きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
070909.JPG
2007.9.9 東京・浅草




2007.10.11(木)


 山陰の旅、最終日。ひたすらクルマの運転でした。交代しながらの運転でしたから比較的楽だったのですが、それでも10時間の運転というのは結構キツイものがありました。ま、事故もなく無事に帰宅できましたし、久しぶりの長距離ドライブも楽しみました。



奥津さちよ氏詩集『円周率が駆けてくる』
ensyuritsu ga kaketekuru.JPG
1988.3.20 東京都新宿区 レアリテの会刊 1800円

<目次>
ふき 9       時間的でない視覚的な三つの空間 10
うすい秋 12     石鹸 15
シーソー 18     円周率が駆けてくる 20
通りゆくもの 24   いのるひと 27
ひかり夜 28     おーい、空 32
やまびこ 34     ブランコをこぐ日 35
星へ 39       井戸 43
溶解 44       オッパイを忘れないでね 53
角 56        耳 58
ネギの館 60     十月 62
八月三十一日 65   殻 68
しっぽ断想 70    橋の下 72
走る夜 75      飛ぶ五月 79
つらら 83
あとがき 85     表紙装画 針生夏樹



 円周率が駆けてくる

 『π
(パイ)の話』を読む。――岩波科学の本 野崎昭弘著。
 はじめはパラパラと頁をめくっていた。が、サイクロイドとトロ
ッコ、雨どいの断面漬、円を切って面積を求める方法、などの話に
つりこまれる。 むずかしいところは飛ばすとしても、アルキメデ
ス、ニュートン、ターレスのひととなりにも接しおもしろい。
 ルドルフという十六世紀末の数学者がいた。彼はπに魅惑されつ
づけ、五十七歳、二十桁までの値を得た。彼は死ぬまで魅惑されつ
づけ計算し、没後、彼の妻により三十五桁まで追加されるが、現在
では、計算機により、二時間足らずで十万五千桁求めることが可能
であり、πの計算の終わりは永遠に来ない。
 この話を読んだとき、ちょっと泣いた。ひとに会いたくない、ひ
とであることがくるしいときだったからか、ルドルフの一生とはな
んだったのだろう。
 だまっているのだ。めくるめく発見の道に、砂利のようにだまっ
て埋もれた天才たちがたくさんたくさんいて、わたしはそのいのち
のうえを歩いていたのだ。

 影にひかりがついている。と気づいたことがある。みかんの葉を
スケッチしていてのことだ。そのとき、ひかりは矢となって、目か
ら胸へ、ピンピカはねて、さしつらぬいた。アルタミラの洞窟から、
わたしは一直線に、まぶしい二階に上がっていって、ああ、印象派、
マネ、ターナーと広げてみると、なぜかそれが弁証法と結びついて
しまい、画集は、赤い、 青い、 みどりのひかりを放ち、思わず、
「ワァアアン。」と声を出して泣いてしまったことがある。

没頭しているので
ひかえめなので
ひとびととはかけ離れているので
やさしく 見捨てられる
天才たちがいる。

もう わたし
円周率が駈けてゆく。
そんなとき ひとであるあなたから電話。

いいわよ。
円周率 円周率 に乗って
わたしすっ飛んでゆく。

 20年ほど前に出版された詩集ですが、古さをまったく感じさせません。作者の眼が普遍的なものに注がれているからだろうと思います。紹介したタイトルポエムにもそれは言えます。数学の基本中の基本、πを素材にしたおもしろい作品ですが、作者の視線は「砂利のようにだまっ/て埋もれた天才たち」、「やさしく 見捨てられる/天才たち」にあります。「わたしはそのいのち/のうえを歩いていたのだ」という観点は卓見と言えましょう。それに気づいて「声を出して泣いてしま」う「わたし」の感性も優れたものです。そして場面は変わって「あなたから電話」に「円周率 に乗って」「すっ飛んでゆく」「わたし」。この見事な展開も魅力的な佳品だと思いました。



