きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.10.22 山梨県立美術館




2006.11.30(木)


 ようやく11月の頁を終えることができます。実際の今日は12月7日。1週間遅れまで回復したと言うか、ほとんど変わっていないと言うか…。いただいた本のお礼が遅くなっていて、本当にごめんなさい。
 11月の頁を終わるにあたり、集計をして驚きました。過去最高でした。いただいた本のうち、詩集等が33冊、詩誌等が59冊、計92冊でした。今年は毎月70冊を超えるペースで本をいただいていましたから、例年のように11月、12月は多くなるだろうと踏んでいました。それでも80冊ぐらいだろうと思っていました。一気に90冊を超えて、そのうち100冊を超える月が出てくるかもしれませんね。
 ありがたいことだと思っています。タダで勉強させていただいております(^^; これからもよろしくお願いいたします。



詩誌『ぶらんこのり』2号
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2006.11.30 横浜市金沢区
坂多瑩子氏・中井ひさ子氏編集発行 300円

<目次>
Poems
中井ひさ子/雨期−2 阿佐谷にて−5
坂田Y子/くノ一とかあちゃん−8 いとこのさやちゃん−12
坂多瑩子/町で−14 電話−16
Love Letters
中井ひさ子/ハッピーエンド−19
坂田Y子/水仙に変えられたあなたへ−20
坂多瑩子/届くことのない手紙−22



 いとこのさやちゃん/坂田Y子

街角の交差点の傍らに
小さなティールームがある
大きな窓越しに見える店内には
カウンターの向こうでコップを磨いている
初老のマスターと
客がひとりコーヒーを飲んでいる

わたしはいとこのさやちゃんと
そのティールームで待ち合わせしたことがある
その日も相変わらず
客がひとりだけコーヒーを飲んでいる

久しぶりに会ったので
しゃべったり笑ったり
ついつい度が過ぎたのか
−おしずかに
とマスターに注意されてしまった
わたしたちは居心地が悪くなり
早々に退散したものだ

あれからしばらくたって
さやちゃんからあのティールームで
待っていると電話があった
わたしは急いでかけつけたけれど
交差点の傍らにティールームはなかった
その場所にあるのは駐車場だけだ
誰に聞いても昔からそこは空き地で
最近駐車場ができたという

あれ以来さやちゃんは行方不明のままだ

 非常に具体的なイメージのある場所、ここでは「ティールーム」として設定されていてます。しかも「マスターに注意されてしまった」という具体性があります。それでも、そんな場所は実は存在せず、「昔からそこは空き地で/最近駐車場ができたという」。さらに「あれ以来さやちゃんは行方不明のまま」である。
 私たちが実際に存在するものとして何の疑いもなく受け入れているものが、本当にそうなのだろうか、というテーゼをこの作品は示しているのではないでしょうか。存在論とまで言ってしまうと大袈裟かもしれませんけど、この短い詩が突きつけているものは決して軽くないと思いますね。こうやって私たちは己の眼を肥えさせていかなければならないことを教えられたように感じました。



詩誌『パンと薔薇』125号
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2006.10.31 北海道室蘭市
パンと薔薇の会・光城健悦氏発行 500円

<目次>
■表紙裏「北のシンフォニー」公演
●詩作品
2 漂流の予兆に眠られぬ構造をもつ首都/谷崎眞澄
4 共鳴館 第四壁−臍の緒を包む老いたる婆の掌−/村田譲
6 海市たつ日/櫻井良子          7 テーブル/峠谷光博
17 死亡広告/光城健悦           18 移ろふ/横平喜美子
20 刻印/宮川美樹             21 晩夏/瀬戸正昭
22 古い海(死刑執行人サンソンの手紙)/尾形俊雄
23 花の命/本庄英雄            32 飛ぶ/原武ふみえ
33 雪の日/渡会やよひ           34 像(かたち)/村上抒子
35 もうひとつの声/加藤茶津美       36 そんな器用を身につけて/宮脇博子
37 包む/増谷佳子             38 夏の日/倉橋良子
39 夏沼/田中空海             40 空の青み/こしばきこう
■小特集 高野敏江「日常に批評の磁場を拡げる詩人」
8◆高野敏江作品
   1☆割ぽう着             2☆鴉
   3☆廃屋               4☆哀惜
   5☆葬儀車
12 時間の深淵に花を漂わせ/畑野信太郎   13 高野敏江の詩を読む/文梨政幸
15 高野敏江さんの詩の球根を読む/増谷佳子 16 高野敏江さんの詩/宮川美樹
■エッセイ・評論
24 入ってしまったのね/暮尾淳       25 発想を拾う(17)新興俳句運動/光城健悦
27 碑のある寺/山本丞           28 通いなれた道で/野村良雄
41 沖縄日記(12)よくふるなあ/高凍渉二   43 馨る桜の途/櫻井良子
44 劇的なる生き方のススメ/こしばきこう
■その他
29 風便                  31 同人名簿
  あとがき
▲ 題 字/新井山蘭牛(毎日書道展審査会員、道書道展審査会員)
■ 表紙絵・挿画/宮川美樹(日本水彩画会会員、道展会員)



 共鳴館 第四壁/村田 譲
  ――臍の緒を包む老いたる婆の掌――

いくつもの並んだ書架には
葬り去った子供時代の匂いが満ち
飾られる見飽きた色合いの
琥珀色した厨子の取っ手

眠りのなかに半分落ちこんだ儂
(わし)
撫でまわしている松材の節目の年輪
痛みを説明で終えるのか
モルヒネのせいだと言い張るのか、我
(われ)

