きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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百日紅(さるすべり)




2007.4.7(土)


 有料道路用のETCカードが来ました。先月、JCBで作ろうとしたら無職はダメよ≠ニ断られたいわくつきのものです。すでに持っているバンクカードで申し込んだら、こちらはスンナリ。最初からそうすれば良かった…。さっそく修理工場のおやぢさんに電話しましたが、今週から来週いっぱいは忙しいとのこと。16日の月曜日に取り付けることにしました。
 待ってられない気もしましたので、自分でやってみようかと器械の取り扱い説明書を読んでみました。意外と簡単。クルマに持ち込んで、いざやろうと工具を取り出して、、、いや、待てよ、新車に傷つけることになったら…。あと1週間のことですからね、思いとどまりました。プロの方が綺麗に着けてくれるでしょう。旧車だったら絶対に自分でやったけどね(^^;



二人誌『すぴんくす』3号
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2007.4.1 東京都板橋区
海埜今日子氏発行 250円

<目次>
寄稿 浄夜 伊武トーマ…2
瓶の森/そらみみひろば 海埜今日子…5
睡眠の軌跡 佐伯多美子…11
Bastet’s Room


 春も浅い日の午後、ホールの隅に置かれているオルガンを生ちゃんが弾いている。童謡を弾きだした。ひなまつりに唄われる童謡であつた。正確な音律であった。近づいて思わず、
 「うまいのねぇ」
と、民は声をかけた。右手の人差し指一本でメロディを弾く。声をかけられて、ちょっと、指を止めて、おだやかな眼で民に笑いかけた。民はそのおだやかなやわらかい眼にひそかにたじろいた。それは、赤い涙をながした飛び出すような欠けた眼ではなく、このうえなく、人なつっこい無邪気な眼であった。理由もなく水槽で無心に泳ぐ金魚みたいだと思った。その、ギャップに民はおどろいていた。何回かくりかえし同じ旋律を弾き終えると、アウイ、ウイ、と、民に笑顔をむけながら話しかけているようだった。そして、今度は、画用紙とクレヨンを持ち出し、絵を描きはじめた。桃の花をそえた、おひなさまが描かれた。その、絵は、豊かな強い線で描かれた。その、生き生きした鮮やかな一描、民はまた目を瞠り息をのんだ。
 「私の名前知ってる?」
と、問いかけると、生
(しょう)は、「みん」と、ひらがなで書いて見せた。
 その後、気づいたのだが、生ちゃんは毎年同じ絵を描く。春になると、おひなさま、初夏になると、こいのぼり、夏には七夕。記憶したままの形と色で描く。生ちゃんが絵を描きはじめると、また、その、季節がやってきたのだな、と単調な長いここでの生活に彩を与えてくれる。はるかな遠い記憶。民には、生の計りきれないどこかで止まってしまった時間の長さを描いているように見えた。そんなことを思いながら、生のとなりにいつまでも座りこんでいた。

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 佐伯多美子さんの連作「睡眠の軌跡」の一部を紹介してみました。「生」は知恵遅れの女の子で、この前の部分では「赤い涙をながした飛び出すような欠けた眼」で異常な泣き方をしています。「その、ギャップに民はおどろいていた」わけですが、「生き生きした鮮やかな一描」も「記憶したままの形と色で描く」こともある種の才能なのかもしれません。それは「民には、生の計りきれないどこかで止まってしまった時間の長さを描いているように見えた」とある通り、時間に縛られた我々には見えないもののように思いました。ある面では異常な世界から我々の卑俗を照射する、それを教える作品だと読み取っています。



詩誌『樹氷』153号
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2006.12.10 長野県長野市
中村信顕氏方・樹氷社発行 非売品

<目次>
扉詩 アンダンテ・カンタービレ/松田富子 1
作品
冒険/清水義博 4             九月の行方/山岸敬於 6
祭り囃子/桜井順子 8           鶏小屋/中村信勝 10
15分の未来史/天瀬夕梨絵 12        三峰展望台物語/細野 麗 18
暖かい風景・驟雨/松村好助 21       経緯/松田富子 24
妹/岸ミチコ 26
エッセイ 多摩の横山/宮崎 亨 28
作品
源流の雲/有賀 勇 32           冬の蝶/中村信顕 35
トマト/宮崎 亨 36            つれづれ詩篇/平野光子 38
受贈深謝 41     受贈図書管見 42   あとがき 44
同人名簿 45     表紙 清水義博


