きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科 |
2001.12.22(土)
その2 その1へ
○中村不二夫氏詩集『使徒』 |
2001.12.25 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2500円+税 |
初音町異聞
----はるかな町の記憶----
町には風を売る人がいた
彼は大男で風船売りだった
男はぼくの指にしっかりと
風船の糸を巻いてくれた
どこかに国を置いてきた街娼が
くすんだ顔で時を食べている
ぼくは夜明けを待って
また風船を買いに行った
ぼくのランドセルのなかでは
野口英世が貧しい人々の胸に
聴診器を当てている
この街の太陽には色がない
やせ細った子供たちがいた
彼らはみんな泣いていた
彼らには泣く理由がなかった
頭上を急行列車が通過すると
やせ細った子供が一人増えた
ぼくは夏休み図書室にこもって
スティーブンソンの『宝島』と
『ジキルとハイド』を読んだ
(この世はみんなハイドだ)
それからぼくは胸を病んだ
母が勝手口から出ていった
それきり帰ってはこなかった
何人もの親しい人が死んだ
そのたびにぼくは風船を買った
ぼくの体はだんだん宙に浮き
空に舞い上がりそうになった
その日ぼくの生家は取り壊され
更地の上に杭が打ち込まれた
二度とここにくることはあるまい
もうそこには風船売りの姿もない
ぼくはすべての風船を飛ばした
空の涯では桜が満開だ
そこにみんな帰ってきた
一人のこらず帰ってきた
母はまだ充分うつくしい
町には大男の風船売りがいた
けれど彼の姿を見た者はいない
著者はあとがきで「T章にはやや抽象的なもの、U章は具体的なものを集めた。V章はほとんど一緒に暮したことのなかった亡母へのレクイエムである」と記しています。紹介した作品はV章に収められているものです。
「初音町」とは横浜市中区の地名で、著者はそこで少年時代を過したと聞いています。著者とほぼ同年の私にも、住んでいた場所は違いますが記憶に残っている風景です。「どこかに国を置いてきた街娼が/くすんだ顔で時を食べてい」たことも覚えていますし「野口英世が貧しい人々の胸に/聴診器を当てている」物語も読みました。なつかしい記憶です。
「大男」とは神=A「風船」はそうすると信仰≠ナはないかと想像しています。そうすると「ぼくはすべての風船を飛ばした」というフレーズが疑問になりますが、途中の挫折と受け止めました。少年の記憶と母上と、神とが混然となった佳作と思います。詩集全体の中でV章は特に好きな部分ですが、紹介した詩はその中でも特に完成度の高い作品と言えましょう。中村詩のひとつの境地のように思いました。
○香山雅代氏詩集『風韻』 |
2001.12.27 京都市中京区 湯川書房刊 3000円 |
ひかりの所在
花弁の襞に 解纜されながら 響き 漂い
こころの襞に 暗黒の瞬力を潜める 原始の
熱エネルギー 分割されたクォークやグルー
オンが ひかりの微粒子にひらかれるまで
神に 見失われたまま
いっ閃の光は むこうから 差してくる 発
光を 享ける 生命体 光そのもののひとり
旅がはじまるのは それからだ 自らの力に
任せては ひかりはしない その真価を揮う
のは 闇の深さに達してからだ 葬られ失わ
れようとする刻を 記憶するかのように 明
滅するものの影を 光世界は 齎してくれる
のか
喬木の梢に宿った発光体を その根に吸いつ
くし 環相の繁みに ひかりが ふたたび甦
るまでの
「瞬力」には「インパルス」というルビが振られています。現在の一般的なホームページ作成ソフトではルビがサポートされておらず、やむを得ず割愛しました。ご了承ください。
難しい用語についても判る範囲で紹介しておきます。「クオーク」は量子力学用語で、陽子、中性子やπ中間子など、強い相互作用をする素粒子を構成する基本粒子≠ナ、「グルーオン」はその強い相互作用をする理論的な粒子(糊の粒子)だそうです。出典は「岩波理化学辞典第4版」です。「環相」は同理化学辞典、広辞苑、漢和辞典、古語辞典にもあたってみましたが判りませんでした。
紹介した作品の前頁に「栴檀の梢にたわむ朝の闇」という句が載っていて、実は最初はこちらに惹かれました。俳句は門外漢ですが、闇を現した素晴らしい句だと思います。朝の光に潜む闇をこれほどに表現した文学作品に私は接したことがありません。それで次の頁を開くと紹介した作品があったという次第です。
こちらも前の句を受けて、特に2連目が素晴らしいと思います。「ひかりの所在」について余すところなく表現した作品と言っていいでしょう。物理学の素養もおありのようで、才能があり余っているという印象を受けた詩集です。辞書を片手に読まなければならないという難しさはありますが、ご一読をお薦めします。
○隔月刊誌『東国』118号 |
2001.11.20 群馬県伊勢崎市 東国の会・小山和郎氏発行 500円 |
近づいてくる/新延 拳
台風が近づいている
直撃されたらたまったものではない
朝からテレビはもっぱらテロ攻撃のことを流している
報復やむなしか 反対か
届くメールもみなそのことにふれている
洗濯物を干せるかしら
女房が心配している
窓のところで雨漏りがあるようなの
なんとかしなければならない
雨が降りそうだから運動会の練習には行きたくない
娘がさっきからぐずっている
持ち帰った仕事を仕上げなければならない
今日中に清書して
夕方渋谷で句会がある
幹事なので早めに行って準備をしなくてはならない
エアコンの不具合を電気屋が見にくる
おまえが応対しろ
ガスの検針に来る
宅配便が届く
電話をとると墓場のセールス
テレビでは間断なくテロ関係の報道
街の人々がいろいろ意見をいっている
何か遠くで破裂音がしたような
あっ まぶしい
テロという歴史的な大事件と家庭のこまごとした雑事をからませて、うまい詩だなと思います。特に最終連が素晴らしい。台風とテロをダブらせて、やられたなと思いました。直情的にテロに反対なり賛成なりの感情をうたうのではなく、こういう形に仕上げることが文学だと思います。3連の雑事がよく効いていて、それが最終連へもうまくつながっています。
テロとそれに続く報復攻撃に対して、作者は賛成とも反対ともいっさい言っていません。それもひとつのあり様でしょう。しかし眼はそらしていないことが判ります。「近づいてくる」というタイトルでそれを示していると言えるでしょう。つい、賛成か反対かと二極化しがちですが、この作者の態度には学ぶべきものがあると思います。
その2 その1へ
(12月の部屋へ戻る)