季刊『詩と創造』61号
shi to sozo 61.JPG
2007.10.10 東京都東村山市
書肆青樹社・丸地守氏発行 750円

<目次>
巻頭言 世俗との喫水線−詩と散文の位相…石原 武 4
詩篇
置手紙…長瀬一夫 6            馬に寝て−盗作・芭蕉篇…嶋岡 晨 8
わたしのはじまりよ 在
(あ)れ…原子 修 10  時 知は権力である(ミシェル・フーコー)…尾花仙朔 13
歌垣…木津川昭夫 16            ゴミのレポート/喫茶店…山本沖子 18
寂蓼−挽歌−…島 朝夫 20         地霊頌
(ゲニウス・ロキしょう)−<日日> mimesis…内海康也 22
泡…西岡光秋 24              隠り夏…川島 完 27
昨日降った雨の…清水 茂 30        ここにむかし樹木があった…柏木勇一 32
アボガド…橋本征子 34           富士…真下 章 36
宙(そら)とぼくと星のワルツ…崔 龍源 39  秋瑾を尋ねて−紹興・杭州紀行…鈴木 漠 42
徒歩…弓田弓子 45             鎮魂歌 K先生に…前原正治 48
観覧車
(ビッグ・ウィール)…岡野絵里子 50      飛沫…布川 鴇 52
キミの星空…古賀博文 54          母里
(もり)へ…黒羽英二 56
裸木…丸地 守 59
アフォリズム風雑感抄 ことばの段差…嶋岡 晨 62
エッセイ
<詩> の在り処を索めて(七)…清水 茂 66
感想的エセー「海の風景−海やまのあいだ」V…岡本勝人 70
屹立する精神 シェイマス・ヒーニーの詩(12)…水崎野里子 78
この詩人・この一篇
上田幸法の詩「約束」…丸山由美子 85
吉野弘「夕焼け」…田中眞由美 88
プロムナード
虚事と真実…こたきこなみ 90
歴史は夜作られる…黒羽英二 91
美術館の椅子 「ベネッセアートサイト直実」−地中美術館を見て…牧田久未 92
現代詩時評 六二年を経てなおも詩で語りついでいくもの…古賀博文 95
海外の詩
詩集『きみはそれを信じないだろう』(二〇〇〇)より ペドロ・シモセ…細野豊訳 101
詩集『その後のテッドとシルヴイア』(その三) クリスタル・ハードル…野仲美弥子訳 105
現代アイルランドの詩 イーヴァン・ボーランド…水崎野里子訳 110
新鋭推薦作品
「詩と創造」2007新鋭推薦作品 果実/葛原りょう クレーリェール(森の空き地)/金屋敷文代 112
研究会作品 116
鰯雲 岡山晴彦/傷 弘津亨/大ワシ 清水弘子/素描の街 松本ミチ子
蝶の葬列 宮尾壽里子/弔い 室井大和/真夏の悪夢 山田篤朗
画面の隅から 高橋玖未子/トマト 吉永正/黒猫 大山真善美
誰でもよかった 仁田昭子/秋茄子日 万亀住子/六行詩隕石 一瀉千里/蛇の舌 猪谷美知子
スタジオのくちなし 伊藤静/廃屋の向日葵 吹野幸子/自己愛 佐藤史子
選・評 丸地 守・山田隆昭
全国同人詩誌評 評 こたきこなみ



 昨日降った雨の/清水 茂

昨日降った雨の残した水溜りが
淡い夜明けの空を映している。
おぼろげな光の予感のなかで
いちばんはじめに目を醒すのは
遥かな どの国から飛び立って、
どの繁みで夜を通した小鳥か、
かすかに揺れながら 水は
飛翔が横切るのを待っている。

空のひろがりだけを映している
一枚の白い紙、散らばって
動きはじめた鳥たちはやがて群をなし、
列をつくり、遠い世界の記憶を
手短に語りながら、そこに
影だけを残してまた飛び去ってゆく

むこうでは 何があったのか、
戦火を替り抜け、生き残った人たちの
幼い顔、老いた顔が 安堵の表情を
深い悲しみと苦しみとのなかから
それでも取り出すことができたのか。
空を見上げた彼らのまなざしを 鳥たちは
海を越えてここまで運んできたのか。
水溜りのような 白い紙の上に
鳥たちの伝えたかったことばの影を
誰かが誤りなく読み取るだろうか。

 「昨日降った雨の残した水溜り」を「一枚の白い紙」と見立て、そこに「鳥たちの伝えたかったことばの影を」書かせるというイメージ鮮やかな作品です。そこに書かれた言葉は「戦火を替り抜け、生き残った人たちの」「安堵の表情」であり「空を見上げた彼らのまなざし」であるというところに作者の見識の高さを感じます。最後に置かれた「誰かが誤りなく読み取るだろうか。」というフレーズにも私たちの意識を試されているように思いました。内容と言い構成と言い、勉強させていただいた作品です。



個人詩誌『魚信旗』40号
gyoshinki 40.JPG
2007.10.15 埼玉県入間市 平野敏氏発行 非売品

<目次>
ひと息 1      扉 2        古代蓮 3
花火 4       アルバム幻想 6   朝の床屋から 8
歩く男・座る女 9
後書きエッセー 10



 ひと息

ここらで休むためには周りが気になる
壁を立てて目を内側に引けばそれでよいのであるが
日常はそういうわけにもいかないので
休まずに夢中で動き回ることにした
自分の介護のことである
自分には人様よりも数倍手数がかかるのがわかった
自分のことは自分でしろとの教育をうけてきたのが
今となっては役に立つ
保険という他人
(ひと)の壁に寄りかかっている人が多いなか
私は杖をついてでも立ち上がる
杖は探せば其処此処に転がっている
よく見よく考えることだと昔の教師の言を思い出す
今になって役に立つ
過去から来る人が増えつつあるから
自分の杖をしっかり持って
青春の夕立も美しかった妻も
ゆめまぼろしの雷鳴に措
(お)いて
見渡せば存在の秋が近づいていて
死ぬための血をたぎらせ
老いの悲劇を杖で一蹴する
幽かに聞こえる砂の崩れ音に合わせながら
口笛吹いたり
杖で大地を叩いたり
化石になった過去に宝石などあったら
それを肴にひと息入れたり
老いのしののめに想いめぐらす

 「今になって役に立つ」のは「自分のことは自分でしろとの教育」、「よく見よく考えることだと」の「昔の教師の言」なのでしょうね。私にはまだ甘えがあって、とてもそこまで至りませんが、いずれ身に降りかかる言葉だと思います。「保険という他人の壁に寄りかかっている人が多い」というご指摘も耳に痛いです。「死ぬための血をたぎらせ」るという詩語も秀逸です。そして人生の途上の「ひと息」には「化石になった過去」の「宝石など」での「肴」が良いのかもしれません。多くを教えられた作品です。



   back(10月の部屋へ戻る)

   
home