きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2007.8.1 東京日仏学院 |
2007.8.14(火)
午前中は実家に帰って父親の通院に付き合い、その足で介護保険の更新手続きに向かいました。1年に一度の更新ですけど、もう1年経ってしまったのかと感慨深いものがありました。退職したら時間はもっとゆっくり流れるのかと思っていましたけど、とんでもないですね。このままアタフタと一生を送るのだろうなと思います。父親は今年85歳。一人暮らしですから何やかやとそれなりに忙しいようです。本人は「そろそろ死ぬ準備をしなきゃあいかんなぁ」なんて言ってますので、私は言い返してやりました。「死んでる暇はないだろ!」(^^;;;
今日もバカなことを言って陽が暮れたのでありました。
○鼓直氏・細野豊氏編訳(アルトゥロ・ラモネダ編著) 『ロルカと二七年世代の詩人たち』 |
2007.7.30 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2700円+税 |
<目次>
序論 アルトゥロ・ラモネダ 鼓 直・訳・11
口絵・49
ペドロ・サリナス(細野 豊・訳)
1 ・56. 2 ・56
3 天性・57. 4 35燭光・58
5 見えないものを見る・59. 6 アムステルダム・59
7 ・60. 8 ・61
9 ・62. 10 ・63
11 ・64. 12 ・64
13 ・65. 14 ・66
15 ・67. 16 ・68
17 見つめられる者・70. 18 変奏曲XU・70
19 広告の夜想曲・71. 20 信頼・75
ホルヘ・ギリエン(太田靖子・訳)
1 大気が僕らのものである限り・77. 2 はるか彼方に・77
3 名前たち・81. 4 泉・82
5 歓喜の極み・83. 6 都市生活・84
7 小さな春・84. 8 円環・85
9 裸体・88. 10 祝福された肘掛け椅子・89
11 完璧さ・89. 12 肯定・90
13 遠くの死・90. 14 庭・91
15 時計では十二時・91. 16 不安定な人たち・92
17 迷える者・92. 18 スペインの目覚め・93
19 人間としての肯定・95. 20 人生の芸術・96
21 まだ城のなかのホベリャノスの余白に・96. 22 希望・97
23 その口・98. 24 完成した作品・99
25 老境について・99. 26 市民の花輪・100
27 洞窟芸術・100
ヘラルド・ディエゴ(鼓 宗・訳)
1 彼女・101 2 窒息・102
3 アンジェラス・103 4 チェス・103
5 韻・104 6 夜想曲・105
7 愛・105 8 シャツ姿の白百合・108
9 バリェーホ渓谷(バリエ)・109 10 ドゥエロ川のロマンセ・111
11 ウルビオンの頂き・112 12 シロスの糸杉・113
13 不眠・113 14 天啓・114
15 C・A・ドビュッシーに・115 16 嫉妬・115
17 きみの言葉・116 18 欠席・116
19 きみは教えてくれる・117 20 最後から二番日の留・118
21 棕櫚・118 22 子供・119
23 返答・120 24 トリアナの闘牛士・120
25 造船所の哀歌・124 26 アルヘシラス・124
27 無・125
フェデリコ・ガルシア=ロルカ(鼓 直・訳)
1 小さな広場のバラード・125 2 三つの川の小さなバラード・128
3 ギター・129 4 村・130
5 カフェ・カンタンテ・131 6 忘れずに・131
7 「雄のとかげが泣いている」・132 8 馬上の男の歌(1)・132
8 馬上の男の歌(2)・134 10 ルシーア・マルティネス・134
11 セレナード・135 12 不安と夜・135
13 月、月のロマンセ・136 14 夢遊病のロマンセ・137
15 黒い切なさのロマンセ・140 16 聖ガブリエル・142
17 アントニト・エル・カンボリオの死・144 18 散歩の帰り道・146
