きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.8.20 神奈川県真鶴半島・三ッ石




2007.9.14(金)


 今朝の神奈川新聞の「かながわの詩誌・詩集評」欄に、拙詩集の横浜詩人会賞受賞の記事が載っていました。たった2行で(^^; でも、たった2行でもうれしいもんですね。おっ、載ってるジャン! と思わず笑みが…。こういう感情というのは、トシは関係がないようです。さすがに切り抜くことまではしませんでしたけど、載せてくれた金井さん、ありがとうございました!



土倉ヒロ子氏詩集『長い夜のために』
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1995.9.26 千葉県市川市 みとす社出版部刊 2500円

<目次>
序 森安理文 10
不在 12       春の雪 15      愛執 18
少女 20       アムール 21     アレキサンドリア 23
森 25        捨てられた子の歌 29 夜の舞台 32
あそび女 35     老優 37       魔界のひと 39
さくら草紙 41    五月のタブロー 44  乳房 47
聖少女 50      娼婦 55       砂の国 56
さくらの寺 59    サディスト 62    こいうた 65
劇のあと 67     聖子狂乱 69     闇夜の月 74
伯爵婦人 77     青い炎 79      悲歌 80
赤い月 83      首吊りの縄 85    白い鳥 87
狂女 89       恋人 91       終電車 92
少年 94       空中ブランコ 97   接吻 99
赤のイメイジ 104
.  華の湖 110.     舞 111
酒宴 112
.      たかこ 114.     棘 116
森の音 118
.     阿修羅 120.     午後のラプソディ 122
女郎 124
.      錬金術 126.     崖 127
オニオンスープ 129
. 野草を摘む少女 131. 千夜一夜物語 133
夏の眠り 135
.    黄昏の快楽 137.   旅に眠る 139
あそび 141
.     葡萄 143.      病気のようなもの 146
細い肩 148
.     扉の前で 150.    水 152
熱く確かなものへ
.154 別れ(古いアルゼンチンタンゴ) 156
夜の色(古いアルゼンチンタンゴ)
.158    闇の華 160
白い夏 163
.     少女の冒険 165.   海 169
少女 171
.      ――犬のためのだらだらした前奏曲――を楽しむ 173
男たちに 178
.    水の中のオトコ 180. みずうみ 182
蒼いキャンバス 184
. 遠くの声 187.    三年の旅 189
距離 193
あとがき 196



 老優

もはや
舞台は消えていた
立姿のゆらぐ
その人の前に
鏡を置いてしまうのは
残酷なことだろうか
すでに
美しさは何処にもなく
たえだえの息のみが
この世とつながっていた

さあ もう
息を止めておしまい
カーテンコールの拍手が
鳴りやまぬうちに

これは
あなたの名演技を喰いつくした
観客の願いなのだ

 12年前に出版された第1詩集のようです。詩集タイトルの「長い夜のために」という作品はありませんけれど、詩集全体が長い夜のための作品群と云ってよいでしょう。目次にも表れていますが、キーワードは「夜の舞台」、「老優」、そして「娼婦」だろうと思います。ここでは「老優」を紹介してみました。最終連に注目しています。演劇をそれほど観ているわけではありませんが、「名演技を喰いつくした/観客の願い」という詩語は分かるように思います。演劇は俳優と観客で創るもの。そして観客はとことんまで「名演技を喰いつく」すものなのかもしれません。著者はおそらく舞台にも立った経験があるのでしょう。演技者側からの視線を感じる稀有な作品だと思いました。



甲田四郎氏詩集『冬の薄日の怒りうどん』
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2007.9.20 茨城県龍ヶ崎市 ワニ・プロダクション刊 2000円+税

<目次>
真冬のユリ 8    星明かり 12     疑問符 15
散歩 18       今日の広場 21    呪文 25
窓 29        菖蒲園 32      病院のママ 36
ユリとタクミ 39   真夏のユリ 42    深海魚 46

ゴメンネ 48
 ユリ息をする 48   ゴメンネ 50     もう一人のユリ 52
 弟 55        ウフフ 56

寝ない子 58     阿蘇展望台の記念写真 61
タイル舗装の歩道 65  牧場で 69      雨上がり 72
丘を越えて 75    タダイマ 79     目玉やんか 83
イカガデスカ? 87  冬の薄日の怒りうどん 92
帰りの電車 97
あとがき 102



 

休みの日はめしも休み
夫婦でゴキブリホイホイに似た屋根の
ファミリーレストランに入る
亭主が窓の外へ眼を投げれば女房も外を向く
互いの顔を見るのもいや、というわけではないが
首を横にうーんと伸ばして体を振ってまでして
見ているのは外である
自転車をこいで過ぎる傘
走るライトが照らすバスの横腹
発車するバスの後部の窓に子供の顔が貼りついて
窓に貼りつく私たちの顔も
運ばれていく顔である

幼児の発達の検査というのがあるそうで
保健婦にユリは遅いと言われたそうで
しかしユリは
一人でスプーンを上手に使ってごはんを食べる
おしっこすれば自分でおしめを出して持ってくる
心配なんかいらないと私たちはさっき言い合った
そんなに小さなうちから人と比べられるのか!
テレビだって心配ないって言ってる!
すると女房が窓から眼を戻して
今日電話にユリが出たの、と言う
ユリちゃんかいって言ったらウフフ
おばあちゃんだよって言ったらウフフ
笑って合間に息遣いして
また広場に遊びに行こうねと言ったら、ウフフ
行こうね、とまた言ったらまたウフフ
行こうね、ともう一回言ったら
イコウネ、だって

