きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2006.5.29 さいたま・見沼たんぼ「見沼自然公園」にて |
2006.6.14(水)
何も予定がない日。終日書斎にこもっていただいた本を読んで過ごしました。
○個人文芸雑誌『狼』13号 |
2006.6
神奈川県座間市 光冨郁也氏編集発行 400円 |
<目次>
曇り空の爆撃機 ケムリ 4 最初の子ども達ヘ ケムリ 5
ミルクの街 ケムリ 5 鴎(かもめ) 一条 6
血みどろ臓物 一条 7 枕を探して りす 8
蛮族のいる風景 りす 9 ドアの断崖 みつべえ 11
けふのうた みつべえ 12 四月の遊び 軽谷佑子 13
ファインレイン 軽谷佑子 14 波状 守り手 15
姉妹(星空の中で) 守り手 16 冬のくじら 丘 光平 17
ヒロシマ 丘 光平 19 寝癖 ミドリ 20
アトリエ ミドリ 22 雨の日 鈴川夕伽莉 23
ミドリンガル 鈴川夕伽莉 24 ミニ扇風機 光冨郁也 28
夏風邪 光冨郁也 30 セントロの南 コントラ 31
Contra- No.558 コントラ 35 No Title 浅井康浩 37
骨格捕り 浅井康浩 39 襲撃 声 41
Happy Birthday To You 声.42 Point(ポアント;つま先で)
流星雨の夜(マリーノ超特急) Canopus(角田寿星) 43
Canopus(角田寿星) 44 アイス 佐藤yuupopic 46
真っ黒い炭酸水.佐藤yuupopic.49 春彼岸 フユナ 52
殺伐にいたる病 フユナ 53 プラトニック・スウサイド Nizzzy 54
燐光U Nizzzy 56
詩集告知:受賞者、発起人の関連著書 58
ワイヤードと詩 ダーザイン(「文学極道」主宰) 60
受賞者プロフィール(順不同)64
「狼」13号文学極道特集・雑記 ほんとうのことを言うとしたら、詩は 光冨郁也 66
「狼」の紹介記事の一部抜粋 67
夏風邪/光冨郁也
わたしは失業し、夏を迎えた。記録的な真夏日が続いてい
る。ここしばらく風邪をひいていた。咳が出る。寒気がする。
頭の中に響く女の声は聞こえなくなっていた。冷蔵庫が空に
なったので、久しぶりにアパートから外へ出た。いつも通う
空き地の車は知らないうちに撤去されていた。薬を飲むが、
いつまでも治らない。午前中はベッドで過ごし、昼空腹にな
ると外出した。浜辺を歩いていたら、どこかで神話の本をな
くしたことに気づいた。あの本には思い入れがあったのに。
図書館、マンガ喫茶、アパートの道のり、いつもの浜辺をさ
まよった。読むべき本を探すが、わたしのために書かれた本
はどこにもなかった。買ってみたけれど、携帯電話には、迷
惑メールばかりが百通以上届いている。
風邪をひく前は三度、倒れた。内科医に相談すると、神経
のせいではないか、と言う。まわりに光の筋がいくつも見え
はじめる。その光に囲まれ、わたしは倒れる。わたしはいっ
とき空白になる。精神科医は首をかしげる。
空き地の車がなくなり、本をなくし、わたしに話しかける
ものはなくなった。わたしは誰にも相手にされなくなり、抗
不安剤が一種類増えた。言葉を忘れてしまいそう。生活のた
め毎日、少しずつ預金を切り崩して、そのうち何もなくなる
のだろう。わたしは携帯電話の受信メールをすべて削除した。
マンガ喫茶の帰り、薬局で風邪薬をまた買って、空き地に
よった。空き地、真ん中にタイヤだけがある。いつものよう
にタイヤの上に座る。もう女の声はしない。波の音も風の音
もしない。自分の呼吸の音さえ聞こえない。日が照りつけて
いるのに、わたしは寒い。捨てられた車の中で見た、女の姿
を思い出す。思い出すが、どうにもならない。
わたしが運んだ流木の林がある。はじめ引き上げたときは
黒く濡れていたのに、みな白く乾いている。林の向こうには
鈍い色の海があり、その上には空白がある。手を伸ばせば空
白に届くかもしれない。そう思っていたときもある。咳をし
ながら、浜辺まで歩いていった。女の声を思い出す。言葉に
ならない声。閉じた空間に、風が響いているような声。本は
あるだろうか、どこへ行けば見つかるだろうか。空き地、道
路、砂浜、波、水平線。空の空白と海の深さが混じり合うと
ころ。わたしの胸の空白からも、とぎれとぎれの咳が出る。
1967年生まれという若い詩人の個人誌ですが、「ネットからの爆撃!」と銘打ってネット詩人15人ほどが参加した号になっていました。紹介した作品にはちょっと説明が必要でしょう。この作品の前に「ミニ扇風機」という詩が置かれ、そこでは「女の声」が常に聞こえているが「空き地の車」の中だけは聞こえないという設定になっています。その続編として読みました。