19 夜明け・146 20 イーデン湖の二重の詩・147
21 井戸で溺死した少女・149 22 ローマへの叫び・150
23 思わざる恋のガセーラ・152 24 望みなき恋のガセーラ・153
25 嘆きの声のカシーダ・153 26 流れた血・154
不在の魂・157
27 詩人は恋人に手紙をよこせと頼む・158 28
〔穏やかな嘆きのソネット〕・158
ビセンテ・アレイクサンドレ(新谷美紀子・訳)
1 閉じた夜・159 2 愛はレリーフにあらず・160
3 ワルツ・162 4 いつも・163
5 彼女への合一・164 6 亡き少女への歌・165
7 いつも来てくれ、来てくれ・166 8 彼らは求め合った・167
9 人間など存在しない・168 10 曙光のなかの幼児たち・170
11 楽園のまち・172 12 危篤の人・174
13 委ねられた手・175 14 最後の視線・176
15 比類なきもの・177 16 限界・179
17 最後の思い・179
ダマソ・アロンソ(三角明子・訳)
1 どんなだった・180 2 小唄・180
3 愛の科学・181 4 生まれくる者たちへ・182
5 ある少女の美しさに捧げる祈り・183 6 不眠・184
7 油壺を持った女・184 8 怪物たち・189
9 人間と神・190 10 U 反論の余地なく、天与の・191
11 カルロスと呼ばれる川・192 12 驚異の発見・194
13 われらが地所・197 14 ビセンテヘ・198
15 存在するのか?・しないのか?・199
エミリオ・プラドス(松下直弘・訳)
1 不思議な心・201 2 港の高さ・202
3 不在・203 4 内部への約束・204
5 ・205 6 復活・205
7 光り輝く所有・207 8 夢・207
9 できれば逃げ出したい・208 10 包囲された都市・209
11 ・210 12 三つの歌・212
13 血の片隅・213 14 曙の肉体・213
15 アベルの血・215 16 死は語る・216
17 歌・217 18 第一の書・218
19 ・219
ラファエル・アルベルティ(細野 豊・訳)
1 ひとりの船長に・220 2 ・221
3 ・221 4 塩作り・222
5 ・222 6 ・223
7 ・223 8 ロア・デ・ドゥエロ・224
9 アランダ・デ・ドゥエロからペニャランダ・デ・ドゥエロまで・224
10 サラス・デ・ロス・インファンテスからキンタナル・デ・ラ・シエラまで・225
11 囚人・225 12 栄光の中のホセリト・226
13 アマランタ・227 14 路面電車の切符へのマドリガル・228
15 シャーロットの悲しいデート・228 16 誰も住んでいない体・230
17 二人の天使・230 18 苦悩する魂・231
19 霧の宿泊客 天についての三つの記憶・233 20 死んだ天使たち・235
21 案山子・236 22 下僕たち・236
23 マドリード防衛・238 24 私の犬、《霧》に・239
25 ・240 26 (時計河岸)・241
27 至上の均整に・242 28 スルバラン・242
29 悲しい夜の愛の帰還・244 30 大西洋のアメリカの岸辺から、海のうえを・245
31 歌8・246 32 ・246
33 きみゆえに捨てたもの・247 34 聖ピエトロ大聖堂・248
35 私は海まで下りた・248
ルイス・セルヌダ(斎藤文子・訳)
1 XV・249 2 風のように・250
3 不幸・251 4 みんなが幸福なのか?・251
5 おまえたちがどう生まれたか言ってやろう・252
6 言葉はなかった・254 7 もし男が言うことができるなら・254
8 T・255 9 Z・256
10 XU・257 11 灯台守の独白・258
12 嘆きと希望・260 13 神の訪れ・261
14 老いた春・263 15 時のなかで愛して・264
16 サンスェニャの生まれ・264 17 バーヅ・イン・ザ・ナイト(夜の鳥たち)・266
