きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2006.10.22 山梨県立美術館 |
2006.11.19(日)
特に予定のない一日。いただいた本を読んで、少し書斎を片付けて過ごしました。
○李美子氏詩集『かるびや繁昌記』 21世紀詩人叢書・第U期20 |
2006.11.20 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税 |
<目次>
T
歌手 8 軍手 12
わが街考 16 冬の夜のおたのしみ 20
神話 22 哭(な)き女 26
青梅 28 えんぴつ 32
伴侶 34
かるびや繁昌記
その日 38 あったかさん 41
山茶花 44 秋夜 48
晴れときどき合掌 51
U
ポギルトをさがして56 ターミナル 60
地理の時間 64 月見峠(タルマジコゲ) 68
山つつじ 72 河をわたる 76
待つ人 80 特技 84
信号 88 踏み切りの家 90
黄色がいい 94 花婿 98
階段のした 102
あとがき 106
地理の時間
先生は一息で黒板にウサギを描かれ
みなさん わたしたちの国です
長い耳に沿って豆滴江は流れ
うなじのこの小さなくぼみは元山
鼻さきには平壊 ソウルはお腹のあたり
まるい尻尾の釜山港 外国船が行き交います
大きな声で復誦しましょう
はじめてソウルを訪れた飛行機のなか
観光地図をひらいてドキリとした
あのウサギは下半分しかない
鋭利な刃で切り取られてしまったように
ふわふわの背中も桃色の口もない
そのとき 消え入りそうな声がして
みなさん わたしたちの国です
思わずあたりを見回した
半世紀ぶり南北の家族が抱きあった
このときをおぼえていよう
そして間もなく
軍事境界線をおし開いて
特急列車が走るのだという
国境のむこうは 藩陽 ウランバートル
アルタイ山脈 タシケント 灼熱のアデン・アラビア
もう一度 胸をときめかしたい
わたしたちのウサギ 包帯を巻かれ
うれしくて飛び跳ねそう
7年ぶりの第2詩集です。タイトルポエムの「かるびや繁昌記」は5章に分かれていて、それぞれに佳い作品ですが、ここでは「地理の時間」を紹介してみました。最初の「先生は一息で黒板にウサギを描かれ/みなさん わたしたちの国です」というフレーズで、アッと驚きました。そうなんだ、朝鮮半島は「ウサギ」なんだ! 日本列島は弓形で戦いの道具、朝鮮半島はおとなしい兎。何やら両国の歴史と国民性を物語っていないでもない…。そして「あのウサギは下半分しかない」というフレーズで、私も「ドキリとし」ました。上半分を「鋭利な刃で切り取られてしまった」「わたしたちの国」を持つ民。この感覚は私には判りようもありませんが、この作品で少しは想像できるようになったと思います。
現在、「軍事境界線をおし開いて/特急列車が走る」計画は頓挫しているようですが、早く「うれしくて飛び跳ね」る国になってもらいたいものです。
○アンソロジー『大宮詩集』29号 |
2006.12.1 さいたま市大宮区 大宮詩人会・飯島正治氏発行 1300円 |
<目次>
中村 稔・雪 6 山崎 馨・つんだまま 8
飯島正治・メタセコイアの樹の下で 10
秋田芳子・怪我 12 浅井裕子・朝もや 14
植原まつみ・梅の花 16 岡野菊子・見えないもの 18
金井節子・赤い靴 20 清宮 零・今 しばらく 22
黒石けさ子・元気です 24 小松嘉代・からもも 26
斉藤充江・氷魚の伝承 28 ささきひろし・寒波 32
重田千賀子・晴れるといいのに 34 清水寛三・いくつかの点灯 36
菅原優子・空 38 鈴木昌子・きざし 40
田口洋子・もぐらの穴につまずいて 42 只松千恵子・尹東柱(ユントンジュン)の一生 44
たちばなとしこ・蕩冬(Gバタイユに寄せて)/同床異夢 48
たてのたかこ・犬と私 52 対馬正子・あめの狂詩曲 54
津村美恵子・老い 56 西尾君子・エッフェル塔 58
二宮清隆・ぶどうの想い 60 二瓶 徹・コロッケとメンチ 62
林 哲也・古道 64 原島里枝・視線 66
