きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.11.04 仙台市内




2006.12.21(木)


 拙第6詩集が出来て10日ほど。刷り上った本のほとんどが出版社から代送寄贈してもらったり市販されたりしていて、私の手元に来た本は全体の1割強です。出版社が代送のために用意した名簿に載っていない人を中心に、毎日2冊、3冊とボチボチお贈りしていますが、送料の違いに愕然としています。冊子小包で送ると1冊310円。メール便ですと、なんと80円から160円! もっとも、80円というのはコンビニの間違いだったことが判って、正解は160円ですけどね(^^; それにしても郵送の半額とは驚きです。これじゃあ郵便局は負けるワナ。それに郵便局と違ってコンビニですから24時間対応してくれます。こちらの都合の良い時間、例えば本を読んで疲れたなと思ったら、夜中でも気分転換に出かけて行けます。

 長い眼で見て、本当に郵便局が負けていいのかという議論はあるでしょうが、半額を目の前に提示されると弱いですね。安くてサービンが良い方を求めるのは自然の流れでしょう。競争原理の全てが良いとは思いませんけど、遅蒔きながら郵便局の生き残る道は何だろうと考えてしまいました。



『ヒロシマ ナガサキを考える』87号
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2007.1.1 東京都葛飾区 石川逸子氏編集
ヒロシマ・ナガサキを考える会発行 非売品

<目次>
問題はなにもない/エルネスト・カーン 多喜百合子・堀田裕人訳 1
死んでまで魂の自由を奪われた!〜靖国神社へのアジアの遺族達の抗議/石川逸子 2
渡部良三歌集『小さな抵抗』を読む/石川逸子 11
池谷監督作品『蟻の兵隊』を観る 18
高福子さんを偲んで/石川逸子 19
対馬の海から−高福子さんと/上野都 23
ここは玄界灘です!−故高福子姉御の散骨式の日に/金里博 25
高炯烈著・韓成禮訳(コールサック社)『長詩 リトルボーイ』/石川逸子 26
埼玉県立飯能高校のすばらしいヒロシマ修学旅行/関千枝子 27
〇六・八・一五/石川逸子 30



 〇六・八・一五/石川逸子

フロックコートを着た男が
靴を脱いで本殿にはいっていくと
いきなり 雨がすわわあつと降り出した
(来たな)と男はおもったかどうか

(そうだ 待っていたぞ
われら国のためにミコトにされてしまったものだ
ミコトになるとは腸が飛び出し 頭が砕けることだ
密林のなかで飢えてさまよい ついに干からびて死んでいくことだ
わかっているのか わかっているのか)
沈黙しつづけた亡霊たちが
堰を切ったように男をかこんで
横なぐりの雨風となって叫びつづけ 木々をふるわし
祝詞を詠む宮司の声をさえぎる

(われらはわれらの国をうばわれ
おまえらの囲の盾となれといわれ
砲弾に 飢えに たった二つの目 たった一つの命もうばわれて
異国の山野に果てた
われらの母 われらの妻たちはわれらを待って
待って 白髪となっても待ちつづけ 故郷の土に還っていった
われらはミコトになど一刻もなっていたくないのだ
わかっているのか わかっているのか)

と、次に聞こえてきたのは
誰はばからぬ哄笑だ
(てめえら うるせえ
恐れ多くもミコトにされたを ありがたく思え
天子さまのために戦ったゆえ恐れ多くも〈神〉になれたのを忘れるな
いかな聖人君子も名将も天子さま相手に戦えば国賊よ
金ももらえぬ 香華も手向けられぬ
いかな国であろうと天子さまにさからえば仇敵よ
おう うるせえぞ ミコトにしてもらって四の五のぬかすな)
あの声は 戊辰戦争でいばりかえり 東北人の恨みを買って殺され
た 奥州鎮撫総督参謀 世良修蔵か

(静まれ 静まれ
帝国軍人が今ごろ何を泣き言ぬかすか)
ヒゲを生やした高級将校が日本刀をスラリと抜く

(亡霊になっちゃ階級もへったくれもありますか
みな死ぬときは 母さん!母さあん! と叫んで死んだんだ)

