きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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百日紅(さるすべり)




2007.4.26(木)


 うちの前の道路は私有地の砂利道で、ちょっと坂になっていて、かつ凸凹しています。以前からコンクリートかアスファルトにしたいと思っていました。クルマの出し入れがちょっと不便だったのです。今日、その工事をやってもらいました。一日中掛かるかなと思っていましたが、午前9時から始まって、なんと12時に終わってしまいました。5人がかりで機械もすごいのを持って来てましたから、早いもんだなとは思っていましたけど、まさか午前中に終わるとは! しかも、コンクリートではなくアスファルト舗装にしてもらいましたが、舗装が終わって10分で乗用車なら走れるほどです。2時間もすれば完全に固まってしまうとのこと。建設技術の進歩を実感しました。これでクルマの出し入れがスムーズになりました。○○建設さん、ありがとう!



二人紙『青金新聞』7号
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2007.3.31 群馬県高崎市
金井裕美子氏発行 非売品

<目次>
今月のお題 アストロノートを読む
 閂に向きあって/青木幹枝 1
 開いたら、ブルーになった/金井裕美子 1
マムシ指/青木幹枝 2
第七回全国日本しもつかれコンテスト 2
詩 ふゆのゆうれい・ゆうれいの夜/金井裕美子 3
荷物の整理 3
読者の広場 青金新聞6号「萩原朔太郎 興味度チェック」 4



 マムシ指/青木幹枝

客に頼まれて、店の日用雑貨を届けにそのおばあさんの家へ行ったんだ。と知人の話は始まった。するとそのおばあさんが袋の中味も見ないで、いきなり(石鹸が入ってない)という。開けて見て下さいというと石鹸はちゃんと入っているという訳さ。知人は全く年寄りというのは何を考えているのか呆れてしまうと言ったので、私は、それは言葉が足りない人だったのではないですか。たぶん石鹸を頼むのを忘れたと思っていて、そのことを気にしていたら出てきた言葉が中味も確認しないで(石鹸がない)というセリフになってしまったのではないですかと私が即座に返答したものだから、知人は私のことを奇異な目でみつめ返したのだ。私も自分で何でそんなことが即座にわかったのかわからなかった。

父や母から私は言葉で何を教えられただろうか、言葉ではあまり残っていない。言葉できいたことでも風景や映像での強度がそうさせる。それでも残るのは、伝承的禁忌、縁起が悪いということには敏感だった。母から聞かされたことでは野外で放尿してはいけないよ、尻の穴から蛇がはいるから、蛇は引き抜こうとしても鱗を逆立てて引き抜けない。祖母がよく外で放尿していたのできっとそんなことを言っているんだと思っていたが、「穴から蛇を引き抜く法」というのがあるらしい。右手で蛇の尾をつかんだら左手で右耳たぶを引っ張ると抜けるというのだ。

蛇はニガテという人も多くいるが、私はそれ程ニガテという訳でもなく興味がある。その理由はまた別にあった。わたしはマムシ指という指を持つ。実際、右と左の親指の形が異なる。明らかに左手の親指の爪は横に広くつぶれた形になっている。その左の親指の第一関節だけをマムシの鎌首のようにポキンと折り、そり曲げる遊びがあった。私は難なくできたが、できる子はあまりいなかった。他の四指をにぎってできるそんな指の形は蝮がとぐろを巻いて鎌首をもたげていて、横に広い指の爪が蝮の三角形の頭に似ている。そんな呪力のある手を、私はしているのである。

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 詩とも散文とも断っていませんが、私には散文詩として読めました。三つの話は単独としても面白いのですが、やはり連続と採るべきでしょう。最初の「奇異な目でみつめ返」されたのも「マムシ指」という「呪力のある手」に起因すると読めます。それにしても「マムシ指」とは面白いですね。初めて知りました。
 なお、原文では25字改行となっていますが、携帯で読むことも考慮してベタとしてあります。ご了承ください。