 トマト/宮崎 亨

ギネスブックに載るだろうか
ブロック塀と梅の木の間のトマト
添え木の物干し竿をゆうに越えた
ジャックの豆の木
頭上の樹海を突き抜け
八岐大蛇
(やまたのおろち)のように枝分かれ
喬木の接木になった先を
再び空に踊らせはじめた

 果物が好きだった犬の霊前に上げた
 枝下の初なりは
 原始のトマトのすっぱい味がした

下葉が枯れる九月になっても
大男が帰ってこない天上の楽園
金箔の花弁が
淡雪のように煌めいては
昼の蝉と夜の虫の声の櫛の目に
あえなく梳きとられていった

妻の注進するところによれば
熟れるのをまちかねたヒヨドリが
毎朝やってくるというが
空蝉と並んで付いたうらなりは
何度覗いても青い
六十過ぎて小康を得たジャックの
あれはまだ龍の玉になれない言葉

 詩作品ですから事実かどうかは問題ではないのですが、おそらく「添え木の物干し竿をゆうに越えた」「ギネスブックに載る」ほどの「トマト」は本当のことなんだろうと思います。その姿を想像すると怖ろしいほどですね。表現は「頭上の樹海を突き抜け/八岐大蛇のように枝分かれ」、「大男が帰ってこない天上の楽園」などが面白いと思いました。最終連の「六十過ぎて小康を得たジャック」は作者自身の比喩。「龍の玉になれない言葉」と言いながら、この詩を書くところに作者の奥ゆかしさを感じた作品です。



文芸同人誌『槐』25号
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<目次> レイアウト/じけみつお
詩  コスモス・大伯父/丸山乃里子 4
短歌 催花雨(さゐかう)/中里眞知子 11
詩  手心・環が鳴りやまない/野澤睦子 15
「槐」総目次 59
小説 ドッチボールの加くに/木下伊都子 63
   私の靖国/乾 夏生 76
評論 小説を読むこと・小説を書くこと/馬渡憲三郎 52
小説 それぞれの深紅(しんく)/遠野明(はる)子 19
   雲のこと/江時 久 42
編集後記 123  受贈誌御礼 122


 環が鳴りやまない/野澤睦子

その夜も 母はベッドの上に正座をした 薄
い胸で小さく息を吐く 病の長さに比例して
短くなる髪 指先でしきりに梳いている

震える首で物思いにふける 肩に両手をかけ
ると 振り向きざまに黒髪がうねる 失くし
たものへの執着と恨みつらみ 堅くなった舌
は回らず 結んだ口元は何事かを含んでいる

見据えてくる眼に焦点をずらしてさぐりあて
られる やっぱりいつもと同じこと 今はす
べて順調と送る視線をさえぎってくる 訝し
げな 問いたげな そして 険もある視線

ふいに目で追った後ろ姿 抜き襟に寄せつけ
ない一瞬を見た日 たしか 紺地にヘチマ模
様の絽の着物 おたいこのツユクサを揺らし
て 足音が向かってくる

細く 細く 切り裂く何本ものヘチマ 干し
て乾かし 母の想いを砕いて散らす 半月の
落ちてくる部屋 箪笥の環が鳴りやまない

 環は何の環なんだろうと思いましたが、「箪笥の環」でした。今は「ベッドの上に正座をし」、「病の長さに比例して/短くなる髪 指先でしきりに梳いている」「母」の「紺地にヘチマ模/様の絽の着物 おたいこのツユクサ」が入っているのでしょう。女性の拘りと「箪笥の環」の音が調和した作品だと思いました。

 詩のみならず小説、評論と充実した同人誌で、中でも今号は乾夏生氏の「私の靖国」が圧巻でした。小泉前首相の靖国参拝問題に想を採った133枚の力作です。1944年7月に生れた「有森」はその13カ月後に父を戦死で亡くす。それから60年後に出会った大東亜戦争≠演じるという「トウジョウ老人」。史実に基づいて進められる有森と老人の展開に惹きこまれてしまいました。廃工場の俄か舞台で繰り広げられる「トウジョウ老人」の意外な結末…。ミステリー仕立てともなっている佳品です。



