きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.9.9 東京・浅草




2007.10.9(火)


 山陰の旅・2日目は世界遺産に登録された石見銀山を見学してきました。登録直後ということで、大勢の観光客を想定していましたけど、思ったほどの人出ではありませんでした。地域が広いせいもあるのでしょう。バスターミナル付近はそこそこの人が集まっていましたけれど、それ以外はまばらです。何より、バスターミナルは第2・第3とあるのに第1しか使っていないということで、その人出の少なさが証明されると思います。土日はそれなりなんでしょう。平日というのはやはり快適です。

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 写真は目玉のひとつ、龍源寺間歩(まぶ)の入口です。間歩とは坑道のことで、300mほどが整備されていました。江戸時代の手彫りの鑿の跡が遺っていて、人ひとりがやっと身体を入れられるほどの横穴が多数あり、人間の銀に対する執着が痛いほど感じ取れました。毛利、尼子の争奪に始まり徳川の直轄支配に至るまで、どれほど多くの人夫・人足が鉱山病に苦しめられながら働かされたか、想像を絶するものがありました。ただ、救いだったのは、当時の代官所が、鉱山病で働けなくなった者やその子供を救済したことです。山陰の人たちの人情の表出かもしれませんね。そんな見当違いなことを考えながら見学しました。



山崎森氏詩集『石の狂詩曲』
第6次ネプチューンシリーズT
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2007.9.25 横浜市南区
禿慶子氏方・横浜詩人会刊  1200円

<目次>
作品T
紅流し 8      かわらもんの唄 10  石の狂詩曲 12
いけにえの踊り 14  石は待ち続ける 16  因っている石 18
昼下がりの川 20   冬がくると 22    寒夜 24
石のたまり 26    雨落 28       石狂い 30
石の風景 32
作品U
石の曼陀羅 42    老人と海 44     犬と石 46
女神の石 48     金梨地 50      秩父の風雪 52
幻の舟形石 54    魔の山 56      鷺と木枯し 58
鯰と石 60      姫川 62       山の彼方にヒスイありと 64
マリア観音 66    詩人と石 68     問答無稽 78
えぴろーぐ 82



 困っている石

まわりもみるとみんな石
動きたくても
ひとりでは動けない
一斉に動かないと
どの石も身動きひとつできない
川にも掟がある
みんな黙っている
それぞれの思いを抑えている

ぶつかり合い
火花を散らしても
暗闇の世界は
なにひとつ変わらない
痛い目にあうのは懲りごりと
みんな円くなっている
川の水嵩がふえ
流される日を待つしかないのか

ごく自然に
石の上に石がのっかり
石の下に石がうずくまっている
みんな干涸らびた暮らしには
あきあきしている
だからといって濁流にのまれ
またおなじ方向に
流されていく世の中は本当に困る

 探石という行為があるそうで、本著は日本でも珍しい探石を扱った詩集です。石にも具象あり抽象あり、そして風雅を求められるものがあることが分かります。河原で石を探す旅や石のまつわる古今東西の話が作品化されていて、一般の詩集とは趣が違って楽しめました。
 紹介した作品は本詩集ではちょっと異質ですが、擬人化された石が語りかけてくるものに惹かれました。「動きたくても/ひとりでは動けない/一斉に動かないと/どの石も身動きひとつできない」、「痛い目にあうのは懲りごりと/みんな円くなっている」、「石の上に石がのっかり/石の下に石がうずくまっている」などのフレーズは人間社会そのままです。そして「またおなじ方向に/流されていく世の中は本当に困る」という石の嘆きは、いつか来た道を辿ろうとしている現在の日本への警句でしょう。おもしろいけど考えさせられる、お薦めの一冊です。



羽生槙子氏詩集『縫いもの』
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2005.6.6 東京都国分寺市 武蔵野書房刊
1800円+税

<目次>
布 8                   春 10
洋裁 12                  モスリンのブラウス 14
軍服の穴かがりとボタン付け 16
戦後 1 18                   2 19
   3 20                   4 22
   5 23                   6 24
潮風 26
仮縫い 28                 裁断 30
ギャザー 32                あふれるからだ 34
母の着物 36                母の服 38
わたしの着物 40              友だち 44
デパートの婦人服売り場 46         わたしの服 50
ミシン 1 52               ミシン 2 54
ミシン 3 56               子どもの服 58
幼友だち 60                春の風 秋の風 64
ネルのくまさんの模様の布 66        夕暮れのまち 68

