きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2007.10.15 箱根・湿生花園のコウホネ |
2007.11.22(木)
今日は終日、小説の電子化に取り組んでいました。先日の日本ペンクラブ電子文藝館委員会の折に託されたもので、早乙女貢さんの『からす組』抄です。電子文藝館では原則的に電子化された原稿しか受け付けていません。委員が電子化を代行すると大変な負荷になるからです。しかし理事であり、著名な作家である早乙女さんにはこちらから出稿を依頼しました。いわば文藝館の広告塔の一翼を担ってもらおうという魂胆ですから、そんな場合は例外としてこちらで電子化します。その役割が今回わたしに廻ってきたという次第です。
抄録ですから本体よりは大幅に少ない分量ですが、それでも単行本の65頁分、コピー紙で30枚を超える量でした。一枚一枚スキャナーで読み取って、テキスト形式にして校正して…。一日仕事になってしまいました。しかし内容がおもしろいので苦にはなりませんでした。お得意の会津もので、私の父方の先祖の地でもありますから、ついつい楽しんでしまいました。
このあと文藝館委員会で数人の校正があって、それから掲載されます。掲載はおそらく年末になると思いますが、よろしかったらお読みください。ついでに誤字・脱字などありましたらご指摘ください。数人の眼は通っているものの、それでも誤植があるのが印刷物の世界です。ネットではそれがすぐに修正できるメリットがありますので、それに甘えるつもりはありませんけど、正確に、精確にいきたいと願っています。よろしくお願いいたします。
○アンソロジー『関西詩人協会自選詩集』5集 |
2007.11.15 関西詩人協会編集委員会編集 杉山平一氏発行 2381円+税 |
<目次>
はじめに 杉山平一 1
青木はるみ 名札 14 赤井 良二 サイボーグ009のジョウとかミユータント・サブのサブとか 16
阿形 蓉子 布団綿の打ち直し 18 飽浦 敏 鳥になった女 20
後山 光行 未来の記憶 22 有馬 敲 臆病者 24
杏 平太 亜馬よ 26 飯田 直子 第6回しまなみ海道ツーデーウォーク 28
伊川 明子 影法師 30 以倉 紘平 〈天保飢饉瞽女口説〉控 32
池田美砂子 玉手箱 釦かけ 34 泉本 真理 さくらが散る中を 35
出田 恭子 工具箱のイメージ 38 石村 勇二 冬へ 40
乾 宏 遠いところで 42 井上 庚 つながる 44
井上 良子 白い血 48 猪谷美知子 影が裏切る 48
今井直美男 僕の反戦歌 50 井元ひとみ ライン 52
井本 正彦 休耕田の水路で 54 岩井 洋 滝の風景 58
上杉 輝子 遠い日の記憶 58 上田緋妙子 急ぎ足 栗 60
上野 勝子 宇宙のキャンパス 62 後 恵子 生命の火は消えた 64
江口 光子 まぼろしの犬 66 遠藤カズエ 冷凍庫 68
大賀 二郎 相対性原理の庭 70 大西 久代 廃線 72
大西 宏典 封印 74 岡本 真穂 ほら ごらんなさい 76
岡本 光明 時間(夏) 78 荻野 優子 老ーい やって来た 80
奥村 和子 棚田の風景 82 刑部あき子 花狂い 84
尾崎まこと 神様の電話 86 おしだとしこ 黄金比で 88
姨嶋とし子 馬の骨 90 おれんじゆう 愛着 92
柿田 清絵 七つの雪 94 蔭山 辰子 恐山 96
梶谷 忠大 愛知川 98 和 比 古 忘れていたこと 100
門林 岩雄 岩 102. 金堀 則夫 土壌 104
加納 由将 空家 106. 亀井美千代 慈雨 108
香山 雅代 夢窓 110. 河井 洋 岬 112
川口千恵子 朝のレストラン.あこがれ 114 川中 實人 ライオンを考える 116
神田 好能 石からのレター・メロデー 118 神田 さよ 夜の泣き声 120
岸本嘉名男 早春の詩風 122. 北村 こう 汗男 124
北村 真 ん 126. 木下 幸三 天使の学校 128
清沢桂太郎 杖として 130. 清林 保 留意 132
ごしまたま 春の薄氷 134. 古藤 俊子 花の迷路 136