石村柳三氏詩論集『雨新者の詩想』
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詩論・芸術論 石炭袋新書(2)
2007.4.15 東京都板橋区 コールサック社刊 2000円+税

<目次>
1章 雨新者の詩想
雨新者――詩的感性を流脈する精神 12
生死海の風光――種田山頭火と高見順の命終観を通底して 16
宮沢賢治の詩精神《われはこれ塔建つるもの》小考 24
《デクノボー精神》のエネルギーと宮沢賢治 28
詩人さまざま――ささやかな詩人命題論をつつんで―― 36
『リグ・ヴェーダ讃歌』に見る詩想と詩人像 51
詩論はみんなドグマ――詩人にとっての内的な所感 66
詩人の転化精神――とくに詩人とはの関係において―― 69
現代詩論 詩人の眼と転化について 74
明眼の人〈『正法眼蔵随聞記』と詩人精神について〉 80
《モノ的人間》の眼と自由 86
詩人のエネルギー――私のささやかな詩の捉え方 88
師について 94
夜汽車――消しえぬ望郷を背負った詩人二人 102
私の向日葵への思念――その金色の華の慈しみ 110
花について 114
2章 内在の声と原風景
鳴海英吉の内在の声と合掌の祈り――『鳴海英吉全詩集』(鳴海英吉全詩集編集委員会編) 118
『鳴海英吉全詩集』を播いて――特に鳴海英吉の筆名
(ペンネーム)について 122
鳴海英吉と不受不施派の研究――宗教史における庶民の信仰と自由心への詩眼をつつんで 129
生死回帰の「自然の眼」について――荒川法勝詩集『花は花でも』を流心するもの 140
荒川法勝著『長宗我部元親』(PHP文庫)――〈天下人〉を夢みて戦う戦国武将の宿命の生き様 148
春の時間の彼方ヘ――詩人荒川法勝の《命終の眼》小考 151
追悼 荒川法勝私論――魔界を背負いつづけた孤高文学者の叫び 163
詩人荒川法勝さんのこと――荒ぶる魂の心音をつつんで 170
詩人荒川法勝の墓――(求道の声より他に、真の詩道の発光などあろうとも思わない) 177
荒川法勝遺稿集『詩人』――原質にある自覚的な存在対話の必要性を表出 185
[歌人二人] 187
《歌人論》うたうだけ歌えば――加藤東籬の歌人魂に見るもの 193
忘れられた歌人 櫻井夢村――その歌の叫びと思念について 201
わが消しえぬ眼の結節――津軽民謡の風土と文学の風土 208
魂を求めつづけた詩人――ささやかな尼崎安四論 223
私の好きな詩人(詩)――我の中に我を詩う詩人・石川啄木 236
詩人清藤碌郎への手紙――評伝『福士幸次郎』を読んで 239
船水清随筆集『寒蝉雑記』――津軽人エスプリの谺がする文章 243
わが花心――津軽の歌人中村キネさんに 247
原風景を問う詩人――《吉田啄子私論》――詩集『んだど』を読んで 251
ねぷた残像 257
天上の法楽 259
りんごの色 261
冬の津軽幻想――津軽三味線と民謡の叫び 263
3章 相逢の詩論
書評雑感 268
術語無ければ――森鴎外の批評心寸感 275
独念独語――わたしの身近な俳句小感について 281
私の相逢の一冊(中村元訳『スッタニパータ』〉――わが内心を流れるものを求めて 285
詩人小感――高橋新吉の詩心にあるもの 293
幻化の人――フランソア・ヴィヨンの言葉 300
批評精神寸感――メモランダム風な私の小詩観 303
吉本隆明の『仏典』小感――つねに己れを念じながら地を視てそしてゆくのです〈大智度論〉 307
ディオゲネスの眼 321
詩への願い 323
仏教的感性の詩想に《信》を視る詩人――坂村真民の呼応の聲 326
優れた鑑賞と解説について――高橋新吉と村野四郎の詩精神に流露するもの 328
4章 詩魔の岸辺 T
焔の詩人への手紙――遠山信男詩集『樹木の酒』を読んで 336
遠山信男著『詩の暗誦について』――生命的な磁場の《自己文化》として 338
温かで素朴な感情の精神詩――池山吉彬詩集『林棲期』 340
池山吉彬詩集『精霊たちの夜』――〈円熟された知的感性で死者(精霊)に問う声〉 342