亡霊たちのあいだではじまる熾烈な争いを知らぬげに
宮司は祝詞を詠みつづけ 詠みおわる
男は奉加帳に「内閣総理大臣 K」と書く
すたすたと廊下を歩きながら 窓の外を見る
まだ外は風が荒れ狂い
(待て 待て!)すさまじい亡霊の声が聞こえる

外では やがて体ごと四散し ミコトにされるかもしれない若者が
娘と手を組み
「なんか面白そうじゃん」マスコミのインタビューに答えている
男は出口で靴をはき
屈強のガードマンに守られて
車に乗り 閣議の場所へと向かう
はた と雨が止んだ

 特に説明はいらないと思います。そのまま素直に読んで、素直に胸に落ちる作品です。技巧的には「亡霊たちのあいだではじまる熾烈な争い」という観点が斬新ですし、靖国神社が「戊辰戦争」後に造られたという歴史的な背景もきちんと抑えています。個人的には「戊辰戦争」で「国賊」側だった會津藩支藩の末裔として、「世良修蔵」に対する「東北人の恨み」を私も持っています。
 この作品が特に優れているのは最終連だと思います。「やがて体ごと四散し ミコトにされるかもしれない若者」に眼を向けているのは、彼らの父親世代の私にも必要なことなのですが、こう巧く表現できないでいます。勉強させていただきます。



山岡和範氏詩集
『スイちゃんの対話』
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2006.7.23 東京都品川区
十二舎刊 1500円

<目次>
スイちゃんの対話
スイちゃんの対話 8            許せんべい 10
優希ちゃんの絵手紙 12           孫娘 14
ひとりごと
病室の風景 18               ひとりごと 21
会話 24                  三途の川 27
無言の対話 29               ゼリーを食べた 32
プリンのカップひとつ 35          へんな夢 37
虹色の写真 41               雪が降ったよ 44
病院の帰りに 46              延子についてのメモ 49
納骨 53                  彼女の遺影 55
心のノート
となりの犬 58               心のノート 60
アップダウン人形 62            十二月八日 66
馬鹿下駄クイズ 69             星は輝いて 71
年号のこと 73               大久野島 76
原稿−同期会のために 80          デテクル記憶 83
戦争と訓練 87               朝 91
平和公園 93                一本のえんぴつ 98
わ 99
あとがき 100
 写真/山岡 努  カット/Y・NAITOH



 スイちゃんの対話

受話器を耳に当てると無言
「もしもし もしもし」
言葉にはならなかったがかすかに
「じいじ……」と聞こえた
二歳の女の子 孫かららしい
「お父さんすみません スイちゃんが
 おじいちゃんとお話したいと言うんで」
「バイバイ」と小さな声がして
電話は終わってしまった
しばらくするとまた電話がかかってきた
「スイちゃんですか おじいちゃんですよ」
対話の言葉が出て来ない
「おじいちゃんですよ また来てね」
「バイバイ」
電話が切れる前に息子の嫁さんの声がした
「すみません 電話番号おぼえて
 勝手にかけてしまうんです」
スイちゃんは対話できたと喜んでいるらしい
「お菓子買って待ってるからね」
「バイバイ」

 紹介した詩はタイトルポエムで、かつ巻頭作品です。孫娘の「スイちゃんは対話できたと喜んでいるらしい」のが素直に伝わってきて、ほほえましく拝読しました。しかし、その裏で著者は孫娘たちが平和に過ごせることを願っています。この作品には表れていませんが、詩集はそういう意図で編まれています。そこまで読み切った上でこの作品に接すると、あどけない「対話」の持つ意味を感じることができます。教育基本法改悪、労働基準法改悪、憲法改悪が現実の日程となっている今、著者の叫びが身につまされる詩集です。本年7月の刊行ですから、すでにお読みになった方も多いかもしれませんが、ご一読をお薦めする1冊です。



新・日本現代詩文庫44『森常治詩集』
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2006.12.10 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 1400円+税

