きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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百日紅(さるすべり)




2007.4.5(土)


 日本詩人クラブの、今年度最後の理事会が開かれました。4月から神楽坂エミールが使えなくなったので、会場は池袋の「Cafe Miyama」という貸室。十数名が入るにはちょっと狭かったですが、これも石原都政のアオリと我慢、我慢。
 主な議題は4月14日に行われる3賞贈呈式と、5月12日開催の第58回総会について。詳細を話し合い、役割分担などを決めました。贈呈式はどなたでもご参加いただけます。総会は会員のみの出席ですが、そのあとの懇親会はどなたでもOKです。会場は贈呈式が市ヶ谷の私学会館・アルカディア、総会は東大駒場キャンパスです。特に東大は用がなければ行かないところでしょうから、これを機に見学がてらおいでになるのも良いかもしれません。すでに贈呈式には会員外の方からもご参加の意思表示がありました。私は双方とも写真撮影以外の大きな業務分担がありませんので、比較的皆さんとお話しできる時間が取れると思います。よろしかったら会員外のかたもおいでになって、日本詩人クラブの様子を見てくだされば嬉しいです。詳細は
日本詩人クラブHPに載せておきましたのでご参照ください。



和田攻氏エッセイ集
『電車は夜空の美学をもとめ』
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2007.4.25 東京都港区 新風社刊 1260円+税

<目次>
第1部 JNR(国鉄)&JR Story 7
青春をSLに乗せて 8           電車は夜空の美学をもとめ 15
高崎のばあやん 21             おれたちのどんぶり 23
憂愁トレイン 26              花束の日 33
第2部 My Story 37
自由人に飛翔 38              ニューファーマー 44
伽藍に風晴れやかに舞い 〜大昌寺二二世晋山式点描〜 49
八〇〇本の記念樹 54            えー、お盃を 57
鳴呼潤いの晩酌 61             方言考 63
ふるさとに生きる 66            銀色の飛行機 71
苦ーい、思い出 74             おっさんのビール 78
ご名算、算盤さん 80            ありがとう、手塩にかけて 83
座右の辞典 91               初めての電報 94
朝は「気をつけて」の一言で 97       父と病院 99
三大転機を越えて 102
第3部 Traveler 109
いざや中国へ 110



 おれたちのどんぶり

 話は一気に国鉄時代へ遡る。不思議なことにまぶたに刻まれているのは他あろう、外側を鮮やかな柿色で、艶やかに仕上げられたラーメンのどんぶり。カップメンが出回る今から四〇年以前、命を紡いできた器ゆえかもしれない。電車運転士といえば不規則勤務の代名詞のようなもの。一食は弁当持参で済ませるが、もう一食が頭痛の種。折り返しの時間帯は早朝深夜お構いなし、売店食堂いずれも頼りにはならない。そこで考えついたのが自給自足の自衛策。
 国鉄というところは非常に面倒見が悪い。食事時のお茶さえ自分たちで購入、ましてや即席ラーメン、それにまつわる鍋・箸・コショウ・洗剤そしてどんぶりすべては自前で調達となる。これに長けた人がいるのも豊富な人材の強みである。
 運転士全員加入の親睦会がある。普通の企業では当たり前のことと思われるが、すべては労働組合単位、しかも灰汁の強い集団とあっては、一つに結集も並大抵のことではない。先輩諸氏の努力の賜と、食事の一時くらいは和やかに、大人の知恵でもあった。
 味噌・醤油ラーメン、狐・狸うどん、当番制による仕入れも順調。各個人が責任をもって現金を貯金箱にそして記帳。農業をやっている家からは刎出しの玉ネギ、ネギ、大根、ニンニクetcの差し入れがあり、人情の厚さも垣間見られた。正月以降は各家庭から切り餅を持参し、ラーメンと一緒に鍋に入れる。これが程よい柔らかさで、美味さ倍増となる。すっかり手に馴染んだ丼に、なみなみの汁をそろりそろりとテーブルヘ。タバコの煙、お茶の香りが充満の館は、二四時間をくまなく生き抜く男臭い集団の、暫し緊張をほぐす原風景である。
 最善の注意力を求められる運転士、どんぶりは一つも傷つき割れたためしがなかった。丁寧に洗われ、次の人ヘバトンタッチ、あたかも長距離電車が幾人もの運転士により無事終着駅へ。それは物を大切にという先輩から後輩への口伝、実践でもあったが、多数の乗客相手、安全第一という使命感がなせる技でもあった。
 世はカップメンの時代に推移、「おれたちのどんぶり」は丁寧に食器戸棚に仕舞い込まれた。JRへの移行、新幹線の開通、第三セクター開業、わたしはといえば定年退職。手をそっと開くと、あの懐かしい感触と共に、鮮やかな色合いが今日も甦る。

