きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.6.11 軽井沢タリアセン・塩沢湖




2007.7.18(水)


 一昨日16日の中越沖地震で被害に遭われた方、亡くなった方にお悔やみ申し上げます。新潟県には日本詩人クラブの会員が7名いらっしゃいますが、未確認情報ながら全員無事との報告を受けています。被災地の早期復旧を願っています。

 今日は日本ペンクラブの7月例会が東京會舘で開かれました。講演は山本一力氏の「まさか俺が茶の湯とは…」。取材で茶の手ほどきを受けた話でしたが、京都市内の移動には自転車で走り回ったそうです。しかも貸自転車ではなく、中古の自転車を買って置いてあるとのこと。茶の話もおもしろかったのですが、私はこちらの方が興味深かったです。京都は自分のクルマで行くかタクシー、バスのフリーパスも魅力だなと思っていますから、ちょっと意表を突かれた感じです。確かに市内はほぼ平坦ですから、自転車は盲点でした。自転車を預かってくれるところはありませんので、私の場合は貸自転車になるでしょうが、今度試してみたいと思いましたね。

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 写真は一力さん。携帯で、近寄りもせず色も合わせず、いいかげんな撮り方をしていてすみません。携帯電話のカメラでも設定をきちんとやれば結構きれいに撮れます。次回はそんな写真をお見せできるようにしましょう。
 二次会はいつもの銀座「くらぶ英子」へ。以前会った30代の男性とずっと話しをしていました。私が見てもほれぼれするほどの好男子です。議論の中心は、なぜ良い男は女性にもてるのか(^^; 話をしながら「なんてバカなことを話しているんだろう!」と何度も思いましたけど、やめられませんでした。男同士でそんな話をすることはなく、珍しい機会でしたから乗ってしまったようです。いろいろと貴重なお話しを伺いました。好みの女性とお話しするのも良いけど、男同士も良いものです。Tさん、ありがとう! 佳い夜でした。



隔月刊詩誌RIVIERE93号
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2007.7.15 堺市南区 横田英子氏発行 500円

<目次>
願い/小野田重子(4)           僕と母/山下俊子(6)
愛と希望の国(お盆)/河井 洋(8)     真珠のようにダイヤモンドのように/泉本真里(10)
人類の業/安心院祐一(12)         風に吹かれて/後 恵子(14)
一年という歳月・蝉/藤本 肇(16)     ぼくが分別をしない理由/内藤文雄(18)
RIVIERE/せせらぎ (20)〜(25)
 蘆野つづみ/横田英子/石村勇二/河井洋/永井ますみ
弥生の昔の物語・45(終章)/永井ますみ(26) 晴れ間/戸田和樹(28)
多発性軟骨炎/石村勇二(30)        決まりごとがあって/松本 映(32)
ウォーキング/横田英子(35)        こおろぎ橋から/清水一郎(38)
海が見えない/ますおかやよい(40)     時のダイビング/平野裕子(42)
すずめの旅/釣部与志(44)
受贈誌一覧(45)              同人住所録(46)
編集ノート 永井ますみ           表紙の写真と詩・清水一郎



 弥生の昔の物語(45・終章)/永井ますみ

兄ちゃんはキビのクニを目指して
旅立ってしまった
弟はイズモのクニを目指して
行ってしまった
娘と私たちはこの邑に残されて
その日の命を繋いでいる

土地を切り拓く力こぶを無くした男が
昔を思い出して繭を採りに林に入る
戦があって
人を殺し殺されても
籠には一杯の緑の山繭

冷たい水に浸かって
からむしの木の皮を剥ぐことも
もうできん歳になった
わぁも昔を思い出して
機織りをしてみようか

煤けた屋根裏から取り出す山繭織りの道具
向こう板に縦糸を巻き
小屋の隅の柱にくくる
もう片方の糸の端を結んだ板を
腰にくくる
薄暗い灯り取りから入る光の中で
糸を巻いた杼をくぐらす

右から左トントン
左から右トントン
何度も何度もくぐらす気の遠くなる時間
私たちはその時間をくぐってきたのだ
ねえ あんた
と振り返ったら
もう爺さま顔をした繭の兄さんが
そばにいる

