きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.10.22 山梨県立美術館




2006.11.26(日)


 特に予定のない日曜日。いただいた本を読んで過ごしました。



詩誌hotel16号
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2006.11.10 千葉市稲毛区
根本明氏方・hotelの会発行 500円

<目次>
作品
紙宿/海埜今日子 2            夜の散歩から/澤口信治 4
雷撃/片野晃司 6             おおきな木と骨とせんたくものの歌/相沢正一郎 8
分身の購・宙の武勲/野村喜和夫 9     DREAM COME TRUE/広瀬大志 14
(魚の)眼のうちに棲む/川江一二三 18    みさき、から/根本 明 21
眠れ/かわじまさよ 24           茅の目をした少年/浜江順子 26
風にさらされたもの/福田武人 28
エッセイ
乱歩変奏曲――ざわめく美(1)/海埜今日子 16
□terrasse 30
表紙・カット/かわじまさよ



 紙宿/海埜今日子

書類のたばがくろずんでいた、あの界隈で、めずらしく親密に、ほ
てったえにし、やぶれるまさぐり、つけねからこらすようにして再
生はおわっていったのだろう。ひっくりかえったつちのにおいがし
たんです。いわくおぼえがあり、新鮮で、どちらにしてもおもいが
けず、おんなは宿をさむがったりして、けっきょく文面のなかで会
うことにきめたのだった。鳥の肌がさかなでにされる、ますますふ
える、バインダーにかなたではさまれ、おとこの余韻をどうじに、
のようにねりなおしていったのかもしれない。あおざめたら、いっ
たいあかるさにちかづきますか。なれることがなえていたので、は
じめてのように買いそろえるさなかに、行間について、そのまじり
あう握手について、ぬくもる空、ひんやりと剥離をつたえる風を書
きこんだのは、メモのなせる失態です。そうあのひとはあやまって
くれたんです。うでのたわむれがぬるんだので、ゆわえた箇所が感
覚だけをこばむようで、どうにもやりきれなかったのに。反故のも
つれる恋だったとつたわりました。描写のなかでドアをたたき、鍵
穴のはてで、ちがう磁場をとかしあって。わたしたちはみましたか、
くちのなかでころがったようです。まわされるまでの逢瀬だった。
熱のひらたいにおいがした。それは虫の息をかまびすしいほどにと
もない、筆のはこびを後押ししてくれた、というむすびでしたが、
たしかにざわめきがきこえたんです。のみこんだら、かげるのだろ
うか。宿におとずれたよりそいたちが、だいぶあおさをましてゆき、
かれのうえでやぶれてゆく。湯気はそれでもけむりのようだったの
で、おなじおんなをふやしたのが、無臭をかこつ気候のはじまりだ
ったのかもしれない。書きそんじはべつの商品としてそだつことも
あると、だいぶたってから、ちがう、にたようなおとこにつげられ
たので、みやげもの屋ものぞいてみたのですが。ゆびはどんどんし
らなさにかかわり、うねるようにわきをくぐり、書面のほとりに波
紋をひろげていったのだろう。ここも変わりましたね、遠方からわ
ざわざさわってくれたことに感謝します。したためられた静謐には、
おんなのエキスがずいぶんふくまれていたので、ふむことも辞さな
いでさえぎり、メモものこさないまま、またいでいったのはわたし
たちだ。どうにもみえなさがやさしくて、よせつけることなく歓待
されているようだったから。宿泊はそれでものばされ、なにげなさ
のあわいに書類たちをちりばめたのか、すてたのか。あの界隈はひ
とでにわたった。虫のつないだ会話にそって、まだここに鍵が、と
いう文字が一行目にたくされたので、もえのこったのも紙でした。

 不思議なタイトルですが造語ではなさそうです。が、広辞苑第3版には載っていませんでした。ネットで調べると紙問屋≠ニいう意味がありましたけど、この作品にはそぐいません。ここでは素直に「書類のたば」「書面」「書類たち」の「宿」と採ればよいと思います。
 作品の中で最も目を引いたのは「書きそんじはべつの商品としてそだつこともある」という詩語です。「紙宿」にかこつけて言えば「再生」紙であったり「もえ」て熱源となったりの「べつの商品」がイメージされますが、ここでは書かれた内容そのものを言っているように思えます。ハードではなくソフトという意味です。詩の書き損じがエッセイに、エッセイの書き損じが小説に…。現実には難しいでしょうが、そういう視点もあるのではないかとこの詩語は教えているのかもしれません。「おんな」とは「けっきょく文面のなかで会うことにきめた」り、「バインダーにかなたではさまれ」たり、「ひんやりと剥離をつたえる風を書きこんだ」り、それだけで詩論が書けそうな面白い詩語がいっぱい出てきますけど、上述が私には一番ぴったりとなじみました。佳品です。



