きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
kumogakure
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科


2003.1.16(
)

  その2  
その1



詩誌『弦』22号
gen_22
2002.1.7 札幌市白石区
渡辺宗子氏発行 非売品

 雁/佐藤道子

雁は行く
彼方を捉える
鍵を携える意志
泥土の匂い立つ
不忍池周辺

淵には映らない
門の向う
顔の内側に 糸を繰る

 「雁」の飛行が鉤型になるのは知られていることですが、それを「彼方を捉える/鍵を携える意志」ととらえたところが見事だと思います。「不忍池」は東京・上野の不忍池だと思いますが、場所を限定することで引締った感じを与えたと言えましょう。終連の「顔の内側に 糸を繰る」というフレーズも視点を変えていておもしろいですね。



詩誌『弦』23号
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2002.5.1 札幌市白石区
渡辺宗子氏発行 非売品

 指/渡辺宗子

幻肢の腕がある
荊を刺した指を立てて
新しい領域になる
主体のない記憶の断片
朱の滲む爪
警告の点滅を発信する

岬の懸崖から
渚の辺際を辿り
陸の肉質を食んでいる
決意にまつわる未練の
痛みの神経通路

自己の失せた腕の肥大
無防備に人さし指の塔が建つ
癒えない傷の他人の風景
こんなにも痔いて

幻肢をなぞる くすり指に
四月の誕生石を嵌める
荊の痛みが煌めいている
永遠という
腐蝕した記念日
改めて貌と対面する
同じ歳月の相棒
在所を占めた痛みの塔
四方の闇が救えるのか
幻に立つ生(いのち)の
わたしの灯台になってくれようか

 「幻肢」感覚がおもしろい作品ですが、それが「新しい領域になる」という設定が新鮮で素晴らしいと思いました。「癒えない傷の他人の風景」「改めて貌と対面する/同じ歳月の相棒」などのフレーズも読者をドキリとさせて、作者の並々ならぬ言語感覚が判ります。



詩誌『弦』24号
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2002.9.1 札幌市白石区
渡辺宗子氏発行 非売品

 禁漁区/佐藤道子

取り出された 臓腑には
配列を乱された細胞の記億
残像が 映る

詰め寄る 権勢の強者に押し潰され
粉砕の地上の図
生きて在った彼のフロントガラスが
宙に傾斜し罅割れた
夕陽の中の頭骼骨

競う執心が踏み踊る
黙すものは石に座し 言葉を失う

海溝ヘ沈む くだけた破片
プレートの裏面に彫られた
悲哀の叫びが増幅するレンズに
拡大され浮上する

叡智の斧が切り拓く
細い草原のみちは
懐剣を携さえ
一管の笛を吹きつつ風を起す

 「禁漁区」のりょう≠ヘ「漁」ですから魚をイメージしなければならないのでしょうが、どうもそれだけではないようです。人間を底に感じてもよさそうです。「フロントガラス」で一瞬、交通事故まで連想してしまいましたけど、そこまでイメージする必要はないと思います。あくまでも「禁漁区」での漁に集中させて読んでみました。最終連をどう読み取るかが重要でしょうね。



詩誌『弦』25号
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2003.1.10 札幌市白石区
渡辺宗子氏発行 非売品

 繃帯/渡辺宗子

朧な友禅を着る 華やぎと驕りの祭日に草履の足
をとられて不様な災禍 裾乱れ 血が滲み困惑と
羞渋の窮み 「どうぞ 水で織った布ですから」
さし出された布 かれは躇もなく自分の上衣の一
部 袖であったか さっと捲る仕種で並幅一尺ほ
どの白布をくれた どう対処したものか疑心すら
過らせたのだ 薄墨の黄昏に溶けた陰 性別 姿
声さえ定かに覚えない 怪しい出会いの好意
いつ受け取ったのか 血を吸った白布 膝小僧に
当てられている 痛みは消え傷の痕跡がなくなっ
ていたのだが
「水で織った布−」せせらぎのような声と触感が蘇
った 絹布より厚い弾力と光沢 幻の鳥の和毛を
水車で紡いだであろうか情 感の通う素朴な繊維
 血を砥め傷を癒す妙術 「どうぞ−」とさし出
した掌だっただろうか  羽毛の微かな血の匂い
柔らかな産毛の震え脈管を巡る魂の伝令か 水で
織った布とだけ告げて 記憶の川の草水晶は風物
を写しだす 纏う繊維の綾なす虚飾 醸せる虚妄
の氾濫を見た 一反の友禅ゆらゆら錦絵を描き流
れている  わたしは形振りかまわず追いかける
河川敷を走り川の深みまで 溺れながらも友禅の
端を放さなかった 躓いて転倒した先刻の露な恰
好で
重宝の白布をおし戴いてみると 血糊に汚れ汗臭
い垢穢の腰に提げた手拭いであった 醜悪は手拭
いばかりか 祭日の反転ヘ翻る 泥塗れた身形の
恥辱と崩れ墜ちる自尊 咄嗟に抛り捨てた布のゆ
くえはわからない わたしは誰とも会わず 何事
も無かったようにありがとうを言わない 儀礼も
虚飾の妄語に果てるのではあるまいか 繃帯もし
くは垢穢の裂布を投げ捨てた後ろ暗さ 体裁の粉
飾に誘拐された者の秘かな羞ずかしさが残った

 「水で織った布」を再度もらってみると、それは「血糊に汚れ汗臭い垢穢の腰に提げた手拭いであった」という結末ですが、心理描写が巧みですね。まさに「体裁の粉飾に誘拐された者の秘かな羞ずかしさ」をうたっていると思います。それに気付いた心に「繃帯」をする、そこまで読んだら読み過ぎかもしれません。それは読者が感じることだと教えられているようです。



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