 連載「弥生の昔の物語」もいよいよ最終回です。「兄ちゃん」も「弟」もそれぞれ目指す「クニ」へ「旅立ってしま」い、「娘と私たちはこの邑に残されて/その日の命を繋いでい」ます。「土地を切り拓く力こぶを無くした男」と「冷たい水に浸かって/からむしの木の皮を剥ぐことも/もうできん歳になった/わぁ」。「何度も何度もくぐらす気の遠くなる時間/私たちはその時間をくぐってきた」、その結果として「あんた」は「もう爺さま顔をした繭の兄さん」になってしまいましたが、そこに悲惨さは感じられません。「籠には一杯の緑の山繭」があり「薄暗い灯り取りから入る光の中」ながら「糸を巻いた杼をくぐらす」時間が持てるようになったからでしょう。弥生の昔の話ながら、そこには現代を感じさせるものがあります。長い間、楽しませていただきました。ありがとうございました。



鈴木俊氏訳『ハインリッヒ・フォーゲラー伝』
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2007.6.30 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2500円+税

<目次>
生いたちと教育 7
初期の作品とバルケンホフ 21
人生の危機と第一次世界大戦 61
コンミユーンとバルケンホフ労働学校 91
世界のはざまで――ベルリン・モスクワ・ヴォルプスヴェーデ 125
ソビエト連邦への亡命 161
 訳者註釈 191
 年譜 202
 訳者後記 206



 1957年ブレーメン生まれのジークフリート・ブレスラーの著作の翻訳です。1996年初版、2002年再版とありました。
ハインリッヒ・フォーゲラーは、日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、エルミタージュ美術館が買い上げるほどの画家です。リルケとの交際でも知られていたようで、1972年ブレーメン生まれ、1942年に69歳で旧ソ連・カザフスタンで亡くなっています。
 生涯を画家として過ごしながらも、第一次世界大戦ではドイツ軍将校として活動しながら平和主義を掲げ、ドイツ共産党党員(のちに除名)、ソ連亡命と数奇な運命を辿ります。日本では図案家、アール・ヌーボーの画家という側面しか紹介されてこなかったと訳者は語りますが、まさにその通りだったのでしょう。しかし挿絵として使われた絵にはフォーゲラーの複雑な内面、特にフォーゲラー自身が「複合絵画」と呼ぶ絵に視覚の多様さを感じます。今で云うところのコラージュの先駆者だったように思います。魅力的な画家の生涯を追った名訳書です。ご一読をお薦めします。



能條伸樹氏・能條歩氏詩集『時代』
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1989.11.25 北海道夕張市 「ことばの工房」刊 1500円

<目次>
<T部> 能條伸樹
序詩…9                  夢の焚火…10
駅…13                   名前の上に線を引く…16
馬がまぐさを噛むように…20         たそがれとらくだたち…24
母性…28                  礫の音…30
願望…34                  くらがりのなかから…36
ひしゃげた松かさに寄す…41         朝の食卓のうた…46
朝あけ…51                 走っている…54
<U部> 能條 歩
序詩…59                  けものみち…60
雨の景色…61                無能…62
人…64                   みんなのさがしもの…65
ある少女へ…66               北風…68
Traveler…69                相似…70
シルエット…71               あした浜辺で…72
テリトリー…74               Buranko Dream…76
ワンカット…77               紙風船…78
街…79                   春…80
群像…82                  サヨナラのむこうに…84
夜景…86                  シルエットU…88
情景…90                  朝の教室…92
展望…94                  その朝…96
さ、帰ろう…98               人々…100
ものとーん…102
.              銀河ローカル線運行日誌…104
 ◇
<あとがき>T…106
<あとがき>U…108
略歴…110
 ◇
表紙題字   柴田木石
T部扉カット 高橋揆一郎
U部扉カット 藤倉英幸



 1930年代生まれの父・伸樹氏と1960年代生まれの息子・歩氏の、珍しい父子詩集です。しかも副題には「父と子の二十代詩集」とあって、お二人の20代の作品を収録していました。
 まず、父・伸樹氏の作品(1956〜1959)から紹介してみましょう。


