きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
060707.JPG
2006.7.7 クリスタルボウル(「アリキアの街」にて)



2006.9.12(火)

 今日は終日家に籠もっていました。いただいた本を読んで、読書感想文を書いて…。先日から進めている本の片付けは頓挫しています。日本詩人クラブ理事会のまとめも日本ペンクラブ電子文藝館委員会のまとめも、個人詩誌に提出するエッセイも書いていませんから、片付けは後回しですね。詩集を出す予定で原稿を提出しましたけど、あと数編書けと言われて、それも手付かずです。いただいた本への返信はちょっと遅れるかもしれません。2〜3日ぐらいでしょうが、どうぞご海容ください。退職して閑になったはずなんですけど、意外と忙しい毎日です。



詩誌『どぅえ』XV号
doue 15.JPG
2006.10.1 京都市左京区
未踏社・有馬敲氏発行 700円

<目次>
有馬 敲 2 植物園/キリマンジャロ/サムライ・ブルース/べっぴん
根来眞知子10 病院で「様」/寂しいお金/眠り考
穂田 清 16 お婆ちやんの茶飲み話 17/お婆ちやんの茶飲み話 18/お婆ちやんの茶飲み話 19/お婆ちやんの茶飲み話 20
本多清子 24 小畑川/南観音山(あばれ観音)
村上知久 29 雨/なんぼ/トリノ冬季五輪/コキ
安森ソノ子36 花嫁/パリでの京女 ロダン美術館にて
     42 編集メモ
*「どうえ」は「どうですか」の京言葉。年二回発行。



 なんぼ/村上知久

人間は二本
ニワトリも二本
蛸は八本 烏賊は十本
机は四本
カブトムシは六本
百足
(むかで)のは なんぼ
おさつのは なんぼ

人間は二十本
にほんざるも二十本
牛は十六本
キリンは八本
蛙は十八本
いろはモミジのは なんぼ
熊手のは なんぼ

ぼくがこうたのは十枚
娘の婿がこうたのは二十枚
そのうち当たるのは
ぼくは なんぼ
娘の婿は なんぼ

蛇もカメレオンも
ぼくも国民の多くのひとも一枚
お偉いさまの
何人かのお方は二枚
ハーモニカのは なんぼ

 全て京言葉で書かれた作品ばかりという特色のある詩誌です。「編集メモ」では単語の解説までありました。
 紹介した作品の第1連は足≠ナすね。お足≠ニ呼ばれる「おさつ」が出てきたところはさすがです。第2連の指≠ヘ「いろはモミジ」「熊手」と広がりを持つところが面白いと思いました。第3連は籤≠ナしょうが、最終連は一瞬わかりませんでした。「お偉いさまの/何人かのお方は二枚」でやっと二枚舌≠ニ判りました。「ハーモニカ」があるからキツイ嫌味もやわらいでいるのでしょう。京言葉の特色が良く出ている佳品だと思います。



有馬敲氏詩集『洛中洛外』
rakuchu rakugai.JPG
2006.9.15 東京都新宿区
思潮社刊 2200円+税

<目録>
賀茂大橋で 一〇   独りごと 一二
時世 一六      マスク 一八
ヌボすこ 二〇    ぼやき 二二
事件 二四      本能寺あたり 二六
黙ってられますかいな 三〇
花街 三四      親子 三六
ほっちっち 三八   型破り 四○
無作法同士 四二   ええとせんならん 四四
祇園 四六      晴れ間 四八
犬飼い嫌い 五二   わやくちゃ 五六
幸せ 六○      アナログ人間 六二
すれ違い 六四    進歩 六六
心中 七〇      叡電出町柳駅 七二
マッチ・ポンプ 七四 建議 七八
迎賓館 八二     悲しみ 八六
いちょうしぐれ 八八 年の暮れ 九〇
終い弘法 九二    後書 九四
装画=洛中洛外図右隻二・三扇(米沢市上杉博物館所蔵)



 晴れ間

いやぁ
あんな美しい虹みたん初めてや
けさの天気予報では
降雨量ゼロ いうたはったのに
昼過ぎ にわかに小雨が降ってきたんやわ
あわててチャリンコ走らせて
やっと御蔭橋を渡りかけると
川岸の高いマンションの裏手から
ぱあっと天然のリボンがかかっとった