<目次>
第一詩集『トーテム』より
クレオール・10               蛇の卵・11
光の筏・11                 屋敷崩壊・12
キリング・フィールド・13          曠野にて・13
竪琴・14                  サバイバル・15
突然の泥と血の臭いによって・16       犬の眼・17
主婦・19                  教授・20
坂・21                   蹲踞(つくばい)・22
実験・23                  弥撒・24
庭・24                   残月・25
トーテム・26                熱病の掟・27
石臼・28                  青山にて・29
総理・30                  巨大動物・30
朝市・31                  切り通しの向こうに住む人よ・32
高原の夏・33                臨海公園・34
晩夏・34                  時計のなかの湖・35
野分・36                  町の指輪・37
病葉(わくらば)・38             雁がね・38
茶菓の盟約・39               部屋・40
親族会議・41                沈黙の精霊・41
猫町・42                  昆虫の日々・43
第二詩集『埋葬旅行』より
発狂もないあなたたちには・44        風・45
セミオティケ・46              夕方に・47
老画家の丘の上の家・48           エチュード・48
鍵穴の秘密・49               家、あるいは記号の境界・50
幻の棲家から・51              宿曜(すくよう)・51
電話・52                  動物たちの部屋・53
満月・54                  夢の敷藁・55
生の浮力・56                老耄は変形の諸道具・56
夢の信者・57                青年に・58
イカロスヘ・59               埋葬旅行・59
邪説・60                  光の滴(しづく)・61
遠い光・62                 手の震え・63
ホームレスに・64              海辺の町にて・64
握手・65                  車椅子・66
三羽の鵝鳥は今日、わたしにそのことを告げた・66
秋栗・68
寄稿詩『腹話術師』など
時候の挨拶・69               腹話術師・70
少年譜・72                 空の骨壺・73
髑髏伝・74                 動物記・75
まなざし 北キツネに・77          走れ、象よ・78
草笛・79                  使い捨ての注射器・80
いったいなにが・82             特別な才能・83
パ・ド・デュ・85              ピザハウスの青春・86
入水・87                  西陽・88
掌をそっと握るだけで・90          夜行便・91
天の半分・92                火・93
あのひとは・94               吊橋・95
兎・96                   言葉の枯葉・97
宝石・98                  ライフマネージメント・100
握手・101                  顔のパラボラアンテナ・102
詩集・103                  ジョワ・エセティーク(美的喜び)・104
この都市が好きな理由・105          ある都市論・106
戦場は空にあり・108             月の研ぎ屋・108
記憶の引き出し・110             祭りとは・111
ミッション・112               時間・113
非在の入り口・115              生きていることの記憶・116
居場所の風景・117              軒端という居場所・118
これからはしばらく夜だから・120
詩論・エッセー
現代詩論 逃亡のためのシステム・122
詩言語論・130
解説
三田 洋 清新で無垢な個性・森ワールドの輝き・136
中村不二夫 イノセント詩人の詩的革命−記号学・ロゴロジー・返礼詩の世界−・141
森常治 略歴(年譜に代えて)・151
あとがき・155



 クレオール

夜明けまえからすでに
奥深く晴れ澄みわたっていた空
陽射す緑青の海面は
鴎たちを投光器のように照らしだす

午前十一時
貴方はたったひとつの蝶番で留められた扉をあけて
寝室兼書斎から姿を現わす
海の見える小さなホテルのベランダで
わたしとブランチをとるために
わたしは貴方のうしろに
いまはいない邪
(よこしま)にして誘惑的な従者たちを見る
見事に盗む術
(すべ)を知っている者たち
破廉恥に生気を与えた南部の天使たち

奴隷であると思っていた者との
いさかいに疲れはて、よれよれになり
蛇のように黄色い稲妻型の蝶ネクタイをした貴方は
どこか昔風の松葉杖を思わせる

周囲を海風のようにたゆとうているクレオール語に
たるんだ帆のような眼をつぶり耳を傾ける
貴方は忘れているようだ
昔わたしが貴方の妻であったときがあったことすらも

 日本記号学会の元会長(現在は理事)として著名な早稲田大学名誉教授・森常治さんの文庫です。記号学の分野での著書は多いのですが、詩集は1990年刊行の『トーテム』、1995年の『埋葬旅行』の2冊のみということを今回初めて知りました。詩集として纏まってはいませんが、贈呈された詩集への返礼詩はあまりにも有名。その2冊の詩集(おそらく全編)と返礼詩の一部が読めるという、森常治研究には欠かせない文庫と云えましょう。