 名前の上に線を引く/能條伸樹

また一人
もう一人
私は黙って
赤鉛筆を引く。

ひろげた高校受験者名簿に
受付順に行儀よく列んで
まるで生きているような
名前たちの上に
太い赤い線を引く。

人間の未来の上に
若々しい希望の上に
張りつめた期待の上に
それら
水のような瞳と
バラのような息と
健康な微笑を持つ
美しい可能性の上に。

5番 山田太郎
8番 木村良子

二人、三人、十人と
君らの名前を抹殺する。

まもなく
この名簿は工場へ回され
やがて明朝
おめでとう合格≠フ地紋に飾られ
さわやかなインキの香りとともに
家々に配られるだろう。
抹殺されなかった名前たち
君たちの晴れがましい出発のために
心からのお祝いをいおう。

だが君たち
誇らかに若々しい勝者たちよ
君たちは忘れないでほしい。
わずかな嵯迭にうちのめされた
たくさんの友だち、
萌えでようとするのぞみを抑えて
受験さえ諦めねばならなかった
さらに沢山の友だちが
あったことを――。

一人
また一人と
私は黙って赤鉛筆を引く。
ぬりつぶされてゆく
いくつもの名前たち、
名簿のかげにいる
さらに数多い未来たちよ
これから先
学歴≠スだそれだけのために
君たちの受けねばならない
不当な差別について
君たちは卑屈であるな。

そうだ
わたしは信ずる。
私たちの苦しみが
やがて清冽な怒りとなるのを。
君たちの中の泉から
明るい未来の汲みだされるのを。

 <各校合格者発表に忙殺される地方紙編集室の片隅で>

 1950年代後半の「高校受験者」は、中卒の30%程度ではなかったかと思います。高校全入が当たり前になっている現在では想像もつかないような競争がありました。合格、不合格の選別は当然行われたものの、ここで注目しなければならないのは「受験さえ諦めねばならなかった/さらに沢山の友だちが/あったことを――」というフレーズです。視点がそこに収斂していることに作者の人間性を見る思いです。「水のような瞳と/バラのような息と/健康な微笑を持つ」のは受験生に限らず、「各校合格者発表に忙殺される地方紙編集室」の作者自身の姿と云えましょう。
 なお、作品中の「のぞみ」には傍点が振られていましたが、htmlではきれいに表現できないので割愛してあります。目次の「まぐさ」「らくだ」も同様です。ご了承ください。
 では次に息子・歩氏の作品(1986〜1989)を紹介します。


 朝の教室/能條 歩

暗い廊下に朝日がさしこむと
今日も一日は始まる
やがて彼らの明るい声と
あわただしく駆け込む姿が
けだるい朝のひとときから
私を解き放つ。

教室までの道のりは
ちょっとした散歩道
そうして約束された出会いの中
「おはよう」と挨拶が交わされる。

思い思いの会話が飛び交い
私はわたしでなにやら話し
彼らの顔によどみのないのを確かめる。

一日の始まりに何かを期待する
そのひとみのなんとまぶしいことか
若さに圧倒され、まぶしさに押し出されるように
わたしたちの朝はすぎる。

そして、一日は
おおかた何もなく
平穏無事に過ぎてゆくのだ。

 こちらは高校教諭となって「若さに圧倒され、まぶしさに押し出されるように」生徒と接している姿が映し出されます。1980年代後半ともなると高校はほぼ全入となりました。「受験さえ諦めねばならなかった/さらに沢山の友だち」は無くなったものの、全国的に無気力感が高校生を襲っていた時代だと思います。しかし、ここにはそんな影は見られません。「彼らの顔によどみのないのを確かめ」られ、「一日の始まりに何かを期待する/そのひとみのなんとまぶしいことか」と感動を与えられています。地域的な違いがあるのかもしれませんが、教員の意識の高さに生徒も高められているのだろうと思います。

 お二人の高校生に関する作品をたまたま紹介してみましたが、父の時代から30年、良い形で大人の高校生に対する意識が継承されていると感じました。20年近く前に出版された詩集ですが、古さはありません。お二人の時代を見る眼、人間を見る眼の確かさを感じさせる佳い詩集でした。



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