きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.6.11 軽井沢タリアセン・塩沢湖




2007.7.23(月)


 夕方から六本木の「ストライプハウスギャラリー」に行ってきました。天童大人さん企画のポエトリーヴォイスサーキットに田川紀久雄さんが出演することになっていたのです。ご本人が公表していますからここで書いても構わないと思いますが、4月に末期癌の宣告を受けています。下手をすると最後の朗読ライヴになりますから、ここで行かないと後々悔やむと思ったのが正直なところです。案内にもゲストとしてパートナーの坂井のぶこさんを呼ぶと書いてあり、田川さんが急遽倒れた場合は坂井さんのみでやる、となっていました。

 そんな私と同じ思いをした人が多かったのか、30人の定員は満席。田川さんはやつれていたものの元気に登場しました。最新刊の詩集『見果てぬ夢』から抄出して1時間半ほどを、三味線を抱えて朗読してくれました。あとで聞いたら20kgほど痩せたとのことですが、そんなことを感じさせない熱演でした。汗をびっしょりかいて、大丈夫なのかな?と思うほどでしたけど、朗読の最中は大丈夫なんだそうです、と、これもあとで聞いた話。まさに命懸けの朗読でした。
 その上「中越沖地震」支援の張り紙。田川さんは新潟県刈羽の出身で、今日の収益は全てカンパするそうです。
 朗読した『見果てぬ夢』をいただきましたので、このあとすぐに紹介します。



田川紀久雄氏詩集『見果てぬ夢』
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2007.8.6 東京都足立区 斑猫出版刊 2200円

<目次>
空がある 6                小石を池に投げて 10
死はある日 13               死を眼の前にして 15
充実した日々を送る 17           し・し・し・し 20
限られた生命 22              死刑宣告 24
償い 27                  追悼 29
詩語りをもう一度行ないたい 33       鮎の詩 36
鬼が笑う 39                たわごとの言葉でも 41
いざ死を…… 44              外出 47
これから先は…… 50            自然の中で 53
覚悟 56                  明日という日 59
永遠の旅 61                痛む胃 64
雲を見る 66                何もいらない 69
二羽のアオサギ 72             大腸鏡検査 74
雀の兵隊 76                田舎で住もう 78
空を見上げる 80              ずぶ濡れ 83
あとがき 84



 償い

母親の出産の時の痛みは
最後は自分で償わなければならない
仏陀のように安らかに涅槃に入れるわけにはいかない
まして詩人の業
(ごう)は並大抵のものではない
上辺は清らかに見えても
腹の中は癌細胞で一杯だ
その癌細胞がついに
この俺の肉体に食い付いてしまった
いまさら謝ってみたところでどうにもならない
そこで最後のお願いだ
なんとかもう少し詩を書かせてくれよと交渉してみる
――わたしにはあなたの書く邪魔をする気はありません
  そのことはあなたの生命力が決めることですからね
と言われる
人生の最高の徳は大往生なのかも知れない
苦しみながら死に絶えても
自分を失わない生き方をしたいものだ
人間は多くの生きものの犠牲の上で生きている
苦しみながら死ぬのも致し方がないのかも知れない
母が私を産み落とした時の苦しみが
今の私の上にのし掛かって来ている     二〇〇七年五月五日

 今回の朗読ライヴではテキストがありませんでしたから、耳だけで聴いていました。紹介した詩はその中で一番印象に残っていた作品です。一字一句まで覚えていたような気になっていて、改めて読みましたら、やはりほとんど覚えていました。もの覚えの悪い私にしては珍しいことです。それだけ内容が濃く、頭に入りやすい作品だったということでしょう。
 出だしの「母親の出産の時の痛みは/最後は自分で償わなければならない」というフレーズから衝撃的です。続く「まして詩人の業は並大抵のものではない」には詩人と呼ばれる大方の人は肯くしかないでしょうね。「腹の中は癌細胞で一杯」なのです。最後の「母が私を産み落とした時の苦しみが/今の私の上にのし掛かって来ている」で先頭に戻る構成になっていますが、これはまさに輪廻。この輪廻を人間は、特に詩人は生きるしかないのかもしれません。



詩と評論『操車場』2号
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2007.8.1 川崎市川崎区
田川紀久雄氏発行  500円

<目次>
詩作品
樹時計/鈴木東海子 1           重ね春/金子啓子 2
夢二の女/高橋 馨 4           コンニチハ 悪性新生物さん2/坂井のぶこ 5
遍路/大木重雄 6             相/長谷川 忍 7
ちゅうりっぷ/里中智沙 8         光があふれて/田川紀久雄 10
運ばれ/野間明子 12
エッセイ
浜川崎の居酒屋/坂井のぶこ 13       岸谷巷談/倉田良成 14
末期癌と仲良く生きる/田川紀久雄 16
■後記・住所録 17
■付録 漉林ミニ通信五号〜八号



