftyからきちんとした説明がありませんけど、過去のトラブル情報を見ると、月に一度ぐらいはシステム不良でメールの遅延が起きていますので、その類かなと思っています。



金伶氏著・鴻農映二氏訳『季節の恋人』
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2006.9.20 東京都豊島区 東京文芸館刊 3000円+税

<目次>
序文 1
<春の部>
地中海紀行−ニースの思い出− 8
.      備えあれば憂いなし 14
人の本性 21
.                生は永遠か? 30
つらくもなく、白けもしない別れがあったけれど…… 38
おばあさんの魔法の杖はどこに? 46
.     ナクスカウ 54
砂漠に蜃気楼が見えると、オアシスがあるのだけれど…… 62
女人天下 70
.                遺産 79
<夏の部>
コスモスと共に神秘を抱えてきた女性は……
.88 人間市場 96
写真の額縁の中の秋の日の童話 104      十三歳の初仕事−ベビーシッター 112
笑いの色 120                豪雪 128
上る陽を眺め、沈む夕陽をこいしがります 136 悲忘歌 144
思慕曲 152                 娘の初恋物語 160
<秋の部>
わたしの手綱に縛られた坊さんたち 170    誤った選択 178
聖は僧侶であり、僧侶は衆生であり、衆生は仏だ! 181
迷惑者 189                 人の容姿 197
アメリカンドリーム 206           永遠のライバル 215
類は類と交わる 223             御守
(おまも)り札(ふだ) 231
終講パーティー 239
<冬の部>
いかがわしい世界人 248           ピサルの肖像画 256
山河はわたしに黙って生きよと言う 264    一流病 272
誇り高き韓国人 280             輪廻の劫は、悟りの歌として残る 288
心の中の春 295               人生を欺す人々 303
ある春の日のもう一つの体験 312       人生は、待つことの連続 319
跋文(成耆兆) 328



 ある自動車メーカーの車は、ハンドリングの揺れがなく、車が海を横切るCMを見た孫があの車で米国に行こうという。米国は自動車ではなく、飛行機に乗って行くのだと、いくら言いきかせても、孫は頑として受けつけない。上辺ばかりキラキラ光る才能は、広告の効果はあげるかもしれないが、子供らには、真実の判断を歪める誤りだけを育てる。
 早期教育がよいと、だれもが英語教育に熱心だ。賛成者は母国語と英語の二つを自由にあやつれると、けしかけるのでうちのマンションの子供たちは、母国語が第二外国語になっている。何十年習った英語なのに、われわれ五、六十代以上には熱いジャガイモだ。しかし、いまは母国語が熱いジャガイモになった。母国語を失わなかった民は、長い受難の植民地生活から免れることができた。母国語と文字のなかった民は、歴史の裏道へと追いやられた。わたしたちの子供がそのことをわかってくれたらと思う。
 泉の深いところは、周囲の木がよく育ち根も丈夫で、泉の周囲も枝が伸びて、日陰をこしらえてくれ、砂漠のオアシスまでも、木につれて水の道が移動するという。自然の摂理を知るものは少ない。
 コンピュータに慣れたわたしたちの子供らは、文章をうまく書けない。綴りや、文の構成や、適切な単語の使い方にも気を使わない。コンピュータは自ら誤字を感知し、直してくれる。まちがったところを正しくしようと考える必要もなく、マウスで遊んでて、完璧に近い文章ができる世代が、なにを気にかけるだろう。
 何年か前は、学校前の文具店は、五百枚、三百枚、百枚つづりの原稿用紙が陳列棚に一杯だった。近頃の文具店は、A4用紙とお洒落に洗練された筆記具が主人を待っている。使いながら勉強するのではなく、トントン、キーボードを打てばレポートも自然にできあがる。

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 著者は韓国僧伽大学サンスクリット語教授で、有名なエッセイストだそうです。過去10年間に連載したエッセイが日本語に訳されて出版されました。紹介した文は「備えあれば憂いなし」の部分です。ここだけで三つの重要な事柄が簡潔に述べられています。「CM」「英語教育」「コンピュータ」と、共感しますね。英語教育の「母国語が第二外国語になっている」という指摘は、韓国語の発音が英語に近いらしいこともあって、日本の比ではないように思います。コンピュータの普及率は日本より進んでいますので「コンピュータに慣れたわたしたちの子供らは、文章をうまく書けない」という状態も日本の比ではないでしょう。私たちが韓国からまなばなければならない点だとも思います。韓国の実情が日本に照射される好エッセイ集です。



朝倉宏哉氏詩集『乳粥』
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2006.9.30 東京都板橋区
コールサック社刊 2000円+税

