きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.8.1 東京日仏学院




2007.8.8(水)


 日本詩人クラブ9月研究会、例会の案内状、封筒の版下を作って、近くの印刷所に持って行きました。案内状は1,000枚印刷してもらいますけど、単価は何と1枚6円。コピーは1枚10円が相場でしょうから、コピーよりも安いということになります。計算はしていませんが、おそらく家庭用のプリンター印刷よりも安いと思います。都内は10円と聞いていますから、やはり田舎は安いということなのかもしれません。
 今回は他に「詩の学校」のチラシも入れますので、2,000枚を折って封筒詰め、封筒には宛名シールを貼るという作業になります。とても一人でこなせる量ではないので、船木理事、総務専門委員に集まってもらって作業することにしました。8月16日に事務所で。初めての共同作業になります。事務所が出来て良かったなと思います。なければ喫茶店などで作業するようですからね。専門委員の皆さん、お世話になります。よろしくお願いいたします。



季刊詩誌『タルタ』2号
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2007.8.30 埼玉県坂戸市
千木貢氏方・タルタの会発行 非売品

<目次>
田中裕子…光のくに 2           千木 貢…あける 5
柳生じゅん子…えんどう豆 8        伊藤眞理子…むかしばなし 12
現代詩のいま
詩を読むよろこび…柳生じゅん子 14     青葉/感覚…米川 征 17

峰岸了子…意識の海 20           伊藤眞理子…煙草 24
米川 征…既視 26             柳生じゅん子…坂の町 28
詩論 精神としての「現代詩」…千木 貢 31



 あける/千木 貢

バーンとドアをあけると
真っ青な空がひろがっていて
気分を爽快にさせる
といったことはまず期待できないのだった
たとえば厠の板戸とか
納戸の引き戸とか
その先に薄暗がりが潜んでいれば
見知らぬひとがぬーと立って
突如襲いかかってくる

こどもの頃は
だから
ドアをあけるのがためらわれた
開かずの間といった怪談めいた
噂の扉でなくたって
たとえばそこを通らなければ
いつだって一日がはじまらない
寝室から廊下に抜けるドア
あけるときには一瞬の緊張を強いられた
何かきのうのつづきではない
予期せぬできごとが始まっているのではないか

チャイムにつられてドアを開ける
フードの下に
唇だけ赤い無表情と
ふしあなみたいな眼があった
「恵まれない子にお恵みを」
ショロショロとした猫背が
黄ばんだパンフレットを差し出して
鉛筆の束を押し付ける
情を唆す
切迫した声
何も言わずにいそいでドアを閉じた
あーと
嘆息して去ってゆく足音がした

あー
しばらくしてまたいつもの悲鳴が聞こえてきた
くらがりの底の底から
すーと浮上してくる
かすかな長嘆息
こっちからあけてやらなければ
そいつは外には出られないというのに
どうしてもそいつを引っ張り出す
ドアが見つからないのだった

 慣れた「寝室から廊下に抜けるドア」でさえ「あけるときには一瞬の緊張を強いられた」という、ある意味での脅迫観念は、子どもの頃に比べるとずっと少なくなってきたように思います。それだけ詩心≠ェ減少しているということでしょうか。「何かきのうのつづきではない/予期せぬできごとが始まっているのではないか」と感じることが詩心≠セと、ここでは言っているように思います。もちろん作品上では過去のことではなく、現在進行形です。
 最終連の「そいつ」は誰なんでしょう、何を謂っているのでしょう。私にはこれも詩心≠フように思えます。しかも前出とは違って、もっと理知的なもの。一段上がった、あるいはいっそう深くなった詩心=Bそれを「引っ張り出」そうとしているように写ります。千木貢という現代随一の論客の作品ということで、ちょっと身構えて読んだ気がありますけど、そんなことを感じました。



詩誌Void14号
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2007.7.31 東京都八王子市
松方俊氏他発行 500円