詩とエッセイ
『きょうは詩人』7号
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2007.4.23 東京都世田谷区
アトリエ夢人館発行 700円

<目次>
●詩
菜の花/赤地ヒロ子 1           ところてん/長嶋南子 2
身辺そくそく/鈴木芳子 4         三月 雨/小柳玲子 6
胴殻(どんがら)汁/伊藤啓子 8       お菓子教室/森やすこ 10
みじかい時間/森やすこ 12         路地から空地が/吉井 淑 14
●エッセイ
俳句 16
花は散るモノ人は死ぬモノ7−わたしを探してつかまえて 征矢泰子/長嶋南子 22
表紙デザイン 毛利一枝
表紙絵 リチャード・ダッド 
(C) Reiko Koyanagi



 ところてん/長嶋南子

レジに列をつくりお盆かかえて
つぎつぎに店の中に吸い込まれていくのであります
時間がくると 突き棒で押し出されて
細くなってぐにゅぐにゅ〜

押し出され カイシャにいって
うつわに盛られて誰かに食べられております
きのうわたしはきれいに食べられて
カイシャを押し出されたのでありました
窓際に座ってショルイをみているのは
わたしではないのですが
わたしのようでもあります

ぐにゅぐにゅぐにゅ
とおいとおいところに向かって
のぼっていくのであります
それはわたしではないのですが
わたしのようでもあります

誰かが はるかにとおいところで
箸をもって待っていて
食べつくされるのであります
辛子ちょっぴり喉ごしつるりと きざみ海苔も香ばしく
ところてんが空から
降ってくることはないのであります

 「レジ」も「カイシャ」も「ところてん」なんだなと思います。ところてんは結局のところ「わたしのようでもあります」。決して「空」にいるエライ人ではありません。最終連の「ところてんが空から/降ってくることはないのであります」は、それを言っているのだろうと思います。
 ちょっと見方を変えると「とおいとおいところに向かって/のぼっていくのであります」や「誰かが はるかにとおいところで/箸をもって待っていて/食べつくされるのであります」というフレーズは、死後の世界のことかもしれません。おもしろいだけでなく、ちょっと怖さも感じさせる作品だと思いました。



高橋渉二氏詩集
 『とんちんかん』
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2007.4.25 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<索引>
わがロス・カプリチョス
1…うろこのひかり輝くいいおんな――4   2…マドンナは――6
3…風雪の記憶をやどした――9       4…一番目の女房は言った――12
5…まだ早春とはいえ――15         6…おんなが瓶づめになっていた――19
7…ウサ・ハラス氏は――23         8…みんなみんな堕ちる――28
9…三番目の女房は――33          10…棺桶を背負ってあるく男――36
11…どこまでも堕落していく――41      12…ふたりの男が殺された――46
ディスパラテスをわたる
1…天は放った――52            2…地はねむっていた――55
3…野原をゆけば――58           4…さみだれのしなぬ川が――62
5…海へと落ちる――66           6…ゆっくり――70
7…島を去る――75             8…塵として――79
9…ハサミとして――85           10…急いで出ようとすると――90
11…跳ねる――95              12…村から逃げた――100
13…ゆだねるなんていいながら――104
.    14…天に呼ばわる――108



 1

うろこのひかり輝くいいおんな
そいつを缶詰にする

ぴちぴちなみうつ
ゆみなりのまま
美しいときをとめる潮どき
「永遠は缶詰である」
なんて思いこむおとこの勝手

この世にあるかぎり
みんな みんなで罪ふかい

 拙HPでも紹介させてもらっている詩誌『現代詩図鑑』に連載されていた長編叙事詩が纏められた詩集です。「ロス・カプリチョス」と「ディスパラテス」の二つの章に分けられていて、それについて「あとがき」で次のように述べています。