それがよう見ると
高野川の上
(かみ)のほうで
ごっつい橋が架けられたみたいに
梅雨どきの薄日にかがやいとりましたわ
そのずっとむこうには
北山がうっすらとかすんどって
めずらしい景色どした

ちょうど
川端通りの信号が赤になって
自動車が橋の上で行列しとるとき
その中の一台の小型が
助手席の窓をあけて
デジタルカメラを片手に
七色の箔織りの西陣帯や とか言うて
スナップ写真を撮ったはりましたわ
茶髪の若い男はんどしたけど
きょうび なんとまぁ
粋なドライバーもいやはるもんどすな

 「梅雨どきの」「晴れ間」のようなさわやかな作品です。日頃は小憎らしいと思っている「茶髪の若い男はん」が「七色の箔織りの西陣帯や とか言う」ような「粋なドライバー」だったという発見に共感します。こういうことは意外と多くて、私も先入観を捨てなければいけないなと感じています。「美しい虹」の形容として「天然のリボン」や「ごっつい橋」が遣われていて、その対比として「七色の箔織りの西陣帯」が出てきているわけですけど、それを素直に受け止めている著者の姿勢にも敬服します。この詩集の中ではちょっと異質な作品かもしれませんが、著者のやわらかな感性に共鳴しました。



山川久三氏著『文学対話』
bungaku taiwa.JPG
2006.9.15 東京都新宿区
文芸社刊 1500円+税

<目次>
第一部 日本近現代文学…13
いざ生きめやも−堀 辰雄『風立ちぬ』…15
落日の栄光−芥川龍之介の独白…18
冥界は晴天なり−太宰 治との対話…22
師弟交歓−川端康成と三島由紀夫の対話…26
死の淵より−大逆事件(その一)…30
死出の道草−大逆事件(その二)…34
明日への考察−大逆事件(その三)…38
中隊は全滅せり−黒島伝治『渦巻ける烏の群』…42
革命作家 房内に死す−一九三三年二月二十日の小林多喜二…47
この空の渦−八月六日の広島…51
鎮魂広島−井伏鱒二『黒い雨』をめぐって…55
幻想と遺言と−尾崎紅葉『金色夜叉』…59
お蔦おおいに変身す−泉 鏡花『婦系図』…63
「賢兄愚弟」久方ぶりに会す−徳富蘆花『不如帰』ほか…68
殺したれども食らわず−野上彌生子『海神丸』…72
われ深き淵より−大岡昇平『野火』…76
首に光の環をつけて−武田泰淳『ひかりごけ』…80
マドンナのいる街−夏目漱石(その一)『坊っちゃん』…85
病床 異変あり−夏目漱石(その二)『こゝろ』…90
棺の中から−夏目漱石(その三)『明暗』…95

第二部 日本古典文学…99
月立つ時の相聞歌−『古事記』中巻…101
駒のゆくえは−『日本書紀』巻第二十五…104
女帝の闇−『万葉集』巻第三…107
月よりの眼差し−『竹取物語』…111
水のほとり−『伊勢物語』第二十四段…114
生を刻む−『深草少将物語』…118
死出の独り道行き−紫式部『源氏物語』…122
女の闇のかなた−道綱の母『かげろうの日記』…126
夢を生きる−菅原孝標女『さらしな日記』…130
女房池畔争論図−清少納言『枕草子』をめぐって…134
聖と俗と−鴨長明『方丈記』をめぐって…138
永遠の中有より−吉田兼好『徒然草』をめぐって…142
大根
(おおね)のゆかり−『今昔物語集』(その一)巻第二十六の第二…146
もののふ東に向かう−『今昔物語集』(その二)巻第二十五の第十二…150
死に至る恋−『今昔物語集』(その三)巻第三十の第一…154
火刑のあと−紀海音『八百屋お七』…158
日本脱出−歌舞伎十八番『勧進帳』『鳴神』…163
足駄の首−御伽草子『一寸法師』…167
松島の月−松尾芭蕉『奥の細道』(その一)…171
紅粉
(べに)の花−松尾芭蕉『奥の細道』(その二)…176
遊女も寝たり萩と月−松尾芭蕉『奥の細道』(その三)…180
世之介大往生−井原西鶴(その一)『好色一代男』…184
念者の誓い−井原西鶴(その二)『男色大鑑』…189
元旦の朝帰り−井原西鶴(その三)『世間胸算用』…193