実際に「失業し」たかどうかは別にして、現代の「空白」感が見事に表現されていると思います。「わたしのために書かれた本/はどこにもなかった」「言葉を忘れてしまいそう」などの詩語がそれを象徴していると言えるでしょう。「わたしが運んだ流木の林」という具象もおもしろく、読み応えのある作品でした。
○『千葉県詩人クラブ会報』194号 |
2006.6.15
千葉県茂原市 斎藤正敏氏発行 非売品 |
<目次>
会長に選任されて 斎藤正敏 1
平成18年度総会報告 2
会員のスピーチと詩の朗読 3
新理事より一言 4
会員の新刊詩集から 51 52 4
地域会場 日本詩人クラブ研究会 5
県詩集第39集作品募集要項 6
新会員紹介/会員活動/受贈御礼/編集後記 6
消えゆく郷愁/前田孝一
歩いた
汽車の音を尋ねて……
山の頂に立った時
眼下の汽船のドラの音が開こえた
農家の庭先から
優しい まな差しの牛達の
牧歌調の なき声が消える
里では重い回転音をきしませて水車は回っていた
田畑からも路上からも
消えさった 馬よ 牛よ
忘れかけていた風景を
思い出そうとする
今――
単調なエンジンの音が広がっていく
巨大なこのうねりはどこからやってくるのか
整然とした現代の馬場を
取り巻く若者のどん欲な眼 放心
走りまくる命なき車よ
何か怠れてきたものがあるのではないか
山腹の白いガードレールをたどりながら
忘れられていたものを
思い出そうと歩きつづける
今号は新理事会の紹介が特集されていました。会長は斎藤正敏氏。新たに3名の方が理事に加わったようです。
紹介した作品は「会員の新刊詩集から 52」に載っていたもので、前田孝一氏の詩集『ばねとピン』の中の1編です。この詩集は拙HPでも紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので宜しかったらそちらも参考になさってください。ここでは拙HPで紹介していなかった「消えゆく郷愁」を転載してみました。消え去った「牧歌調」と「現代」を対比させた佳品だと思います。
○詩の雑誌『鮫』106号 |
2006.6.10
東京都千代田区 鮫の会・芳賀章内氏発行 500円 |
<目次>
鮫の座 前田美智子 表紙裏
【作品】
欅 岸本マチ子 2 泪の音色 今駒泰成 4
風路 井崎外枝子 6 チヌ釣りと老人 芳賀稔幸 9
呑みこまれる「私」大河原厳 12 鏡 13
出会い 仁科 龍 14 ふるさと 高橋次夫 16
割下水 飯島研一 18 しなゆの、明日に 原田道子 20
限界 いわたにあきら 22 素描、歳末病院 前田美智子 26
傾ぐ 芳賀章内 29
[謝肉祭]
残丘 芳賀稔幸 51 歴史性と詩性・メモ 芳賀章内 32
[詩誌探訪]原田道子 33
編集後記 表紙・馬面俊之
欅/岸本マチ子
庭にあった大欅が枯れた
父が大事にしてというより
ひょっとして子供より愛していたかも知れない欅
夏になるとその下に縁台を出して近所の子供たちを集め
西瓜を食べたり花火をしたり怪談に興じた
八月十四日の夜空襲で半分焼けた
欅が身を乗り出すようにして我が家を守ってくれたのだ
父は焼けこげてようやく立っている欅に縋りついて泣いた
母が死んだ時にも泣かなかったのに
半身不随の欅はそれでも夏になると
律儀にも美しい緑葉をしたたらし
父が帰ってくる姿を見付けるやいなや
嬉しそうに技をゆさゆさとゆするのだ ゆさゆさと
それはまるで歩き出さんばかりに
「だってあんた木でしょう?」などという疑問など
きっぱりと拒否して
父は縁台で晩酌をするのが好きで
時々さっと欅の根元にお酒をふるまっていた
父はあの時ぶつぶつ何を話していたのだろう
「マチ子のバカが」などといっていた様だったが
冬になって葉っぱを全部落した欅も好きだった父に
何を思ったのかわたしは柄にもなく
「お父さん襟巻編んであげるね」といった
「ふふふっ」と嬉しそうに笑った父
実は欅にわたしはやきもちを焼いていたのだ
なまけ者のわたしの襟巻がようやく半分出来上った頃
突然父は脳梗塞で倒れた二度の発作で口も利けなくなった父は
誠に潔く何もかも点滴さえも振り切って旅立っていった
その夜の欅の嘆きぶりむせぶ様なもがり笛が長い尾を引いて
いつまでもいつまでも聞えていたが
翌日大欅はみるも無残に枯れはてていたのだ
私も樹木は大好きですが、さすがに「父」上ほどの思い入れはないようです。しかし「身を乗り出すようにして我が家を守ってくれ」たり「嬉しそうに技をゆさゆさとゆする」のは判るように思います。ですから「実は欅にわたしはやきもちを焼いていたのだ」ということもあり得ることでしょう。その延長線上で「翌日大欅はみるも無残に枯れはてていたのだ」というフレーズも読みました。人間と樹木に通い合う精神に感動した作品です。
(6月の部屋へ戻る)