きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2007.6.11 軽井沢タリアセン・塩沢湖 |
2007.7.27(金)
中央高速の富士吉田線を通りたびに気になっていたリニア見学センターに行ってみました。富士吉田線とリニア実験線が交差している場所があるのですが、一度も走っているところを見たことがありません。山梨県立のリニア見学センターなるものがある、と聞きましたので行ってみる気になったものです。
写真はリニア見学センターから撮った走行試験中のリニアモーターカーです。目の前を時速500kmで走る姿に見惚れましたね。新幹線に比べると、騒音レベルはずっと低いです。試験走行は、毎日ではありませんが、週に3日ほどやっているようです。この日は午前10回ほど、午後20回ほどと30回もやっていました。そのうちの10回ほどを、口を開けて見ていました(^^;
富士吉田線から見えない理由も判りました。車両が思った以上に低く、浮上コイルが壁になっていて、実験線より下を走る高速道路からは隠れて見えないんですね。
コスト、環境への影響、必要性など多くの問題点が指摘されているようですが、技術屋として純粋に見た場合はおもしろい乗り物です。基本的な理論はそれほど新しいわけではないでしょうが、丸い電磁コイルを四角に引き伸ばす発想など、考えた人は技術屋冥利に尽きただろうなと思います。このまま実験線だけで終わるのか、全線開通するのかは判りませんけど、一度ぐらいは乗ってみたいものです。
○詩誌『さよん・V』2号 |
2007.8.1 神奈川県高座郡寒川町 冨田民人氏方事務局・さよんの会発行 500円 |
<目次>
詩 第九条/風間妙子…4 ゲストのページ 銀の木/佐川亜紀…6
韓国の詩 姜恩喬「愛し方」/全美恵…8
詩 アームレスリング/全美恵…10 声の主/全美恵…14
制服2/全美恵…16
私の一篇 山村暮鳥「雲」/富田民人…20
詩 ある日の秋刀魚/富田民人…22 ミンミンゼミが/富田民人…23
エアリアル/富田民人…24 くの一・奥さま/富田民人…26
近況・雑記…28
第九条/風間妙子
考えてみれば
ここがどこの国でも
たとえ国籍がどこでも
晴れた日には
窓の向こうは青空で
ゆっくりと
白い雲が風に流れていたりする
洗面台の上の
グラスに立てられた歯ブラシ
顔を拭いたまま
丸めて置かれたタオル
鏡には
窓の向こうの
青空と雲
お皿や
お椀
フォークやナイフ
生活には
たくさんの物が必要で
贅沢はできなくても
ここには
すべてが整っている
あたりまえのものを守るのは
本当は
とてもむずかしい
祖父や
祖母や
父や
母の時代から
私達は
時を越えて決意したのだ
タイトルが全てと云える作品です。「時を越えて決意した」「あたりまえのものを守るのは/本当は/とてもむずかしい」ということを改めて認識させられる昨今ですが、ひとつのポイントは第1連だろうと思います。日本国憲法「第九条」は、本来「ここがどこの国でも/たとえ国籍がどこでも」世界中に通用する理念です。現に数カ国は戦争放棄をしています。私たちは日本≠フ「第九条」に固執し過ぎているのかもしれません。世界≠フ「第九条」に育ってもらうことで、結果として日本≠フ「第九条」になっていくように思います。アーサー・ビナード氏が言うように「護るのではなく護られているのだ」と同じ発想をこの作品から受けました。
○文芸誌『兆』135号 |
2007.7.20 高知県高知市 林嗣夫氏方・兆同人発行 非売品 |
<目次>
玉峯上人(落穂伝・2)…石川逸子 1 椿…石川逸子 10
ひがはいる(ほか)…小松弘愛 12 生活(ほか)…山本泰生 18
虫のいい話だが(ほか)…清岳こう 22 トンボ…増田耕三 26
ユメのなかで…大崎千明 28 雨の上がった六月のある日(ほか)…林 嗣夫 31
寺田寅彦「団栗」の周辺
−後記にかえて…林 嗣夫 34 <表紙題字> 小野美和
虫のいい話だが/清岳こう
新入生恒例の軍事訓練である
授業は中止 屋上から高みの見物とながめていると
遅刻してくる者トイレに行ってしまう者
はては後ろで座りこみ
軍人が近づくたびに友達から蹴られる者
最前列で祖国愛に燃えている学生もいるというのに
そんな者にかぎって
木蔭での休息時間には歌合戦で大活躍
真新しい軍服たちの締めくくりは
野営行軍に実弾演習がまっている
脚をたからかにあげ腕をさっそうとふり
一糸乱れぬ行進の時も
隊列の最後尾をのらくらと歩き
はては野の花をつみに消えてしまう
私の教え子達も
そんなふうに育ってはくれまいか
なにしろ
私の三人の子どもも
