きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.4.8 神奈川県真鶴岬




2007.5.31(木)


 雷雨。別に珍しいことではないのかもしれませんが、先日も雷雨があって、あれあれという感じです。すぐに地球温暖化の影響!なんて叫ぶつもりはありませんけど、この時期に雷雨が続くというのは昔からあったっけ?という印象です。まあ、雨は嫌いじゃありませんから楽しんで眺めていました。雨も降れば陽も照る、自然現象はどれをとっても人智の及ぶところではなく、畏敬の気持がふつふつと湧いてきました。



京子氏詩集『世界のために泣く夜』
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2007.5.30 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
 T
夢 10                   楽園 14
恋人の街 18                蟹が青い目をして 22
失恋 24                  ロケット 28
転落死 32                 真っ青な夏 36
人魚誕生 38                私の靴と私の足 42
整形美人の娘 46              スパンコールドレス 50
スリップドレス 56             コットンドレス 62
可愛い不安 66               不安の先 68
野原 70                  ネオンと私 72
 U
いつか死ぬ時が来るんだね 76        あれから 82
死んだヒーローの歌をうたうな 90      或る詩人に 94
詩が今、僕らの元に戻り来たらん 102
.    二十一世紀のクリスマスツリー 108
世界のために泣く夜があってもいい 112
.   ラプサンスーション 116
 V
一九八九 122
.               散歩 136
あとがき 140



 世界のために泣く夜があってもいい

正気に戻れば世界は不思議だ
考え直してみれば人は狂気だ
殺す
殺さない
その二進法で続く人間の進化
だとしたら
今夜、世界のために泣いてもいい

気がついてみればここは崩れそうな星の突先
二〇〇〇年なんてフッ飛ぶさ、そんなもの
私は信じない
名前なんて信じない
世界なんて信じない
人間の造り出した物なんてこれっぽっちも信じやしない
暗闇から吹く風のひと撫ぜで
こっぱみじんさ、そんなもの

今日一日生き長らえたことの奇跡
今日一日世界が消滅しなかったことの驚き
その影で、どこまでも伸びる死の連番
その叫びの一つだって私の耳は聞くことがない
その痛みの一つのためにだって私の心は
祈られたことがない
続いてきた命と続いていく命の間で
人はこんなにも残酷だ

殺し合わなければ生きていけない
私たちの弱さのために
愛し合っても
愛し合っても
人はこんなにも孤独だ

この静かな夜の中で
自分が生きていることを思い出させられる
この静かな夜の中で
私は一瞬正気に戻る
今夜、私は
世界のために泣いてもいいさ。

 第1詩集のようです。ご出版おめでとうございます。紹介した作品にタイトルの一部が含まれています。ここから採ったと思います。「世界のために泣」くという発想に驚いています。自分自身のことで泣くことは多く、他人のことでも少しは泣きますが、世界のために泣くことなどほとんどないと言ってもよいでしょう。著者はおそらく若い女性だと思いますが、私などとは違う感性を感じさせられます。「続いてきた命と続いていく命の間で/人はこんなにも残酷だ」というフレーズは私などには出せないかもしれませんね。今後のご活躍を祈念しています。



池田順子氏詩集『耳のなかの銀河』
かごしま詩文庫10
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2007.3.3 鹿児島県鹿児島市 ジャプラン刊 1238円+税

<目次>
葉枕 8
 筍 8                   芽キャベツ 10
 ブロッコリー 12              カリノフラワー 14
 里芋 16                  自然薯 18
 毬栗 20
みずのおはなし 23             髭剃り機 26
せんじょう 30               世界 33
蜥蜴 37                  新生 41
六月の比喩 45               現象 48
無言 52                  顔の湖 55
もの 58                  感応の扉 61
スカートの水域 65             台所 69
洗濯機 72                 春の図 −桃太郎− 75
物語の谷間 −赤ずきんちゃん− 79     宿る 82
炭酸缶 86                 早春 90
手紙 94                  コトリ 96
初出一覧 102
.               あとがき 104