第三部 外国文学…199
この永遠なる病
(やまい)−ホメロス『オデュッセイア』…201
運命への挑戦−ソフォクレス『オイディプス王』…204
アッティカの地上の笑い−アリストパネス『女の平和』…207
宇宙を支える愛−ダンテヘの手紙…210
『デカメロン』の夜明け−ボッカッチョのダンテへの告白…213
フランス・ルネサンスの哄笑−ラブレー大いに語る…216
ハムレットは行動する−シェイクスピア『ハムレット』…219
見果てぬ夢−セルバンテス『ドン・キホーテ』…223
死の床よりのメッセージ−モンテーニュ『エセー』…227
小人国より逃走す−スウィフト『ガリヴァ旅行記』(その一)…231
巨人国にてピエロを演ず−スウィフト『ガリヴァ旅行記』(その二)…235
馬の国にて大悟す−スウィフト『ガリヴァ旅行記』(その三)…239
志としての歴史−司馬遷『史記』(その一)「太史公自序」…243
もう一つの「四面楚歌」−司馬遷『史記』(その二)「項羽本紀第七」…247
呂后と人豚−司馬遷『史記』(その三)「呂后本紀第九」…251
不毛の純愛−ゲーテ『若きヴェルテルの悩み』…255
忘れ川のほとりにて−メリメ『カルメン』…259
女流作家 冥界対談−エミリー・ブロンテ『嵐が丘』…264
ギロチンのあと−スタンダール『赤と黒』…268
日曜日の男−アベ・プレヴォ『マノン・レスコー』…272
妻として処女として−バルザック『谷間の百合』…277
ボヴァリー夫人は私だ−フロベール『ボヴァリー夫人』…281
アルコールの海に死す−ゾラ『居酒屋』…285
献身 偽善を撃て−モーパッサン『脂肪の塊』…290
暗き部屋に坐りて−ゴーゴリ『鼻』…294
あとがき…298



 月よりの眼差し
   ――『竹取物語』――

 かぐや姫など拾うてこなければよかったのでござりますよ。裏の竹林で爺
(じじ)が姫を拾うてきてからというもの、婆(ばば)の生活の変わりようというたら、それは激しい。
 子のないわしら夫婦のことゆえ、この婆も、はじめは姫をかわゆく思いましたぞ。なにしろ掌
(て)のなかにすっぽり入るほどに小そうござった。
 なべて、小さいものはかわゆいものじゃ。それがどうじゃ、三月
(みつき)がほどの間に、見る見る竹の伸びるように大きになり申した。髪あげや裳着(もぎ)の式もすんで、とんと匂い立つるような、うるわしい乙女子とはなりました。
 爺は、とる竹とる竹ごとに金
(こがね)を見つけ、たちまち長者。その爺がまずしたことは、なんじゃと思し召す? 古いあばら屋を取りこわしての改築でござりましたよ。
 この婆にはひとことの相談もなく、爺はすっかり若返って、顔など脂
(あぶら)照りにてらてら光らせ、近在の人びとに竹取御殿と称(よ)ばれるお屋敷の奥の間にでんと坐り、都の有力者までが小腰をかがめて機嫌伺いに参上する始末。すると、爺めの指図で、姫が提(ひさげ)・土器(かわらけ)など捧げて接待に出まする。婆には出る幕がおじゃりませぬ。
 婆が気づきましたは、姫の眼の異様の光でござります。異界の女性
(ひと)とはいいながら、濡れたように輝いて、妖しく人を惹きつける力を放つのでござりますよ。
 不審に思いましたは、胸も腰もふっくらと熟して、じゅうぶん女の形でありますのに、月のものの訪れが感じられぬこと。
 どこから眺めても、非の打ちどころのない女子
(おなご)でありますのに、なんというてよいやら、どこか一点、確かに人間界の女性(にょしょう)とは違うたところがある。婆がそう思い始めたころでござりますよ、姫が夜ごと、月を眺めて泣き始めましたは。
 婆をはっとさせましたは、しかし姫が月界の女人
(にょにん)であったことではおじゃりませぬ。そのことが、まるで秘めごとのように、爺の口から婆に伝えられたことでござりまする。
 気がつくと、食事の円居
(まどい)の際にも、爺は婆の顔などは見ずに、視線は姫の動きばかり舐(な)めるように追うておる。姫が座を立つと、爺も立つ。
 姫を求めにとて、貴族の若殿ばらやら、しまいには帝
(みかど)までもが、わが家に足をお運びになる騒ぎとなりましたが、婆が見ておりまするに、爺は求婚者どもに向こうて、次から次へ難題の出し放題。しょせん叶いそうにもない無理難題を姫に言わせておりましたは、つまりは姫を手放しとうないための策略と見えました。
 あれは、月界の軍兵が姫を迎えにくる前の日のことでござりましたか。爺と姫の姿が見えぬなと思いつつ、月の出も近い夕刻、姫の晴れ着を取りに奥の納戸
(なんど)に足を踏み入れましたところ、薄暗がりにぱっと離れる姿が婆の眼を焼きました。
 目から鱗が落ちるというは、こういうことをいうのでござりましょう。婆は飛び出し、自室の持仏の前に駆け寄り、地獄より救い給えと必死で手を合わせました。
 いよいよ月からのお迎えが、わが家の庭先に到着しました晩、婆めは渾
(こん)身の力をふるうて、抗(あらが)う姫の手首をつかんで縁先に引きずり出してやりましたが、爺めのやつ、なんとこの婆に打ちかかってくるではござりませぬか。男の業(ごう)の深さに、婆は腰も抜ける思いでござりましたが、そのとき婆を見上げた姫の眼差しを、婆は死ぬまでよう忘れますまい。
 生涯の眼差しと申しまするか、すがるような、訴えるような、頼りなげで、しかも気品にあふれて輝く瞳に、月の光が反射して、きらきら婆を見返しました。
 あれは、ひたむきな哀訴の輝きであったのか、それとも貞潔のしるしであったのか、いまは月の世界に還って、二度と会うこともない姫のことを思うたび、あの眼差しが婆の瞼に返って参るのでござりますよ。

