きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.10.9 栃木県
「ツインリンクルもてぎ」にて
HONDA CB250
 

2005.11.27(日)

 詩誌『』20号発刊・創立10周年を祝う会が池袋「花見茶屋・あうる」で行われました。80名ほどが集まって超満員、中原道夫さんの人気は相変わらずでしたね。今回は良い拾い物(言葉は悪いですが)をしました。竹下ユキさんというシャンソン歌手が歌ってくれまして、伸びやかな声で好かったです。私の席からは顔は見えなかったのですが声に聞き惚れていました。特に「ヨイトマケの唄」が良かったですね。CDを売っているとのことで、さっそく注文しました。この人と『』同人の方の娘さんでした。
 二次会も同所。20名ほどが残ったかな、私も同席させてもらいました。久しぶりの人に多く会えて、帰りの新幹線の時間を忘れてしまいそうでした。楽しい会でした。




大籠康敬氏作品集『川の畔で』
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2005.11.29
東京都荒川区
大籠照子氏 発行
非売品
 

  <目次>
   T べロニカ
   ベロニカ 12        椅子 14
   飽食の文化 16       馬車 18
   古い万年筆 20       放浪 22
   つかのまの夢 24      石くれ 26
   あの日 28         夏の終り 30
   カラス 32         会話 34
   青春 36          闇のなかの光景 38
   柿の実 40         野馬の死 42
   幸せをありがとう 44    帰路 46
   鳥葬 49          人生 52
   水族館で 54        鎌を研ぐ 56
   大鰻 59

   U 川の畔で
   川の畔で 64        暮らし 66
   春の畑で 68        水辺の詩 70
   落日 72          夕餉 74
   セリを摘む 76       雪柳 78
   花 ―めぐる季節に― 81  家 84
   娘への手紙 86       午睡 88
   パパ 90          星座 92
   凧 94           絆 96
   桜 98           少女 100
   狂い咲き 103        紫の桔梗 104
   会者定離 106        川の岸辺で 108
   満ち潮 110         血脈 112
   幻 114           花火 116
   忘れられぬ町 118      チンチン電車の思い出 121

   V 滅びゆくものに
   ときめき 126        旅路 128
   山里の春 130        はぐれ鳥 132
   紫陽花 134         都忘れ 136
   町までの旅 138       山里の風景 140
   蝉 143           塩の道にて 144
   紅葉 146          滅びゆく民家 148
   樹 150           窓の灯 152
   夏の終わりの海で 154    崩落 157

   W エッセイ
   病床記 162         竹叢で見る夢 165
   なつかしい路地の暮らし 170

   「詩」を純粋に生きた詩人  中原道夫 174
   回帰する慈愛と絆の自然詩人 溝口章 180
   あとがき 大籠照子 186   写真 大籠康敬



    川の畔で

   川岸にたたずみ
   じっと流れを見ていると
   ふと私は
   川の水になれたらと思うことがある
   あるがままに
   自在に
   かたときもとどまることなく
   大地をうるおしながら
   ひたすら海をめざして流れ去るものに

   ふと何かがはじける
   ゆっくりと心のなかを川が流れはじめる
   つかのま私は
   水のように無心になって
   夕日を浴びている

 前出の祝う会で配布されたもので、2003年に亡くなった同人の遺稿作品集です。プロのカメラマンでもあった故人のモノクロ写真も載せられていました。ご遺族が会場でひとりひとりに手渡してくれました。
 紹介した作品の前頁には護岸工事されていない川が写されており、おそらく故人の書斎から見えていたという上総・夷隅川ではないかと思います。作品は作品集のタイトルポエムでもあり、故人の「あるがまま」の精神が良く出ていると思います。お会いしたことはありませんけど、遅れ馳せながらご冥福をお祈りいたします。




川島完氏詩集『ゴドー氏の村』
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日本未来派叢書[
2005.12.1
東京都練馬区
日本未来派刊
1700円+税
 

  <目次>
   T ゴドー氏の村
   セピア色の小邑 8        静かな場所の静かな木 12
   ON THE BEACH 16   ゴドー氏の村 20
   森 T 24            森 U 28
   空のフーガ 32          雲形定規 36
   鳥・夕空晴れて 40        夢の邪飛 44
   ダンディズム 48         野井戸 52
   霧の底のむらから 56       村のコノテーション 60
   腐刻画の鳥と魚と花たち 64