<目次>
<詩>
MATIN DE REVE…来住野恵子 2  散り桜…森田タカ子 5
マグダラのマリアにあらず……小島昭男 8  待宵草…松方 俊 13
篠を刈る…浦田フミ子 14
<小論> 寄贈詩誌から…中田昭太郎 17
<詩>
二人三脚は足の引っぱりあい…中田昭太郎 18 老年ためらい易くおもいの叶い難ければ…中田昭太郎 24
北上川・イギリス海岸…松方 俊 26
後記…森田タカ子・中田昭太郎・小島昭男・松方俊 30



 マグダラのマリアにあらず……/小島昭男

ついに 脱出の時期
(とき)は熟れた
因習の牢獄から脱出する時期が……

白い闇の底を年老いた母が蟻のように
脚立を運んでいる

痩せた細い針金のような脚で脚立の階段を攀じのぼる
天板に爪先だちして 背伸びしてのけ反った

ふいを食らって背骨が
ばきばき 枯れ枝のような音をたてた

かくのごとき百歳の母の渾身のバランスよ
狂熱の孤独のアクロバットよ

夜更けの北風吹きぬける
空想のサーカスのテントのドーム

さぐり当てた鍵束を手に オレンジ色の灯が滲む白い闇の底を
裸足の母が走っていった!

  *

財布がない!
わたしの財布が見付からない!
そうだ、
お前の嫁が盗ったんだ!

おかあさん
わたしがおかあさんの財布を盗っただなんて!
あんまりよ!

そうだよ!
盗ったのはあんただって
決まってるじゃないか!
あんたのほかに
いったい誰がいるっていうのさ?

このわたしを
どうしても
泥棒にしたいのね!
おかあさん!

  *

丸い背に
百年の孤独を背負い
雲端に土ふる心地して 

杖を引く 二月の庭

高乗寺へ連れてゆけ
今朝方 夢枕に立った兄さんが
向こうで待ってるというから
高乗寺へ車を走らせろ

辺りを見回し 声を低めて
――この富士の水墨画
横山大観の本物だから
しっかり管理しろ……
――立派なマダラボケです
これは認知症
(ボケ)の初期症状です
患者の言葉に逆らってはいけません
症状が悪化します

大切なのは心のバランス
否定的言動は禁物です
肯定しましょうすべてを
ひたすら肯定あるのみです
重力に逆らって
セピア色の林檎が浮遊している

いまは真冬の払暁だが
母には万緑の季節のようです
聖なるアズマイチゲを母は
自らの持て成しの季語としたようです

  *

隣家の扉を叩いた母は
鍵束を握りしめて眠りつづけています
すでに透き通った顔に
青紫のチアノーゼが……

マグダラのマリアならぬ
マダラボケの わが麗わしの母よ
固く閉じた眼をふたたび開くことのない……
その像
(すがた)がぼくの視野からなぜか消えていくのです……

  *『おくのほそ道〈出羽国へ〉』より

 「百歳の母の渾身のバランス」には驚いてしまいますが、「空想のサーカスのテントのドーム」、「さぐり当てた鍵束を手に オレンジ色の灯が滲む白い闇の底を/裸足の母が走っていった!」となっていますから想像上のこと、あるいは夢と捉えてもよいのかもしれません。主題は「認知症の初期症状」から「固く閉じた眼をふたたび開くことのない」状態になったことにあります。「マグダラのマリアならぬ/マダラボケの わが麗わしの母」は自嘲気味ですが、その奥の哀しみが伝わってきます。超老齢化社会を迎えたいま、誰もが遭遇することではないかと思って拝読した作品です。



詩誌『ぼん』46号
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2007.8.25 東京都葛飾区
池澤秀和氏発行  非売品

<目次>
詩  誤解/池澤秀和 2
随筆 刻の狭間で 46/池澤秀和 4
詩  脈々と・・・/池澤秀和 8
   生え抜き/池澤秀和 10
   伝言/池澤秀和 12