朝倉宏哉詩集『乳粥』を味わう――時間と空間の彼方へ眼を向ける詩想の聲 343
生死海の哀歓を背負って――佐野千穂子私論(詩集『ダイビング』『永園』をつつむもの) 347
佐野千穂子詩集『ゆきのよの虹』『消えて候』を読む――美を見し眼の感性と本然の女心をつつんで 356
水崎野里子詩集『アジアの風』を読んで――詩想とリズムの狭間において 361
五喜田正巳『現代・房総の詩人』――現代房総詩人の横顔と詩性を語る俯瞰図 363
詩集『浄月院』高崎創――人生をつつんだ《詩と絆》の独語の詩魂 365
砺波みつ詩集『花と仕事着』――人間のしんじつの味があふれる感性 367
江波戸敏倫詩集『清流』――自己本然のやさしさの美学をうたう 368
伊藤貞夫詩集『大地を醸す』――大地(自然)と庶民の音色を大切にする詩群 369
星清彦詩集『月夜のうさぎ』――等身大の感性をきらめかせながら 370
詩集『聴花』高安ミツ子――自己生存の聲を《時間》のなかに聴く大切さ 371
大野京子詩集『木洩れ陽』――詩の品性に流れる諸行無常の音色 373
杉浦将江詩集『花に流れて』――《花》に秘められた愛の想念とは 374
中谷順子著『房総を描いた作家たち』――読ませる文体と力業の筆力 382
中谷順子著『続房総を描いた作家たち』――房総と六人の作家の精神的交流を素描 384
松下和夫エッセイ集『そこにあるもの』を播く――人間のやさしさをもつ精神の根源を問う 385
可児不二男詩集『不確かな荒廃』――見失われた記憶への叫び 388
雑草の根の混沌としたものを――石井藤雄詩集『雑草のうた』 389
飯嶋武太郎詩集『豚声人語』――リアリズムに見る豚声回帰
(4文字傍点)の重さ 390
詩集『漁師』庄司進――作者の生き方の匂う詩心 391
風のごとき詩人 水崎野里子詩集『俺はハヤト』――アジアの血脈を闘う声 392
鈴木勝著『関寛斎の人間像』を読んで 393
大籠康敬詩集『季節のなかへ』――飛翔生存への《心のフィルム》を求めて 395
高安義郎詩集『クラケコッコア』私観――内在の夢にもとめる飛翔心理の叫び 397
房総大地に影曳く詩人への手紙――鈴木豊志夫詩集『噂の耳』を読んで 402
中谷順子詩集『八葉の鏡』私論 408
『海からの手紙』西川敏之詩集――ネガ映像的詩心からの再生の手紙 413
近藤文子詩集『天からの音』――神秘をつつむ天音の生命讃歌の詩 415
追悼 三隅治さん――天上の酒盛を想念しつつ 417
追悼 大寵康敬さん 419
哀樟 松本信洋さん――人世《生死海》の無常をみる 420
哀悼 左部千馬さん――畏敬の詩人への悲しみ 423
追悼 鳴海英吉さん――二枚の名刺の思い出 425
4章 詩魔の岸辺 U
浅野晃寸感 時を忘れてわれらは楽しく/時を失ってわれらは悔いる――(浅野晃詩集『寒色』「たきぎの時」より) 428
奥重機詩集『囁く鯨』――赤い血の海に問う人間と鯨への讃歌 431
成耆兆詩集/飯場武太郎訳『息吹く空』――山河の空に息吹く本源性の愛と聲 434
本田和也詩集『烏瓜の家』――原風景に問う自己再生のささやかな詩人の聲 435
発酵した言葉の密造者――神木健司詩集『葡萄の果肉』を読んで 438
片桐歩詩集『渇いた季節』――自己過去形の精神を絡めた青春性の心情詩 439
人間の存在性を時代に問うリアリズムの眼――松本信洋詩集『片割れを持つ者』 441
杉山平一著『三好達治 風景と音楽』――視点のリズムに美をうたった自由詩人 445
二人の詩人に流脈する求心と問いの存在精神――日本現代詩文庫(72)『田中国男詩集』(74)『大井康暢』を読む 448
村田正夫著『戦後詩人論』――社会性の視角から詩観認識と詩人論を語る 449
大井康暢詩集『墜ちた映像』――逆説的個の精神の孤独と哀しさを透視する 450
随筆集『一色少ない虹』菊田守著――詩人が愛語する〈小動物〉への素描 451
〔新〕詩論・エッセイ文庫(8)『夕焼けと自転車』菊田守著を読む――目線を低くして語る《自然愛詩人》の名言! 452
初出一覧 456
あとがき 462



