きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.6.11 軽井沢タリアセン・塩沢湖




2007.7.5(木)


 誘われて、生れて初めて川越の街を訪れました。古い町並みが保存されていて、とても良い街でした。「とちぎ蔵の街」にも匹敵すると思います。小江戸≠ニ呼ばれるほどのことはあります。市立博物館の学芸員さんの説明にも、そんな誇りが感じられました。

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 写真は蔵造りの町並みです。舗装道路とクルマが無ければまるで江戸時代です。一角の蕎麦屋さんでお昼をご馳走になりましたが、暑い日でしたのでキリン生ビールがことのほかおいしかったです。もちろん蕎麦もね。

 市立博物館の隣の市立美術館も訪れました。ここには川越出身で猪熊弦一郎に師事した相原求一郎記念室があって、なかなか良かったです。北海道を描いた作品が多く、私の生地近くの山を描いた「芦別岳雪晴」にはしばらく見入ってしまいました。また常設展示室には、最近注目している李禹煥の絵が3枚もあって、得した気分でした。16時には帰路に着くというあわただしい訪問でしたが、川越のエキスは吸い込んだつもりです。今度は泊まりででもゆっくり訪れてみたいものです。



くにさだきみ氏詩集『静かな朝』
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2007.6.1 東京都北区 視点社刊 1500円+税

<目次>
 *
はす 5                  他人の鼓膜 7
踏み台 11                 嵐のあとに 15
ギターの鼾 17               遺影 21
ホタルブクロ 27              静かな朝 29
トケイソウ 37               鈎 39
ヒガンバナ 43               法人「自然舎(じねんしゃ)」のいきもの 45
百日紅(さるすべり) 55           夜道の縄  57
 *
あとがき 61
著者略暦 63



 静かな朝

ハトロン紙の封筒に入れて
郵便受けに投げこまれていたもの

−六月二日 六月三日 六月四日 六月五日−
縊死体発見の日までの
四日分の
朝刊・夕刊の押し込まれた箱の底で
その渋色のものは
中に入れられたうすい洋紙の
折り目が見えるほどペシャンコだった

たぶんテツヤは
いったん取りだしたその渋い絶望を
郵便受けの底に戻して
新聞を読み
朝のコーヒーをのんだのだろう

ダイニングのテーブルに
いつものように置かれた 朔日
(ついたち)の朝刊
車のキー 財布 定期券
コーヒーカップと鬱をおさえる白い錠剤

いつもの静かな朝だったのだ

 開けなくても判っていたのだったら
 郵便受けの闇を
(ペシャンコのものを)

 覗かなければ生きられたかも知れないのに――

一年たった六月一日
(テツヤの祥月命日の朝)
生前には
絶対に開くことのなかったペシャンコのもの
(死後
 残されたものたちが
 幾度となく
 開いて読んだペシャンコのもの)
   か み き れ
その紙片
(かみきれ)をあらためて見る

 「中田哲也氏の地域支援センターいーずの施設長を解
  任す。
               平成17年5月31日付」

 封建時代に離縁になった女だって
 三行半
(みくだりはん)が慣習(ならわし)というもの
 なのに
(理由も示さず)
 ――たった一行の解任通知――
 シムラヤエコ理事長の氏名にかぶせた
 理事会の角印が
 朱肉を臭わせていて
 やたら大きい

 なろうことなら
 一年前の
 郵便受けに戻したい
 が
 戻せない

イノチマルゴト解任サレタ
テツヤを
渋封筒に収めると
ひょいと
もとの鞘に戻った顔で
テツヤがテツヤの椅子にすわる
コーヒーをのむ
(車の鍵
(キー) 財布 定期入れ 名刺)
コーヒーカップと 白い錠剤 水
テツヤがテツヤの
生まれた土地の新聞を読む

 祥月命日の朝の
 『山陽新聞』の一面には
  「過労労災最多 三三〇人
   脳・心臓疾患 四〇・五〇代が増加」
 見出しの文字が躍っている
 「精神障害で認定された人も百二十七人、うち自殺に至っ
  た、いわゆる過労自殺の認定は四十二人(二人未遂)」

精神障害の労災認定からも
過労自殺者の認定からも
(ぬけ落ちたままのペシャンコのもの)
ポンと一行――――
イノチマルゴト解任されたもの
風来坊みたいなものが
コーヒーをのむ
新聞をひらく