時代の隊列からはみ出しそうな危うさで
生きているのだから
作者が中国で日本語講師をしていた頃の「虫のいい話」だと思います。徴兵制のある国ですから「新入生恒例の軍事訓練」もあるのでしょうが、「遅刻してくる者トイレに行ってしまう者/はては後ろで座りこ」んでしまう者もいるんですね。「隊列の最後尾をのらくらと歩き/はては野の花をつみに消えてしまう」者までいるというのは驚きですが、「私の教え子達も/そんなふうに育ってはくれまいか」、そして「私の三人の子どもも」。女性として母として若い人たちを見ている眼が素直に出ている作品だと思いました。
○詩誌『詩創』6号 |
2007.7.31
鹿児島県指宿市 350円 鹿児島詩人会議・茂山忠茂氏発行 |
<目次>
詩
時に晒されて/桑山靖子 4 〇七・四・二九 桔梗 師走の満月/岩元昭雄 6
術後一年 マンマミーア/安樂律子 12 リュック 憲法九条/茂山忠茂 16
母の記憶/桐木平十詩子 23 絆 アンダースタンド ふしぎな国の嫁さん/松元三千男 26
小詩集 余生/徳重敏寛 29
(正真正銘の幸せ せめて今からなりと−定年退職して四年目の春に 生かして貰(もら)っているだけで 行き当たりばったり 古稀(こき)の今 ひたすらなる 棺(ひつぎ)を蓋(おお)うて知る−今は亡き鮫島正英さんに贈る 洒洒(しゃしゃ)落落 肩寄せ合っている−嘗ての教え子達と。)
見分けるということ ひかり 平和な午後の車内で お祝い/宇宿一成 48
南日本新聞より転載「岩元さん親子講演」56
詩人会義より転載(七月号) 問い/茂山忠茂 58
見分けるということ/宇宿一成
このかちゃんとまどかちゃん
診察室に入ってきた
名前までよく似た双子を
母親はいともたやすく判別する
動物園のチンパンジーは
どれも同じ顔に見えるのに
似通って見えるということは
そのものたちと私との
遠さを証すものなのかもしれない
ダウン症の子供たちは皆よく似ている
のだろうか、本当に
ウェルナー症候群の老いた子供たちを
その顔貌を
鳥様、などと医学書は括っているが
個性を探しあぐねるほどに
遠い存在であるということではないのか
それは
私たちが病者に対して
ある特異点を越えて共感し得ない
というような
社会的な距離なのではなく
遺伝的な距離なのではないか
病者の容貌を一纏めに括ってしまう
その個々人の特徴を判断して
魅力を感じない、ということは
生存に不利な要因を
自らの血統に取り込まないための
遺伝子の作為であるように
思えてならない
「診察室に入ってきた」とありますから、作者はお医者さんなのだろうと思います。しかし医学的な見地から「見分けるということ」を述べているわけではありません。医学的な素養も加味しながら「似通って見えるということは/そのものたちと私との/遠さを証すものなのかもしれない」と、あくまでも詩的です。この詩的感性が医学にも影響する、と云ったら大げさかもしれませんけど、最終連の「生存に不利な要因を/自らの血統に取り込まないための/遺伝子の作為であるように/思えてならない」というフレーズに、やはり医学にも詩人の感性が必要なのではないかと思ってしまいます。お医者さんで詩人という人は意外に多いのですが、ここまでの感性を持つ人は少ないのではないでしょうか。新しい詩の萌芽を感じた作品です。
○隔月刊『文芸思潮』17号 |
2007.5.28 東京都世田谷区 アジア文化社発行 1100円+税 |
<目次>
巻頭詩 初夏/山川弘至 4
作家座談会 勝目梓 高橋三千綱 飯田章 純文学とエンターテインメントの間 6
第3回「文芸思潮」銀華文学賞奨励賞小説
消えない音/相川柊子 58
黒馬/吉阪市造 84
針金/内山良久 96
吉野せい賞受賞作品 鳥葬/西島雅博 112
第2回文芸思潮エッセイ賞奨励賞エッセイ
世界のアメリカ人/平山浩巳 80
三億円のおひたし/近藤 健 92
父の辞書/清水拓雄 128
右脳を開く授業はいかが?/矢吹紫帆 104
同人雑誌優秀作小説
乙姫通り/宮崎眞弓 132
エスプレッソが冷めたら/水木 怜 148
同人雑誌紹介 いかなご 144 照葉樹 171
連載5 全釈 樋口一葉日記 「日記」「につ記」/福岡哲司 184
私の一冊 川端康成「雪国」/飯田 章 126
書評 水木亮「祝祭」 大地の力を信じる熱気 猥雑なエネルギー/和田ゆりえ 108
裏木戸――記憶が雨に包まれて 萩原朔太郎先生とのこと/牧野徑太郎 176
聖丘寺院(ワット・プノム)へ/五十嵐勉 209
編集後記 288
ワット・プノム
聖丘寺院へ/五十嵐 勉
1