 詩への願い

 (1)
 わたしたちが詩を書くということは、何と言っても詩を書いたり、読んだりすることが好きだからであろう。何故というに、好きでないものには人はあまりのめり込んだり、悩んだり、さらには持続する力がないからだ。
 「詩が好きだから書く」という、これらの行為の内面には、その詩を書く人の主体性の意志がある。その意志には、その人の喜び、怒り、哀しみ、楽しみを含んだ喜怒哀楽精神のさけび
(3文字傍点)を呼応し、表出した感情や感性がミックスされ、クロスされているからだ。
 むろんかような人の〈さけび〉には、いうまでもなく、その人の固有の、あるいは主体性のネガティック、ボジティックな自在自由の自己表出の主張があるであろう。
 たとえば大切な感情や認識をひいた〈さけび〉のクロスには、「未来へのさけび」「現在へのさけび」「過去へのさけび」というように、詩を書く人の自在な時間を超越した存在としてのイメージが、メッセージされているからなのだ。
 そのような意味というか、捉えかたから、わたしは詩は詩を書く人のイメージをのせた夢風船だと思っている。もっと言い換えれば、原稿用紙に託した紙風船だともいえよう。
 夢風船、または紙風船といっていい純粋性には、詩を書く人(詩人)の内面の咀嚼された感性の言語、ないしはそれ以上の内在化された感性の言語が詰められ、圧縮され、暗示されているのだ。そしてその感性というか、心情から吐き出されたさけびが一篇の作品となって生まれた〈夢風船〉が、詩人の空間に遊戯され、言語宇宙となって放射され表出されて飛翔して行くのだといっていい。
 詩を書き、感情をさけぶ詩人のメッセージとなって、精神の願いとなって。つまり、詩人自らのコイルされた言葉を呼応して飛翔して行くのだ。自らが〈呼応〉し、〈イメージ〉された「内在化の感性」の詩言語となってである。
 このような自らのふかい魂を自己流露し、遊びを加えた言葉こそ、詩心をつつんだ感応の言語であろう。すなわち、この「呼応の言語」「感応の言語」こそ、詩を書く人の當身の大事
(5文字傍点)の感性思念だといっていい。
 ここには、すでに語ったように凝縮され圧縮された詩を書く人たちの認識と、感性の呼応のさけびがあり、重要な〈暗示〉がクロスされミックスされているからだ。
 詩の「夢風船」の、咀嚼されたさけび
(3文字傍点)(作品)となってである。
 ところで詩の暗示について、村野四郎は詩というものは「暗示と圧縮の文学」(『詩的断想』所収「詩をどう読むか」)と述べているが、まこと暗示の文学であろうと思う。かような「暗示と圧縮」のなかにこそ、大きな意味での詩の生命
(いのち)と関連し、連結すると申し上げてもいいであろう《比喩(メクファー)》が内包されているからだ。
 この《暗示=比喩》に隠されたイメージのさけびこそ、詩のメッセージに回流伝播しているからなのだ。詩の詩心のコトバそのものに結節されているからだ。その底には、ふかいメタファーされたメッセージが放出されているといってもいいでしょう。
 過去・現在・未来を通底した意識の時間への、自在な呼応の内在性の言語となってである。