縫ってくれる母 大橋久美 71
あとがき 73                装丁 大橋久美



 軍服の穴かがりとボタン付け

前の戦争のとき女学生で
学徒動員され 学校工場で
毎日軍服の穴かがりとボタン付けをした
穴かがりは 心を込めてしても上手下手がある
上手な人の仕方を見せてもらうようにと
教師がみんなに言う
その人のは糸目がそろって美しい

それから長い年月がたってから
あの人の上手さは 糸の引きぐあいの恒常さにある
と気がついた
上手といわれた人の穏やかで動じない人柄に気がついた
そしてやはり長い年月がたってから
軍服を縫ったことで
わたしも戦争に加担した と思った

 詩集タイトルのように1947年から現在まで続いている、著者の「
縫いもの」にまつわる詩集です。表紙は現用しているミシンの写真、ところどころのイラストは型紙の図が使われていて楽しい詩集です。しかし、楽しいばかりではないことが紹介した「軍服の穴かがりとボタン付け」で分かります。「学徒動員され 学校工場で/毎日軍服の穴かがりとボタン付けをした」世代は、「長い年月がたってから/軍服を縫ったことで/わたしも戦争に加担した と思った」のです。この視点が現在の著者の様々な著作や活動の基本になっているように思います。「長い年月がたってから」「あの人の上手さは 糸の引きぐあいの恒常さにあ」り、「上手といわれた人の穏やかで動じない人柄に気がついた」ように、若いときでは見えないものもあることを教えてくれる詩集でもあります。



詩誌『鰐組』224号
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2007.10.1 茨城県龍ヶ崎市
ワニ・プロダクション発行 350円

<目次>
連載エッセイ 村嶋正浩/俳人攝津幸彦の生きた時代(3) 29
書評 山田直/三つの疑問をキーワードに 26
   根本明/動いたものは何? 24
詩篇
根本明/幼生の名がひるがえるのを 02    村嶋正浩/微笑みがえし 04
佐藤真里子/北の火祭り 12         福原恒雄/声音・八月 10
甲田四郎/帰りの電車 06          中井ひさ子/どこへ 20
坂多瑩子/泥炭地 16            平田好輝/見舞い 14
小林尹夫/棲息32 09            山中従子/曽爾高原 05
仲山清/さまようか、おまえも 22      白井恵子/てんてんと落ちている音符 18
読者から 29                執筆者住所録/原稿募集 30



 声音・八月/福原恒雄

ナレーションを演じているのは
だれか
晴れあがったそらの
そのひるに

額に
つぶやき
足裏の目に
遠い爆音のように
つつくのは

花ひとつつけずに先細る
このひと跨ぎできる小道の土を
横切ろうと
いそいでいる
いまの今まで歩みにいなかった あれ みみず

子どものころ
臆病な棒切れで小突いては
友だちのつもりでいた
ぬんめりの やつ

ときでもないのに いま
むだぐちなく
泣きむしやめて
乾いた土を塗
(まぶ)されくねくねでも
のんきにあきらめてなんかいない

おぼつかない耳が 八月くんと応え
でもきょう食べるとりあえずの影はあるんか
まひるに上げる声はつづけるか
叫んでも逃げられない修辞がもう遠くうすい雲に待ち伏せ

 62年前の「八月」15日の敗戦の日の「晴れあがったそらの/そのひる」に放送された「ナレーション」。その時に「乾いた土を塗されくねくね」して「みみず」のようだった日本人。2007年の現在は「のんきにあきらめてなんかい」られない「ときでもないのに いま」、その繰り返しをやろうとしている…。「叫んでも逃げられない」足音が「遠くうすい雲」で「待ち伏せ」している…。そんな風に読めるかと思います。第3連の「このひと跨ぎできる小道の土を/横切ろうと/いそいでいる」というフレーズは憲法第9条の改悪への道と採ることもできるでしょう。タイトルがそのままキーワードとなる作品だと思いました。