 コンニチハ 悪性新生物サン2/坂井のぶこ

コンニチハ 悪性新生物サン
なになに悪性という呼び名が気に喰わないって
仕方ないでしょ
これだけの悪さをしてるんだから
可愛そうに私のキイチャンは
痛い 痛いと今日も一日泣いてます
ええ? それはちがう?
なにが違うのよ
我々ハ地球環境ノ歪ミヲ人ノ体内カラ警告シティルノデスって
まあ エラそうに
だけどねえ
なんとか私たち
いっしょに生きていく方法ってないものかしら
だって生き物は競争から共生へと進化してゆくものだって
私は聞いたよ
太古の海では原核生物が好気性細菌や藍藻類を体の中に取り込んで
真核生物になったっていうじゃない
共倒れになるよりもいっしょに生きたほうがずうっといいと
私は思うよ
どうすればそうできるのかなあ
あなたの望むことはいったいなあに
地球環境の修復なんて大きなことは
 できないなあ
キイチャンの体内環境を整えることは
 できるかもしれないなあ
 あと十年
 あと十年
 とりあえずはあと一年
来年の桜の時期には江戸風の卵焼きと
ゴマ塩をふったおにぎりをお重に詰めて
お花見にゆきたいなあ

 「なんとか私たち/いっしょに生きていく方法ってないものかしら」という思いは私にもあります。そもそも癌細胞は、いずれ自分も死滅するのになぜ人間を殺すのか、この理屈がわかりません。生物の繁殖の法則から外れているように思うのですが、この作品にはそれへのヒントがあります。「太古の海では原核生物が好気性細菌や藍藻類を体の中に取り込んで/真核生物になったっていうじゃない/共倒れになるよりもいっしょに生きたほうがずうっといい」というところを癌細胞で考えみる必要があるのでしょう。専門家の研究成果を待ちたいものです。
 「とりあえずはあと一年」というのは「キイチャン」にとって短すぎますが、今は見守ることしかできません。詩人として「キイチャン」も「私」も、そして私も受け止めるだけでしょうか。



季刊『詩と創造』60号
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2007.7.30 東京都東村山市
書肆青樹社・丸地守氏発行 750円

<目次>
巻頭言 おわりに〈詩〉ありき…原子 修 4
詩篇
行方不明の旧友に…嶋岡 晨 6       尺取虫に寄せるソネット・他一篇…石原 武 8
光の斧…原子 修 11            はた、はた、はた/汽車…山本沖子 14
地霊頌
(ゲニウス・ロキしょう)−流離譚…内海康也 16  火焔光背…こたきこなみ 18
きつねの仮装…加瀬 昭 21         忘れもの…比留間一成 24
石段…高草陽夫 26             木…松尾静明 28
つつじのお宮…井奥行彦 30         晩春霊歌…葛原りょう 32
もし…岡崎康一 35             夕暮れに…清水 茂 38
スケッチの時間…原田勇男 40        カモメ…古賀博文 42
ほうれん草…橋本征子 44          かえり花 句によせ…岡山晴彦 46
ラスト ラン…中桐美和子 48        石岡から鉾田へ…黒羽英二 51
エッセイ
音楽に学ぶ…嶋岡 晨 58
屹立する精神 シェイマス・ヒーニーの詩(11)…水崎野里子 61
感想的エセー「海の風景-海やまのあいだ」U…岡本勝人 68
〈詩〉の在り処を求めて(六)…清水 茂 74
この詩人・この一編 岡部隆介『魔笛』抒情詩を生きた孤高の詩人…門田照子 78
プロムナード
詩界に新風の衝撃を与える者は誰か…黒羽英二 80
創元文庫のことなど…こたきこなみ 81
美術館の椅子 『レオナルド・ダヴィンチ−天才の実像』を見て…牧田久未 82
現代詩時評 情熱とオリジナリティーに富んだ作品集…古賀博文 84
詩集評 詩に於けるリアリティとは何か…溝口 章 91
海外の詩
トールンの男/ネルサス他 シェイマス・ヒーニー…水崎野里子訳 101
詩集『きみはそれを信じないだろう』(二〇〇〇)より ペドロ・シモセ…細野豊訳 104
短詩/目的論他 キャスリン・レイン…佐藤健治訳 108
詩集『その後のテッドとシルヴィア』(その二) クリスタル・ハードル…野伸美弥子訳 112
西大門公園/水の上を歩いて他 チョン・ホスン(鄭恩淑)…韓成禮訳 118
私は夜二時でもバスを待つ/カジアドの一本道他 ファン・ハクジュ(黄学周)…韓成禮訳 119
人生/下流他 チョン・ウンスク(鄭恩淑)…韓成禮訳 123
鳥葬/白痴他 キム・ヨンサン(金栄山)…韓成禮訳 125
新鋭推薦作品 「詩と創造」2007新鋭推薦作品 128
老人と驢馬/弘津亨 春らんまんへ/中村なづな 石仏/藤井雅人
研究会作品 131
花と食 室井大和/おとずれ 山田篤明/風はうたうわ… 金屋敷文代/ばらの伝言 泉渓子/凧 吉永正/花前線 高橋玖未子/苔の詩 宮尾壽里子/紅玉 太田美智代/街のはなし 万亀住子/まぼろしの道の木の橋に 清水弘子/風の道 豊福みどり/消えた日 松本ミチ子/泥水の中 一瀉干里/コイル状の赤 大山真善美/帽子 仁田明子/サンクチュアリ 佐藤史子
選・評 丸地 守・山田隆昭
全国同人詩誌評 評 古賀博文
書肆青樹社の本書評 154
草間真一詩集『沈黙する水』/森田薫詩想的エッセイ集『Aροτηζ』
高草陽夫『影絵の森』/エーリッヒ・フロム著飛田茂雄編『愛は芸術』佐藤健治訳
評 こたきこなみ