 (2)
 わたしの詩への表出のさけびは、わたしの生きる時間
(とき)への自在自由な暗示の呼応であり、感応である。人間の喜怒哀楽につつまれ、左右される人間実存のさけびでもあるのだ。
 そしてそれ故に、それらの放つわたしたちの固有の魂の精神。ナイーヴな意志性をもって反芻され吐露された、わたしの心情の音色
(トーン)
 斯るが故に、わたしにとって大切で大事な固有内在化のさけびのトーン。
 さらに詩を媒介しての、わたしたちの精神を浄化することもある詩想へのポテンシャリティ。
 そのような意志性の内的声を、いつも詩言詩行してみたいとわたしは思っている。そういうような詩へのアプローチ、それにかかわる立場から、わたしにあって詩とは自己存在証明の内的な夢というか、そのさけびを叶えてくれる暗示の言葉となっていることだ。
 否、「暗示の文学」となっていることだ。
 否、それ以上に端的に素直に語るならば、《詩》とはわたしにとって、自在な時間と空間を貫く精神の身づくろい(グルーミング)の表出なのだと表現してもいいと思っている。
 もっと別のいい方をすれば、《詩》は、わたしの精神作用の想像とメッセージのフリー宣言の言語でもあるのだ。そこには、イメージをアンテナの回路で盛った内的世界を、造形化された眼のコイルで描かされている詩言語だと発言してもいい。
 前記した「喜怒哀楽」を通底し内在内面化した圧縮の心理表出の言葉となってである。
 すなわち、詩を好きで、詩人として詩を書く者にとっては、詩という花、つまり換骨したいい方をすれば、鋭い感性思念のアンテナ言葉を使って、自分の詩的イメージの花を咲かす「自分の詩の花」こそ、何にもかえがたい個の心的な詩的言語なのだと語ってもよい。
 そこに大切な詩を書く人の内的感性の品位を与えられているのであろう。その思索態度のよろこびと、なやみも与えられているのかも知れない。

 以上のように思念し認識したプロセスから、結果的というか、あるいは結論的に私的に申し上げてみるならば、詩をつくり、もしくは詩を読み、鑑賞し享受するということは、その詩をつくる人の主体的な感性や感情を、主体的に開花させるということだと考えている。
 もちろんそれは、詩をつくる作者としての、自己存在のとうとい生を絡めた暗示、比喩としての創造のさけびのなかでである。詩的時間、内的時間のコイルの呼応電流のさけびにおいてである。そのことを一言つけ加えておきたいと思う。
 まこと、わたしにおいて詩とは、他の何事にとっても替えがたい、わたしの固有の呼応の詩的時間の美学でもあるのだ。
 そのような詩想の創造の呼応(感応)に、自在自由の魂の言葉を咲かせてみたい。
 書く人の、読む人の、カタルシスの作用性をかすかに含みながら、わたしたちの創造と享受の詩的言語のメッセージを、有限の命の時間に自在自由に血脈させ、内包させながら――。
 詩への束縛されぬ飛翔を、あたたかく願いながらだ。

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 副題に「――新しきものを雨
(ふ)らす詩的精神(1977〜2006)」とある通り、この30年ほどの評論の集大成です。タイトルの「雨新者」はうしんじゃ≠ニ読み、『法華経』の中にある仏説の言葉で、「香(かんば)しき風は、時に来りて萎(しぼ)める華を吹き去りて、更に新しきものを雨(ふ)らす」から採っているようです。著者自身はこの言葉を「もっとわかりやすく意訳すれば、普遍性をもつ教え、あるいは言葉(仏の教え)は、時代と場所を超えて常に新鮮な輝きを放つものだという。そういう意味を、この仏説の言葉に感受できる」と書いていました。

 著者は6年ほど前に日本詩人クラブに会友として入会した方で、略歴によると身延山高校・立正大学を卒業して僧侶となるべく修行なさったとありました。その経歴からも分りますように仏教に明るく、その視点からの評論はユニークながら真髄を突いたものとなっています。長文の評論が多いので、ここでは比較的短めな評論の全文を紹介してみました。初出は1998年10月の詩誌『光芒』42号。ここでは他の評論と違って宗教面からの言及はありませんけど、その根底に「雨新者」の視線を感じることができます。460頁を超える大冊で、私も読破に3日ほど掛かりましたが、教えられるところが多くありました。日本詩人クラブの詩界賞に推したいほどの評論集です。ご一読をお薦めします。

 なお原文は30字改行となっていますがベタとし、傍点はうまく表現できないので( )内にその旨を記し、ルビも同様に( )に入れてあります。ご了承ください。



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