<目次>
T章 乳粥
乳粥 12                  天池 16
勝山号 20                 がんじがらめ 26
吼えている山 30              敦煌の町を歩く 34
待ってください 38             明日から来る今日 42
U章 金色の狐
金色の狐 48                深夜の酒宴 52
この広い野原いっぱいの草 56        カマキリ誕生 60
パブロフの犬 64              三本の樹 68
グ・ズ・ダ 74               ミイラと少女と二羽のスズメ 78
V章 隠れびと
隠れびと 84                誘蛾灯 90
微笑 94                  生前墓 98
神秘から謎までの日日 102
.         二つの腕時計 106
風と雲と空と太陽と 110
.          人類文化学園共働農場 114
 あとがき 120



 生前墓

きょう 定年退職する男は
拍手に送られ
花束を抱えて職場を出た

潤む目を
微笑
(ほほえ)みにまぎらしても
足取りはぎこちない

三十七年前の初心を思い
含羞と忸怩と
花束の蘭の香りに
むせかけて頬が染まる

重石は取れたが
還暦の男は
鳥のようには飛べない
魚のようには泳げない
獣のようには走れない

一歩ごとに蘭がゆらぐ
このまま家に帰るのか
逡巡したあとで
男は自分の墓に向かう

春一番
空がびゅうびゅう唸っている
墓地がうっすらけむっている
三十七年間の
仕事が 人が 場所が
春嵐のまっただなかで
かすんでいる

男は生前墓の前に立つ
きょうから
ほんとうにここに来る]デイまでの
見えない日日のために
花束を供える

 この詩集の代表作は、客観的に見れば何と言ってもタイトルポエムであり巻頭詩である「乳粥」でしょうが、ここはどうしても「生前墓」を紹介したいと思いました。私自身が最近、早期「定年退職」したので感情移入が強いのかもしれません。
 「足取りはぎこちない」「むせかけて頬が染まる」というフレーズに「きょう 定年退職する男」の心境が良く出ていると思います。感情は、その人間の身体で表現するのが文学だと思っていますが、まさにその具現と云えましょう。「自分の墓に向かう」という「男」の行動も佳いですね。そして最終連の「ほんとうにここに来る]デイまで」というフレーズには感動しました。そうやって覚悟して生きるのが男≠フ生き方、詩人の生き方なのかもしれません。佳い詩集です。ご一読をお薦めします。



隔月刊詩誌『鰐組』218号
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2006.10.5 茨城県龍ヶ崎市
ワニ・プロダクション 仲山清氏発行 非売品

<目次>
詩集評 松尾静明/甲田詩の「矜恃」と「批評」と「詩諧」 2
連載エッセイ 村嶋正浩/Mは誰のものか 13
連載時評 愛敬浩一/朔太郎の詩論 21
詩集前夜 山佐木進 20/甲田四郎 12
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村嶋正浩/赤いスイートピ 5
根本 明/南天星属 6
吉田義昭/私と私のアメリカ 8
福原恒雄/スーツで、やって来た 10
白井恵子/落日まで 14
利岡正人/蟻の夢 16
平田好輝/田舎のバス 18
弓田弓子/三階の喫茶室の前 22
小林尹夫/棲息26 24
難波保明/都市 25
山中従子/死体をさげて111 26
仲山 清/まず右手が錠前になる 27
     ふくざつな棒の日もあったよね 28
執筆者住所録/原稿募集 30



 スーツで、やって来た/福原恒雄

世事を泳ぎ孔子好みの最近は 前代のひょろ長い歌にべた惚れらしく。
いっこうに訪ねていかないものだから
皮肉いろのスーツなんぞに身を固め
レールをすべるようにやって来た。
渋面で説く段取りかと思いきや満面日の丸で「注目の
ひとよ」と。その眼鏡の奥は笑っていない。

外していたシャツの釦をそそくさとかけ身を糸にすると
ゆびで眼鏡を押し上げるなり「せんさいだねえ」
だから またも そわそわと捩って でも
いにしえの風には撓わない毛髪ほどに化ける。
ぐっとせまってくる。
生命線のカーブをねじ曲げる貫禄である。

傘も素手も目の曇る湿気をふせぎようがないが
あめ色の強情が抗弁の体操。胸の内の非衛生は承知。
見つめられる真正面で「閑居の臭気。ぬるい奴」と
しんせつごかしが弾むのかスーツのポケットから
れんびん色の消臭剤を並べるが。
それ 欲しくない。

「そうかいそうかい。会いたがらない欲しがらない
キャベツのように 眠りたいだけなんだな」
血色をひけらかすスーツ。勲章も着けたいスーツ。
世事の技法も孔子の趣味も《ゆるゆる歩いているひとさまには
もっと臆病になって やれよ》と 夢中の問いは
胸に痞えたままネクタイの紅白玉の道化文様にそっぽ。

黙りこくる平らな時間の軌道が延びて。幼年時に紛れる。
暑気にも鳴るペんぺん草。充満の湿気から
駅の木枠の窓口まえに長時間並んで買った切符
一まい はらり。
いまは草いきれだけがぬける廃線駅のベンチ。幻視かと紛う
筋張った柱に留められた禁煙ステッカーのマークから
螺旋のけむり。影ゆったりと。目に張り付く鬱は疑念がない。