猫西 一也 縫いこめられた歴史の破片.138 小沼さよ子 蒼きニホンオオカミ 140
今 猿人 国生み 142. 近藤八重子 烏賊釣り 144
境 節 どうする 146. 左子真由美 もしも 148
佐古 祐二 橋をわたって 150. 佐相 憲一 サスペンス 152
佐藤 勝太 青春をなぞって 154. 真田かずこ 流れ 156
佐山 啓 箱入り婆あの娘 158. 四方 彩瑛 真夜中の 160
志田 静枝 悲しみの港 162. 島 秀生 カルガモよりバン 164
島田 陽子 失われたドア 166. 清水 一郎 カモのうた 168
下林 昭司 母の余徳 170. 下前 幸一 桜舞う春の 172
下村 和子 海の見える寺 174. 白川 淑 火縄 176
杉本 知政 夏の終る頃 178. 杉山 平一 無名人 180
瀬川美智子 占いの木 182. 関 中子 気ままな庭 184
瀬野 とし 歩いていく 186. 曽我部昭美 山 188
園田恵美子 お弁当 190. 高石 晴香 流れ星 192
高丸もと子 日常 194. 竹内 正企 出荷牛 196
武西 良和 サナギ 198. 竹田 朔歩 る 際が抜ける 200
田中 信爾 夢 202. 田中 恒子 きっしょ 204
田中 昌雄 産土の子右 206. 司 茜 平和 208
司 由衣 ヤドカリ 210. 津坂 治男 赤いもの 212
辻田 武美 よみがえる 214. 釣部 与志 群れて 飛ぶ 216
ときめき屋正平 恋歌 218. 外村 文象 骨を拾う 220
冨 岡みち 信じる 222. 富田 恵美 詩人 森口武男先生を悼む 224
豊原 清明 金色の朝と夜 226. 仲 清人 自己言及 228
中井多賀宏 負荷〜偽物が云う〜 230. 永井ますみ 生の昔の物語より「赤い蛇」 232
中尾 彰秀 相槌 234. 中岡 淳一 キラキラとひかり 236
中川 道子 残暑 238. 中西 衛 陰影 240
名古きよえ 祖母の部屋 242. 名古屋哲夫 同行 244
並河 文子 まばゆいこと 246. 苗村 和正 流木のように 248
西 きくこ かますが動く 250. 西田 彩子 水無月 252
野際 康夫 蝉時雨 254. 橋爪さち子 雨 256
畑中暁来雄 「東京裁判」万歳≠ニ….258 早川 玲子 ふと 或ることば 260
原 和子 死者たちの湖 262. 原 圭治 世界を食いつくすまえに 264
春名 純子 オムニバスなロンドで 266. hisako 遺品 268
日高 滋 近況報告 270. 日高 てる 豊穣の飢 272
平野 裕子 アポロンの琴の音が 274. 平原比呂子 消息不明 276
福岡 公子 食卓 278. 福田恵美子 水の循環 280
福田 ケイ 巴里 282. 福中都生子 ほんとうのことを言うために 284
藤井 雅人 聖地 286. 藤本 数博 夕焼け 288
藤原 節子 苔むした 水車 290. 船曳 秀隆 水の意識 292
風呂井まゆみ 一頭の牛 294. 掘 諭 マルガリータ・テレサ像 296
本多 清子 紐 星空 298. 前河 正子 黄揚の櫛 300
牧田 久末 走っていく 302. 正岡 洋夫 夜のマヤ 304
ますおかやよい 夏椿 306. 松本 一哉 太初の雨 308
三浦 玲子 電話の向こうの闇について.310 三島 佑一 枯葉の結晶 312
水口 洋治 僕の夏 高校野球 314. 水谷なりこ 受難の道 316
水野ひかる ふるえている 318. 村上 知久 人差し指 320
村田 辰夫 ロビンヘ 322. 目崎 恵子 夏の昼下がり 324
毛利真佐樹 おうともこうとものイエロー.326 森 ちふく 風と 道と 328
森井 克子 僕はペット犬 330. 薬師川虹一 解体される 332
山下 俊子 ひとり暮し 334. 山田 満世 夏の勇姿 336
山村 信男 早春の京便り 338. 山本 道夫 長机 340
八幡 堅造 今が若い 342. 横田 英子 百万本の彼岸花 344
吉田 薫 八月の動物園 346. 吉田 国厚 虎造礼賛 348
吉本 弘 とおく 夏安居 350
