きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.1.26 小田原「アオキ画廊」




2007.2.24(土)


 1966年刊行の『日本現代文學全集』42を読んでいます。以前から小川未明の作品を日本ペンクラブ電子文藝館に載せたいと思っていましたけど、手ごろな資料がありませんでした。小川未明と言えば「赤い蝋燭と人魚」に代表される童話が有名ですが、それ以外にも小説やエッセイを多く遺しています。どうせ文藝館に載せるなら何処でも手に入るものでなく、童話以外のジャンルが良いだろうと思っています。それで電子文藝館委員会の城塚委員長に本をお借りしたという次第です。
 まだ1編しか読んでいませんが、それは明治中期の小学生が主人公で、童話とは違った世界を見せてくれています。ザッと頁を繰っていくと「民衆藝術の精神」「プロレタリアの正義・藝術」「社會藝術の基點」なんていうのがあって、これはエッセイのようですが、このあたりが適当かもしれません。あまり知られていない小川未明をお読みいただければと思います。あと1ヵ月後ぐらいには掲載されるでしょう。お楽しみに!



詩誌『弘前詩塾』8号
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2006.11.3 0青森県弘前市
藤田晴央氏主宰・弘前詩塾発行 500円

<目次>
表紙絵・扉絵「触れる」/岩井康頼
講座リポート/藤田晴央
 山形 崇/光
 児島倫子/萌・霜炎
 吉野 恵/バニラアイス・ラベンダー
 一戸恵多/青空・遠い瞳
 大平馬人/湖精・アーメン
 藤田晴央/甌穴・白い境野
名簿・後記



 甌穴
(おうけつ)/藤田晴央

最初はちょいと
えぐっただけだったのだが
何万年も何万年も
水が渦巻いて
岩盤に壺のような穴ができた

おまえとぼくとの仲にも
甌穴があるのかもしれない

壺のような穴の中は
水流もおだやかで
ゆったりと魚が泳いでいる

はじめの頃の
打ち続ける痛みも遠のき
長い日々の繰り返しのなかで
甌穴は
おまえとぼくとの
秘密の壺だ

ちょいとえぐったのは
このあたりだったかい?

 「甌穴」とは第1連にもあります通り「何万年も何万年も/水が渦巻いて/岩盤に」できた「壺のような穴」のことです。長瀞などの甌穴が有名なようで、ネットで検索すると各地の自慢の甌穴がたくさん出てきました。その甌穴を「おまえとぼくとの仲に」持ってきたところがおもしろいと思います。「はじめの頃の/打ち続ける痛み」というのは誰もが身に覚えがあって、納得してしまうところでしょう。最終連はうまく纏まっていますけど「このあたり」の解釈は人によって違うかもしれません。ちなみに日本の甌穴は直径10cmほどから最大では3mのものまであるそうです。直径3mも「ちょいとえぐ」られてしまっては、何も遺らない? いやいや、精神はもっと図太いものと考えましょう!



有元利行氏遺稿詩集『影が行く』
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2007.2.1 岡山県岡山市
出版サービスセンター刊 5000+税

<目次>
遺稿の重さに想う 坂本明子 7        十六夜の月に 吉久隆弘 9

影が行く(本人選出)
影が行く 18
.                はららりんろと 21
ひとつの顔を 23
.              花は匂うか 24
出雲往来影法師 27
.             津山抜け道 30
耕して草っぱら 33
.             さくらさくら 35
ある日 38
.                 たたみこまれる記憶 39
ビールの注ぎかた 42
.            雲の中 43
ダイニングキチンの殺風景 47
.        ダニヤの夢 49
リクツが行く 51
.              雨の石 53
乾反葉 55
.                 感触 58
朝の道で 60
.                星が覗きこんでくる夜 62
招かれた男 64
.               和田郎船 67
元忠の行方 72
.               デュエット 75
袋の中は 78
.                菊ひとつ 81
ねじばなもじずり 82
.            時々刻々 84
におい 86
.                 飛行機・自動車・自転車 87
閑谷の雪 88
.                旅のアルバムから 90
なにごともなく朝が来て 91
.         日常争議他 94
旅の余白に 97
.               月車 99
帰る 101                  わが友よ 103
ガラス越し 105
つれづれに(家族選出)
失われた遊園地 112             五月 114
あきらめ 116                Sへの手紙 118
心のまがり角で 123             きょうからあすへ運ばれるもの 126
夜をわたる 128               飛ぶ 131
生まれる 132                消える 134
朝焼けの空 136               電気洗濯機 138
石塀 140                  そうはいかないこともある 141
彼は誰と問うとき 142            時差 145
時差2 147                 名も知らないつばきの 152
自と黒 154                 せみ 157
燃えて立つ時 158              器用不器用 160
(赤) 162                 忘れられた鞄(オリエント美術館で) 164
母は憤然と 166               ユリカモメ飛ぶ 168
形状記憶 169                娘に 170
飛礫 172                  ふんどしの風 174
埋もれ木 177                耳月 178
舞妓行く 180                ことばが生まれるとき 182
思い出してください 184           未明の空 187
遠い海のつぶやき 190            夏泊の風のなかで 192

