きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
新井克彦画「ムラサメモンガラ」 |
2000.11.21(火)
都内に出張していました。18時には会議も終了して「さあ、呑みに行こうか」ということになったんですが、さすがに躊躇しましたね。今日呑まなければ、医者との約束の一週間禁酒が守れます。その旨を同僚に言ったら、返事がフルってました。
「数時間、前倒しにすればいいじゃん」
確かに。24時過ぎれば明日だもんな。19時から呑んだとしても5時間早いだけ。というわけで呑んでしまいました(^^;;
でも自重しましたよ。焼酎の蕎麦湯割りを2杯だけにしました。急に酒に弱くなったようで、それだけで顔が真っ赤になってしまいました。禁酒って、身体に悪いんじゃないかな(^^;;
それにしても久しぶりの酒はうまかったなあ。
○溝口章氏詩集『禁忌の布』 |
2000.12.10
東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2500円+税 |
翻す
月は まるく西に傾き
蒼海に似た天の砂州は細長くどこまでも延び輝いていた
日が昇れば それらのすべては存在の裏側へと
たちまち身を翻すはず
私ひとりそこに残して
巻頭の作品です。短い作品ですが、この詩集の出発点としては重要な作品だと思います。「私ひとりそこに残して」が暗示するように、ある意味では異端≠フ位置にいることが作者をして詩を書かしめているのではないか、と感じさせます。間違っているかもしれませんが、それがこの詩集の大きな特徴だろうと考えています。
2連目の「翻すはず」のはず≠ノも注目する必要があるでしょう。「日が昇れば それらのすべては」昼としての「存在の裏側へと」「身を翻す」ことは自明の理です。それなのにあえてはず≠ニするところに作者の非凡な感覚を感じますし、自明の理さえ疑うという詩人としての才覚も感じます。正直に言って、非常に難しい詩集です。しかし、以上のような点を念頭に置きながら鑑賞すると作者の内的な深みと広がりを堪能できるのではないかと思いました。大先輩に向かって変な言い方ですが、大人の詩集と言ってよいと思います。ひとつひとつの言葉を簡単には素通りできませんでした。
○森口祥子氏詩集『ガラスの天井』 第5次ネプチューンシリーズ]U |
2000.11.1 横浜市南区 横浜詩人会刊 1200円 |
驟雨
驟雨はあがりかけていた
大きなガラス窓には
水滴がひとすじ走る
涙のようにつつーと
会議室の外は
暮れかけて暮れきらず
空はまだ重い
人は他者からの承認がなければ
生きてゆけない
議論の声がうわずって
頭蓋の中で空廻りする
落ちつきなく響いているのを
充分承知しながら
結ぶ言葉がみつからない
ただ敗北を知る
譲れず譲らず
他者の規制のまなざしに怯えず
他者に受容のまなざしを
深く注ぐことが出来るようになりたい
辛いあきらめではなく
凛凛しい理性を繋ぎとめたい
明日のために
今日のために
晴れた日のために
「人は他者からの承認がなければ/生きてゆけない」というフレーズでドキッとしました。たしかにその通りですね。鋭い視点だと思います。この場面は会議中のようですが、会議に限らず日常生活の中で無意識に「他者からの承認」を求めているのが私たちだと思い知らされます。
作者はお医者さんですから、この会議もおおよその見当がつきます。自立した医師同士の意見の食い違いというのは、なかなか大変だろうと思います。私自身の会議の場での様子もダブらせてみました。技術屋は基本的にモノが相手ですけど、医師の人命に関する会議なんて想像を絶するんでしょうね。
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