   U 時の呼吸法
   泉のある部屋 70         雨のひとの日 74
   時の呼吸法 78          むかしの音 82
   時代 86             雪のノート 88
   花水木の街の 92         コギトの風 96
   靴 98              跳ねる魚 102
   木の橋の下の… 106        マンゴーの実る国で 110
    

      装画  小林道夫



    ゴドー氏の村

   S・ベケットに 「ゴドーを待ちながら」という芝居が
   あり その舞台装置が  <田舎道。一本の木。夕暮れ>
   なのだが 実はそれはわたしの村なのである。

   一本の木は村を睥睨しているので 少々近寄りがたいと
   ころもあるが 小高い位置にもあり 近ごろは絵を描き
   に来る初老の男もいる。むろんあのゴドー氏ではない。

   村に騒動の歴史があった故か 静かな午前が過ぎて 山
   裏が紅紫蘇に染まるときには 村全体が不機嫌になって
   いくのが分かる。夕暮れがどこよりも早く 夜の闇が一
   段と濃い。

   一本の木だけが目立つ田舎道は 無縁の者にとって劇空
   間にもならない。音にきく秘話も 気の和む山野も 快
   い風も おいしい水もないのだから。ただ行倒れの供養
   塔が倒れたままなのが印象的である。

   木の根本で蝟集した村を見れば 同じような形の屋根が
   寄り添い 墓石と見まがうであろう。その同じような屋
   根の下では さまざまな形の時間が さまざまな諍いを
   含んで 時を日を刻んでいる。

   この村が忘れられ廃墟になってから 通りかかった旅の
   人は はたして美しいと思って足をとめるだろうか。絵
   だけのカサブランカの裏町に似た 一瞬何のもの音もし
   ない静けさだけはあるのだが。

   ここでも乱世だから末世だからといって とがめ立てる
   人のいない時代があった。よそ者から <唖のむら> など
   と呼ばれたりして その時は村境のなめらかな稜線さえ
   みにくく見えたものだ。

   一本の道はたいした起伏もなく 曲がり真っ直ぐのアク
   セントのない道だから 多くの人が何処をどう辿ってい
   るのか分からないうちに ここに来ている。無縁ゆえの
   未知。<<あら笑止や日の暮れて候>>。ゆっくり大あくび
   するゴドー氏。
                  
<< >>内、『黒塚』より

 タイトルポエムを紹介してみました。「ゴドー氏の村」という架空の村を「実はそれはわたしの村なのである」とさらに架空仕立てにしているところがおもしろいと思いました。しかし描写は具体的です。「村全体が不機嫌になって/いく」と「夕暮れがどこよりも早く」くるというのは眼に見えるようです。「多くの人が何処をどう辿ってい/るのか分からないうちに ここに来ている」というのもこの村を象徴するフレーズだと思います。続く「無縁ゆえの/未知」は名言。縁さえあればヒトは知ろうとするもの。この作品、この詩集の隠れたテーマなのかもしれません。
 他の作品では「
ON THE BEACH」「雲形定規」などに惹かれ、「野井戸」はすでに紹介していましたのでハイパーリンクを張っておきました。合わせてご覧いただくと良いと思います。




木場とし子氏詩集『不忍あたり』
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2005.11.23
神奈川県横須賀市
山脈文庫刊
2000円
 

  <目次>
    T
   不忍あたり 10      爪 14
   予感 18         立春の朝に 22
   涙袋 28         通勤途上にて 32
   レールの上で 36     常磐線・昼下がり 40
   青空が座ったところ 44

    U
   あけび(1) 48     ほてる 52
   繋ぐ 56         風に 62
   永遠なるヤノマミ 66   あけび(2) 70
   さよならの日々 74

    V
   バルセロナ 80      朝のひかり 84
   怖いあしおと 88     幼児に 92
   蛍木 96         石榴 100
   土管のアメリカ 104