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 周知のように「ロス・カプリチョス」と「ディスパラテス」は、スペイン近代絵画の巨匠フランシスコ・ゴヤの銅版画集の題名である。スペイン語のカプリチョスは、一、気まぐれ、思いつき、むら気。二、急に駆られる欲望。三、(型破りの)飾り、という意味である。また、音楽用語としてのカプリッチョは、奇想〔狂想〕曲。美術的には、幻想的な作品のことである。ディスパラテスは、ディスパラテの複数形。ディスパラテは、ばかげた〔非常識な〕言動。暴言、ばかげた意見。でたらめ、間違い、という意味である。複数形で、荒唐無稽、錯乱、ナンセンス、とんちんかん、となる。あるいは、不条理とも訳されている。

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 ここで詩集タイトルの「とんちんかん」もどういう意味であるかが判りました。画家でもある著者がゴヤから借用した題名は、この詩集の性格を如実に物語っていると思います。
 紹介した詩は序詩にも当たる作品で、この後に展開される物語≠見事に暗示していると私は受け止めました。特に最終連の「この世にあるかぎり/みんな みんなで罪ふかい」というフレーズに著者の基本的な、詩人として画家としての視座があると思います。ぜひ一度手にとって、この現代の叙事詩をご鑑賞ください。お薦めの1冊です。



前川幸雄氏詩集『西安悠遊』
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2007.4.25 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
 T
西安へ…8                 司馬遷の墓…12
項羽と虞美人の嘆き…16           李白の憂い…20
杜甫の願い…24               韓愈の硬骨…28
元微之の苦言…30              私の戦い−楊貴妃の独り言−…36
 U
列車女子服務員…44             徳発長餃子館にて…46
王凱音(ワンカイイヌ)の写真…50       月の曲…54
狼の筆…58                 書院門倣古一条街の筆店にて…62
敬亭山紀行…66
 V
茶碗…74                  朽ち竹の硯…78
古銭の山の硯…82              瓢箪の硯…86
寒山寺の鐘の硯…90             仙界の筆立て…94
魯迅全集…98

註釈…103       あとがき…174    収録作品初出一覧…180
著者紹介…182     題字…前川幸雄



 
ワンカイイヌ
 王凱音の写真

西安の 日 日 をめくりつつアルバムをなつかしむ

いつ来られるか分からない 元気でね
長安南路 体育館前のバス停で
王凱音はうなずいた
ロングヘヤーが八月の風に揺れる
窓辺でうなずく私を一人ぼっちで見送ってくれた王凱音

童顔の二重まぶたの小柄な王凱音
ピアノが弾むように笑う王凱音
凱音とは勝利の音 の意味だという
ピアノは上達しただろうか?
大学には合格しただろうか?

王凱音と再会できた今年三月
突然の訪問にあっけにとられたように立ちつくし
忙てていそいそと陝西省の「紫陽茶」を注いでくれた王凱音
弾むように笑う王凱音
昨年宿舎前で一緒に撮った写真だけをなぜ下さらないの?
心持ち上気して問う王凱音
問いつめられてあわてる私
十九歳の娘をそれとなく気づかっていた私
ああ あれね 帰ったら捜してみる

再び別れてからもう四カ月
西安の 日 日 をめくりつつアルバムをなつかしむ
王凱音は少女のようにあどけなく笑っている
音楽学院ピアノ科に入った王凱音
弾むように笑う王凱音
王凱音は今も写真を待っているだろうか?

 放送大学などで中国語講師を務める著者が、中国に題材を採った作品だけを集めた詩集を出したい、と考えて纏まった詩集だそうです。目次でも判りますように中国古来の詩人に想を採った作品、中国に留学したときの作品など、まさに中国三昧の詩集と云えましょう。
 紹介した詩は1985年に文部省長期在外研究員として留学していたころの作品です。「王凱音」は留学中に二胡を習いに行っていて家庭のお嬢さん。二胡の先生は娘の凱音に必ず「バス停」まで著者を送らせたそうです。「十九歳」の乙女心がよく現れていると思います。「私」のちょっと意地悪な行動もほほえましく写ります。一時中断はしたものの、日中1500年の交流の歴史が感じられる作品です。



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