あとがき 有馬敲 横田英子 佐相憲一 352
失われたドア/島田陽子
行く手に一枚岩のようなドアがある
子どもはノブをまわし
鍵穴をのぞきこみ
からだごとぶつかって撥ね返され転がった
拒絶されることで
青い果実は太陽の掌で
ゆっくり熟れてゆく時間を持った
ドアの鍵がこわれた
うっかりこわしたのは大人だったが
誰もそれに気づかなかった
子どもはひそかに身を滑りこませた
強烈な目眩まし
ひるみながら旺盛な消化力で
大人が独占していたすべてを忽ち手に入れた
かつて子どもは〈小さな大人*〉だった
〈子ども〉は発見されるまで存在せず
大人に立ちまじって働き
ドアなど知らずに世界へ繰りこまれた
いま 子どもは〈小さな大人〉にもなれず苛立っている
手に入れたものは本当に欲しいものだったのか
*『子供の誕生』(フィリップ・アリエス/みすず書房)
3年ごとに発行してきたというアンソロジーも第5集になりました。会員は330名を超えているそうで、今号の参加者は169人、5割を超える会員が出稿しているというのは大変なことだと思います。ここでは島田陽子さんの作品を紹介してみましたが、子供と大人の関係を考えさせられます。子供には「ゆっくり熟れてゆく時間を持」つ必要があるんですね。「ひそかに身を滑りこませ」て「大人が独占していたすべてを忽ち手に入れた」子供が「〈小さな大人〉にもなれず苛立っている」原因が大人にあることが判ります。子供にとって「本当に欲しいもの」を与えるのが大人の役割だと考えさせられた作品です。
○みゆき杏子氏詩抄『霞びと』 |
2007.11 埼玉県北葛飾郡栗橋町 私家版 非売品 |
<目次>
五霞(一)−散策− 五霞(二)−名の由来−
五霞(三)−東昌寺の梵鐘− 五霞(四)−膳椀伝説−
五霞(五)−江川 天満宮− 五霞(六)−近景−
五霞(七)−むかしがたり− 五霞(八)−終日−
五霞(九)−郵便局の桜− 五霞(十)−どうぞ素顔のままで−
五霞(十一)−スーパー堤防− 五霞(十二)−関宿めぐり−
五霞(十三)−赤ひげ先生− 五霞(十四)−霞びと−
五霞(一) −散策−
買い物の道すがら
知人に出会うたび
愛想会釈していた日から
十日あまり過ぎる
畑の麦は十センチほど伸びて
梅もやっと咲き出す
白樺林の脇では
ラッパ水仙のつぼみが膨らむ
権現堂川の堤
新しい母と散策中
「東京に久しぶりに行くと
下水のにおいが臭くてたいへんだよ」
わたしの嗅覚が
この土地に馴染むまで
どのくらいかかるのだろう
行幸湖の噴水を横目に
春が招くこの道は
三つの川に囲まれた陸の孤島
茨城県猿島郡五霞町に住んでいた頃の作品抄だそうです。タイトルの「霞びと」とは五霞町に住む人というほどの意味でしょう。五霞町には2年半ほどしか住まなかったと添えられた手紙にありましたが、人々への視線があたたかい詩抄です。ここでは五霞シリーズ冒頭の(一)を紹介してみましたけれど、この作品にもそれが表れています。住む土地への愛着は誰もが持っています。それを素直に表現した好詩抄だと思いました。
○詩とエッセイ『すてむ』39号 |
2007.11.25 東京都大田区 甲田四郎氏方・すてむの会発行 500円 |
<目次>
【詩】
秋の夜/梨の木■田中郁子 2 くず芋(一九四四年)■坂本つや子 6
新聞紙/ばら盗人■井口幻太郎 10 雨がやむと■水島英己 14
失敗■閤田真太郎 17 鹿港■松岡政則 20
浦島■川島 洋 24 私は具体で生きている■甲田四郎 27
ひだまりで■青山かつ子 30 深爪■長嶋南子 32
陽ざし■赤地ヒロ子 34 二つの死■松尾 茂夫 36
【書評】田中郁子詩集『ナナカマドの歌』について◆新井豊美 38
【エッセイ】
ある写真家の死◆水島英己 40
漢詩について◆川島 洋 44
壁と垣を終わりの始まり◆閤田真太郎 46
同人名簿 43
すてむ・らんだむ 48 表紙画:GONGON
くず芋(一九四四年)/坂本つや子
幾度目の買出しだろう 浅草は鳥越から埼玉の未知の農家への地図
の線の上を歩く 乗物は金が要るので乗らない 帰りは夜だ 曲り
角には気をつける事 買出しは禁止 見つかれば没収と母の冷静な