雨が烈しくなった
東京から大阪まで巾五百キロの滝
私たちの息子である父親の顔と
その妻である八カ月のおなかの母親の顔と
私たちの孫である二歳一カ月の女の子の顔と
おなかの中の子の顔も一緒に
大阪郊外の社宅の窓に貼りついている
ユリはアメフッタと言っている
自分専用の言葉で
笑って

 どれを紹介したらいいのか迷うほどの好詩集です。お孫さんの詩をまとめたものでした。孫を書いた詩にロクなものはない、とはよく言われることですが、この詩集に限ってそんなことはありません。あとがきの一節に「支出と空しさに耐え、資源浪費の罪悪感に耐えて詩集を出すのは、ある種の昆虫の行動のように行先不明な説明不能な、しかし健康な行動です」とある通り、健康な詩集なのです。

 数ある傑作の中から「窓」を紹介してみました。「休みの日はめしも休み」という甲田節≠ゥら始まって「ゴキブリホイホイに似た屋根の/ファミリーレストラン」、「東京から大阪まで巾五百キロの滝」などに魅了されますが、それ以上に第2連が光ります。「保健婦にユリは遅いと言われた」不安を吹き払う気持が「ウフフ」という繰り返し、「行こうね、ともう一回言ったら/イコウネ、だって」というフレーズによく出ていると思います。お薦めの1冊です。ぜひ手に取って読んでみてください。



外村文象氏詩集『影が消えた日』
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2007.9.26 東京都板橋区 待望社刊 953円+税

<目次>
 T
束の間の青空 10   雲と遊ぶ 12     病室 14
夏の病棟 18     病床日記 20     サマー バカンス 23
鶴の群舞 26     ラジオ深夜便 28   持ってしまった 31
影が消えた日 34   坂道 36
 U
天国の窓 40     雨の葬送 44     詩が盛んだった頃 47
みさき公園 50    北の詩人 53     FOR SEOUL 56
漁港の灯 60     グッド バイ 64   骨を拾う 67
 V
拉致された歳月 72  東京日記 76     青島 79
長野への旅 82    美瑛と富良野の丘 84  ジャンジャン横丁の詩人 87
通天閣の見える街 90  脱サラの店 93    ひとりだけのクリスマスイブ 96
聖地サンティアゴ 99  イギリスヘ旅立つ娘に 102
赤い布 104
.     ブルージュ再訪 106. アムステルダム 109
初出一覧 112
あとがき 115
表紙絵・カット 著者



 影が消えた日

阪急電車で京都へ
西院駅に近く
白いビルの中のS診療所
PET CT検査を受ける
悪性リンパ腫が完治したか確認する
退院して四ヶ月余り
抗ガン剤の点滴治療と
放射線治療は終了している
入院中は初めての体験ばかり
研修医はやさしくて熱心な女医

薬の副作用もなく
苦しむことはなかった
例外的に幸運に恵まれた患者
死の影を感じることもなく
身体から影が消えた日

取り戻せた生命
残された歳月を
大切にしなければ
古希を過ぎて
欲望は姿をひそめて
秋の空のように澄んだ心境の日々
いま静かな時が流れて
人生の終末を迎えている

 Tは「闘病生活の中から生まれた作品」、Uは「鬼籍に入った人達への追悼の詩」、そしてVは「日本各地やヨーロッパへの旅の作品」(あとがきより)です。Vは私もご一緒した日本詩人クラブの地方大会が出てきて、なつかしく拝読しました。
 ここではTよりタイトルポエムの「影が消えた日」を紹介しました。「悪性リンパ腫が完治」し、「身体から影が消えた日」の感動が抑えた筆致に現れている思います。「残された歳月を/大切にしなければ」と思い、「秋の空のように澄んだ心境の日々」を過ごす今日が詩集に満ちあふれています。萎えた気持に力を与えてくれるような詩集だと思いました。



個人詩誌Quake27号
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2007.9.15 川崎市麻生区 奥野祐子氏発行
非売品

<目次>
賭博師 一      太陽と暗室 五
祖母からの声 十   腐臭 十一



 祖母からの声

 隠れなさい ひたすらに つつましい日常の所作の中に身を屈め
口を閉ざして おまえの中の うつくしいものを 守るために 人生は
それだけのために あるともいえる
 みんな うつくしいものが怖いのだ だけどそれを避けることも
プライドが 許さないのだ だから みつけて さらして一番先に
自分で名前をつけて 愚かしい知性というガラスの瓶に栓をして
入れてしまう うつくしいものが二度とその力を発することが
ないように
 かわいい孫よ 私がどうして おまえにつきまとい 少しでも
おまえと時を過ごそうとしたのかわかるまい 私はおまえに 私の
もつ最もうつくしいものについて 一言も語らなかった だが
知っていたのだよ おまえも私と同じものを持つ ひかれあい二人は
月と太陽のように異なる軌道を描いて同じ時を共に巡っていたんだよ
 かわいい孫よ 隠れなさい 隠れることを学びなさい

 「みんな うつくしいものが怖いのだ」、「だから みつけて さらして一番先に/自分で名前をつけて」しまうのだ、というのは判るように思います。名前をつけることを「知性」と言い、名前をつけることによって未知から解放されたと安心する私たちの性癖を、ここでは言っているのではないでしょうか。私たちは、未知ではなくなったとたんに「二度とその力を発することが」できないと信じているのかもしれません。おもしろい視点ですし、人間というものをよく観察していると思います。最後の「隠れなさい 隠れることを学びなさい」も佳いですね。美しいものを隠すこと、芸術とは実はそういうものなのかもしれません。



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