そのようにして一周忌の
よく晴れた――――
静かな朝がはじまっていく

 ご長男の自死だけを扱った異色の詩集です。ちょっと長いのですがタイトルポエムの全文を紹介しました。この作品からも「鬱をおさえる白い錠剤」を飲みながら勤務を続け、「精神障害の労災認定からも」「ぬけ落ちたまま」「――たった一行の解任通知――」で自死に至った経緯が判ります。それは「イノチマルゴト解任サレタ」のだという痛切な思いが伝わってきました。「一周忌の/よく晴れた――――/静かな朝」に突きつけられた声は、年間自殺者3万人を出すこの国へ、私たちひとりひとりに問いかけているのだと思います。
 考えてみれば、私自身も仕事上で自死を考えたことは何度もありました。幸い、正規定年を3年ほど残して退職することができましたが、その3年で自死の可能性は以前よりも高かっただろうと思います。決して他人事ではない内容です。社会の矛盾を身を持って体験している全ての人に、自分の問題として読んでもらいたい詩集です。



詩誌『孔雀船』70号
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2007.7.15 東京都国分寺市
孔雀船詩社・望月苑巳氏発行 700円

<目次>
*詩
陸封魚/辻井喬−6             分解/小笠原鳥類−9
不具合な会話/尾世川正明−13        林檎樹のさざ波/藤田晴央−16
食堂/岩佐なを−18             誰にも知られない一日/新倉葉音−21
よそいき/ 洋子−24           初めの一歩/文屋 順−26
ミセスエリザベスグリーンの庭に/淺山泰美-28 紅白梅花茶屋之図/小林あき−31
シン・ヒョンリム(申鉉林)小詩集 34
《エッセイ》詩のようでも写真のようでもあった私の人生――翻訳ハン・ソンレ(韓成禮) 38
*試写室 プロヴァンスの贈りもの/フリーダム・ライターズ/酔いどれ詩人になるまえに/怪談/パンズ・ラビリンス/長江哀歌/夕凪の街 桜の国/河童のクゥと夏休み 赤神信&桜町耀・選+国弘よう子 42
*吃水線・孔雀船書架/竹内貴久雄−46
*孔雀船画廊(19) 岩佐なを−48
*リスニング・ルーム/竹内貴久雄−50
*連載 絵に住む日々《第十六回》メンデルスゾーンの絵(2)小柳玲子 52
*連載エッセイ 眠れぬ夜の百歌仙夢語り《第五十六夜》 望月苑巳 57
*詩
一寸昔語りに−滝口入道の横笛/大塚欽一−64 キリンの日々/福間明子−67
裏に通じる取っ手/谷元益男−70       明るい休暇/間瀬義春−72
うつわ/間瀬義春−73            不完全な問い/松井久子−74
目を開いて見る夢/望月苑巳−76       定家卿、ただいま糖尿病予備軍/望月苑巳−78
昼寝から覚める夢を/掘内統義−81      泳ぐ/紫 圭子−84
あれがわたしの翳/朝倉四郎−87       
Be Careful/脇川郁也−90
*連載 アパショナータPARTU 茨木のり子没後一年〜感受性のありか 藤田晴央 93
*航海ランプ−103 *執筆者住所録−104



 よそいき/ 洋子

クローゼットに
ひしめき合う服
狭いスペースの隅のほうに
いくつかの顔が下げてある

あれこれ服を組み合わせて
最後に顔を選んで付ける

初めての会合には
いつも決まって選ぶ顔がある
静かに微笑み
口数少なく
存在感を消し
トラブルを避けられそうな顔
それで大抵は無事に終わる

二回目もまだ慣れていないので
同じ顔を付ける
三回 四回
安心なので同じ顔を付ける

五回 六回……
その頃になると
だんだん顔が苦痛になってくる
笑いたいけど笑えない
話したいけど話せない
変えたいけれど 今さら

どこへ行くにも最初は初めてだから
同じ顔ばかり使っている
使わないでいると
顔の鮮度は落ちてくる

ひしめき合う服の隅で
いくつもの顔が
劣化していく

 第2連の「最後に顔を選んで付ける」というフレーズで、おっ、おもしろそうだな、と思いました。しかし読み進めるうちに、そう単純ではないことが判ります。「初めての会合」用に「決まって選ぶ顔」が、いつの間にか「変えたいけれど 今さら」替えられない顔になってしまう…。おっちょこちょいの私は比較的どこでも馴染みやすくなるのですが、それでも今さら替えられない処はあります。そんな心理をうまく描いた作品です。「顔の鮮度は落ちてくる」「いくつもの顔が/劣化していく」など、誰も描かなかったところを書いた秀作だと思いました。



詩誌『白亜紀』127号
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2007.4.1 茨城県水戸市
星野徹氏方・白亜紀の会発行 800円