   あとがき 109



    通勤途上にて

   常磐線が南千住駅に進入をはじめると
   銀色の車体を朝日に煌かせて
   高架の駅へ日比谷線がすべり込んでゆく
   半袖のシャツから二の腕をさらして
   バンザイするひとたち
   つり革の位置が高くなったので
   車体のきしみにつれて
   右へ左へ一斉になびく
   見事なバンザイ

   朝の憂鬱
   昼の退屈
   夜の鬱屈

   学生も主婦もサラリーマンも子供さえ
   整然とした行列の習慣
   ケイタイのマナーをえんえんと聞かされ
   ただじっとバンザイのまま
   巨大な地下を潜り抜けて
   持ち場へと送り込まれる憂鬱な朝

   並行する常磐線の少し前を
   高架の駅からゆるい斜面を滑り降りて
   地下へ吸い込まれてゆく
   静かなバンザイをのせて
   退屈な昼まで

   鬱屈を背負わされたひとたちをのせて
   地下から這い上がってくる夜
   バンザイもくたびれて
   所々綻んでいるので
   朝ほど美しいリズムを刻めない
   マイクを握りしめた車掌の
   ひとり舞台がはじまる
   バンザイだ

   玄関の一歩手前まで鬱屈がついてくる
   ドアノブを回すゆっくり回す
   そこにいたのは
   朝の憂鬱

 第2連の「朝の憂鬱/昼の退屈/夜の鬱屈」がキーワードになっていると思います。最終連では「玄関の一歩手前まで」夜の「鬱屈がついて」きて、「ドアノブを回すゆっくり回す」と、「そこにいたのは」すでに「朝の憂鬱」だったという、見方によっては救いようのない生活を描いていることになります。「通勤途上」では「見事なバンザイ」をするしかない私たち。アイロニーあふれる作品だと思いました。




詩誌『黒豹』110号
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2005.11.25
千葉県館山市
黒豹社・ 諫川正臣氏 発行
非売品
 

  <目次>
   諫川 正臣  秋は山から  2
          冬に向かう  3
   西田  繁  其奴とわたし 4
          空中で    5
   よしだおさむ 朱い季節   6
          ひとで    7
   前原  武  靴屋踏切   8
          アオマツムシ 9
   山口 静雄  休 日    10
          帰 路    11
   富田 和夫  蟻 塚    12
   杉浦 将江  コウノトリ  13
          二度おぼこ  14
   本間 義人  安曇野の空  15
          春の声    16

   編集後記          17



    秋は山から    諫川正臣

   ダムのほとりの公園を散策しながら
   友に樹名を聞かれていた
   エンジニアの友は草木の名に疎い
   くぬぎ みずき やまもも くろがねもち
   みんなありふれた樹木ばかり
   なかに一樹 どう見ても木犀の筈なのに
   花がまったく咲いてない
   麓の町ではいま花盛りなのに、
   咲いたあとなら散り敷いた花がある筈

   芝生の手入れをしている婦人に聞くと
   花はとっくに終わって
   地面の花もきれいに掃除したという
    そら 昔からよう言いよるがね
    秋は山から 春は里から
   そういうことか
   秋は花も紅葉も山から里へと降りてくる
   春は桜も若葉も里から山へと移っていく

   なんとなく気分をほぐされるこの言葉
   友も気に入ったらしくて何度も口ずさむ
    秋は山から 春は里から
    春は里から 秋は山から いいね
   ふたりして童心にかえり
   孫への土産にと
   せっせと轢のどんぐりを拾う

 私も「草木の名に疎い」方なので、実は「くぬぎ みずき やまもも くろがねもち」という「ありふれた樹木」でさえよく判りません。しかし「秋は山から 春は里から」はよく理解できます。理に適っていて、良い言葉だなと思います。「昔からよう言」われていたんですね。昔の人はこういう言葉を端的に考えついていたのだなと感心します。
 作品は最終連の「ふたりして童心にかえり/孫への土産にと/せっせと轢のどんぐりを拾う」に温かいものを感じています。写真で謂えばスナップショットのようなものでしょうか、何気ない動作や言葉が生きている作品だと思いました。




詩誌『谷神』4号
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2005.12.1
千葉市稲毛区
楓舎・中村洋子氏 発行
非売品
 

