きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2007.1.26 小田原「アオキ画廊」 |
2007.2.13(火)
ここのところいいろあってHPの更新が遅れていましたので、今日は集中的にいただいた本を読んでアップしました。と言っても6冊ほどですけどね。やっぱり一日に6冊ぐらいが限度かなと思います。遅れているときは無理をして8冊、10冊と読むことがありますけど、さすがに10冊目あたりは疲れます。毎日コンスタントに読んでいけば、だいたい一日3冊ぐらいのペースになりますけど、なかで一日読めないなんて日があるとキツイです。読めない日というのは……呑んだ日(^^; 二次会、三次会と行くと、帰宅してから読もうという気にならないし、そんな状態で読んでも頭に這入るわけがありません。一次会だけで大人しく帰ればいいんですけど、なぜかそれが出来ません。意志が弱いというか、酒を呑もうという意志が強いというか(^^; 酒をとるか本をとるか、それが問題です!
○詩誌『兆』133号 |
2007.2.5 高知県高知市 兆同人(代表・林嗣夫氏)発行 非売品 |
<目次>
緋文字(ほか)…石川逸子 1
セザンヌ…大崎千明 6
おしゃべりな天井…清岳こう 8
てんぽうな…小松弘愛 10
小詩集 花ものがたり…林 嗣夫 13
カンナ…増田耕三 22
天窓(ほか)…山本泰生 24
「有力な標準語」と方言 −あとがきにかえて−…小松弘愛 31
<表紙題字> 小野美和
緋文字
――アンナ・ポリトコフスカヤに/石川逸子
一本のペンから
したたる血……
ペンをにぎった手は
もう身体ごと潰されてしまったのに
廃墟にされてしまった 町々 村々で
なお暮らす ひとびとの
今日命あることが僥倖でしかない ひとびとの
息遣い 怯え 怒り が
アンナ あなたのペンで
起ちあがり
雪の山系を 海を いくつも越えて
せまってくる
〈こんなことがあっていいの
許されていいの〉
のどかな昼の食卓を終えて
ふと見あげれば
空がくうっと裂け
点滅する アンナの緋文字
〜 アンナ・ポリトコフスカヤ=三浦みどり訳「チェチェン・やめられない戦争」・
06・10・7、自宅マンションのエレベーターで射殺される
ご存知の方も多いと思いますが「アンナ・ポリトコフスカヤ」はニューヨーク生まれのロシア人でプーチン政権に対する批判で知られたジャーナリストです。2002年10月モスクワ劇場占拠事件では、チェチェン武装勢力からロシア当局との仲介を依頼され、人質釈放の交渉に当たりました。2004年、ベスラン学校占拠事件ではチェチェン独立派に対する取材のためベスランに向かっていたところ、航空機内で茶を飲んだ後に意識を失ったこともよく知られています。注釈にもありますように昨年10月に自宅マンションのエレベーターで射殺され、48歳という若さで亡くなりました(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照)。
作品はそんな事件を背景に「雪の山系」の白、「海」の青、そして「一本のペンから/したたる血」の「緋文字」とが色彩的にも映像化しやすく胸に迫ってきます。「アンナの緋文字」は「ひとびと」のみならずアンナ自身の「息遣い 怯え 怒り」であると捉えました。
○田中健太郎氏詩集『深海探索艇』 |
2007.3.16 東京都小金井市 木偶詩社刊 1000円 |
<目次>
T
事務屋の魂 8 トーキョー・ミッドナイト 11
深海探索艇 15 筏 21
歩荷 26 新月 30
息をひそめて 32 アットホームなバッドニュース 36
U
歓迎!一名様 −中東への誘い− 38 乳香の夜 −フランクインセンス・ナイト− 41
二聖地の守護者たる国王によって設けられたジェッダ空港 44
へルズ・キッチン 46 プラハのユダヤ人墓地にて 48
国際線デイフライト 51
V
「夏の終わりのハーモニー」 58 愛用の赤いバンダナ 62
針穴写真機 68 三人のピエロと犬 72
台所の窓から流れ星を見た 76
W
江古田の森にサムピアノが響きわたっていた80 元熟練工の吹くハーモニカ 88
男の進化論/蒸気機関車DNA 91 ヒッキー・アイランド・パーク/篭もりの苑 94
チョコレート階級闘争 101. 若きタリバンに捧げる歌 105
あとがき 110
イラスト久保田美鈴
深海探索艇
果てしなく続くように感じられた仕事が
朝の五時にようやく終了して
次の始業までの四時間あまりをどうすごすか
それぞれに思案しながら
僕たちはゆっくりと事務室を出た
暗い廊下に非常灯が冷たく点り
どす黒い疲れが腰のあたりにひっかかっている
朝までにどうしても必要な作業を
逃げ出すこともかなわず
とにかく終わらせたのだが
達成感に酔うことも
誇らしげな気持ちにもなれず
かと言って誰かを責めることもなく
やるせない肉体を
ただ横たえる場所を求めて
手探りで歩く速度で動き始めた
幾人かはタクシーで自宅へ帰り
ほんの少しだけ眠って 着替えて
また出勤してくると言うが
そうするには我が家は遠すぎる
別の者たちは
このまま事務所のソファーで寝るという
なるほど一番長く眠れる方法なのだが
このほこりっぽい部屋で一日を開始することは
人間として許し難いことのような気がする
僕はヒトミを誘って外へ出た
まだ暗いまんまのビル街を
肩寄せあって歩く
「寒くはないかい?」
年齢のひとまわり離れた二人連れは
少しはわけありに見えただろうか
夜を寄せつけまいと
やたらに蛍光灯で照らした
終夜レストランにたどり着く
クラムチャウダーとカフェオーレ
