きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.2.8 自宅庭の白梅




2007.3.12(月)


 日本ペンクラブの電子文藝館委員会がありましたけど、今日は午後4時半と開始が遅く、その前に目黒の東京都庭園美術館に行ってみました。ネットで調べたら「アルフレッド・ウォリス展」があるというのですが、知らない画家で、おもしろそうな絵でしたので行ってみようという気になったものです。庭園美術館は20年ほど前にも行ったことがあり、この20年でどんな変わり様をしているかにも興味がありました。
 アルフレッド・ウォリス(1855−1942年)の船や港の絵は思った通り稚拙な感じの絵でしたけど、妙に味がありました。ほとんどキャンバスは使わず、その辺にある厚紙やお菓子の箱などに描いていて、思わず笑いながら観てしまいました。イギリスの片田舎の港町で中古の船具を商いながら70歳を過ぎて描き始めたというウォリスは、本当に絵を楽しんで描いていたようです。
 アール・デコ調の建物は旧朝香宮邸。20年前と大きくは変わっていないようでした。名の由来の庭園は、残念ながら時間切れで見られず仕舞い。春の花々が咲き始めていたに違いありません。またいつか訪ねてみようと思います。

 電子文藝館委員会の大きな議題は委員長の交代でした。2年間務めた現委員長は、仕事の都合で今期限りで勇退したいとのこと。次期委員長候補の名前が挙がりましたけど、これは私も望んでいた人選でしたので、思わず賛成意見を述べてしまいました。ご本人の挨拶も現状をよく分析なさっていて、今後の展望も的確でした。もちろん5月総会での承認が必要になりますけど、問題はないでしょう。そうそう、承認といえば我々委員も一度解任されます。その後理事会指名、総会承認になります。私はおそらく再任されるでしょうが、退職して以前より時間が取れるようになったので、今度は自分から進んで作品の発掘に励もうと思っています。まだまだ詩の分野が弱いので、あまり知られていないけど優れた詩人を紹介したいですね。



館報『詩歌の森』49号
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2007.3.8 岩手県北上市
日本現代詩歌文学館発行 非売品

<目次>
俳句とジャズ/山下洋輔  1
文学館活動時評15 勇気ある企画にエールを/細田英之 2
詩との出会い16 ノユキヤマユキ…/さいとうなおこ 2
連載 現代のこどもの川柳1 雪の日の授業/江畑哲男 3
連載 現代俳句時評(1) 季題・季語のこと 地貌季語にあてられたひかり/茨木和生 4
資料館情報2006.10〜2007.1 5
詩歌関係の文学賞2006.10〜2007.1発表分 5
詩を演じる パフォーマンス・ポエトリィ北上 6
詩のゼミナール・短歌実作講座・展示予告 6
日本現代詩歌文学館振興会評議員動向2006.10〜2007.1 7
日録・ご案内・後記 7



 雪だるまチョップを入れて真っ二つ(高三)下瀬 真
 恋人と過ごすイブには降らぬ雪  (高三)吉田真弓
 新雪の上を歩くは子どもなり   (高三)中村 誠
 雪は降る電車もバスも眠らせて  (高三)笹川真起子

 紹介したのは江畑哲男氏の「連載 現代のこどもの川柳1 雪の日の授業」の中の川柳です。雪で生徒がまばらな都会の高校。通常の授業はできないので川柳作家・江畑氏はここぞとばかりに川柳を教えたそうです。そして出てきたのが上記の4作品。「雪だるま」には作者は柔道部員。褒めちぎってあげた≠サうで、「雪は降る」は真面目な女生徒の作。某雑誌の特選に選ばれた≠ニ紹介しています。若い高校生の感性にも驚きますが、それを引き出す江畑先生の指導も大したもの。今時の高校生は…、なんて言っているのはこちらの感性が鈍ったせいでしょうか、胸のつかえが取れたような作品です。



詩誌『布』23号
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2007.3.10 山口県宇部市
先田督裕氏他発行 100円

<目次>
小網恵子/池 2
寺田美由記/看板 3 共犯 5
橋口 久/財布 6
杜みち子/父の朝 7

先田督裕/空のお仕事 9 落ち葉の声 9
太原千佳子/終点まで 11
阿蘇豊/水曜の朝 13 ここ 14
先田督裕/小網恵子詩集「浅い緑、深い緑」(水仁舎)を読む 15
阿蘇豊/ミルフィーユな辞書形 18
ひとこと 20
「布」連詩 青空の手の巻 25



 父の朝/杜みち子

日覚めると
懐かしいものの気配がした

神名さまの森で
 ぶをーっぽ  ぶをーっぽ
土鳩が鳴いていた

父を 鳥のよう
と思ったことがあつた

六歳のとき
母と一緒に
海辺の駅のホームに降り立つと
線路に架かった陸橋の欄干に
身を乗り出すようにして
待っている
若い父の姿が見えたのだ
長い腕を広げて
雄雄しい鳥のようだった

父は 引退後
鳥が巣にこもるように
少し高いところに住んで
地上を見守っていた
電話するといつも
「どーしたー?」と聞く
その声の調子が
土鳩の「ぶをーっぽ」に似ていた