詩誌『花』40号
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2007.9.20 東京都中野区
菊田守氏方・花社発行 700円

<目次>
評論
私の好きな詩人(3) 天才詩人の光と影−立原道造の評価をめぐって/丸山勝久 24
信州を体現した詩人・龍野咲人/宮崎 亨 44

独語症 山田隆昭 6            片方だけで/篠崎道子 7
睡りの花/酒井佳子 8           ブリキのバケツ/沢村俊輔 10
月人壮士/山田賢二 12           凍った夏/甲斐知寿子 14
足のうら 蚊に刺される/坂東寿子 15    梅の実/平野光子 16
百日紅/水木 澪 17            髯を剃る/鈴木 俊 18
自逝考/菅沼一夫 19            匂い/原田暎子 20
瑣事/馬場正人 22             あじさい/呉 美代 23
朝の散歩/飯島正治 28           こめ俵 いもつくり/和田文雄 29
さいのさい/中村吾郎 30          かまどの影/高田太郎 31
栞ひも/峯尾博子 32            海辺橋/北野一子 33
鳥のいなくなった風景/林 壌 34      冬の薔薇/湯村倭文子 35
足が良い/石井藤雄 36           歩く/都築紀子 37
ハーモニカ/小笠原 勇 38         こんな日/青木美保子 39
指貫/佐々木登美子 40           せいかくのいい赤/清水弘子 41
野生のゆりかご/神山暁美 42        メコノプシス・アクレアタ−国立科学博物館・花展で/川上美智 43
安らぐもの/鷹取美保子 50         無生野行き八時二八分/宮崎 亨 52
日曜日/鈴切幸子 53            大百足退治異聞/秋元 炯 54
喚呼/田村雅之 55             学名やっぱりナマケモノ/狩野敏也 56
音の翼に/天路悠一郎 58          落日を送る卑俗なうた/柏木義雄 60
徘徊の俳諧/佐久間隆史 62         月夜/丸山勝久 64
落日を拾いに/宮沢 肇 66         戯れ唄 −昭和三十年・妙正寺川/菊田 守 68
エッセイ
この一篇(1)−自作・自註/篠崎道子 46
詩の川の辺り(1) 雀の温もり−『尾崎放哉句集』を読む/菊田 守 48
落穂拾い(6)/高田太郎 49
書評
宮崎亨詩集『空よりも高い空の鳥』の世界/中村不二夫 70
「メチエと彫琢」/田村雅之詩集『エーヴリカ』を読む/樋口 覚 72
掲示板 73
平成十九年夏・詩誌「花」同人会報告/林 壌 74
編集後記 76



 栞ひも/峯尾博子

読みかけの本の栞ひもは
九六頁と九七頁の間の溝に寄り添いながら下がり
中ほどでひも先を持ち上げている
光沢のあるオレンジ色で
幅四ミリほどに平たく編み込まれたひも
そのひもに触れることができない

栞ひも本来の用途に応えて
すでに使われた栞ひもを使うのは平気なのに
未使用の栞ひもは
幼子の描いたクレヨンのいたずらな描線のようにも
ぼんやりと羊水に浮かぶ胎児の姿にも似て
挿まれた頁からはただならぬ静けささえ漂っている

いつからかそのひもに触れることができない
だからいまは栞ひもの前で立ち止まる
九六頁と九七頁を無事読み過ごして本を閉じると
外は喧騒がひととき凪いだ初夏の夕暮れ

早く大人になりたいとも
子どものままいたいとも思わなかったけど
大人になって 年を重ねて
恥ずかしいと思うこともあるし
悲しいと思うこともある
思いやれなかった人のことを思うこともあるし
栞ひもに立ち止まる夕暮れもある

 「読みかけの本の栞ひも」が「挿まれた頁から」「ただならぬ静けささえ漂ってい」て、「そのひもに触れることができない」という作品ですが、こんなことも詩になるのかと驚き、作者の繊細な感性に敬服しています。「九六頁と九七頁の間」という具体も効果的で、最終連も見事です。「恥ずかしいと思うこともあるし/悲しいと思うこともある」、そして「思いやれなかった人のことを思うこともある」のと同格に「栞ひもに立ち止まる夕暮れもある」。見事な終わり方で、勉強になった作品です。



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