きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.10.22 山梨県立美術館




2006.11.9(木)


 午後から表参道の「Gallery Concept21」と上野の「東京文化会館」に行ってきました。表参道は大阪の月刊詩誌『柵』の復刊20周年記念詩書画展オープニングパーティが15時から、上野は(社)日本歌曲振興会の定期演奏会「新作歌曲の夕べ2006」が18時半からでした。
 詩書画展は現会員の詩書画の他に物故会員の戸張みち子、成田武夫、桑島玄二などの書、他にも田中冬二、安西冬衛、百田宗治、天野忠などの書が展示された豪華なものでした。

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 写真は挨拶をする志賀英夫夫妻と西岡光秋さん。50人ほどが集まったでしょうか、狭い会場が人で溢れかえるほどの賑わいでした。『柵』は復刊の創刊号からいただいていると思いますが、月刊で休まず続いて現在は239号。毎月楽しみに待っている詩誌です。今後もますます発展なさいますよう祈念しています。

 「新作歌曲の夕べ」では日本詩人クラブ会員の作詞したものが多く発表されていました。21曲中8曲、他に知合いの詩人の作品が3曲ありましたから、半分以上は知人の作品ということになって、これには我ながら驚いてしまいました。なかでも大畑善夫さんの「モグラの一生」、狩野敏也さんの「若者とヒキ蛙」がユーモラスで良かったです。歌曲というと硬いイメージがありますけど、決してそんなことはありません。叙情的にもの、詩的なもの、ユーモラスなものなど非常にバラエティーに富んでいます。皆さんもぜひ一度聴いてみてください。



個人詩紙『夜凍河』9号
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2006.10 兵庫県西宮市
滝悦子氏発行 非売品

<目次>
雨期



 雨期/滝 悦子

手を振って
まわれ右をして

コンコースの真ん中を歩いた

いくつもの肩
いくつもの背中から雨のにおいがして
画廊のシャッターが降りる
壁がにじりよる

その奥で
プロペラの音

(これが飛行機というものさ)
深い空を傾きながら
おんぼろの
三回聞いても覚えられない名前の双発機
(最高だね)
描いた人と観ている人は
アフリカ大地溝帯を飛び
私は地上のどこかでぼんやり

それでも
いくつもの肩
いくつもの頭越しに背伸びして
手を振って

  *

今日も回り道
遠い西側の連絡通路を歩く

一角で人だかり
重なりあった背中に近づけば
ドアが開いて
少女と鉢合わせ
の、寸前に通り過ぎ
転がるリンゴを追いかけて
カフェの椅子でひと休み
みんなが指さす方をながめていると
天井が
せり上がる
(プロペラ機が飛べるくらいに)

笑いながらも
途方にくれてしまう騙し絵の終わり
猫を抱いた男がぼんやり

外は雨
空港行きのバスが出る

ベンチはどこもからっぽです

 雨について、あるいは「雨期」を書いた作品は多いと思いますが、これは面白いですね。「プロペラ機」との組み合わせは考えもつかないことでした。特に最終の「外は雨/空港行きのバスが出る//ベンチはどこもからっぽです」というフレーズには詩情を感じます。ここでは旅をしているわけではなく、旅の出発点の「空港」が舞台ですが、旅と雨は付き物で、上手い視点で描いたなと思った作品です。



《神静文芸》2004−2005
『文苑 西さがみ』
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2006.11.1 神奈川県小田原市
神静民報社発行 1800円+税