18 遍歴者・268 19 エピローグ・269
20 孤独・270
マヌエル・アルトラギレ(野中雅代・訳)
1 海辺・272 2 ぼくは鍵をかけた・272
3 忘却の思い出・273 4 あなたの言葉・274
5 悲しみはとても高く・274 6 夜・275
7 愛撫・275 8 もう二度と・276
9 それは 誰の土地でもない・277 10 昨日に向かって・277
11 雲・278 12 ぼくの牢獄・278
13 夢想しながら生きる・279 14 自由なく・279
資料 鼓 直/細野 豊・訳・281
詩人紹介
ペドロ・サリナス・300 ホルヘ・ギリェン・301
ヘラルド・ディエゴ・302 フェデリコ・ガルシア=ロルカ・302
ビセンテ・アレイクサンドレ・303 ダマソ・アロンソ・304
エミリオ・プラドス・305 ラファエル・アルベルティ・306
ルイス・セルヌダ・307 マヌエル・アルトラギレ・308
編著者・訳者略歴・310
編訳者あとがき・312
返答/ヘラルド・ディエゴ(鼓 宗・訳)
ラモン・オテーロ=ペドラヨ*1に
ガリシアはどこにあるかだと。それは口づけるとき
宝石をちりばめる穏やかな光の用心深さに、
浮きを取りまく泡の首飾りに、
そして帆に当てた荒っぽい継ぎにある。
これもシナモン色した牝牛に、
その優しさを支える母音に、
ノヤ*2で漁れるナマコに、
レドンデラ*3をゆく列車の夢のなかにある。
凛としたムイニェイラ*4やリペイラナ*5の
きわめて古風で曖昧、天使のごとき
ガリシアの笑みのなかに探すことだ。
館に見つかることだろう、抒情の石に、
黄金の石と青苔に、ハンセン病の石に。
そして安らぎの場があるところでは、安らぎの場に。
*l ラモン・オテーロ=ペドラヨ スペインの作家(一八八八−一九七六)。
ガリシア地方の都市オレンセ生まれで、フランコ体制に異議を唱え、ガリシア語で作品を書いた。
*2 ノヤ ガリシア地方の都市ラ・コルーニャ近郊の村。
*3 セドンデラ 同じくポンテベドラ近郊の村。
*4 ムイニェイラ ガリシア地方に伝わる粉碾きの踊り。
*5 リベイラナ ワインの産地として知られるリベイラナ県の踊り。
聖ピエトロ大聖堂/ルイス・セルヌダ(斎藤文子・訳)
言って下さい、イエスキリストよ、なぜ
人々はこんなに私の足に口づけするのですか?
わたしは聖ピエトロ、ここに座って、
動かない青銅の像です、
わたしは周りを見ることもできず、ご覧のように
足が疲れきっているので、蹴飛ばすことも
できません。
主よ、奇跡を行なって下さい。
わたしを川へ降りさせて、
本来のわたしである
漁師に戻して下さい。
自由なく/マヌエル・アルトラギレ(野中雅代・訳)
自由にはなれないのだから
ぼくの牢獄を拡げよう。
悲しみの壁を
陽気な地平線に変えよう。
いかなる地面も踏まず
夜の深遠を歩もう。
ぼくの頭上の屋根は
最上の空だろう。
自由にはなれないのだから
ぼくの牢獄を拡げよう。
--------------------
標題の「二七年世代」とは、1927年を中心に活躍したスペインの詩人たちという意味だそうです。スペインの詩の歴史の中ではひときわ輝いていた時代のようです。原著は1990年刊で、スペインの大学生や高校生向けの解説書という性格もあって、明らかに学生向けと思われる部分は除外したと「編訳者あとがき」にありました。
私にとってスペインの詩をまとめて読むというのは初めてであり、非常に参考になりました。10人全てから1編ずつを紹介しようかとも考えましたが、著作権・翻訳権への配慮もあって、比較的短めの作品3編にとどめています。各詩人の紹介や資料も充実した翻訳です。国も時代も越えて伝わって来るポエジーを堪能させていただきました。スペイン詩に興味のある方のみならず、世界の詩の動向に注目している方にはぜひ読んでいただきたい1冊です。本来は学生向けですので判りやすい本だと思います。
○アンソロジー『日韓合同詩集』 |