早朝一人起き出しコーヒーを淹れてから
オリーブ色のウォーキングシューズを履いて
近くの公園の池をゆっくりと一周するのが
父の日課だった

最初は変圧器の設計技師
次第に
営業 経営 の畑を歩いた

子供のころ
父は強い鳥 と思った
空を飛んだことがあったのか
とうとう 聞かないでしまった

私の夢に届くのに十年もかかった

 親娘ですから当然かもしれませんが「父」の人間像がよく出ている作品だと思います。「線路に架かった陸橋の欄干に/身を乗り出すようにして/待っている/若い父の姿」が佳いし、特に「長い腕を広げて/雄雄しい鳥のようだった」というフレーズが斬新で目を引きます。父上の「声の調子が/土鳩の『ぶをーっぽ』に似ていた」というのも面白いですね。「父は強い鳥」というのは最高の賛辞ではないでしょうか。父親の存在感が薄くなったと言われる昨今、もう一度父親を見直したいと思った作品です。



詩誌『裳』96号
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2007.2.28 群馬県前橋市
曽根ヨシ氏編集・裳の会発行 500円

 目次
<詩>
通学路 2/須田芳枝            豆腐屋のおまけ 4/宇佐美俊子
駅 6/志村喜代子             近づく 8/鶴田初江
そして内裏雛 10/黒河節子
<連載>
ガラスの肖像 12 エミリー・デイキンスン私論(11) 死 そして不滅/房内はるみ
<詩>
お正月 18/高村光子            メリー クリスマス 20/篠木登志枝
転た寝の 22/曽根ヨシ           音楽に色はない 24/金 善慶
暦をめくる 26/神保武子          古希 28/真下宏子
狂犬が来た 30/佐藤恵子
<手紙>
前橋マッティア教会から釆たオルガン 32/松田孝夫
後記
表紙「猫」/中林三恵
詩 喉仏/中林三恵



 通学路/須田芳枝

今朝この道を通って
私はどこへ行ったのだろう

(ふう)ちゃんはリレーの選手だから
私はいつまでたっても追いつけない
(こう)ちゃんはのんびりやで道草が好きだから
私を追い越したりはしない

そう思っていたあの通学路
夜になっても街灯一つ灯らなくて
泥と土で出来たぬかるみが
雨をためていた

中央の階段を上って
二階の三番目が私の教室

遠いグランドに
ボールがひとつ転がっていて
動かない

南向きの窓に凭れ
寂しく呼んだ日があった
ただ一度だけ
振り向いて と

今朝この道を通って
私はどこへ行ったのだろう

土と泥で出来た路に靴跡が残っていて
そこからかすかな草の香がするのに

 第2連の「風ちゃん」と「光ちゃん」の間に「私」がいるという存在位置がこの作品のテーマのように思います。その象徴が「遠いグランドに」「転がっていて/動かない」「ひとつ」の「ボール」なのかもしれません。「振り向いて と」「寂しく呼ん」でも応えないモノたち。そして「私はどこへ行ったのだろう」と自問し、「通学路」を通っていたころから遙かに離れた現在の「私」。人生のある時にフッと振り返る、誰もが持っているそんな気持を巧みに表現した作品だと思いました。



個人詩誌『魚信旗』33号
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2007.3.15 埼玉県入間市 平野敏氏発行 非売品

<目次>
春の気色 1     靴が鳴る春 4
春風幽霊 5     春日の送春 6
春の芥箱 8     後書きエッセー 10



 
はるかぜゆうれい
 春風幽霊

風と語っている春
冷たい人も混ざっているこの世の春
心の隙間を饒舌に刺して
間違っているわたしを正気に戻す冷たい春風
もしやあの時の仕打ちが寡黙な風になって
春の幽霊のいでたちをして
わたしをいじめるのであろうか
(かじか)んで老残になっていくのに
過ぎた日の慙愧の亡骸が
咲き初めた桜の根元からわたしの足を引っ張っている
心当たりはいろいろあるけど
今更に弁明じみた反論は疲れる
なぜ人助けをしないで自分だけがぬくぬくしているのかと
春風が軽ぐ
幽霊がひしめいていて縁者を探している
木喰
(もくじき)のような笑顔を見せても引き下がらない
あの世の色に染まった幽霊が人の心をつかまえる
懺悔をさせようとしている
懺悔の途上のわたしにもまだ許せないといじめる
夢果し終えるにははなはだむずかしい人生
からかいやなぶりが人の素地を痛めつける幽霊
風が幽霊になってまといつくのか
春が幽霊を呼ぶ季節なのか
桜に浮かれている人たちを茶化している
いずれ君たちも幽霊になるぞと
背後を追っている気配の春風

 「春」あるいは「春風」と「幽霊」の組み合わせには驚きます。そういう発想の作品に始めて出会いました。しかし作品を読み進めるうちに、次第に納得しました。「もしやあの時の仕打ちが寡黙な風になって/春の幽霊のいでたちをして」というフレーズ、「なぜ人助けをしないで自分だけがぬくぬくしているのか」という問には身につまされるものがあります。春だ!と「桜に浮かれている」だけでは駄目だと教えられました。「いずれ君たちも幽霊になるぞと/背後を追っている気配の春風」を感じなければならないのでしょう。
 なお後から6行目の「からかい」と「なぶり」には傍点があります。
html形式ではきれいに表現できないので、止む無く省略してあります。ご了承ください。



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