 生え抜き/池澤秀和

日頃 会釈をして
言葉を 交わしていたひと と
会わない日が つづく

土地っ子で
たぼこを挟む 指と節の太さ
元は農家 それとも現場仕事 青銅色のにこやかさ
区画整理の行き届いた 家並みと道路
所どころに 野草が顔を のぞかせる

大地に染みた 汗の行方もアスハルト
茶のみ話に 往来した友も 減り
ひとりぼっちでね・・・
増えるのはビルと車と 知らない人ばかり・・・と
大都市の場末
店先で ふかす紫煙を残した ひと

会釈のひとが 気にかかり
散歩の途中 足を延ばせば
取り壊しの最中
お元気でしたか・・・その抑揚が よみがえる

 都会育ちに 宿るふるさと
 無人踏切も カンカンカンとこだまする
 渓谷に懸かる橋の 向こう
 里山のふもとの 民家

いつの間にか 土壌もひびわれ
生え抜きの 老人ばかり
轍の跡と
ふかーい ふかーい空ばかり

 「生え抜きの 老人ばかり」になったという「大都市の」中の過疎をうたった作品で、日本の社会の歪みが感じられます。ヒトが疎外される様が「大地に染みた 汗の行方もアスハルト」
(ママ)、「増えるのはビルと車と 知らない人ばかり・・・」、「いつの間にか 土壌もひびわれ」というフレーズに凝縮しています。「会釈のひと」の人間性が「お元気でしたか・・・その抑揚が よみがえる」という1行で言い尽くされていることも見事です。都市の中の過疎、田舎暮らしの私に意外な一面を教えてくれた作品です。



詩誌『りんごの木』16号
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2007.8.1 東京都目黒区
荒木寧子氏方・「りんごの木」発行 500円

<目次>
扉詩 武田隆子
夏のみずに眠れ/荒木寧子 4        竹薮/青野 忍 6
ピアノ線/川又侑子 8           出逢いに/粟島佳織 10
半世紀余り隔てた友のベル/宮島智子 12   色取月の夜に/峰岸了子 14
夜の風/田代芙美子 16           異変/東 延江 18
二月 その四/山本英子 20         花菱草(けし科)/横山富久子 22
今灰色の都会で/さごうえみ 24       狐の嫁入の雨が降り/高尾容子 26
散文 啄窯・幻想/藤原有紀  28
表紙写真:大和田久



 狐の嫁入りの雨が降り/高尾容子

雨あがりの駅のホーム
ベンチに坐って電車を待つ
揃えた靴先に
糸を引く一匹のちいさな蜘蛛
透明な糸が太陽にきらりと光る

ウォークマンを耳にした
若い男が大股に歩いてくる
大きな白いスニーカー
一瞬間
靴先の蜘蛛の上に下ろされた
あとにごま粒大の黒い染み
若い男は
やって来た電車に乗りこみ
座席に坐ると大きく股を開き
足でリズムをとる
ジーンズの太腿が大きく揺れる

車窓を鮮やかな緑の風が走り
マンションのベランダに洗濯物が翻る
ゆるりとした昼間の車内
同じ時 同じ場所に行きあい
それぞれの駅で自分のドアを降りていく
乗客

若者はどんな明日への扉を開けただろうか


 タイトルが効果的な作品だと思います。たまたま「
同じ時 同じ場所に行きあい」、「ごま粒大の黒い染み」となった「蜘蛛」に触れながら「若者はどんな明日への扉を開けただろうか」と結びます。ここには傍若無人な若者への憤りがあるのかと思いますが、そうでもないのかもしれません。蜘蛛を潰してしまったことさえ気づかない若者の未熟さを、年長者として包み込んで見ている、そんな受け止め方ができましょう。「狐の嫁入の雨が降」ったあとの「雨あがりの駅のホーム」、「車窓を鮮やかな線の風が走」る風景という、さわやかな雰囲気からそのように感じました。



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