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 日本詩人クラブの会員でもあり、数年前に「電車運転士」を「定年退職」なさっという著者のエッセイ集です。緊張の連続の運転士の世界、投身自殺への遭遇など一般の世界では考えもつかない事態に直面する組織が描かれ、一気に拝読しました。
 紹介したエッセイでは「最善の注意力を求められる運転士、どんぶりは一つも傷つき割れたためしがなかった。丁寧に洗われ、次の人ヘバトンタッチ、あたかも長距離電車が幾人もの運転士により無事終着駅へ」という部分に感激しました。仕事の質が人間の質をも左右するという好例だろうと思います。著者とは何度かお会いしていますが、その度に姿勢の良さに敬服しています。姿・形、精神面ともにです。その秘密を見た思いのした好エッセイです。書店でもお求めできるでしょうから、ご一読をお薦めします。



詩誌『青い階段』83号
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2007.4.1 横浜市西区
浅野章子氏発行 500円

<目次>
夕立のように泣いたあとは/荒船健次 2   女と鬘/福井すみ代 4
言葉あそび/小沢千恵 6          食む/廣野弘子 8
記念写真/浅野章子 10           古いスカーフ/鈴木どるかす 12
風/森口祥子 14              並んでいる/坂多瑩子 16
ピロティ 小沢千恵・浅野華子・福井すみ代
編集後記
表紙/水橋 晋



 夕立のように泣いたあとは/荒船健次

若い人がお金を払って泣きに行く店がある
夕立のように泣いて
シャワーをあびた心で店を出て行く
新宿や渋谷付近にはそういう店が何軒もあって
繁盛しているという
泣いて軽くなってもしばらくするとまた店に駆け込む
その繰り返しであるという
厚い雲が垂れ込める鬱の世

仕事に就いて間もない頃
沖縄出身の先輩に打ち明けられたことがある
辛いことがあって誰にも打ち明けられないとき
彼は布団をかぶって驟雨のように泣くと言った
沖縄が日本に返還される前のこと
打ち明けられたものの
彼の背にする鬱の重さを量りかねて狼狽
男は滅多に泣くものではない
泣くことなど恥ずかしくて人に話せない
自分はそう思い込んでいたから
彼を女々しいと思ったくらいだった

打ち明けられてしばらくして
朝電車を下りて改札を通り抜けるとき
先輩と顔を合わせ「おはようございます」と挨拶した
彼も白い歯を覗かせ笑顔を返してくれた
《はは−ん 夕ベは驟雨だったのか》
笑顔に浮かんだ青空がまぶしかった
数年後 沖縄が日本に返還された
彼も職場を去って行った

わざわざお金を払って店に泣きに行く
そういう店が繁盛する鬱の世
店に泣きに行く人もそうでない人も
夕立のように泣いたあとは
青空に笑顔を浮かべて欲しい

 おもしろいタイトルだと思いましたが、内容は現代の日本を捉えていて、そんなものではないと知らされました。「若い人がお金を払って泣きに行く店がある」とは初めて知りまして、実際にあるのかどうかは判りません。仮に創作だったとしても、これはあり得るだろうなと納得させられます。まさしく「厚い雲が垂れ込める鬱の世」ですからね。現代とは直接関係ありませんけど「沖縄出身の先輩」を登場させたことは見事です。作品と幅が広がったと思いました。最終連の「夕立のように泣いたあとは/青空に笑顔を浮かべて欲しい」というフレーズにはこの詩人の本質的な優しさを感じました。



詩誌『火皿』113号
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2007.3.30 広島市安佐南区
福谷昭二氏方・火皿詩話会発行 500円

