きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.2.8 自宅庭の白梅




2007.3.7(水)


 やれやれ、我ながらおっちょこちょいには呆れ返っています。せっかく電子化した小川未明「戰爭」の手直しをしなければなりません。なるべく原文通りに旧漢字、旧仮名をと思って、苦労して電子化したんですが…。日本ペンクラブ電子文藝館の出稿作品は、若い人に読んでもらうことを念頭に置いていますから、旧仮名はそのままとしても旧漢字はなるべく新漢字に変えるという取り決めがありました。委員長から指摘されるまですっかり忘れていました。わざわざ漢字セットから選び出して旧漢字に直していたのです。それをさらに単語登録までやっていましたから、我ながら笑っちゃいます。
 そんなわけで手直しです。それほど時間は掛からないでしょうが、それでも一日遅れぐらいかな。今月末に皆さんにお見せできることには変わりないと思います。



季刊文芸同人誌『青娥』122号
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2007.2.25 大分県大分市 河野俊一氏発行 500円

<目次>

さくら/田口よう子 2           夏の終わりの/河野俊一 5
たぶん/林 舜 8             ごあいさつ通り/林 舜 10
凧/竹下初代 13
「青蛾」三十年記念短期連載 「青蛾」思い出の作品3/河野俊一 15
連載 ことばはごちそう・第十八回(最終回)「憲法九条を世界遺産に」/河野俊一 20
青蛾のうごき 24
編集後記 24
 表紙(長府地区の武家屋敷跡・山口県下開市)写真 河野俊一



 ごあいさつ通り/林 舜

黄色い帽子の少女が
ひとり
大きなランドセルをゆすり
人けのない広い交差点の
長い横断歩道を東へ
私は落日の道を西へ
渡っていく

ふたりは
すれ違い
心もとなく反射的に
コンニチワ
ハイコンニチワ
とぎこちなく
あいさつを交わしていく

何処の誰かは知らなくて
それでいい
私はどこまでも昨日を西に追いつづけていくし
少女は未来を背負い明日の東へ向いていく

渡りきった少女は立ち止まり
一度ふりかえる
私は慌てて腰をのばし
何度もふりかえる

互いに
半日分の孤独と癒しを
胸のどこかに
そっと握りしめて

 「心もとなく反射的に」「あいさつを交わしていく」ところに「少女」と「私」の関係が現れていて、ほほえましくなる作品です。「私はどこまでも昨日を西に追いつづけていくし/少女は未来を背負い明日の東へ向いていく」というフレーズは世代交代と採ってよいでしょうが「西」と「東」の方角の意味づけも納得できます。最終連の「互いに/半日分の孤独と癒しを」は、世代交代があるにしても持っている人間の業を感じさせました。タイトルも奏功している作品だと思います。

 今号では拙詩集を紹介してくださっていました。ありがとうございます、御礼申し上げます。



詩誌『極光』7号
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2007.3.1 札幌市西区      1000円
原子修氏方極光の会・連絡先 花井秀勝氏発行

<目次>

斧を投げ出したラスコーリニコフ/谷崎眞澄 2 歌ノ影/高橋秀明 6
詩論 挑発としての現代詩における詩論/こしばきこう 9

桃/橋本征子 12              飼育/光城健悦 16
睡蓮/鷲谷峰雄 20             臨界/渡会やよひ 24
場所/田中聖海 26
海外の詩 珈琲館「吟遊詩人」の朗読会とアン・マリー・ファイフ/熊谷ユリヤ 29

リヴァイアサン/若宮明彦 34        八月の父の行方/斉藤征義    36
毛/竹津健太郎 39             赤い魚/野村良雄 42
評論 ガラスの涙/原子 修 44

夜明けの青み/こしばきこう 48       炎葉/石井眞弓 50
爪弾いて 果てよ/原子 修 52



 臨界/渡会やよひ

ただ堅く架けられた橋の上の
堆積した黄色い土を踏んで近づいてゆくと
遠くから波打って見えたものが破れた屋根だとわかり
封印されたものはそこから霧散しているのだから
葎が絡んでたどりつけない玄関先に揺れているしろいハギの
あかいと思っていたのは記憶ちがいでなかったかもしれない
庭の周りのグミもカリンズもとうぜん息絶えていて
なつかしさは行き場がなくて途方に暮れるのだ
<コンナ土地相続シテモネ>
そういって裏手へまわる姉の後をついてゆくと
沢へ抜ける道は誰が苅ったのか
賑わしい鋭さでヨシの切り口が出迎えてくれたのだが
ここにあった池などうかがうべくもなく
両脇の色づきはじめた丈高いイタドリがひんやり風をとおす
それでも思いがけない沢水のわずかな面
(おも)が見えてきて走り寄り
<ココデ飲食
(おんじき)ヲ覚エ 捕エルコトヲ 放スコトヲ覚エ> と
重なる記憶を語り合えば
崖の上の落葉松は光の飛沫と細い風の歌声をしきりに頭上に降らせるのだ
すだまも火玉もみんな霧散し
家は崩れて安らっているのだから
切り傷つくらぬよう葎かき分けもどるとき
<ア 蛇… キットオ父サンダワ!>
姉が小さく叫んだから笑いながら駆け寄って
かげろう草間に目を凝らせば
葎の中の欠落となってあいていたさっきの水の冥
(くら)がりの方へ
躊躇いがちに滑ってゆく小さな蛇の
みどりの光がきれぎれに
見えた

 「臨界」といえば原子力の臨界状態を思い出しますが、ここでは直接関係ありません。しかし「なつかしさは行き場がなくて途方に暮れるのだ」などのフレーズから、「重なる記憶」の臨界≠ニ解釈しても間違いではないでしょう。「小さな蛇の/みどりの光」は臨界の青い光も想起されます。作品は「姉」と作中人物との「崩れて安らっている」「家」への訪問で、それ自身がひとつの臨界状態と云えましょう。おもしろい視点の作品だと思いました。



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