思い出の写真 198
孫との手紙 201
あとがき 203



 影が行く

キイを穴にさしこんで、思いきり右へ回す
と、急に方舟のドアが開いて
黄色い洪水の中へはじき出されてしまった。のではなく
とつぜんパンドラの箱の蓋が開いて
意地悪婆ぁの百足や妖怪が飛び出してきた。のではなく
直接足の裏と尻の下から全身に、きわめて合理的に
震動が走り、何かが目覚めたのをふと感じる。

ゆっくり、ブレーキペダルから右足を離してやればいい。
舌先から、喉笛から「さあ行け」と話しかけなくていい。
魔法使いを気取って呪文をかけるように、
あるいは妖精が矢を放つように、
言葉を放たなくてもいい。
足の裏を離してやるだけでいい。
車はすでに動こうとしているのだから。

それから
思いのままにアクセルを踏みこみ、
思いのままにハンドルを切り回せば、
もういとも簡単に錯覚させてくれるのだ。
亡霊が立ちつくす都市へと走らされているのではなくて、
吉備高原都市を「わたし」が走らせているのだ。なんて
ペットロボット風にご主人さまのお気に召すままって
人間数百万年の歴史は、ほんとうは
錯覚の歴史ではないか。

郊外のホームセンターの駐車場で眠りこける車たち。
その車たちの陰にひそんだかと思えば、嬉々として
欅並樹の間を飛びまわる小さな影たちを見ないか。
かれらがいなくなると車は急速に錆びついていく。
わたしたちは、もしかして長い歳月をかけて、
影たちを見失ってきた。というよりも
人なつこい素振りのかれらを
殺してきたのではないか。なかば崇りを畏れながら。
ときには翁の面をつけて、からからと風の舞を舞い。

 川べりの堤防をひとり転がっていく自転車がある。
 やがて自転車はくさむらに転がってたおれ、
 夕日に映えてあかあかと染まるのである。
 影たちが夕雲のなかを戯れていく。

 岡山県詩人協会会長であり、中四国詩人会の理事であった著者が75歳で亡くなったのは2005年12月15日だったそうです。長年、小・中学校の校長も務めたようです。本詩集は著者生前から第4詩集として計画されていたようですが、自分の手で完成させることはできなかったと「あとがき」にありました。
 遺志を継いで出版された本著は、「影が行く(本人選出)」と「つれづれに(家族選出)」と大きく二つに分かれています。特に後者は学生時代の稿、第1〜3詩集からも抄出してあり、さらにご本人撮影の写真も所々に遣われており、ご本人もおそらく満足なさっているのではないかと思います。ご遺族、ご友人の愛情があふれる遺稿詩集と云えましょう。

 紹介した詩は巻頭作品で、かつタイトルポエムです。他の作品からもクルマの運転がお好きだったように感じられ、この作品からもそれが偲ばれます。「人間数百万年の歴史は、ほんとうは/錯覚の歴史ではないか。」というフレーズに著者の基本的な姿勢を感じます。「小さな影たち」を「殺してきたのではないか」と見る視線には著者の本質的なポエジーがあると言って良いでしょう。1字下げの最終連も見事です。現実と異界を同時に見、理想を追った生き方が感じられる一篇です。
 本詩集中の
「わが友よ」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて有元利行詩の世界をご堪能ください。ちなみに「わが友」は跋「十六夜の月に」を書いた吉久隆弘氏のことのようです。
 著者のご冥福を改めてお祈りいたします。



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