東方に丘がめぐってきた。頂上に建つ石の尖塔が朝陽を浴びている。亜熱帯の青空へ突き立つ寺院の塔は、戦闘が繰りひろげられるカンボジア国境に孤立するようにくっきりと浮かんで見える。小野はその丘の姿が故郷の山梨でいつも眺めていた形とよく似ているのを覚えた。
タイ軍の第三検問(チェックポイント)を過ぎて五分、機関銃の銃口がまだ追いかけてくる気がする。後ろからタイ軍将校を乗せたジープが猛烈な勢いで追ってきて、強引に小野のピックアップを追い抜いていった。UNBROの車もエンジンの音を高くしてそれに続いていく。対向からの装甲車が、突風をぶつけて擦れ違っていった。軍用車と国連関係の車が、前線地域の道路の主役をなしている。
稲を刈り獲られた田圃が道路の両側に続いている。水牛の群れがアスファルト道路の左側をゆっくりと進んでいた。ひときわ大きな黒光りする水牛の背に跨(また)がった裸足の女の子が、草の笞を振り上げている。
目に飛び込んでくる東南アジアの風景が、小野がそれまで浸(つ)かっていた日本の日常を打ち破ってくる。水牛や黄衣の托鉢僧やサムローと呼ばれる三輪タクシーなどタイの風物が新鮮に映る。さらに初めて見るライフル銃や機関銃、装甲車や戦車も、小野の目を奪ってきた。バンコクから東へ二五〇キロ、国境の町アランヤプラテートに昨夕着いてからずっと、小野は戦闘地域の状況に緊張し、興奮していた。
しかし異国のそれらの風景のなかで今カンボジア国境にめぐってきた丘の形だけは、これまで慣れ親しんできたものを覚えた。そこだけ日本の故郷の山に連なり、見たことのある空間に扉が開かれているようだった。
「あの寺のあたりが国境線なんだろう?」と小野は後部座席から英語でタイ人運転手にたずねた。
「そうです」とハンドルを握ったチャンチャイは寺の方をチラリと見て英語で答えてきた。
「あれはワット・プノムと言うんです。プノムはクメール語で丘という意味です。ワットは寺で、タイ語も同じですよ」
「あそこだけ、異質な感じだな。あの辺でドンパチやってるんだろうに」
「よくわかりますね。二年前、ベトナム軍の砲弾を浴びて、寺のメインの建物はボロボロです。どういうわけか奇跡的にあの仏塔だけ残ったんです」
この土地で生まれ育った彼は、小野の関心に対してサービスするような口調で小野に続けてきた。国境のことなら何でも聞いてください、という笑みが、バックミラーの中で揺れている。元タイ軍の兵士だったという彼は、ハンドル捌きだけでなく眼の動きも機敏だった。カンボジアをクメールと呼ぶ彼は、他のタイ人と同様にカンボジア人への蔑みのニュアンスを言葉の端々ににおわせていた。
「クメール人は丘を神聖な場所と見るんです。だからあの寺もクメール人にとっては神聖な意味を持っているんです。しかしあそこにポル・ポト軍が立てこもって基地を作っていた。二年前ベトナム軍が攻撃して激しい戦闘がありました。この辺りでは、ちょっと高くなっているのはあそこしかないんです。戦略上、あの丘はすごく重要なんですよ。ポル・ポト軍めがけて砲弾がメチャクチャ撃ち込まれ、
それからベトナム軍の三個連隊が押し寄せてポル・ポト軍を壊滅させた。いったんベトナム軍が占拠したんですが、後ろから補給線を切られそうになって、すぐにまた撤退していったんです。今はだれもいませんよ。廃墟です」
--------------------
紹介した作品は400字詰め原稿用紙230枚の、中篇小説の冒頭部分です。15章から成る章立てのうち第1章を転載させていただきました。原本では26字で行替えしていますが、ブラウザでの見易さを考慮してベタとしてあります。同様の理由でルビは新聞方式としています。ご了承ください。
カンボジア難民を支援する日本のNGOから、ボランティアとして派遣された小野が見たものは…。その小野の父親はサラ金に手を出し、次第に追い詰められていく…。平和ボケした日本から見た東南アジアの現状と、平和と言われる日本の中でも年間3万人に上る自殺者が出る現状。まさに21世紀の現在の世界を映し出す問題小説と云えましょう。その端緒を紹介した部分からも読み取っていただけると思います。続きはぜひ書店でお求めになって読んでみてください。
作者は1980年に『流謫(るたく)の島』で第2回群像新人長篇小説賞を取った作家です。私とはある同人雑誌でご一緒させてもらって、トシが同じということもあって親しくさせていただいていました。彼からは小説の書き方もいろいろと教わりましたが、私は結局ドロップアウト。島≠フ小説から世界へと眼が転じた今回の作品に羨望すら覚えています。
それはそれとして、佳い小説です。他にも作家の座談会や本誌の文学賞受賞作品に面白いものが多くありました。お薦めの、貴重な硬派文芸誌です。
(7月の部屋へ戻る)