声を肩に出発だ 特攻隊を志願した弟は禁止した国家を裏切れない
と怒る闇のものは食べないと 黙って彼の部屋に丼を置く いつも
空(から)になっている 弟も悲しいのだろう 食後ふっといなくなる
小さい紙に描かれた地図の皺を伸ばすと道はそれだけ伸びる いつ
も足の裏が燃えた 口の奥に湧水の夢の音がする 約束も保証もな
い 唯 食べられる物を売ってくれる農家を探す
濃い風にしっかりゆすがれた樹も原も畑も逞しい 左に視線を流す
茅葺の屋根と広い庭日本の風景だ やさしい水彩画の端で立ちどま
る 息を吸い「ごめんください」――助けてください――とわたし
には聴えた 腰高の長い縁側の三分の一が明るい 沢山の小さなく
ず芋が筵に寝そべっている 水彩画の真中で胸を張り灰暗い土間に
あちこちぶつかりながら駈け込んでゆく自分の声に耳を傾ける
「ごーめーんーくーだーさーいー」
「……誰? 売る物は なにもないよ ええ あたしら貧乏な水
飲百姓だからね なん度来ても 売るものなんか……」
「あのう……」
「あれ? あんた見たことないね」
「はい 何か あのう……食べ物を売っていただきたいので」
「ないね 気の毒だけど」
率直に陽やけしたその人の目は澄んだ二重瞼だった 仄かにセッケ
ンの匂いがする 食糧の配給制度は壊われはじめて久しい 爆死か
餓死か どちらにしても日本には負の形しか残されていない わた
し達は加速度的に獣(けもの)へと還元されてゆく 食糧を生産しない都会
人は金を持って埼玉へ千葉へ 金さえあればと大人達 ないよりい
いとわたしも思う だから 人の心を傷つけてもいいということに
はならない
「すみませんでした おじゃましました」
「あんた……」
「は?」
「そこにある くず芋でよかったら 持ってゆきなさいな」
「え? 分けていただけるのですか? 嬉しい 嬉しいです」
「欲しいだけ持っていっていいから あんた 家族は何人?」
「両親と小さい弟と特攻を志願した弟と わたしの五人です」
「弟さん特攻隊の志願兵? 帰って来ないのよねえ……」
「菊水隊だそうです」
「あたしの息子は とっくに戦死 可哀そうな子の命日なの今日
お国の為だって? お国ってなんなの? あたし達の為じゃない
みたい あたし達は くず芋なんだわ あら! はじめての」
「ええ くず芋ですわたしも 間違いならいいのに 息子さん」
「間違い? 息子は帰ってくるっていうの?」
いっぱいに目を開け領く 若い小母さんの頬に紅色が広がる 湧き
あがる力がわたしを土間へ 大中小まるで用意してあったかの包み
を満州帰りの古いリュックヘ鮮やかに詰める 支払いと感謝の言葉
の不足に悩み泪に濡れ上下揃いのモンペの内ポケットから財布を出
す(ああ誰も死なないで 国よ 誰も殺さないで)どこへもとどか
ないと知っていても 祈りはわたしを越えてゆくようだ
「又 いらっしゃいね 何かは あるから……」
見知らぬ人だった声は涼やかで 明度の高い微笑を含み わたしの
背にリュックを軽るがるとのせる しっかり詰めこんだ食糧は肩に
遠慮せずくいこんだ 両腕が抜ける重さがそれに参加した 板の間
に出した財布は素早くわたしの内ポケットに戻ってきた
「ありがとう 息子の帰りを待つことにするわ 又 来てね」
「ありがとうございました お元気で待っててあげてください」
夕暮れの帰路は近く荷は軽く耳の後に翼の透明な羽搏きが聴えた
私は戦後生まれですので「一九四四年」当時のことは体験していませんが、「買出し」の大変さや「没収」のことは聞いています。「禁止した国家を裏切れない/と怒る」「弟」の悲しさも分かるように思います。「爆死か/餓死か どちらにしても日本には負の形しか残されていな」くて、「加速度的に獣(けもの)へと還元されてゆく」しかなかった当時を生きた人々の証言と謂ってよい作品です。「声は涼やかで 明度の高い微笑を含」んだ「その人」の、「お国の為だって? お国ってなんなの? あたし達の為じゃない/みたい」という言葉も印象的でした。
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