<目次>
詩作品
・祈り…松井博文 2            ・異常気象…大石良江 4
・足…川本洋子 6             ・堰…川本洋子 7
・「海水浴の後、影たちの墓碑銘」…福島美香 8 ・駅…沢見礼子 10
・苺にキス!…松本賀久子 12        ・女たち…的場いく子 15
・血のつながり…的場いく子 16       ・平凡な遺言…石田明彦 18
・残月抄(4)…津田てるお 22        ・寒い夜に…長津功三良 24
・あの邑この邑どこの邑…荒木忠男 26
エッセイ
・新しいヒロシマの詩創造への期待(四) 長津功三良論−長編叙事詩への試み…福谷昭二 28
・書評 御庄博実詩集『原郷』…福谷昭二 30
・書評 松井博文詩集『旅をする記憶』…福谷昭二 32
記録と報告
・「米田栄作広島碧落忌の会」のことなど…長津功三良 34
編集後記
表紙画−〔プレリュード〕作者=巻幡玲子(尾道市在住)



 残月抄(4)/津田てるお

 「遺産」が歩く

独り暮らしの姉からの いつもの電話
(ミヤジマさんがライトアップされてて なあ…)
「遺産」か世界の…わが部屋をぐるりと眺める

この土地も家も 家具や諸もろも
われら夫婦ふたりだけの苦労 あれやこれ
いろいろ それぞれの喜びあってのこと
愛惜ばかりではあるが…

とうとう「空」の人になった妻のあれこれをも
生きていて思い出すワレ
個人の存在や遺産など 幻の現象ですねえ

仏教では悼んで生きることが供養とか
それも 思い出す人消えれば 存在しなかったことに…

よって 散歩をよくスル
水鼻汁すすりながら〈危うい遺産〉が歩くぜ

 「残月抄」という総タイトルですから、「遺産」と言えば個人の遺産のことしか頭になかったのですが、世界遺産まで捉えているのですね。相当に作品の広がりを感じるようになりました。「ミヤジマさん」はもちろん安芸の宮島。そこから「わが部屋をぐるりと眺める」という視線の転回もおもしろいと思います。最終連の「水鼻汁すすりながら〈危うい遺産〉が歩くぜ」は自嘲ですが、これもよく効いています。津田てるお詩の真骨頂と言える作品だと思いました。



詩誌『錨地』47号
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2007.3.31 北海道苫小牧市
入谷寿一氏方・錨地詩会発行 500円

 目次
<作品>
柿の火影…遠藤 整 1           臘祭の日…尾形俊雄 3
雪夢幻…新井章夫 5            暖冬ではありますが…宮脇惇子 8
例えば背中…浅野初子 11          寸志…関知恵子 13
時の中に…笹原実穂子 15          ユキノウタ…サワダヒカル 17
月の砂漠夢想…あさの蒼 19         井戸を掘る…中原順子 21
火山の麓で…入谷寿一 24          鳴く鳥…山岸 久 27
<エッセー>
森竹竹市に叱られた…入谷寿一 31      私のりんご…浅野初子 33
小さな旅…菊谷芙美子 34          花盛り…笹原実穂子 35
同人近況…30     新同人募集…35    受贈詩誌・詩集紹介…36
<作品紹介> 囚族…三戸寿美…36
<風鐸>『錨地46号』に寄せて…37
あとがき…39     同人名簿…40
表紙…工藤裕司    カット…坂井伸一



 寸志…関 知恵子

食べる楽しみ
お洒落する楽しみ
眠る楽しみ

それらの楽しみを左右する
体の痛みの度合と
心のありよう

長く生きてると
物事が透けて見えるのか
慰めの言葉は効き目がうすい
病院の薬はもっと効き目がうすい

母は何かしないことが罪悪のように
何かしなければ
何かしたいんだけどと言う

日常の中で
しなければいけない
何かって何だろう

体力のない母が
体のためだと言いつつ
散歩に行きヘトヘトになって帰ってくる

無理しなくてもよいのにと
心配していたのだけれど
母は散歩が好きなのだ
草花や公園の気配が好きだったのだ

愚痴に聞こえていた母の言葉は
ありのままの心を伝える子供のように
素直で観察力が冴えている

正月に母がくれた寸志と書かれたのし袋
心ばかりの贈物の一葉さんは
私のバックの中のお守りになっている

 作中の「母」は、もう亡くなっていますが私の母と同年代なのかもしれません。私の母も「母は何かしないことが罪悪のように」思っていた節があります。私なども突き詰めて考えてみると「日常の中で/しなければいけない/何かって何だろう」と思ってしまうのですがね。第3連の「慰めの言葉は効き目がうすい/病院の薬はもっと効き目がうすい」というフレーズもおもしろいと感じました。言い得て妙です。最終連もよく効いています。いくつになっても子を思う親の気持が「一葉さん」によく出ています。



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