 紹介した詩は記念すべき第1詩集の、おそらく巻頭作品だろうと思います。「クレオール」とは植民地で生まれた白人のこと、「クレオール語」は植民地で発生した宗主国と現地の混成語と考えて良さそうです。浅学にして記号学についてほとんど知りませんが、記号学との関連でも読める作品ではないかと思います。それを離れても「夜明けまえからすでに/奥深く晴れ澄みわたっていた空」、「たったひとつの蝶番で留められた扉をあけて」などのフレーズには魅了されます。人間が作り出す言語とは何か、そんなことも考えさせられた作品です。



新・日本現代詩文庫47『鈴木満詩集』
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2006.12.26 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 1400円+税

<目次>
詩集『声が聴きたい』より
酸素・8
夏の終り・9     猫・10
かたつむり・12    おかえりなさいチョコレート・13
動物園・14      対話・15
羊・16        鳥と植物・17
声が聴きたい・18
詩集『火天』より
飛天・20       茶枳尼(だきに)天・21
持国天・23      韋駄天・24
水天・25       自在天・26
火天・28
『てんおん詩画帖』より
心・30        蛍・31
冬の蠅・32      はな・33
うそ・34       麒麟・35
時雨36
詩集『吉野』より
吉野・38       高野・39
平泉・40       色・41
味・42        触・44
疎開・45       埋葬・47
花束・48       遁世・50
詩集『翅』より
匣・52        秋・53
翅・54        河鹿・56
渡世・57       物語・58
幼年・59       飼育・60
八月・62       痛みについて・63
悪女について・64   死んだ男・65
薫染について・66   小さな旅・67
雪国・68       沈黙について・70
言葉について・71   物見について・72
時間について・74   雛祭・76
詩集『月山』より
月山・77       深川・79
水上・80       高尾・81
尾瀬・82       笠間・84
王子・85       ソウル・86
富士・88       桜・89
頼まれて・91     花の宴・92
晩年・94       藤袴・96
死に習い・97     北斎・98
日月潭にて・100    蝶が飛ぶ――栗山薫に捧ぐ――・101
赦免花・103      千鳥・105
未刊詩集より
烏瓜・106       篁・107
酉の市・108      がんづけ・109
炎帝・110       ピカソの眼・112
絵馬・114       ほととぎす・115
生きている形見・117
エッセイ
詩の現在33――世紀末の十年に見てきたこと・120
ヤスパース家のひと中野嘉一――九十一年の詩的遍歴・127
「詩的宗教」の詩人 藤原定――詩人クラブ賞受賞者の詩的世界・130
詩人の出会い 交友四十年(T)――鈴木満との詩的青春、及びその後(星野徹)・133
詩人の出会い 交友四十年(U)――魂を運ぶ形而上詩人・星野徹(鈴木満)・140
解説
中村不二夫 行者としての戦争の記憶・150
武子和幸 せめて「千鳥」の啼き声を摸しながら・156
硲杏子 鈴木満詩集『月山』を読んで――鎮魂の旅と巡礼・162
年譜・166



 火天

五人のいい息子をもつ炭屋は左隣 おめかけさん
が店番をする菓子屋は右隣 木造トタン葺二階建
がめじろおしのせまい道路をはさみ 向いは町会
事務所 九月 神明さまのお祭には袖輿をかつぐ
若衆の威勢のいい掛け声 〈酒屋のけえちんぼ
塩撒いておくれ〉 誰が焼夷弾など撒いてくれと
言ったのか

  空襲警報は十日午前零時十五分に出たと聞き
  ます 避難命令が出て 私は起され三歳の弟
  を背負いました
火事あらしと人波に追われ まだ暗い空の拡がる
方へ妹たちは逃げる だが 人波は菊川橋の上で
ぶつかり混乱する 竪川のいかだを埋めつくす逃
げ場のない人達を 炎は追ってきて 容赦なく川
に沈めるのだ

  私の背中の弟が重くて腕をのばせば 水にも
  ぐってしまいます けんめいに縮めた腕とい
  かだとの間にある三角形の空間だけが 私の
  世界でした
鋳物工場での勤労動員を終えて 九日朝 ぼくは
父の郷里の茨城にでかけた 寝込んでいた母を置
き去りにして 東京を逃げだしたのか もし そ
の夜ぼくがいたら 母を死なせないですんだかも
しれない 炎の中にも 水の中にも ぼくがいな
かったことの ぼくの痛恨

