きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科 |
2002.11.2(土)
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○川村慶子氏詩集『馬』 |
2002.8.15 東京都練馬区 日本未来派刊 1500円+税 |
送本
なん年か前に 出身地の図書館に
自著を箱詰にして送った
それから暫くして姉や弟が亡くなった
永訣のときには
どんなに遠くてもこの弟だけは来てくれるだろう
当てにしていたその弟に先立たれた
このたび思い立って
同じ図書館に共著も含めてひと箱送った
自著でも共著でも
どういうわけかひどいことを言われたり
かっかとした手紙を貰ったりするが
それらも含めて 素知らぬ顔で
――どうぞ貰ってやって下さい と
哀願の文を添えた
わたしの出身地は 冬には流氷が接岸し
沖まで大氷原となる
その上を渡ってくる風は冷たいが
心は穏やかで やさしい人たちばかりだ
あたたかい息を吐きかけ合わねば
凍りついてしまう土地柄だから
みんな やさしいのだと思う
送本は胸を張った寄贈ではない
旅立ちの前に 故郷の人々に
――こんなものでよければ と
お願いして貰ってもらったのである
第5連がとても良いと思いました。私も北海道に生れて、多少は住んでいましたから「やさしい人たちばかりだ」というのがよく判ります。その理由を「あたたかい息を吐きかけ合わねば/凍りついてしまう土地柄だから」とするところは見事ですね。
それにしては「どういうわけかひどいことを言われたり/かっかとした手紙を貰ったりする」というフレーズが不可解ですが、これは権力を持つ者への批判ととれば良いのかもしれません。あるいは、それらの人たちも含めて「やさしい」ととるべきなのか。いずれにしろ、この作品の中で一番「やさしい」のは作者でしょう。詩集全体を通してそれを感じます。
○川村慶子氏詩集『箱馬車』新・現代詩叢書6 |
2002.12.8 横浜市港南区 知加書房刊 1200円 |
詩集
※
いい詩集を読んだあとは
優しくなる
淋しくなる
いい詩集を読んだ勢いで
退会届を二通書いた
一つは日本民芸夏期学校同窓会
※※
もう一つは湖山会
いい詩集を読んだあとで
ためつすかしつしている
天金
これしかどうにも
出来なかったものな
自分の人生は
又近いうち何通か
退会届を書かねばならぬ
自分のことは自分でしなければなァ
その時がくれば
どんなにいい詩集とでも
別れなければならない
※伊藤桂一詩集「連翹の帯」
※※版画家金守世士夫を囲む会
詩の力、詩集の力を改めて知らされる作品だと思います。いや、正直に言えば「退会届を二通書」かせるほどの力を詩集は持っているのか、と驚いたと書くべきでしょう。『連翹の帯』は残念ながら拝見していませんけど、伊藤桂一さんの他の作品から推察して、あり得ることだなと思います。
詩の力、詩集の力もそうですけど、この作品からは著者の感受性を逆に感じてしまいます。そうまで決意させることは、詩集の力もさることながら、著者の読み取る力とも言えるのではないでしょうか。
詩と詩人の関係を考えさせられた作品でした。
○萌木碧水氏写真集『王滝にて』 |
2002.8.14 千葉県印西市 自家版 2500円 |
掌サイズの可愛い写真集です。副題に「王滝にて」とありました。木曽御岳山にある滝の名のようです。10枚のカラー写真が35mmネガサイズで収められています。写真を転載するのは問題があるでしょうから、ここでは扉の詩を紹介します。
わたしぶんの 空/萌木碧水
わたしのみつけた
あおい いろ
わたしのぶんだけ
きりとって
わたしだけの 碧い空
まさにこの詩のように「わたしのぶんだけ/きりとっ」た写真集と言えるでしょう。対象をどう切り取るかが写真の醍醐味ですが、それは詩にも通じているのだと思います。詩も写真も自分のものとしている著者の、ますますの精進を願ってやみません。
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