 コトリ

投函した時の音が思い出されて
突如眠れなくなる
耳に
コトリが棲んでいる
たとえば深夜のファックスの受信音
まだ どこかでだれかが起きている
(モシ モシ)
素足をしのばせて
そっとあるく
銀河
(モシ モシ)

耳に底があり
そこでコトリが羽ばたきをする
渇いた音のときもある
濡れた羽の重いときも
底に届くまで ながい と感じるときもある
打ち寄せる音に惹かれて
わたしの脈も速くなる
コトリが移動する
胸に
春はまだ浅く
銀河を映す蒼い運河を飛ぶ
夜露に濡れた草が月の光を受け
芽キャベツたちが囁きはじめる
庭の畑のそこかしこ
地球の
眼の

その底をゆらしてみたくて
寝返りを打っている

水車小屋
ゆれる耳たぶ
なき方のわからないコトリたちが
今頃になって
歩き回る
そこかしこ

投函することのなかった
手紙や葉書の束を
届いた手紙を
引き出しにずっと抱えている
顔を合わす機会のある ひと
永遠に会えない ひと
応じたかった あの日
あの時が
くまなくブレて

転写するのは 瞼の底
蝸牛管に くぐもる声色
肉体の
裏側からひっそり
ひとりの朝を連れてくる

どこかで
コトリがないている

 第1詩集です。ご出版おめでとうございます。タイトルポエムの「
耳のなかの銀河」という詩はありません。紹介した作品から採ったのだろうと思います。粋なタイトルの付け方です。作品は「投函した時の音」の「コトリ」と小鳥が重なっておもしろい効果を出しています。「深夜のファックスの受信音」に「まだ どこかでだれかが起きている」と感じる感覚もおもしろいですね。身体感覚と「銀河」までの世界が結びついた佳品と云えましょう。今後のご活躍を祈念いたします。



○詩誌34号
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2007.6.10 石川県金沢市
の会・中村なづな氏発行 500円

<目次>

春らんまんへ/咀嚼音 中村なづな 2    余震/暴発 霧山 深 6
泥の影/ねこやなぎ 他 江田恵美子 10   森/迷い猫 宮内洋子 14
漏刻
(ろうこく)(水時計)/夏目坂 池田瑛子 18
評論
池田瑛子の詩業について−新・日本現代詩文庫41池田瑛子詩集− 石原 武 22
『宮内洋子詩集』によせて−詩がすっくと立ち上がる時− 池田順子 26
小文
残酷な朝 霧山 深 30           地震の朝 中村なづな 30
朝市 宮内洋子 30             花の目覚めに 江田恵美子 31
遠い朝 池田瑛子 31
あとがき 32



 夏目坂/池田瑛子

その春 ようやく大学の近くに
細長くて息のつまりそうな部屋を見つけ
はじめて一人暮らしをする医学生になったばかりの娘に
「気をつけて暮らすのよ」
何度も念をおして
慣れないざらざらした東京の街を
緊張して歩いた
明日は娘を残して帰らねばならない

このあたりは
大地主だった漱石の父直克が
自分の夏目の姓を名づけた坂であることも
夏目漱石の生家跡があることも知らなかった

むこうから話しながら
すらりとした若者たちが
弾むように足早に近づいて来る
通りすぎるとき 聞こえた
「お前 だらかよ」
あれぇ あの人達もおんなじ富山の人だ
娘と顔を見合わせて笑った
いい言葉ではないのに
あったかくて心がゆるんだ