月刊詩誌『柵』240号
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2006.11.20 大阪府箕面市
詩画工房・志賀英夫氏発行 572+税

<目次>
現代詩展望 情理と言語の間 藤原正彦『国家の品格』の妄想…中村不二夫 92
少年詩メモ(12) 可逆か、不可逆か?…津坂治男 96
審判(3) 確立…森 徳治 100
流動する今日の世界の中で日本の詩とは25 偉大なる国家の栄光と遊牧民の伝統と…水崎野里子 104
月刊詩誌「柵」復刊二十周年記念・誌上詩書画展…編集部 77
「戦後詩誌の系譜」38昭和58年61誌追補2誌…中村不二夫 志賀英夫 120
詩作品
山崎 森/紅流し 4            柳原省三/海辺 6
山南律子/祈り 8             忍城春宣/大門跡 10
中原道夫/女性専用車 12          名古きよえ/パミール高原を通って 14
南 邦和/美しい村 16           宗 昇/おとづれ 18
肌勢とみ子/しずかな赤ん坊 20       進 一男/夜は明けない 22
大貫裕司/初秋 24             小沢千恵/富士アザミ 26
佐藤勝太/命のかぎり 28          山口格郎/不器用者 30
西森美智子/引力より 32          小城江壮智/黒田洋服店 34
織田美沙子/秋と愛と 36          野老比左子/意味の森で 38
鈴木一成/寄せ集め 40           北村愛子/お墓の意志表明 42
安森ソノ子/ブロード・ウェイで聴く朗読
.44  高橋サブロー/金沢の食文化 46
水崎野里子/マレーシヤの友人 48      笠原仙一/祈 51
江良亜来子/夕空 54            岩本 健/神の小羊 他 56
小野 肇/ふしぎな言葉 58         松田悦子/喫茶ドンキホーテ 60
立原昌保/夜明け 62            平野秀哉/法話 64
川端律子/モンゴルの旅 66         門林岩雄/夢のあとに 68
若狭雅裕/吊し柿 70            今泉協子/生きとし生けるものは 72
前田孝一/二十周年を迎える 74       徐柄鎮/暢気な案山子 76
現代情況論ノート(7)…石原 武 108
世界文学の詩的悦楽−ディレッタント的随想(6)『山村暮鳥−聖職者詩人』についての公開感想文…小川聖子 110
韓国現代詩人(4)金光圭の詩 あの当時…水崎野里子訳 114
コクトオ覚書215 コクトオ自画像[知られざる男]35…三木英治 116
東日本・三冊の詩集 向井千代子『白木蓮』 荒船健治『うぐいす』 豊岡史郎『拙生園』…中原道夫 132
西日本・三冊の詩集 有馬敲『洛中洛外』 門林岩雄『城』 高田千尋『お母さんは二人』…佐藤勝太 136
受贈図書 142  受贈詩誌 139  柵通信 140  身辺雑記 143
表紙絵/野口晋 扉絵/申錫弼 カット/中島由夫・野口晋・申錫弼



 しずかな赤ん坊/肌勢とみ子

朝から何かおかしい
歩くたびにからだがどちらかに傾いてしまうのだ
きっと耳のなかの砂山がくずれてしまったのだろう
ときどき聞こえる「コツン コツン」という音は
孫たちが忘れていったお砂あそびのシャベルが
鼓膜にあたっている音に違いない

きのう三人の孫たちが耳のなかでお砂あそびをした
一年生と幼稚園のおねえちゃんふたり
それと赤ん坊のおとうと
おお そうだったのか
おねえちゃんはシャベルではなくて
おとうとを忘れて帰ってしまったのだ
「コツン コツン」という音は赤ん坊のあし音だったのだ

赤ん坊は生まれつき喉がせまいので
呼吸のための穴があけられている
だからこの子は声がだせない
忘れられても知らせることができなかったのだ

 この子は声を立てずに笑います
 この子はなみだを流してしずかに泣きます
 神さま この子から目を離さないでください
 この子が笑ったら笑いかえしてやってください
 この子が泣いたら
 どうしたらいいかねえちゃんに聞くといいでしょう
 ――泣いたら抱っこするかだよ
 ――抱っこしても泣きやまなかったらオムツを替えてあげて
 ――オムツを替えても泣くならおなかがすいているんだよ
 世界でいちばんしずかな赤ん坊
 神さま この子のなみだを見逃さないでください