  大きな五布のふとんは ふりかかる火の粉を
  防いでくれ 阿鼻叫喚の地款が目にはいるの
  をさえぎってくれました
あの街並を火が舐めつくす数時間 妹の隣が弟
その隣が母 いかだを結ぶ綱につかまり 吸い込
む空気は煙 焼けるように熱い首 顔を水につけ
 煙と水を口から吐きだし 小さな弟は殊に背負
われたまま死んだ 少し暴れてぐずっただけで
だが 十四歳の妹にそれ以上の何ができただろう
 誰が妹を責めることができようか むずかる小
さな弟に 〈だいじょうぶかい〉と声をかけた母
の姿も消えていたのだ

  兄がいかだにはい上ってひっぱりあげてくれ
  ました すきまもなく乗りこんでいた人たち
  は水の底に消えてしまい 長いいかだにポツ
  ンポツンと生き残った大人が五、六人うごめ
  いていました
たちこめた煙の上に へんにくっきりと輪郭をみ
せる太陽 なんの抵抗もなく母の死を受け入れて
いる今 家財道具を荷車に積んでいた炭屋の息子
たちも いかだの上で そろそろとふとんを水に
つけていたおめかけさんも 死んだに違いない
〈これをもってあとから行く〉と言ったあの頑丈
な父さえも 母たちを探し求め 火だるまになっ
て 死んだことを妹は疑わなかった

  その晩るすだった上の兄が それから幾日も
  幾日も死体の中を捜し歩いたそうですが 父
  も母も弟の遺体も それきり行方がわかりま
  せんでした
翌日 秋葉原の駅を降りたぼくに 深川はすぐそ
こに見えた 何もかも焼けてしまった街は ぼく
の心のようにガランドウだった 菊川橋は黒焦げ
の死体が折重なり 通ることもできなかった ま
だくすぶり続ける あのきなくさい匂いの中で
焼けて曲った水道管から 水だけが生きもののよ
うに流れていた

  数カ月後 母の墓標だけを猿江公園の戦災殉
  難者の墓に見つけました 東京都は十万体と
  いわれるその日の死者を 都内数カ所の公園
  に仮埋葬したのです
火天よ 辰巳の方角の守護神よ お前はいつから
地獄に棲むようになったのか 返せ 母を返せ
父を返せ 小さな弟を返せ 返せ あの三月十日
を返せ

   * 二字下げの行は、仁木悦子編、講談社発行「妹た
     ちのかがり火」のうち実妹本間節子の「三月十日
     のこと」から引用した。
   火天 十二天の一。辰巳の方角の守護神。体色赤く髪
     白く常に苦行仙の形をなして火焔中に坐し、四手
     に仙枚・水瓶・三角印・数珠をもつ。密教で護摩
     を修
するときは、この天を勧請する阿耆尼(あぐに)・火
     仙・火神とも言う。

 1957年創刊の詩誌『白亜紀』の創刊同人・重鎮の鈴木満氏の文庫です。1969年、43歳時の第1詩集『声が聴きたい』から1997年、71歳時の第6詩集『月山』までと未完詩集が収録されており、氏の代表的な作品がほとんど載せられていると思います。
 紹介した作品は1974年、48歳時の第2詩集『火天』に収録されているタイトルポエムです。年譜によると1945年「三月十日」の東京大空襲時は19歳で、中央大学予科生として軍需工場に動員されていた時期です。ご本人はたまたま「鋳物工場での勤労動員を終えて 九日朝 ぼくは/父の郷里の茨城にでかけ」ていて難は逃れたものの、ご両親と弟御が被災されてしまいました。「もし そ/の夜ぼくがいたら 母を死なせないですんだかも/しれない 炎の中にも 水の中にも ぼくがいな/かったことの ぼくの痛恨」というフレーズに、著者の詩の原点を感じます。最終連の「返せ 母を返せ/父を返せ 小さな弟を返せ 返せ あの三月十日/を返せ」というフレーズには胸が熱くなる思いをしました。
 鈴木満詩研究には欠かせない1冊でしょう。ご一読をお薦めします。



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