いくつ並べて接着剤を絞っても
部厚いアルバム帳の背表紙は
角からぼろぼろに千切れていく
一枚ごとに指の谷間に砕けていく

触れてしかし思い返せないからと
丹念に紙やすりで擦りあげて
撫でまわしたら現れる節目の先端は
たやすく歪んでいく 空胴の内側へ

一枚ごとに砕け散る、指呼の間で
記憶の堆積は糸のように
屈み込んでは膝を折り
押し入れの蒲団の裏側へとずっていく

婆と呼ばれたかったか、それでも 今も
歪んだ空胴のぽっかりを覗き
そこにも孫の名前はなく
待つことのできない体力を怨み息を吐く

年月は刻むが自制心は溢れることを許さず
ニスで浮き出てきた木目は
ずり落ちた蒲団の狭間に伸ばす触手
すべすべとした感触を流さぬようにと

もう一度自分の手を押しあててみる、腹へ
そして母と呼ばれていた今までを
娘の髪を硫く櫛の歯と思いかえしては
まるく閉じてみる

割れないようシャボン
膨らませて寄せて
くわえたストローの口径に
重ねてみる感触のすべすべが細過ぎる

やるせなさの支点で繰り返す幽体離脱
きかなくなって貼がれてしまう留め金は
ぱりぱりとセロハンテープ
伸ばした腹と胸に押しあてる手、もう一度と

ストローをくわえたままで唇を
目元へ囁き語ろうとしてる子供時代の匂いが
零れて二度、三度と
無言のなかに練りあがっていく生気

更に強くモルヒネを打つのか、我
ききはしない留め金の隅で捻くり
棺桶に包み落とす握りしめた赤ん坊の掌には
濃い色の太陽の帯、メビウス

いくつもの並んだ書架は
葬り去った子供時代の匂いで満ち
抱き飽きた色合いで飾る
琥珀色の厨子

 連作のようです。「共鳴館」は122号で初めて拝見し、125号の今回は「第四壁」となっていますから、123号=第二壁、124号=第三壁と続いてきたのかもしれません。
122号の「共鳴館」にはハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて鑑賞すると全容の一部が把握できるかもしれません。
 122号ではよく判らなかったのですが、テーマは今回のサブタイトルにある「臍の緒を包む老いたる婆の掌」なのかもしれません。これは122号にも出てきました。連作の一部を取り出して云々するのはどうかと思いますので鑑賞だけにしますが、「モルヒネ」という言葉に反応しています。麻酔をかけられた状態での「幽体離脱」、それを描いているようにも思います。



隔月刊詩誌『叢生』147号
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2006.12.1 大阪府豊中市
叢生詩社・島田陽子氏発行 400円

<目次>

頑張れ!母と子/木下幸三 1        オールド イズ ビューティフル 6/佐山 啓 2
わたしが失ったもの/島田陽子 3      蒼い時間/下村和子 4
声/曽我部昭美 5             らくだ道 他/原 和子 6
白木蓮/藤谷恵一郎 8           後ろ姿/福岡公子 9
きれーなお日さんやったで/麦 朝夫 10   ぬくもり/八ッ口生子 11
枯死追尾/毛利真佐樹 12          沙魚に/山本 衞 15
姉/由良恵介 16              取り分/竜崎富次郎 17
沁みの記録(2)/吉川朔子 18
.        羊雲/秋野光子 19
さがさないでください/江口 節 20     人は地球に棲む資格があるのか/姨嶋とし子 21
本の時間 22     小径 23       編集後記 24
同人住所録・例会案内 25
表紙・題字/前原孝治 絵/広瀬兼二



 わたしが失ったのは/島田陽子

わたしが失ったのは たいしたものではない
親や大人たちに無法にうばわれた
こどもたちのいのち
そのくやしさにくらべれば
或いは
日常にひそむ凶器になぎ倒された
家族のしあわせ
そのとり戻せない笑顔にくらべれば

わたしが失ったのは
身の内に在ることを許せぬ病巣
周辺にじわじわとひろげ始めたその領土
或いは
前ばかり見つめていた視点
思うがままに走りつづけた体力
数えることもしなかった残り時間への甘え
だが ひきかえに手に入れた
モラトリアムの平安
足許をたしかめながらゆっくり踏みだす歩幅

わたしが失ったのは たいしたものではない
それでも 自らいのちを断つ子どもたちにいいたい
生きてさえいれば 生きてさえいれば
いつかきっといいことがあると

 「わたしが失ったのは たいしたものではない」はずはないと思いますが、それ以上に「親や大人たちに無法にうばわれた/こどもたちのいのち」、「日常にひそむ凶器になぎ倒された/家族のしあわせ」に眼を向ける作者の姿勢に感動します。さらに、失ったものはあったけど「モラトリアムの平安/足許をたしかめながらゆっくり踏みだす歩幅」を「ひきかえに手に入れた」という向日性にも敬服しています。最終連は、一昔前なら陳腐と言われかねなかった言葉、「生きてさえいれば/いつかきっといいことがある」の今日性を改めて考えさせられました。「失った」ものがあったからこそ、この言葉の持つ本当の意味が判ったのかもしれません。学びたいと思います。



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