きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2007.5.20 栃木市 とちぎ蔵の街 |
2007.6.12(火)
長野から帰って、4日の留守の間にたまった本を読んでいます。4日も留守をしたのですから、いただいた本は20冊ぐらいになったかなと思いましたが、そうでもありませんでした。10冊ほど。これから拝読して礼状を書いたり、御礼メールを出します。お礼が5日ほど遅くなっていますがご海容ください。
○細井章三氏詩集『友達になった気分で』 |
2007.6.24 東京都新宿区 土曜美術社出版販売 1400円+税 |
<目次>
T
卵料理――8 巣立ちのあと――10 白い夏――12
夕月の寓話――14 夜の歩哨――16 天からの使者――18
視覚――20 信州の旅――22 モネの池――24
港をまたぐ橋の上から――26 二画――28
夜の音楽教室――30 サックスの悩み――32
夜の調べ――36 亀の悲鳴――38 雪の悲しみ――40
U
駅の階段――44 明るい車窓――46 黄色い花――48
誕生祝い――50 残滓――52 年の初めに――54
小春日和の午後――56 四つんばい――58
時計一族――60 十年の別れ――62 温もり――66
妻――68 手紙――70 初夏――72
V
ネクタイ――76 疲れている私――78
東京駅丸の内北口――80 逃げても負け――82
見知らぬ人――84 半世紀の無駄――86
W
人の名前――90 ゼロではないが――92 奥深く――94
とらわれたものたち――96 わが心境――98
パソコン――100 数学――102 ひとが落ちる時――104
X
未来詩――108 酪酎詩人――110
詩人になりそこねた詩人――114
詩が書けなくなった理由――116
跋 森田 進――120
あとがき――124
四つんばい
突然、腰をしたたかにぶたれた
もう立ち上がれない
またやったな! とうめきながら
痛みが全身を硬くする
日頃、何ごともなくやっていた
二足歩行ができない
何百万年前の先祖に還ったみたいに
四つんばいで、トイレにゆく
飼い犬が、変な仲間が来たのかな
と思案しながら、後をついてくる
床上数十センチの高さから眺める世界は
今まで気付かなかったものでいっぱいだ
畳の隅のほこり
机のくらがりにかくれていた書きかけの詩片
家の者の二本の脚の動きのたしかさ
家の中には、木製の足の何と多いことよ
机、テーブル、椅子、踏み台
どれも四本
みんな、四つ脚でしっかり立っている
四つ脚の犬が
四つんばいの私の顔を舐めにくる
本当の友達になった気分で
詩集に「友達になった気分で」という作品は無く、紹介した詩の最終連から採ったようです。「四つんばい」になりながら「四つ脚でしっかり立っている」ものたちを眺めながら「二足歩行」がいかに不安定なものかを言っているように思います。「四つんばい」になることで「四つ脚の犬」も「本当の友達になった気分で」「私の顔を舐めにくる」のでしょうね。私も一度だけギックリ腰をやったことがありますが、驕りを棄てるためにも人間もたまには四つ脚になる必要があるのかもしれません。
○護憲詩誌『いのちの籠』6号 |
2007.6.15 神奈川県鎌倉市 350円 羽生氏方・戦争と平和を考える詩の会発行 |
<目次>
【詩】
兵器‥堀場清子 8 「美しい日本人」‥中村 純 10
超大陸パンゲア‥佐相憲一 11 ハルモニの笑顔‥日高のぼる 12
その手‥石川逸子 14 おばあさんの声‥芝 憲子 15
サビシサやで‥麦 朝夫 16 心が無かったら‥門田照子 16
戦争憲法物語‥寺田公明 18 ドイツではなく‥おだじろう 19
花に酔う日々‥日高 滋 20 三つの言葉‥池田錬二 21
エピック・トピック「余聞」‥中 正敏 22 いま‥崔 龍源 24
泉‥池田久子 25 残留孤児‥真田かずこ 26
八月の朝‥柳生じゅん子 27 フヨウの花園‥比尼空也 28
行ってきます‥佐藤一志 28 ささやかと言うかもしれないが‥江部俊夫 31
地上‥奥津さちよ 32 はぐれ蛍‥築山多門 41
独裁者‥畑中暁来雄 43 矜持‥岡たすく 44
プラタナスの木‥白根厚子 45 半旗‥坂田トヨ子 46
木槿‥渚 真樹 47 ビルの中‥成瀬峰子 49
女‥渡辺みえこ 50 母の反戦歌‥山野なつみ 51
クニガマエの風景‥くにさだきみ 52 平和こそ命‥竹内 功 54
沖縄‥篠原中子 55 風の行方‥うめだけんさく 56
就職した娘‥山越敏生 57 眼‥伊藤眞司 58
買出し‥島崎文緒 59 宇宙線を揺らして/草城の句から‥増岡敏和 60
テロルの風景論‥大河原巌 61 人間の学校 その124‥井元霧彦 62
平和‥甲田四郎 63
【エッセイ】
日本国憲法を読む(第5回)‥伊藤芳博 2
映画「日本の青空」試写会での挨拶‥若松丈太郎 6
『高銀詩選集 いま、君に寿が来たのか』‥佐川亜紀 33
アジアでの共生に向けて――過去の加害を知る‥古野恭代 34
「反戦反核映画」考(二)・心に傷を負った子どもたち‥三井庄二 36