昼間初美・中秋 68 広瀧 光・不連続線 70
福島みね子・巣立ち 72 ふくもりいくこ・無人駅 74
藤倉 明・羽ばたき 76 古田のい子・食事 78
堀田郁子・光の記憶 80 堀井裕子・塾帰り 82
堀口 浩・ふるさと 84 間中春枝・イザナミ 86
宮川チエ子・分封 88 宮坂美樹子・夕焼けに 90
村上呉味・老女のぼやき 92 山崎理恵子・永岡氏を悼む 94
渇村倭文子・シマフクロウ 96 力丸瑞穂・作法 98
大宮詩人会メモ/役員名簿/あとがき
あめの狂詩曲/対馬正子
つゆ入りのあめが降ってきた
田んぼに繁る蛙の狂詩曲(ラプソディ)
栗林は異性の華の匂いを醸して嗅覚を蒸す
うっとうしいつゆの頃 と便箋に
したためた型通りの言葉の裏に
混沌と湧き上がる時間の潮は
伏流するあめの清冽さにわたしを洗う
――あめ降(テ)って た……
家の前の小川をじっと見つめ
かけ込んで来て発した それが
初めてのわたしの言葉だと 洗う
周りの子どもたちより遥かに遅れて
月を満たさず生まれた子を
諦めていた矢先の仄かな望みに
復誦する両親の愛おしみが
潮のうずに弾けてはまた還流する
エピソードは曲り曲る人生の断章か
照る日よりも
あめの前線に生きるわたしの生命螺旋譜よ
葉裏に滴る水玉に そらのほしを汲み
地球は光ににじむ深海の青い時間
花をめかした藻を繁らせて いま
この庭に降る一滴一滴の雨脚が
嬰卜短調の狂詩曲(ラプソディ)を刻む
アメテッテ タ アメテッテ タ……
「わたし」が生まれて「初めて」発した「言葉」とはいえ、「あめ降って た……」というやわらかな言葉に魅了されました。「周りの子どもたちより遥かに遅れて」いたとしても「わたし」の言語感覚は初めから詩的だったのかもしれません。
もうひとつ印象深いのは「初めてのわたしの言葉」を教えてくれた「両親の愛おしみ」です。人生の最初に発した言葉を教えてくれる両親はそうそういるものではないと思います。少なくとも私は知りません。「月を満たさず生まれた子」から、なおさらのこと「愛おしみ」が強かったのかもしれませんね。心洗われる思いのした作品です。
○詩誌『衣』9号 |
2006.11.20 栃木県下都賀郡壬生町 森田海径子氏方「衣」の会・山本十四尾氏発行 700円 |
<目次>
今を歩く/下村和子 2 ただいま/豊福みどり 3
塊/四宮弘子 4 雨のかみさま/月燈ナユタ 5
無月 その二/岡山晴彦(はるよし) 6 嫁すこと/おしだとしこ 7
鏡/桂木沙江子 8 水流/相場栄子 9
葛の葉物語り/大原勝人 10 海辺の母子像/江口智代 11
残暑の音/山田篤朗 12 朝/大磯瑞己 13
費消されて/佐々木春美 14 名札/鶴田加奈美 15
別れ/上原季絵 16 実なし銀杏/森田海径子(かつこ) 17
神話/山本十四尾 18
近況 19 20 後記 21 住所録 22
別れ/上原季絵
小鳥たちよ
毎朝このプールのある庭に
葡萄の実を啄みに来るのでしょう
嘴の赤い小鳥よ
娘が一人でこのテラスに来たなら
きっと話相手になってあげてね
尾の長い小鳥よ
笑い声が聞こえたら安心していいよ
怒っているときも まあいいかな
放心の予感がしたらそのときは
騒がしく羽ばたいて
この空の青さを振り掛けておくれ
そして
ひとときも忘れず
祈りにも似た深い慈しみと気がかりをもって
この空と続いている空を
日光の地から
私が見上げていると伝えておくれ
私はあなた方に娘と孫を託して
明日
このアリゾナ(アメリカ)を後にする
どういう「別れ」かと思ったら、「娘と孫」のいる「アリゾナ(アメリカ)」を訪れて、そこを去る場面でした。娘と孫を思いやる心が美しく結晶した作品です。特に「騒がしく羽ばたいて/この空の青さを振り掛けておくれ」というフレーズが佳いですね。抑えきれない感情の中にも詩人として言葉を選択する気概を感じます。
「日光」は作者が居住する「地」。「この空と続いている空」を見つめる詩人の、「深い慈しみと気がかり」に共感した佳品です。
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