きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
新井克彦画「ムラサメモンガラ」 |
2000.11.29(水)
急にアクセスカウンターが0になったんで驚きましたが、HPを移行させたことが原因のようです。カウンター数は移行できないよ、と書いてあったんで移行したとたんに0になるのかと思っていましたら、ちゃんと動いていたんで安心していたんです。1ヶ月の猶予期間があったようで、それが過ぎたから0になったようですね。
0戻りする前は8200ちょっとだったかな。0になってからは50ちょっとのアクセスがありましたから、エイャで8300からスタートさせました。まあ、だいたい合ってるでしょう。カウンターをつけない人も多いけど、私はやっぱりつけたいですね。誰かしら見ていてくれるというのは安心感があるんです。誰も見てくれないんだったら、やっている意味がないもんね。
というわけで皆さん、これからもよろしくお願いいたします。
○詩誌『あにまる・ラヴ』6号 |
2000.11.5
大阪府茨木市 あにまる・ラヴ舎/笹野裕子氏発行 500円 |
秋のはじまり/笹野裕子
言ってはいけないことが多すぎて
憶えきれない
メモに残してはいけません
次から次へ無数に伸びてくる
萩の花の細いうでに
からめとられる夢を見た
荒い息のまま目覚める
点滅の黄色いシグナルが
濃紺に沈んだ部屋を規則正しく照らす
無口になればいいのです
そうか
と 頷いたところから
朝が始まっていく
今日から熱いコーヒーに変える
七分袖のTシャツを着て
カリカリのトーストを齧る
明日 それはやって来るでしょう
終わりと始まりの時差で
頭が痛い
でも 誰にも言わない
とりあえずの一日を
おしすすめる
季節の変わっていく様子が7連目、9連目によく出ていると思います。特に「終わりと始まりの時差」という言葉がいいですね。夏から秋への「時差」、感覚としてよく理解できます。「今日から熱いコーヒーに変える」というフレーズにも実感があって、そう言えば自分もそうだ、と読者にはね返ってきて、作品に入っていく手助けをしていると思います。
2字下げの連は特別な意味があるのでしょう。作者の本来書きたい思いがここにはあるようです。前後の連と関連させながら考えてみるのですが、想像の域を出ません。キーワードは第1連かなと思います。もう一言あれば読者も入っていけるんでしょうが…。しかし全体としてこの作品は読者を拒否していませんから、それはそれで読者が勝手に想像すればいいのかな、とも思います。意志的な最終連も好感を持って見ることができます。
○詩と批評誌『岩礁』105号 |
2000.12.1
静岡県三島市 岩礁の会・大井康暢氏発行 700円 |
はかりなおして/岡村康子
すこしだけ
よそみをしていた
わずかに
みみをふさいでいた
ばぶるけいきに
うかれていたつもりは
ないけれど
なにかへん
どこかちがう
すわりごごちがわるくて
なんどか
いすをひいたけれど
すわりごごちもなれてきて
ちいさなぎもんを
とおざけていたら
ながのオリンピックに
ひるがえっていた
ひのまるのはたが
あるとき
ふみえになり
おもいてつのいたになり
ひとりのこうちょうがじしした
ひるがえる
はたのおもさを
はかりなおしてみなくてはね
国旗・国歌法が成立した今、改めてこの作品が問いかける重要性を感じます。まさに「ふみえになり/おもいてつのいたにな」ってしまった感があります。「ちいさなぎもんを/とおざけていたら」いつの間にか、こうなってしまいました。自分の意見だけを何がなんでも通す大人に、少年法を改悪する資格などあるわけがないと思うのですが…。
作品としてもよく仕上がっていると思います。ひらがなが成功していますね。言葉にも過不足なく、これだけの題材をうまくまとめたものだと思いました。「はかりなおして」という感覚もすばらしい。社会性のある作品は意外と難しくて、アジになりがちでなかなか成功しないんですが、これは数少ない成功例でしょうね。ひとつの見本を拝見した気でいます。
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