 詩作品ですから現実と採る必要はないでしょうが、「声がだせない」「赤ん坊」が実際にはいるだろうと思います。その子はどうやって泣くのだろう、笑うのだろうと想像させてくれる作品です。「声を立てずに笑い」、「なみだを流してしずかに泣」く子。私たちはそれを想像するしかありません。想像することでその子に少しでも添うことができるか、それを考えることはできます。「忘れられても知らせることができなかった」「世界でいちばんしずかな赤ん坊」は、それを問うているのかもしれません。考えさせられました。



詩とエッセイ『樹音』54号
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2006.11.1 奈良県奈良市
樹音詩社・森ちふく氏発行 400円

<目次>
一本の万年筆 他1編/結崎めい 2     あ・る・く 他1編/汀さらら 4
秋の声 他1編/中西 登 6        夏の日の炎 他1編/中谷あつ子 8
司令塔 他1編/藤千代音 10        鎮魂 他1編/寺西宏之 12
空/かりたれいこ 15            影/森ちふく 16
「愛と子どもの社会性の関係」/板垣史郎 17
「情」について/大西利文 18
後ろ姿/かりたれいこ 19
樹のこえ 20     編集後記 21     樹音・会員名簿 22
表紙題字・大西利文



 とぅりゃんせ ゆきゃんせ/中谷あつ子

ここまできたからこらえてゆきゃんせ
ゆこうゆこうとあたまにきかせ
いやがるあしにくつはかせ
あんたのためだといいきかせ
けしきなどみているひまがない
じかんにおわれ かたのにもつのにくらしさ

うつわの おおきさわからぬままに
欲の力でここまできたが
どうにもならぬわがみのからだ
どれをすてよかのこそうか
すてるにすてられないものばかり
まようすがたは あわれなおかしさ

日はたっぷり まだうえにある
ひといきいれて さんそをすって
ほんとのこころ とうてみ
なにをもとめてこらえてきたか
これもじんせいとおりみち
ゆきゃんせ とうりゃんせ

 身につまされる作品です。「うつわの おおきさわからぬままに/欲の力でここまできた」、「すてるにすてられないものばかり/まようすがたは あわれなおかしさ」などのフレーズに我が身を重ねています。「日はたっぷり まだうえにある」とありますから、作者はまだ若い方なのかもしれません。私の場合はそろそろ黄昏というところでしょうか。そんな長い時間を「なにをもとめてこらえてきたか」「ほんとのこころ とうてみ」る必要があるかもしれませんね。平仮名主体も奏功している作品だと思いました。



詩誌『黒豹』113号
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2006.11.25 千葉県館山市
諫川正臣氏方・黒豹社発行 非売品

<目次>
諫川正臣/夜の干潟 2           諫川正臣/冬の雑木林を行く 3
西田 繁/白い道 4            西田 繁/窓 5
よしだおさむ/怪(け) 6          よしだおさむ/すずめの死 7
前原 武/大衆食堂 8           前原 武/池の蛙 9
山口静雄/晩夏 10             富田和夫/アウシュヴィッツの雨 11
杉浦将江 蜩 12              杉浦将江/雨障(あまざわ)り 13
本間義人/宴の果て 14           本間義人/人に 15
 編集後記 16



 
あまざわ
 雨障り/杉浦将江

葉から 葉へ
滴り落ちる形を
じっと見ている

雫の中に ふと 笑顔がうかぶ
「雨障りは好きだよ」といった息子
天国も雨ですか
いとおしさを たぐりよせてみる

暴れ梅雨です
家が流されました
友からの便りに驚く
庭の池では
鯉が波紋をたのしんでいるのに

せまる雨音の中で
私は そっと 横笛を吹いた

       
*雨障り…雨に降られて外に出ずに家にとじこもることをいう

 浅学にして「雨障り」という語を始めて眼にしましたけど、美しい言葉だと思います。広辞苑にも載っていますので方言ではありません。しかし遣っている人は少ないのではないでしょうか。美しい言葉を遣う「私」と「息子」、「そっと 横笛を吹」く「私」。なにやら平安時代の貴族の生活を垣間見ているようで、起承転結のしっかりした構成にも美しさを感じた作品です。



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