<目次>
前書き…3                 凡例…10
【1月−2月】
前川の新春…新井恵美子…12         年あらたに…菅野正人…16
[新春歌]丹沢の山襞…星崎 茂…20      [新春歌]光の粒子…温井松代…21
[新春歌]白妙の花…穂坂正夫…22       [新春歌]芦ノ湖冬…平野芳子…23
[新春歌]元旦を祝ぐ…加藤三春…24      [短歌]放射冷却…会田和世…25
私事 生みの親そしてロッパのことなど…湯山 厚…26
小田原海岸の呼称…播磨晃一…33       月笑鶴舞 小江南の春…友部 省…39
つまるところは親心…和田頼子…42
[新春句]干支の酉…松下康雨…46       [新春句]鏡餅…黛 執…47
[新春句]台詞…西賀久實…48         [新春句]初鏡…黛まどか…49
[俳句]初天神…奥名春江…50         [川柳]近未来…徳田正幸…51
[詩編]銀嶺は純白を拒否してさらに純白となる…竹井邦夫…52
[詩編]今年の日の出は…村山精二…54     [詩編]大工町…斎藤 央…56
[詩編]老春…大森 澄…58          [短歌]2首…草柳依子…61
[俳句]3句…中山智津子…62         [短歌]2首…藤平初江…63
時の中で…太田富子…64           北原白秋と並木秋人「木菟の家」をめぐって…香山秀雄…66
荷風と小田原…日達良文…70         詩友…大森 澄…74
【3月−4月】
[詩編]倭建…小田川純…78          [英文短歌]いくつより人は別れを思ふらん…中川禮子…81
海峡ラーメン…布施栄子…82         インターネット句会 あれこれ…小島ノブヨシ…85
[俳句]3句…新井たか志…88         [俳句]3句…松下宏民…89
[俳句]3句…赤間はる江…90         [俳句]3句…桐谷綾子…91
さくら…戸上寛子…92            さくら・さくら…益田昌子…94
明日がある…丸山鮎子…96          小田原芸者…原石 寛…98
桜の樹の下には…矢島康吉…102
.       酒匂川の鮎…岡崎 明…105
作家岩越昌三を語る…岸 達志…110
.     大正十年小田原 加藤一夫の転地…村上文昭…118
[短歌]2首…大野和枝…125         [川柳]3句…川瀬渡風…126
【5月−6月】
憧れの人…吉田逍児…128
.          夜明けまえ…今川徳子…131
白秋童謡と児童教育…竹村忠孝…134
.     蕗谷虹児と山北…藤井良晃…138
国文学を守れ…日野顕秀…142
.        父の一言…奥津尚男…45
茶摘み…津田敏子…150
.           青梅の膨らむ頃…小山寛子…152
[俳句]3句…鳥海正樹…154
         [俳句]3句…柳下舟灯…155
[俳句]3句…小沢初江…156
.         やまなし…戸邊喜久雄…157
富士霊園…小田 淳…160
.          藤田湘子と小田原…佐宗欣二…164
飛び道具…加藤三朗…168
.          天津の街で…小早川のぞみ…172
【7月−8月】
[短歌]箱河豚…日野顕秀…176        [短歌]砂漠の戦…安部匠司…177
[短歌]2首…多田 宏…178         [短歌]2首…小川シゲ子…179
茶木滋さんのこと…松下康雨…180
.      茂吉の歌碑…野地安伯…186
加藤一夫と川崎長太郎…岩崎笠衣…190
.    牧野信一のこと…近田茂芳…194
北原武夫と宇野千代 ある日の小田原文学館で…田中美代子…198
前田鐡之助の詩碑…小泉君夫…202      [都々逸]1首…小石川文枝…208
[俳句]3句…山崎悦子…209         [俳句]3句…斎藤 桂…210
[俳句]3句…芝田みち子…211
.        色違い…後藤翔如…212
カラスが?…桜井千恵…216
.         七五調は良いリズム…長谷川きよ志…219
シカゴでの折り鶴…佐藤文代…222
.      何様のつもり…高山昭子…224
遠い記憶…杉山あけみ…226
.         小田原駅舎よ、さようなら…角田幸子…228
[俳句]盆の月…加藤水虹…231        [俳句]登城門…大野西湘子…232
[俳句]梅雨の勝福寺…小西敬次郎…233    [俳句]新緑の飯泉観音…野坂武子…234
[俳句]新緑の小田原城址…清水勝子…235
.   正岡子規と小田原ちょうちん…日建良文…236
ストーンヘンジ瞥見…小林千鶴子…240
【9月−10月】
青柿の頃…木村和彦…244
.          ある自由律俳人の死…新城 宏…247
[短歌]老残孤日…湯山 厚…250       [短歌]2首…田中比沙子…251
[短歌]2首…楓川あけみ…252        [俳句]初秋の富士・忍野…田代孝子…253
ニューヨークの空…神山つとむ…254
.     上様日和…青木良一…256
[俳句]3句…廣川 公…258         [俳句]3句…鳥海壮六…259
[俳句]3句…青木喜久代…260
.        消えぬ影…大橋春子…261
カルメン日記 神経症猫と飼い主の奇妙な日常…桃山おふく…264
野口さんのサイン…小嶋光子…270
.      旅心の糧に…下田勝也…272
【11月−12月】
明治・大正期の国府津駅と海岸…杉山博久…276
 小うるさい人間…中谷 俊…282
テレビの中の生と死…加藤隆二…285
.     夏目漱石と小田原 岡田研三宛書簡を巡って…木内英実…288
或る日の川崎長太郎 初公開の珍しい写真…土橋俊雄…292
北原白秋の俳句…小西敬次郎…295      [俳句]3句…市川恵子…300
[俳句]3句…近藤久江…301         [短歌]在りし日…赤岩久子…302
2004−2005年
.刊行書籍一覧…303       2004−2005年.刊行雑誌一覧…304
収録作品《神静文芸》欄掲載日一覧…305〜308 《文苑西さがみ》制作委員名簿…309
協賛者芳名録…310〜311



