きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.6.29 山形県戸沢村より 月山

2006.4.18(火)

 4月末の退職者向けの説明会が午前中は労働組合で、午後は会社の勤労課でありました。いずれも100名ほどが集まって、当然のことながら知った顔も多くてちょっとした同窓会でした。この工場では総勢1000名ほどが早期退職になりますので、こんな光景があと数回続くのかと思うと、ちょっとした感慨もありました。ま、辞めちゃったあとは関係ありませんけどね(^^;



『埼玉詩人会会報』59号
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2006.4.30 さいたま市桜区
高橋次夫氏編集責任・狩野敏也氏発行 非売品

<目次>
第12回埼玉詩人賞 水島美津江詩集『冬の七夕』に 1
受賞詩集『冬の七夕』(土曜美術社出版販売刊)より 2
2005年秋の文学散歩「横浜詩人会との交流会」 3
2006年「現代詩サロン」開催 4
2005年埼玉詩祭シンポジウム要旨 5
理事会から 他 10



 第12回埼玉詩人賞は水島美津江さんの詩集
『冬の七夕』に決定しました。おめでとうございます。どんな詩集か、ハイパーリンクを張っておきましたのでご参照ください。私が日本詩人クラブ新人賞に自信を持って推した詩集です。そちらは残念ながら賞を逸しましたが、埼玉詩人賞を受賞できて本当に良かったなと思っています。第39回小熊秀雄賞とのダブル受賞であり、私の見た眼に狂いはなかったと一人ほくそ笑んでいます。

 会報と一緒に授賞式(埼玉詩祭)の案内が同封されていましたので転載します。先駆けて私からEメールでお知らせした方も多いのですが、再度ご覧になっておいてください。もちろん私も出席します。前日は札幌で日本詩人クラブのイベントがありますけど、会長・理事長共々トンボ返りで駆けつけます。

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2006埼玉詩祭 現代詩の地平を拓く −埼玉詩人会創立50周年−
日時 2006年5月28日(日) 午後1時開演(12:30受付) 午後4時40分終演
会場 彩の国さいたま芸術劇場 映像ホール Tel 048-858-5500 JR埼京線与野本町駅から徒歩7分
入場整理券 1,000円

プログラム
和太鼓 <<飛龍>> のオープニング演奏
第1部 第12回埼玉詩人賞贈呈式 13:00〜
選考経過報告 選考委員長 飯島正治
詩人賞贈呈 会長 狩野敏也
人と作品 日本詩人クラブ会長 中村不二夫
受賞者挨拶と詩朗読 水島美津江
イベント:和太鼓演奏 <<飛龍>>

第2部 創立50周年記念 14:00〜
立体講演【音・映像でつづる武蔵野の詩】秋谷 豊
作品朗読 秋山公哉 小林登茂子
フルート 波戸崎操
功労者紹介 理事長 高橋次夫

第3部 詩の未来に向けて 〜私の詩の目指すもの〜 15:30〜
発表者:北岡淳子 北畑光男 星 善博

終演後 懇親パーティー 午後4時50分〜6時30分
会場 ビストロ やま
会費 5,000円

主催 埼玉詩人会
後援 日本現代詩人会 日本詩人クラブ 埼玉文芸家集団



加藤幹二朗氏詩集『追って来た人』
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2006.4.20 東京都北区 視点社刊 2000円+税

<目次> 序詩  2 旅の準備
T 削られたピエタ
10 アッシジ     13 削られたピエタ
16 コロッセオ    19 クオ・ヴァデス教会
22 パウラの髑髏
(どくろ) 25 受胎告知
U 辻音楽師
30 嬰児殺し     33 ヨルダンの洗礼
36 辻音楽師     39 マサダの砦
43 埋もれた名札   46 エマオの二人
V ウルル
軍人墓地 50     ウルル 53
マゼラン星雲 56   整餐礼拝 59
鯨の群 62      レインガ岬 65
W 手帳
象の目 70      ポランの広場 73
清六さん 77     食べられることを承諾した豚 81
天気輪 84      手帳 87
うすら明かり 90
X 大地の十字架
94 大地の十字架   97 戦場での決着
100 巡査刀     103 シャッター
106 バークレー   110 工事現場
Y 迫って来た人
114 蹠
(あしのうら)    117 カチンの森
120 従軍牧師    124 迫って来た人
127 ポストマン   130 御言葉のようですから
後書き 133     著者略歴 134



 食べられる事を承諾した豚

ひところ 荒れる中学校が 現象としては
こころもち 収まったように見えた時期があり
『現代のエスプリ』がこの問題を特集したときは
執筆した学者も 現場のベテラン教師たちも
皆、峠は越えました という口ぶりであった
私の執筆した遠回しの批判の文だけが宙に浮いて
その筆致はピント外れの滑稽に見えたようだった

問題は未解決のままだ そう私は述べた
見かけの解決は現場の綱渡りに懸っているだけだ
私は中学校の三者面談制度の現状を暴露し
あれは賢治の『フランドン農場の豚』であり
全員に 食べられても良いと承諾書を書かせる
建て前でしかないお伽ばなしだと痛罵した

高校入学後 下手な猫かぶりが剥げて
本当にここを志望した者なんか一人もいない と
上目遣いにこちらを見上げ 中学校の担任が
自分に保障した可能性は皆嘘だったじゃないか
どうしてくれる、と這い上がる為の覇気を失って
閉じこもる生徒ばかり見ていたからであった

組合の研究集会で顔をあわせる常連の
中学校の先生に私がこのタブーを突きつけると
彼らは血相変えて反論するのが常であった
誠実に念を押し、親も本人も承諾の上で決めた事だ
彼らは神様の前でもそう言い張っただろう

夢だけを無辺大に拡大させ、頑張るんだ と
あやされ、すかされ、覚悟の決らぬひ弱さのままで
冷たい霙
(みぞれ)が吹き込むフランドンの豚小屋に
送り込まれて 脱出できない子どもたち
大人が造った檻の堅固さは 彼らの想像を絶する

肩肘張った少年の心の隅で 気弱な豚が泣いている
承諾書を渡さない限り食べられることはないが
屠殺への一本道はもう変えられず
結局 親にぶら下がってパラサイトが出来ぬものは
この程度のところで食べられても良い と
自分で決めたつもりで 食べられる日が迫っている

 タイトルも衝撃的ですが中身はもっと衝撃を受ける作品です。私が「中学校の三者面談」で将来を決めたのはもう40年も前のことになりますけど、今にして思うと「この程度のところで食べられても良い と/自分で決めたつもりで 食べられる日」を決定したに過ぎなかったのだなと思います。当時は貧乏で(今も変りありませんけど)、中学校では町から、高校は育英会の奨学金をもらっていましたので、感謝こそすれ「食べられても良いと承諾書を書」いたつもりはありませんでした。しかし、そういう個人的な感慨とは別なところで世の中は動いているのだと、今なら理解できます。

 加藤幹二朗という詩人の詩集を拝読するのは、昨年の『焦げた玉葱』に続いて2冊目ですが、質の高い作品が多いので驚いています。本詩集にもタイトルポエムの「迫って来た人」を始め、「削られたピエタ」「コロッセオ」「軍人墓地」「ポストマン」など紹介したい作品が山盛りでした。ご一読をお薦めします。




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