きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科 |
2002.12.27(金)
その2 その1へ
○詩誌『素』14号 |
2002.12.20 東京都品川区 関雄次郎氏発行 非売品 |
おおよしきり/いちぢ・よしあき
[1]
俺の背丈の3倍もある芦原の中に
隠れてしまえば誰も見つけられはしまい
――もういいかい と言う女の子に背を向けて
――まあだだよ と言って俺はしゃがんだ
青い空を雲が飛び やがて空が赤く染まり
暗くなって星が出た
[2]
――鶏は夜露に当てちゃ駄目だ
飛んでいってしまう
祖父が口やかましく言う
暗くなり 一羽足りないのに気が付いて
何度探しにいったことか
[3]
いつの間にか眠ってしまったのだろう
露にぐっしより濡れて 俺がいた
身震いすると露が跳んだ
思い切り手を振ると 一瞬
躰が宙に浮いた
[4]
お前 も少し急げよ
と おおよしきりの雄が言う
ギョギョシ ギョギョシ ケケスケケス
大声で鳴いて雌を呼んだ
営巣が済むと急いで交合して
今度は違う所で声を変えて鳴いた
カシカシ カシカシ カスカス ギョシギョシ
又違う所で雄が鳴く
ケケシ ケケシ カスカス ギョシギョシ
ケケス ケケス ケシケシ ギョギョシ
俺も負けずに鳴いてみる
[5]
向い合ったテーブルの向こうから
おおよしきりが当り前の様に言う
法務の眼の大きいN子が好きだ
おおよしきりは狙った獲物を取逃したことがない
だから色魔とよばれている
[6]
あの人 私の前へ来ると
まっ赤になって 吃るの
A子が言った
可愛いったらありやしない
あの人 私を褒めてくれるの
眼もね鼻もね口もね みんなよ
B子が言った
お世辞って判ってても嬉しいものよ
あの人は 道を歩く時
車寄りを歩いてくれるの
仕草がとても優しいのね
C子が言った
頭の芯がジーンとして来ちゃうの
せっか [7]
雪加の旦那の様に怒っていた
衣裳箱を投げボストンバッグを投げ
みんな持ってけ さっさと失せろ
前歯に口紅が付いていたと言う
あゝいう奴は何もかもだらしないんだ
こっちの方でも怒っていた
ここに在るものみんなやるから
さっさと出ていけ
スカートが少し曲っていたと言う
こういう女は他人の痛みを気付かないんだ
[8]
おおよしきりが怒り狂って鳴いた
――何故だ 何故なんですか
――いゝじゃないか 大した出世だ
本社の係長が資本金50億の会社の部長様だ
(本来なら 女性トラブルを起こす お前な
ぞ 会社としては 抹殺してしまいたいよ
世帶持ちなら 疾っくに首だ 子会社へいっ
て 頭を冷して来いよ)
上司の眼が
言い度い事を我慢して 怒っている
ギョギョシ ギョギョシ カシカシ
3時間離れた利根川でおおよしきりが鳴いた
[1]〜[8]は、原本では□の中に数字が入っています。今のパソコンでは表現できませんので近い形にしてあります。ご了承ください。
作品はちょっと長いので部分紹介を試みたのですが、ご覧のようにとても途中で切れるものではありません。全文を紹介させていただきました。「おおよしきり」と「俺」が入り混じって不思議な雰囲気を出していると思います。「思い切り手を振ると 一瞬/躰が宙に浮いた」というフレーズから「おおよしきり」に変身したと考えてよいでしょう。
[6]と[7]の対比もおもしろいと思います。[8]も「おおよしきり」と人間の世界がない混ぜになって、もう一度[1]から読み直してしまいました。ふたつの世界が寓話のようでありながら、変に実在感があって、ますますのめり込んでいってしまう気分にとらわれました。こういう書き方もあるんだなと勉強させられた作品です。
○季刊文芸誌『中央文學』461号 |
2003.1.25 東京都品川区 日本中央文学会・鳥居章氏発行 300円 |
街角の向うから/寺田量子
危うくやりすごす
さまざまな災い
降りそそぐ光りの中
まばゆい微笑みをうかべながら立っている
逝ったひとの足跡を探し
いつも何かでまぎらしながら 生きている
淋しさが 胸の底に 小さな芽を出して
大木になるかもしれないのに
輝く鱗をヒフにいっぱい貼りつけて
でも空にのぼったりしないで
地の上を歩いている
街角の向うから ひょっこり
現われるかもしれない
そんなおもいにかられながら
「街角の向う」というのは異空間なのかもしれません。「さまざまな災い」が待っていたり、あるいは「逝ったひと」が「まばゆい微笑みをうかべながら立ってい」たりすることもあるでしょう。無意識に「逝ったひとの足跡を探」す所でもあるかもしれません。
そんなことを考えていると、ときには「空にのぼっ」ていきたい気持になることもあり得ることだと思います。でもやっぱり「地の上を歩いている」。鎮魂の中にも前向きな姿勢を持とうとしていることが感じられる作品です。
○加藤栄子氏詩集『林檎の期限』 |
2002.11.22 東京都文京区 詩学社刊 2000円+税 |
林檎の期限
ついに訊いてしまった
この林檎の期限は
いつなのか と
病んで久しい林檎を
見つめつづけるのに疲れたから
未来への不安が
夜ごと
ふくれた海になって満ちてくるから
花のようにはすぐ枯れないのは
かなしいことだ
初め
ぽつりと黒いシミができてから
三、四個の斑点になるまで
時計は何千回もまわった
進行は遅い
遅いだけに効果的な治療法はない
いっそ細いひもでくびろうか
一ミリの半分 その半分
漲っていた球形を崩しながら
病は確実に
林檎を木のこぶのように堅くしている
見ていたくないから
訊いた
そっと訊いた
林檎のためではなかった
だが
回答は水に映る風のように
揺れて過ぎていっただけだった
希望を持つ林檎は
いつものように
ここに在る
吸い込まれるほどの静かな顔をして
詩集のタイトルポエムです。「林檎」とは「病んで久し」く、「吸い込まれるほどの静かな顔をし」た人、著者のご主人と受けとってよいでしょう。その「林檎の期限」を「ついに訊いてしまった」という設定です。それを聞くことは「林檎のためではなかった」、「見つめつづけるのに疲れた」自分のためだった、と詩人は告白しています。
結局「回答は水に映る風のように/揺れて過ぎていっただけだった」のですが、やがて亡くなってしまうことが他の作品で表現されています。冷静に、抑制した表現でご主人と看護する自分とを見つめた詩集だと思いました。
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