 尺取虫/石原 武

ガラス戸の縁を尺取虫が這っていく
薄みどりの胴体を伸縮させて
腹の暗がりにありったけの明りを
吸い取るように這っていく

さくらが散り狂う夕暮れである
あれに全身を計られるといのちが尽きると
祖母から聞いた憶えがある
花の使者は闇へゆっくりと這っていく

ローリング・ストンーズのギターリスト
キース・リチャードは親父の骨を噛み砕いて飲んだ
〈人食いのロックンロール〉に親父の淋しい霊は踊った

夜の雷が騒いでいる
尺取虫が近づくまであと数刻
それまでに添い寝の女を喰い尽くせるだろうか

 「尺取虫」の小さな「腹の暗がりにありったけの明りを/吸い取るように這っていく」という発想にまず驚きました。そこから「あれに全身を計られるといのちが尽きる」と「祖母」の世代の話になって、つい最近の「〈人食いのロックンロール〉」。そして「添い寝の女」。時間も国も自由に操って、たった4連14行で言い表してしまいました。このスケールの大きさと繊細さを見習わなくてはなりませんね。判らない言葉、意味を深く考えなければならない言葉は何ひとつなく、それでいて人間とは何だろうと考えさせられる、王道の詩を見させていただきました。



貞松瑩子氏詩集『富士』
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2007.12.2 東京都八王子市
武蔵野書房刊  1000円+税

<目次>     むか
〈エッセイ〉富士に対う 6
混声合唱とピアノのために
富士を仰いで 10   わが歌 12      山は招ぶ 14
富士 16       春を待つ 20     富士願望 22
夢あかり 24     ふるさとの富士 26
組曲 富士拾遺
富士と少年 30    石廊崎花狩り 32   消える山 34
移ろい 36      遙かな土地よ 富士よ 38
駿河舞 40      旅空の富士 42    山開き 44
夕富士 46      怒る富士 48     荒ぶる富士 50
思い出のなかに 52  蝉しぐれ 54     富士を尋ねて 56
日輪の下で 58    四季の富士 60    富士絶景 62
悠久の富士 64    富士 上空から 66  夜の富士 68
初夢 70
〈エッセイ〉筆を擱いて 72
詩集『風の情景』以後
星ものがたり 76   秋 みなと風景 78  冬へのオード 80
柚子に寄せる 82   風に 84       情死考 86
〈組詩〉愛するものへ 90
 立春 哀歌 解けて ひとへ
〈組詩〉胸いっぱいに 96
 挨拶 小さな声で 生命――その叫びを
 英訳 遠丸 立 102
題字 有賀完次



 富士

富士よ
行く手に何があるのか
霊気を孕
(はら)
往時より
怖れ 崇められてきた
        富士よ

一歩一歩
踏みしめ 踏みしめ
草の葉に染まり
木の根につまづき
樹木に行く手を阻
(はば)まれて
禽獣の声におののく

富士よ
何の意志か

迷い傷つき 絶えなんとして
尚も縋りつ登ってゆく
どこまでも続く岩場を
炎なす頂きへ向かって
われらを駆り立て
導く力よ

遠く仰げば
蕩蕩と
優しくも美しいみ姿

けれど見よ
その奥処
(おくが)に秘められた
雄々しきものの雄叫
(たけ)びを
その雄大な
底知れぬ大地の力を

富士よ
われらは仰ぐ

日本の四季の
移りゆく折々の美しさ
その荘厳を
永遠
(とこしえ)に つつがなかれと

 副題に「合唱と歌曲のために」とあり、この12月に静岡県伊豆の国市で初演される歌曲用の詩を主にまとめた詩集です。「混声合唱とピアノのために」と「組曲 富士拾遺」がその該当で、手書き原稿をそのまま印刷してあるという貴重な詩集です。ここでは代表作とも云うべき「富士」を紹介してみましたが、手書き部分を画像として載せるのは憚られますので入力してみました。そのため一字空きの部分が少し違っているかもしれません。ご了承ください。
 作品は富士山への畏敬の念が情緒豊かに表出していると思います。歌われるための詩ですから、耳に入りやすく、かつ詩語としても満足できる言葉が選ばれていると云えましょう。どんな曲になるのか楽しみです。



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