きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
kumogakure
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科


2002.11.2()

  その1  
その2

 日本詩人クラブの研究会がありました。今回は塩原経央氏を講師として「衰微する言葉と生命感」という講義を受けました。仕掛人は、実は私です。理事会で研究会の内容を検討していたとき、私が塩原経央さんの『詩界』239号の現代詩論がおもしろいと提案しました。それじゃあ塩原さんにお願いしよう、コーディネーターはお前がやれ、ということになった次第です。

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白板で文字の成立ちを説明する塩原経央氏

 参加者は思ったより少なかったのですが、その分、討議の時間が充実しました。塩原さんの主張ははっきりしていて、例えば漢字を旧字に戻さなければ文字の意味は伝えられない、というようなものでしたから、参加者も自分の意見と照らし合せて発言できたようです。討論は所定の時間では収まりきらず、二次会でも続きました。当り障りのない言葉でではなく、歯に衣を着せぬ講義でしたから、参加者の思考回路を刺激したようです。いずれこの講義録は『詩界』に載りますから、お楽しみに。



文芸誌『蠻』131号
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2002.10.31 埼玉県所沢市
秦健一郎氏発行  非売品

 花火/佐藤 尚

星がとぶ
あたり一面を燃えるようにきわだたせた残光は
一瞬のうちに消えて
掌ほどの宙空の暗がりに
ちいさな星がとびかう
蛍火のような灯りのなか
素足に赤い鼻緒がしみている

うすい煙りにただよう甘ずっぱい香りにむせて
星くずの燐光がきりさく闇の狭間から
遠い日のおぼろな記憶のなかの風景がかいま見え
淡い郷愁とともに心をさしてくる
なにもない時代の唯一の華やかな一瞬
手元にとび散る火の花は
車窓に流れる街の灯影にも似て
ぽっぽっと残影を写している

瞳にしみる煙りはあたりにたゆたい
駆けまわる子供達の人形
(ひとがた)に流れきえてゆく
ほのかに光る流れ星
人の輪のちいさい宇宙にとびかう星が
またひとつきえた
あどけない爪先に名もない花群れが
あとからあとから咲きみだれたのち
一瞬の闇がひろがる
かがやくおさない瞳のなかに
線香花火の残像がぱちぱちととびかっている

 「線香花火」の形象化で、これだけ詳細な作品は見た覚えがありません。特に「駆けまわる子供達の人形に流れきえてゆく」というフレーズには驚かされました。非常に絵画的で、かつ幻想的な表現だと思います。「人の輪のちいさい宇宙」もほほえましくて、作者の視線の確かさを感じた次第です。
 秦健一郎氏の長編連載「『地果つる処まで』−油屋熊八物語−」も堅調。別府を温泉町にした主人公の活躍に胸躍らせながら拝見しました。現代の商業に通じるアイディアがいっぱい出てきて、来号も楽しみです。



詩とエッセイ誌『焔』62号
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2002.10.20 横浜市西区
福田正夫詩の会・金子秀夫氏発行 1000円

 水流の如きもの/植木肖太郎

俺は止まらないで来た
石にぶち当り
端に寄せていく
段があれば急速に落ちる
まとまる
ゆるまる
と 突然わあっと押され
目の廻るような勢いで進む

この力で
俺は岩を落とす
大きな樹木の根っ子を
泥土ごと奪い取る
後から後からの強い力を背に受けて
家屋も襲う

やがて急に力が抜けると
ぐるりと広い場所を廻る
其処ではゆっくりと手足が伸びる
河口だ
緩やかな力で海に出ていく
ああこんなに力を抜いたのは始めてのことだ
橋の下を流れたとき
竹林の脇をぼちゃぼちゃと流れたとき……
しかし
俺は流れてきたのか 流されたのか
良い時間や 悪い時間の中に
不本意な流れ方をしてきたのが思い出される

突然 また俺は何かの力に引き寄せられた
砕け散る波に巻き込まれ
際限のない繰り返しの泡の中に居る

ぐい/\と何処かに押され 今度は
俺は大きな器の中で果ての宇宙に寄せて
俺を失なっていくことが分り 同時に記憶も
この先は 無い

 「水流の如きもの」とは、当然、人生を語っているわけですが、最終行「この先は 無い」がよく効いていると思います。ここでは「記憶」についてに限定していますけど、我と我が身が消えてなくなることも読者は想像して、奥行きの深さを与えていると言えましょう。こういう作品を拝見すると、思わず「不本意な流れ方をしてきたのが思い出され」ますね。
 「ぐい/\」の「/\」は、本来は踊り字です。パソコンでは表現できません。ご容赦ください。



文藝雑誌『白磁』19号
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2002.10.13 佐賀県伊万里市
十三日会・野田行雄氏編集 800円

 主宰者・片岡繁男氏の一編の連作小説「わたしはいつも此処に帰ってくる 二」で占められた文芸誌でした。「一」を拝見していませんが、かなり力のある作家の作品だと思います(そう思って文藝年鑑で調べてみると、作家・詩人で医学博士であることが判りました)。
 双子の兄弟、澪とクラが故郷の伊万里に帰って、現在の伊万里から陶芸を考える、そして敗戦前後の幼童期を振り返る、という設定になっていますけど、読まされましたね。私は陶芸も伊万里という土地もまったく知らないのですが、地名や地域の言い伝えにどんどん惹き込まれていきました。挙句は佐賀県の地図を引っ張り出して、小説中に出てくる地名を確認しながら読み進めたほどです。
 作中人物、特に澪を通して見た伊万里地方の自然・歴史は魅力あふれるものでした。小説という形態をとっていますけど、一郷土史と言えるかもしれません。そういう側面でも楽しめます。澪の見識の高さは、とりもなおさず作者の筆力に寄ると思った作品です。



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