------------------

 目次を見てそれぞれの文学作品の解説のようなものかと思いましたが、違いました。紹介した作品のように、触発されて書いた後日談や異譚と受け取って良いでしょう。あとがきでは「古典的な作品やら、近現代の作品やら、あるいは作家そのものやら、適宜まな板にのせて、自分なりの包丁で調理した結果が、ごらんのような六十九篇の作品になりました」と書かれています。もちろんそれが書けるということは対象の作品を充分に読み込んだ上でのことと云えましょう。私は不勉強でここに出された作品の全てを読んでいるわけではありませんけど、例えば紹介した「竹取物語」のように良く知っている話ではニンマリとしてしまいます。「薄暗がりにぱっと離れる」二人など、これはもう立派な創作ですね。そこに『文学対話』の「対話」の意味があるのかと思いました。このように読めば文学作品も一味違ってくるでしょう。お薦めの1冊です。



光冨郁也氏詩集
バード・シリーズ/斜線ノ空
shasen no sora.JPG
2006.8.31 神奈川県座間市 狼編集室刊 非売品

<目次>
バード・シリーズ
一 バード
バード 4      ブルースカイ 8
翼 11        冬 14
二 マーメイド海岸
マーメイド海岸 18  海の上のベッド 22
霧(ミスト) 26    漂着 29
三 声
空き地 34      ミニ扇風機 37
夏風邪 41      乾電池 44

斜線ノ空
斜線ノ空 50     平野 52
岬 53



 斜線ノ空

カーテンのすきまから、
むかいの住宅の屋根のうえ、
うすくもり空を見上げる。
幾本もの電線が斜めに走っている。

窓を開けると、
わずかに残されたうすい青から、
凍えた風が吹きこむ。

手をさしのばすと、
ふいに、指先が切れる。
見えない有刺鉄線が、
空と街とを区切っている。

(ソノ先ニ手ヲノバセバ、
(光ニ触レラレルダロウカ。

わたしは、さらに空へ手をのばす。
透ける世界の縁をつかんだ。
(傾イテイル。
指先に力をいれると、傷口から血がにじみでる。

 「バード・シリーズ」と「斜線ノ空」の2部構成になっている詩集です。「バード・シリーズ」では
「夏風邪」をすでに紹介していました。ハイパーリンクを張っておきましたのでそちらで「バード・シリーズ」の雰囲気を味わってみてください。
 ここでは「斜線ノ空」を紹介してみました。「見えない有刺鉄線が、/空と街とを区切ってい」て、「透ける世界の縁をつか」むことができるという発想のユニークさに惹かれました。自己と他者、社会との断絶を表現しているようにも思えます。「傾イテイル」のは他者、社会の方なのだとも採れますね。



   back(9月の部屋へ戻る)

   
home