 大工町/斎藤 央

八っつぁん 熊さんが
道具袋をかついで
「おっかあ 今けえった」と
長屋の引き戸を開けたのは
今からもう百年以上も前のこと

数十年前までは
この町の名にふさわしい
鍛冶屋が一軒あって
鉄を打つ音が響いていたが
今は鉄工所に変わり
近所の雑貨屋周辺は
巨大マンションに生まれ変わった

私の知る限り
大工も鳶職も
この町にはもう住んではいない

夜になると
マンションの窓から漏れる光と
街灯だけが
この街の暮らしを照らしている
店はみなシャッターを閉ざし
八五郎も熊吉も
「今けえった」と
帰ってくる様子はない

 神奈川県西部地方と静岡県東部地方を販売拠点とする、地元の日刊紙「神静民報」の文芸欄に載せられた作品をまとめたアンソロジーです。2004年1月から2005年12月までの執筆者のうち108名分が転載されています。私もそのうちに一人として載せさせていただきました。しかし、詩は全部で5編と少ないですね。目次でもお判りのように短歌・俳句の方が多いのは日本の縮図として当然かもしれません。
 紹介した作品の「大工町」は、まったく作品の通りで「巨大マンションに生まれ変わっ」て「大工も鳶職も/この町にはもう住んではい」ないでしょう。「夜になると」7時には「店はみなシャッターを閉ざし」てしまいます。「八五郎」や「熊吉」に変わったサラリーマンがネクタイを緩めながら「帰ってくる」街です。そんな現在の街の様子を垣間見せる作品だと思いました。



大塚子悠氏著
『星ひとつ
-小剣さんを歩く-
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2006.9.2 兵庫県川辺郡猪名川町
信樹舎刊 非売品

<目次>
◎はじめに…6
◎小説・青年小剣…9
◎小剣を語る
一、猪名川…79
.               二、おじゅうさん…81
◇小剣の語る「おじゅうさん」…85
三、猫…87
.                 四、堺利彦と小剣…93
五、俳人との別れ…102            六、俳句、短歌への関心…110
七、新聞記者
1、小剣誕生…118              2、編集室…122
3、子規を悼む…129             4、随筆『その日その日』…138
5、社会主義評論…144
八、生活改善誌『簡易生活』…149
九、魅せられた人
●幸徳秋水…156               ●島村抱月…165
十、小剣の思想…172
1、嫌いなものは嫌いだ…173         2、コンニャク問答…177
3、労働者という認識…181          4、生活改善の意欲…186
5、女性観…193               6、政治への関心…200
十一、小剣の趣味・蓄音機…203        十二、詩人の魂…207
十三、「赤い鳥」運動への協力…212      十四、随想集『清貧に生きる』…216
十五、日本芸術院会員となる…221       十六、語り終えて…227
◎資料の章
・上司姓の読み方について…233        ・華屋漫筆…234
・小剣と多田の荘…242            ・新聞小説『鮎』…250
・子介時代の記事…256            ・随筆集『その日その日』目次…259
・小説の紹介
その一、『東光院』『お光壮吉』…263     その二、『U新聞年代記』『平和主義者』…267
その三、『灰燼』『神主』…271        その四、『空想の花』『新しき世界へ』…275
その五、『鱧の皮』『木像』…279       その六、『河豚を喰った夜の芭蕉』『西行法師』…283
その七、『髭』『父母の骨』…287       その八、『生存を拒絶する人』『石川五右衛門の生立』…291
・秋水の書簡
(1) 随筆『その日その日』に関して…295    (2)『社会主義評論』について…298
(3)『簡易生活』に関して…300
.        (4) 小説『閑文字』について…302
・小剣宛書簡について…306          ・安部宙之介について…309
・多田小学校PTA誌「みどりのこだま」…311  ・作品年譜…313
◎あとがき…331               参考文献…333