 *戦争直後は汽車切符は発売枚数制限があった。

 おそらく「
戦争直後」から現在を見ているのだろうと思います。「駅の木枠の窓口まえに長時間並んで買った切符」から見れば現在は「レールをすべるようにやって来」る「ひと」。その人は「皮肉いろのスーツなんぞに身を固め」、「その眼鏡の奥は笑っていない」。しかも「生命線のカーブをねじ曲げる貫禄である」。それに対して作中人物は「会いたがらない欲しがらない/キャベツのように 眠りたいだけ」であり「ネクタイの紅白玉の道化文様にそっぽ」を向く。最終連の「目に張り付く鬱は疑念がない」のは、その「ひと」なのか作中人物なのか「疑念」があるところですが、私は後者と採っています。
 たぶん今回も読みを外していると思いますが、戦後60年の「世事を泳ぎ」、「世事の技法」に長けた私たちへの「皮肉」と捉えて良いでしょう。思わず我が身を振り返ってしまった作品です。



護憲詩誌『いのちの籠』4号
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2006.10.15 神奈川県鎌倉市
羽生康二氏方・戦争と平和を考える詩の会発行 350円

<目次>
【詩】
タワーマンション‥中村 純 8       修身を教えへんからでっせ‥麦 朝夫 11
花‥石川逸子12               アイゴー‥日高のぼる 13
冬瓜のスープ‥李 美子 15         再びの「独裁者」‥佐藤真里子 16
鴻毛よりも軽く‥門田照子 17        波止場‥うめだけんさく 18
とけていく‥稲木信夫 19          象の輪‥中 正敏 20
レントゲン検査のあとで‥大河原巌 20    侵略戦争を隠すものたちへ‥佐相憲一 22
座りごこちの悪いイス‥白根厚子 22     嵐が丘ストーリー‥山野なつみ 24
あじさいの忌‥島崎文緒 25         平和こそすべて‥池田錬二 26
夏の記憶‥成瀬峰子 27           教育基本法改定は戦争国家への道‥山岡和範 28
維持/死票/災害‥増岡敏和 29       夏の記憶‥横田英子 30
兄ちゃん‥篠原中子 31           自転車‥甲田四郎 32
人間の学校 その119
.‥井元霧彦 33     悪夢‥伊藤眞司 34
足の裏がゆがんだ‥安永圭子 42       時事詩抄・小泉劇場/次期公演‥日高 滋 44
象徴――鳩と虹‥古賀博文 45        辺野古 煌めいて‥芝 憲子 46
草笛‥江部俊夫 47             ごまめ縁起‥佐川亜紀 48
蝉‥真田かずこ 49             盾‥掘場清子 50
ゾウガメと人間‥羽生康二 52
【エッセイ】
地球は九条を支持している‥佐相憲一 2   日本国憲法を読む(第3回)‥伊藤芳博 4
魚が食べられなくなる日‥白石祐子 35    ゆるいリボンの花束、ストップの会のこと‥古野恭代 38
怪談‥池田久子 40             アジアの国々で‥山野なつみ 41
「反戦反核映画」考(一)・黒木和雄監督の仕事‥‥三井庄二 54
あとがき‥57                会員名簿/『いのちの籠』第4号の会のお知らせ‥表紙裏



 冬瓜のスープ/李 美子

レストランのテーブルに
老人が一人で坐って
料理の運ばれるのを待っている
すこしはなれて斜向かいの席に
二歳ぐらいだろうか女の子が
母さんと並んで坐って
注文した料理をじっと待っている
女の子は老人とふと眼を合せる
はじめて見る相手にむかってにっこりほほえむ
老人は夢みる人のまなざしで
こどもは顔中をにこにこさせて
あたりには美味しそうな匂い
ふたりの笑みが交わされる
そのとき
「お待たせしました!」
老人に本日の定食(ナスの炒め)がはこばれ
つづいて母子に中華風の冬瓜スープがやってきた
(母さんがメニューと睨めっこしてやっと選んだ一品)
こどもの口のなかに青いやわらかな実がのみこまれる
まなざしは匙をもつ母さんの手の動きを追って
いまはもう他のものは見えない
老人は箸を使いながら 最後にもういちど
こどもをながめた

 こんな庶民のささやかな幸せがいつまでも続くようにと願うばかりです。「老人は夢みる人のまなざしで/こどもは顔中をにこにこさせて」。そして「母さん」は子供のための「一品」を「メニューと睨めっこしてやっと選」ぶ。何でもない光景に人間が本来持っている優しさを感じさせてくれます。しかし「老人は箸を使いながら 最後にもういちど/こどもをながめ」て、何を考えたのでしょうか。子供時代の戦中か、その後の混乱の昭和か…。作品には表現されていませんが、その向こうにあるものを感じさせてくれます。おだやかな作風ですが深さを感じさせる佳品だと思いました。



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