<目次>
●エッセイ
太田雅孝*<発語>の訪れを待つ器 26
渡辺めぐみ*岡野絵里子詩集『発語』について 28
平井燦*混沌さんのハガキ 30
宇野雅詮*詩形式への一つの試み 32
鈴木満*永井力と茨城の詩人たち 52
綱谷厚子*<家>の希求−鈴木満氏の詩の世界について− 54
●作品
岡野絵里子*インナー・ハウス 2
真崎節*1の抒情 4            北岡淳子*さくらんぼ・夢 6
広沢恵美子*いし 8            太田雅孝*投網 敵は本能にあり 10
渡辺めぐみ*初冬 12            近藤由紀子*集合写真 14
溝呂木邦江*食卓 16            石島久男*秋への想い 18
宇野雅詮*山魚 20             橋浦洋志*合図 22
鈴木満*二の橋書店 24           黒羽由紀子*海に突き刺さる波崎の突端のように 34
鈴木有美子*星月夜 36           斎藤貢*天地創造 38
網谷厚子*澹 40              平井燦*旗 42
大島邦行*<わが背子を大和へ>私訳 44    武子和幸*土蜘蛛 46
硲杏子*生々流転 48            星野徹*カラスウリのヴァリエーション 50
●装画 立見榮男 静物



 敵は本能にあり/太田雅孝

二〇〇六年九月二二日
高円寺の酒房「眉山亭」にて口走った言葉

こうした思いつきの言葉は
天から降ってきた恩寵として
ユーモアやウィットに味方する
詩の本能に必要な言葉なのだ

さて いざ出陣 だが
どう料理したらいいのやら

 もちろん「敵は本能寺にあり」から出た「思いつきの言葉」ですが、やはり「天から降ってきた恩寵」だと思います。いいですね、こういう言葉に出会うとワクワクします。「ユーモアやウィットに味方する/詩の本能に必要な言葉なのだ」とも云えましょう。確かに「どう料理したらいいのやら」判らないところはありますけど、それは時間が解決してくれるものだろうと思います。今回はこうやってミューズは微笑んでくれるのだという舞台裏の披露だけですが、いずれ大きな作品になっていくでしょう。今から楽しみです。



個人詩誌『ポエームTAMA』39号
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2007.6.5 東京都日野市 池田實氏発行  300円

<目次>
寄稿詩
 火の毬/高岡 修 4
 聖書講読会/岡野絵里子 6
 水中/斎藤恵子 8
 絵/小笠原鳥類 10
詩集紹介 池田 實 12
高岡 修詩集「蛇」
岡野絵里子詩集「発語」
論考 新詩論の周辺総集編30/池田 實 14
詩 黒い犬/池田 實 16
時評39 池田 實 18
編集後記に代えて 19



 聖書講読会/岡野絵里子

 木床を磨いたワックスと オーブンから出されたマドレーヌの香
りが混ざり合い 修道院は甘く匂っていた きまじめな面差しが並
ぶ小部屋で 木製の椅子を引いて腰かけ 聖書とノートを乗せると
窓から中庭が見え 陽光(ひかり)が机の上にあふれた たあん とどこか遠
い扉が閉められ 靴音が近づいて来た

 たあん 走るものの気配が耳の奥を騒がす 長い廊下の両側で
小暗い扉が次々と開き 跳ね橋が上がり始める たあん たあん
走り過ぎるものたちの横顔を映す記憶ガラス いつの間にか 私も
古びたガラスの前に立っている 私であって 私ではないその顔
私の知らない朝と夜を知っている 封印された沈黙の小箱

 中庭を老いた修道女(シスター)が横切る 長い時間を抱え込んだ丸い背中
彼女は立ち止まり 冬の底から顔を上げると 私を見た 私の中に
閉じられた もう一人の私の顔を

 何かを繋ぎ止めるように 不意に湧き上がる子どもたちの歌声
声は私たちの体を通り 柔らかな疼きを残して 風に流れた 過去
から未来に遡る 一瞬に近いとき それを私はただ なつかしさ
と呼ぶだけだ

 死者の物語を源に あらゆる水路に架けられる約束の言葉 その
一行の震えが響かせる音を 自らの湖面に聴こうとして 私たちは
集まる それから 冥さを通り抜け 一つの祈りの形になった人に
会う

 靴音は小部屋に入って来た 「マタイによる聖福音」 とその声
は響いた

 私には経験がありませんけど、文字通り聖書の講読をする会で、知らないながらも雰囲気が伝わってきます。教会は結婚式や葬式で数えるほどしか訪れたことがありませんけど、その時の様子を思い出しながら拝読しました。ここは講読会ですから、それらの式とは違う、もっと本質的なものなのでしょう。「一つの祈りの形になった人」に寄せる敬虔な信者の思いが、態度・姿勢で立ち上がってくる作品だと思いました。



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