・『鱧の皮』
    郵便配達が巡査のやうな靴音をさして入って来た。
   「福島磯……といふ人が居ますか。」
    彼は焦々した調子でかう言って、束になった葉書や手紙の中から、赤い印紙を二枚貼っ
   た封の厚いのを取り出した。
    道頓堀の夜景は丁どこれから、といふ時刻で、筋向うの芝居の幕間になったらしく、讃
   岐屋の店は一時に立て込んで、二階からの通し物や、芝居の本家や煎茶屋からの出前で、
   銀場も板場もテンテコ舞をする程であった。
 こう始まる短編『鱧の皮』。讃岐屋の御寮人さんのお文は、しっかり者の家付き娘で三十六歳の女盛り。四十四歳の養子の福造が道楽で身を持ち崩して東京に家出しているので、女手一つで店を切り盛りしている。そんなお文のところに福造から一通の手紙が届く。ちょうど居合わせた叔父の源太郎に読んでもらうと、二十円の無心をしたためた後「この店の名義を福造の名にすること云々」と、虫のいいことを書き並べた末に、「鱧の皮を御送り下されたく候」と結んである。阿呆臭いと言いつつも、心の揺れるお文は、店をお梶に頼み、源太郎を誘って善哉を食べに出る。お文は、馴染みの小料理屋に叔父を連れて入り、女中に酌をさせながら、東京行きを口にする。のんき者の源太郎も思案に余った。
 日本橋の詰で叔父を終夜運転の電車に乗せて帰してからまだ起きていた蒲鉾屋に寄って鱧の皮を一円買い、小包郵便に荷造りさせて、急ぎ足で家へ帰る。ハモの包みをそっと撫でるお文。

 《大阪おんな》の典型とされている女性を描いた作品として、「《大阪おんな》の系譜」の中で、次のように語る。<『大阪と近代文学』小林豊著・法律文化社>
 《戦後の<大阪物>の小説・映画・演劇・テレビドラマの原型になったのが、この「鱧の皮」といってよい》と語り、また、《織田作之助の「夫婦善哉」にも多分に「鱧の皮」の影響が見られることは両作を併読すれば理解されよう》とも。
 《この小説の中の大阪弁の巧みさには定評がある。小剣より一世代若い宇野浩二は、「大阪言葉と大阪人気質を最もよく現してゐるのは、『鱧の皮』である」(『一途の道』昭一三)といい、さらに「大阪の庶民のつかふ大阪の言葉をもっとも巧みにこなしてゐるのは、私のせまい読書範囲で知るかぎりでは、織田作之助であったけれど、そこに織田の好みが入ってゐたのが疵であったから、今のところでは、小剣の右に出づるものはない」(岩波文庫『鱧の皮』解説・昭二七)と書いているほどだ》と。そして、次のように解説する。
 《お文は、作者の従妹、母のお梶は母方の叔母(母の異父妹)源太郎は同じく母方の叔父(異父弟)で、お梶の弟に当たる。いずれも『木像』にも登場する》
 なお、この二年後の短編「妾垣」には、「『鱧の皮』続編」の副題がついている。

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 著者は上司小剣が教員を勤めていた兵庫県猪名川の上流、多田小学校で、40年余後に赴任するという経験をお持ちの方です。同じ小学校の先輩教員として小剣に興味を持って、ご自身の小説「青年小剣」を配し、文献を読み漁って小剣の実像に迫った力作と云えましょう。
 上司小剣という作家についてご存知の方は多くないと思います。私も実は知りませんでした。たまたま日本ペンクラブの電子文藝館委員を務めている関係上、物故会員の作品として『鱧の皮』が採り上げられたことで知った程度です。小剣について「はじめに」で簡潔明瞭に書かれていますので、そこも紹介してみます。

 「万葉集にもうたわれている猪名川、その上流多田(兵庫県川西市)の盆地で幼少時代を過ごした彼は、明治三十年一月、二十四歳で上京、読売新聞社に入社する。一時期、正宗白鳥とデスクを共にしたこともある。文芸部長、社会部長、婦人部長などを勤め、やがて編集局長に就任。勤務のかたわら、多くの小説や随筆を発表する。《代表作は、上方情緒の横溢した作品、『鱧の皮』。当時、田山花袋などから絶賛された》
 昭和十七年、伝記小説『伴林光平』で第5回菊池寛賞受賞。昭和二十一年、芸術院会員となる。翌年九月、七十四年の生涯を閉じる。」

 小剣についての研究はまだまだ遅れているようです。電子文藝館委員会でも同様の話が出ていました。その遅れているという研究に大きな風穴を開けた1冊ではないでしょうか。小剣研究者には必読の1冊と思います。
 冒頭に紹介した部分は『鱧の皮』について書かれた全文です。なお『鱧の皮』は日本ペンクラブ電子文藝館
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html で読むことができます。「著者」−「か」−「上司小剣 鱧の皮」でどうぞご鑑賞ください。



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