徹夜明けにはうってつけの
飲み物を啜りながら
僕たちは少しだけ話をした
さっきまで事務所では
意味もなく興奮し
理由もなくいらいらして
手を止められぬままに
泣いたり怒鳴ったりしていたことが
嘘のように
ひたすら静かな 静かな心だ
秘密を聞き出してしまえそうな
夜明けのコーヒーなのに
眠らぬうちに空は勝手に白みはじめ
ヒトミは一番素直な顔をして
僕に未来の話をした
事務所に戻るヒトミと別れ
僕は地下鉄の始発で上野へ向かう
銀座線の車内はみんな眠たいが
昨日から夜をひきずっているのは
僕一人だけだったかもしれない
夜明けの上野駅には
酔っ払いも浮浪者たちももういなくて
段ボールを山のように積んだヤドカリが往来し
数多く並んだタクシーは少しも動かない
大きな貝殻を抱えた無言の旅行者たちが
なにやらいわくありげに見えて
ここが東京海溝
サウナのロッカールームでは
出張旅費を呑んでしまったウツボたちが
すでにゴソゴソとおきだしていた
僕はとにかく体を暖めて
トドたちのいびきの響く仮眠室で
場所を見つけて横になった
少しだけ幸福を感じて
軽く眠った
もうまもなくの出勤には
ネクタイだけは絶対に取り替えよう
そうしよう
さてどこで買おうか
ヒトミはそれに気づくだろうか
私には初めての著者の纏まった詩群ですが、正直なところどれを紹介しようか迷うほどの佳品揃いです。帯の言葉を借りればTとWは現実社会との戦いと慄き、Uは異国での体験から、Vは愛する人へのレクイエムとなります。ここではやはりタイトルポエムでもあり「現実社会との戦いと慄き」の代表格でもある「深海探索艇」を紹介してみました。
作品に書かれた状況は、私の現職時代にも覚えのあることばかりで、共感しました。「どす黒い疲れが腰のあたりにひっかかっている」というのは本当で、最初は頭や肩であっても最後は腰なんですね。「達成感に酔うことも/誇らしげな気持ちにもなれず/かと言って誰かを責めることもなく」というのもその通りです。巻頭の作品「事務屋の魂」にも出てきますが配布するためにだけ(複写機で)印刷され/何も伝達しないままに裁断される紙片たち≠作り出すだけの「朝までにどうしても必要な作業」の明け暮れ。そんな非生産的なサラリーマン生活の一端がよく出ていると思います。「ヒトミ」の登場も奏功している作品と云えましょう。
本詩集中の「男の進化論/蒸気機関車DNA」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて田中健太郎詩の世界をお楽しみください。どこかの新人賞に推したくなる詩集です。
○長居煎氏著『ジュゴンのへそ』 |
2003.12.20 東京都千代田区 碧天社刊 1000円+税 |
<目次>
ジュゴンの方舟 3
ジュゴンのへそ 67
あとがき 124
沖縄本島がジュゴンに似ていると言い出したのはミユだった。やんばるが頭で本部(もとぶ)半島がヒレ、島尻(しまじり)のしっぽを少し反らしている。
――のんびりと浮き上がってきたところね。伊江(いえ)島が赤ちゃんジュゴンで、ゆらゆら遊んでるの。
それもいいけど、あれからまたじっくり地図を眺めているうちに、南部が頭の別のジュゴンが見えてきた。好物のアマモを食べようと、緑の藻場に鼻を突っ込んでいるジュゴン。那覇のあたりが頭でヒレは勝連(かつれん)半島、ところどころエグれているのはそれだけ傷ついているからなんだ。やんばると本部半島が大きな二股のしっぽ、これでぴったりうちの村もジュゴンのヘソにかさなる。
これでいうと実際のジュゴンは、ヒレからしっぽのおなか側、とくにヘソの下あたりで集中して見つかっている。そこに新しく米軍のヘリポート基地が建設されるかもしれないとあって、このあたりはずっとその是非をめぐって揺れ動いている。普天間(ふてんま)基地を返還すると言って喜ばせておいて、その代わりにこんな大計画が進められていたのだから、なんだかだまし討ちに遭ったようなものだ。
ヘソは中心だからどこに行くにも便利なわけで、ここに基地を置きたくなるのもわかる。でも、ヘソにヘリ基地じゃシャレにもならないなと思うと、オキナワをワールド・ヘリテージ(世界遺産)にという声ともつながってきた。琉球時代の城跡はもう登録されたけど、ジュゴンやヤンバルクイナのほかにも珍しい生き物がたくさんいるし、やんばるの一帯をはじめ、琉球諸島全域の自然にも、たしかにそれだけの価値があるだろう。ヘリ基地より、ヘリテージのほうがずっといいよ。イメージも気持ちもそのほうがどんなにいいかしれない。住民にも観光客にもね。
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沖縄のジュゴンをめぐる二つの小説です。「ジュゴンの方舟」は高校の演劇部で台本を書く主人公が寄せるジュゴンへの思い、「ジュゴンのへそ」は主人公の臍は世界が大きく変わるときに疼くという物語で、一人称で語られる文体に柔らかい感性を感じました。しかし、しなやかなだけでなくイラク戦争を始めとする不合理な政治への反発、主人公の故郷・沖縄への愛着がジュゴンをモチーフとして伝わってきます。
紹介したのは「ジュゴンのへそ」の終段部分で、作品タイトルの由来を感じさせる場面です。沖縄とジュゴンをいとおしむ気持がよく出ていると思います。2003年刊行の著作ですが、2007年の今日も何も問題は解決していないことを改めて感じさせてくれました。出版社は昨年倒産したようですが、ネット古書店などでは手に入るでしょう。機会があれば読んでいただきたい本です。
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