  *だら〈富山弁〉ばか・あほ
  *夏目坂〈地下鉄東西線早稲田駅前から喜久井町来迎寺までの南東へ上る坂〉

 「はじめて一人暮らしをする医学生になったばかりの娘」を「ざらざらした東京の街」に「残して帰らねばならない」母親の気持がよく出ている作品だと思います。しかし、その不安は「おんなじ富山の人」とすれ違うことによって「あったかくて心がゆる」みます。このフッと緊張が解けた瞬間を詩にした佳品と云えましょう。タイトルは第2連の「夏目の姓を名づけた坂」から採ったわけですが、この客観的なタイトルの付け方も、いかにも東京らしくて、「医学生になったばかりの娘」を持つような知的な母親の視線らしくて好ましく思いました。
 なお、原文では最終連の「だら」に傍点があります。html形式ではきれいに表現できないので割愛しました。ご了承ください。



詩とエッセイ『焔』75号
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2007.5.15 横浜市西区
福田正夫詩の会発行  1000円

<目次>

戦争と子供…植木肖太郎 4         平和への切願をこめて…布野栄一 6
銃口…平出鏡子 7             誕生/馬たちは今何処に…黒田佳子 8
声が棲む家…濱本久子 10          風の話をしよう…上林忠夫 12
お水取り…阿部忠俊 13           わたしのからだ…小長谷源治 14
黙(もだ)…亀川省吾 15           日々はこうして/一問一答…錦 連 16
雫…山崎豊彦 18              夏の紫陽花…古田康二 19
遍歴より…古田豊治 20           癒しという名の闖入者…保坂登志子 22
家裁の人…高地 隆 23           詩人の集まり…金子秀夫 24
愛…北川れい 25              残された道…蒲生直英 26
春の跡に…伊東二美江 27          カンボジア・シェムリアップにて…水崎野里子 28
笑い声…新井翠翹 30            バイク/一本道…福田美鈴 31
ふたたびこころよ…瀬戸口宣司 34      陽だまり…森やすこ 35
福田正夫の詩・多摩行き…阿部忠俊 36
連載 万歩計の旅<三十二>…工藤 茂 38
散文 中文短歌…許 育誠 40
小特集 井上靖・山本和夫生誕百年記念
思い出の断片…蒲生直英 42
山本和夫の詩と文学…岡崎 純 43
井上靖のこと…竹内 清 46
人間の滑稽を描く…工藤 茂 50
花びら/走馬灯のひとこま/山本和夫先生/歌集「若狭」から…福田美鈴 52
100年と10分と20年…亀川省吾 58

井上靖先生との時間…瀬戸口宣司 60
山本和夫の詩のこと少し/井上靖氏邸訪問覚書…金子秀夫 64
瀬戸口宣司著『表現者の廻廊』…黒田佳子 74
瀬戸口宣司著『表現者の廻廊・井上靖残影』…工藤 茂 76
詩集紹介 藤田博詩集/岡亮太郎詩集/北畑光男詩集/吉久隆弘詩集…金子秀夫 78
編集後記
題字、表紙画…福田達夫
目次カット…湯沢悦木



 わたしのからだ/小長谷源治

ふるさとはわたしのからだ
だからよごされるとたまらない

わたしのにくにへどろがはいる
たまらない
ゆるせない

はだのいろもわるくなった
かつてはきれいだったのだが

(どうきょうのいしがきりんさんと
おなじおもいでながめる)

いまもよるにしらすがあそんだりするが
あさりもあかがいもまきがいもかきも
みぎわにおこつをるいるいとさらす
一せんちにみたないこどものかいも

うみはしにかけている

みりょくをなくして
ひとがくるか

うみをこんくりーとでかこんで
だれがしあわせになったか

 「ふるさと」を「よごされるとたまらない」という感情は誰もが持つでしょうが、それはなぜかということはあまり考えてこなかったように思います。作者は「わたしのからだ」だから汚されるのは「ゆるせない」と訴えます。この視点は新鮮で、少なくとも私は初めて接しました。自分の身体なら「にくにへどろがはいる」のも「はだのいろ」が悪くなるのも許せるわけはないと素直に感じることができます。環境問題の根源として考えさせられました。



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