  <目次>
   れんげ畑     田中恵子 2
   祈りの花          4
   夕焼け      肱岡晢子 6
   息をひそめて        8
   螺旋風花     増田恭子 10
   ナイアガラ    中村洋子 12
   無伴奏      鈴木正枝 14
   楓舎の窓     中村洋子 16

   あとがき



    ナイアガラ    中村洋子

   眸に映るのはきれいな葡萄だけ
   老女は目の前の一房をあじわい
   となりの娘の房をつまみ
   独酌をしている婿の房へ

   眼なざしをひきとるように立ち
   老女の甘くぬれた手をぬぐう娘
   「写真を見せて」
   自分の皿を育ちゆく者へまわして
   淡としていた若い頃のスナップ

   葡萄や穀物も払底した戦中その後
   ストーブをかこむ寒い夏
   野菜がともしくなる晩冬
   祖先が耐えた飢えの恐れもひそむ
   食卓をしきる老女に娘たちに

   眸に映るのはきれいな葡萄だけ
   より深い記憶をよびもどし
   恵まれたときこそ身にたくわえる
   たくましい遠い先人の赤裸の姿へ
   老女はかえるのだろうか

   眸に映るのはきれいな葡萄だけ
   楢山といい蕨野という
   いとしい山野を具えて
   生命をつないできた祖先たち
   そのしがらみのたがをはずす

   みっしりと手に重い
   みどりの葡萄はナイアガラという名
   ごんごんごんごんごんごんごん
   悠久の瀑布の響きと豊饒

   つかのまの豊かさ
   わかちあう記憶の飛沫に靄がかかり
   老女の指はある不穏をもひきだす

   憑かれたようにナイアガラにむかう
   瀧となって今の一瞬を落ちる
   流れてきた跡も流れゆく先もなく

 「ナイアガラ」とは「みっしりと手に重い/みどりの葡萄」だったのですね。「悠久の瀑布の響きと豊饒」から採られた名前なのかもしれません。その葡萄を素材として「老女」の歴史、あるいは「食卓をしきる老女に娘たち」の歴史が語られていて考えさせられます。「生命をつないできた祖先たち」に対する我々は「つかのまの豊かさ」に過ぎないのではないかという指摘は重要です。結局は「流れてきた跡も流れゆく先もな」いのだと肝に銘じる必要があるのかもしれません。考えさせられた作品です。




詩誌しけんきゅう145号
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2005.12.1
香川県高松市
しけんきゅう社 発行
350円
 

  <目次>
  〈詩作品〉
   サルスベリ …………………………………… くらもちさぶろう 2
   七月の水辺に/八月の水辺に/九月の水辺に …… 水野ひかる 4
   故郷の海辺で聴いたものは ………………………… 笹本 正樹 6
   その日/ため息/おじぎそう ………………… かわむらみどり 8
   深夜ひそかに ………………………………… かんだくじゅうく 12
   小さな風景 …………………………………………… 葉山みやこ 14
   エウロパ河口域 ……………………………………… 秋山 淳一 16

  〈評 論〉
   シェリーの「にしかぜ に よせる うた」
    ― ひゆ の しんせん さ ― …… くらもち さぶろう 18

  〈創 作〉
   愛しのコンプレックス
     (ナルシスへの伝言シリーズ) …‥……… さや まりほ 22

  〈エッセイ〉
   ボスがおまちかね …………………………………… 山本  潔 28

   広 場(すくうぇあ) ……………………………………………… 32



    小さな風景    葉山みやこ

     soto

   ビルの谷間でも
   屋上は空に近いから
   風の声が少し聞こえる

     季節と約束しているんだよ
     命と契約しているんだよ

   本当の空は 遠い

   人間世界では
   風は 四角く通るから

 「小さな風景」という総題のもとに「mado」と「soto」の2編が収められていました。窓≠ニ外≠ニ採ってよいと思います。ここでは後者の「soto」を紹介してみました。
 「屋上は空に近いから/風の声が少し聞こえる」という発想がおもしろく、でも「本当の空は 遠い」と判っています。その理由として「人間世界では/風は 四角く通るから」だ、と解釈するとつまらなくなるかもしれませんね。最終連は独立させて読んだ方が良いかもしれません。いずれしろ「小さな風景」と題する割には大きな世界をうたっているのではないかと思った作品です。




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