矛盾だらけの青春‥吉光 悠 38
“九条”への熱いまなざし――ボリビア大統領の訪日‥中原澄子 40
あとがき‥65
会員名簿/『いのちの籠』第6号の会のお知らせ‥表紙裏
はぐれ蛍/築山多門
母はなにを思ったか 深い目をして話し始めた
村長だったお父さんは――あなたのお祖父さんね
長い心労で床に就いていたの
気丈なお母さんだったけれど
お父さんに代わってしていた仕事のために寝こんでいた
その当時 お兄さんは医学の勉強に都会に行っていた
わたししか代わるひとがいなかったの
とっても嫌だった
髪を撫でつけ もんペを穿いて
下男に足元を提灯で照らしてもらって
山道を登っていくと中腹にポツンと一軒立っていた
電灯の明かりがついていて 話し声も聞こえていたわ
それがね 近づいていくと急に静かになったの
暗闇が提灯の小さな明かりを押しつぶし
静けさが裏山の森から覆い被さってくるの ほんとよ
それは……足が疎んだわ
おとないを入れて戸を開けると
昔の農家は玄関がなくてすぐに三和土(たたき)になっていてね
その囲炉裏の奥にお婆さんが座り
手前に二十代のお嫁さんが正座して
銃後の妻として それは目を背けたくなるほど稟としていた
――おめでとうございます
お国の礎となられて 名誉の戦死をなさいました
わたしはお嫁さんに戦死公報を渡した
そのひとは私の目を捕らえて 何かに耐えるように
――ご苦労さまでございます
これで夫も靖国神社に祭られることでございましょう
外に出ると スーとはぐれ蛍が目の前を流れていった
亡くなったひとの人魂かと ハッと胸を突かれた
すると
背中を鞭打つように号泣する声が聞こえた
わたしがお国の手先になって
あのひとの夫を殺したように思った
逃げるように立ち去ったわ
おめでとうございます なんて言いたくなかった
でも 言わなければならなかった――
今でもわからないことがあるの
どうしてわたしが近づいていくのがわかったのかしら
わたしが戸をあけると 身なりを整えて正座して待っていた
母のことばはそこで途切れた
ボクはなにも尋ねなかった
「おめでとうございます」と言わなければならなかった無残、「これで夫も靖国神社に祭られることでございましょう」と言わざるを得ない残酷を感じます。「どうしてわたしが近づいていくのがわかったのかしら」という疑問には、「名誉の戦死」を覚悟していた「銃後」の家族たちの神経の高ぶりがあったから、と答えられるのかもしれません。私は戦争を知らない世代ですが、こういう具体的な作品には胸を打たれます。「ボク」もおそらく戦後の世代でしょう。具体的な事実を私たちはもっと発掘しなければいけないのかもしれません。
○詩誌『撃竹』65号 |
2007.4.30
岐阜県養老郡養老町 冨長覚梁氏方発行所 非売品 |
<目次>
さんぽ(朝)…若原 清 2 さんぽ(夕)…若原 清 4
満月幻視(ヴィジョン)…前原正治 6 沼…中谷順子 10
寒い夜に…中谷順子 12 いつの間にか…堀 昌善 14
時々刻々…堀 昌善 16 旅立ち…穎圭二郎 17
背くらべ…斎藤 央 20 風祭…斎藤 央 22
その少年のために(私の少年)…石井真也子 24
白い細い指…伊藤成雄 27
腫れる街…北畑光男 29 野のわが肖像たち…冨長覚梁 32
北畑光男さんの「人と作品」について…佐久間隆史 36
内部の海に降り積むもの−北畑光男詩集『死はふりつもるか』…渡辺石夫 40
撃竹春秋…42
背くらべ/斎藤 央
夕暮れ時
少しだけ開け放たれた窓から
かすかな風の匂いがして
風鈴の音はチリンと鳴った
とある夏の日の背くらべ
計った背丈を柱に鉛筆で記したのは
どこの誰だったか
その人の名前も顔も覚えていないが
着ていた浴衣の花柄だけが
花火のように鮮やかに
時折 記憶の闇を切り裂いて
浅い眠りのなかに打ち上がる
その人が袖を上げた時
袂から覗いた白い肌
甘酸っぱい李のような匂いがした
祖母に叱られて
泣きながら
二人で消した鉛筆のあと
それは誰の娘だったか
七つくらいは年上であったろう
二度と会うことのなかった少女
家はすぐに人手に渡り
取り壊されて跡形もなく
祖母ももうこの世の人ではない
夕暮れ時
灯りの点らない部屋で
成長することのできない
ひとりぼっちの少年が
背くらべする人を
今も 待ちわびている
最終連はほとんどの男たちの姿ではないかと思います。いくつになっても「成長することのできない/ひとりぼっちの」男たち。いつも何かを「待ちわびている」男たち。私を含めて、そんな男たちの未熟さがここには表出しているように思うのです。
第3連の「取り壊されて跡形もな」い家には、この世の無常を感じます。「泣きながら/二人で消した鉛筆のあと」もいずれは無駄な行為となってしまう、そんな深いところから浮き上がってくるこの世のはかなさが現れていると云えましょう。甘い恋にも似た年上の娘への「記憶」ととも、やがて全てが消え去ってしまう…。抒情詩の見本のような佳品だと思いました。
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