2007.7.28 第3回日・韓「詩の祝祭」 日韓詩人文学交流会刊 非売品 |
<参加者>
韓国
成耆兆 鄭光修 任元宰 安在珍 「基鼎 高元求 金斗安 余漢慶 金文中 南今仙 金貞姫 姜允順 姜秀泥 姜水緑 姜庭木 チャン スーヨン 金梨景 蔡仁淑 成相吉 金珍沫 鄭徳俊 趙姿 車仁鎬 翻訳(鴻農映二)
日本
秋葉信雄 天彦五男 荒井愛子 新井豊吉 有馬 敲 杏 平太 飯嶋武太郎 石村柳三 磯貝景美江 伊藤淳子 植木信子 内川竜三 大掛史子 大島ふさ子 尾田愛子 尾内達也 川端律子 郡山 直 高良留美子 斉藤正志 佐川亜紀 関 中子 全 美恵 中村 純 中村洋子 中村日哲 成見歳広 なんば・みちこ 西岡光秋 星 清彦 星 善博 松本恭輔 三方 克 水崎野里子 緑野るり 森井香衣 柳原省三 楊原泰子 山崎全代 尹ビョル 渡辺めぐみ 秋田高敏 高橋昌規
歌人・俳人等
朝長美代子 伊原五郎 東島洋子 石橋千枝子 石橋ゆり子 小川茂子 小川啄人 小川よね 篠崎青童 鈴木紫苑 鈴木柳絮 関根和夫 染谷佳子 橋本哲夫 古川孤舟 溝口喜英 溝口ツヤ子 村上久子 青木由美子 秋庭征子 李 美子 大木 衛 北岡善寿 雲嶋幸夫 志賀善美子 鈴木文子 早藤 猛 藤田光子 宮崎 享 野村 俊 角野貞道 奥 憲太 西村盛一 水木 澪 早坂貴一朗 港 敦子 峯村芳彦 村川逸司 森五貴雄 山口敦子
長文読解/全美恵
つんぼ・おし・めくら
知らなかったんです!
家庭教師に、教えてもらうまで
中学の長文読解だったかしら
このことば、生まれて初めて聞いたのは.
いまは、そのまま訳してはいけません
そういう「決まり」になっていますと
どもり それも禁句だ。字幕は吃音の人
隠れてしまった心の吐き気
ことばの温度差は計り知れないし
こころの距離感は遠ざかるばかり
カタカナで ハンディキャップ とか
また、障害を持った人
不自由な人 とも訳された
「これで、いいわ(笑)」
そうやさしく、クライアントは言った
…いいの? ほんとうに、これで…
びっこ と、ののしる心の病を
そう呼ばれる心の痛みを
置き去りにしたまま
私は実に不自由だ
気持ちに障害を持った人
増えていくとしたら…。
7月28日に市ヶ谷で開かれた第3回日・韓「詩の祝祭」のアンソロジーで、当日配布されたようです。日韓で100名以上が集まって盛会だったようです。アンソロジーはハングルと日本語の対訳になっていました。ここでは全さんの作品を紹介してみましたが「びっこ と、ののしる心の病を/そう呼ばれる心の痛みを/置き去りにしたまま」言葉だけを言い繕う文化の浅さを突いています。韓国ではどうか分かりませんが、日本では本質に眼を向けないまま「気持ちに障害を持った人」が「増えてい」るのではないかと思っています。
○詩誌『SPACE』75号 |
2007.9.1 高知県高知市 大家氏方・SPACEの会発行 非売品 |
<目次>
詩
らっぱ男/ヤマモトリツコ 2 狂おしい茸/かわじまさよ 28
北上/八木幹夫 30 少女の/中口秀樹 32
添乗員/塚本敏雄 34 悲歌/山川久三 36
老人の星/中原繁博 38 トマト 他/片岡千歳 40
§
台所詩(13)/中上哲夫 50 七月の空の便り/豊原清明 52
わすれない/近澤有孝 54 ストレート 他/葛原りょう 56
夏は逝く/山下千恵子 59 台風の深海魚/弘井 正 60
§
日々/内田紀久子 80 煉獄/さかいたもつ 82
回り燈籠の絵のように(1)/澤田智惠 84
蕪村句を読む/指田 一 88 翻訳/大家正志 90
時間の自由/南原充士 92
詩記 ささやかな旅/山崎 詩織 25
エッセイ つなぐ/山沖 素子 20 「神さま」は消された/さたけまさえ 22
演奏会だより 北村真実 18
リレーシナリオ 大家正志 42・46 豊原清明 44・48
評論 連載[『<個我意識と詩>の様相』〜日本人の自我意識と詩(8)〜/内田収省 62
編集雑記 94
表紙写真 ヤマモトリツコ「直に」
時間の自由/南原充士
由緒のありそうな旅館の一室 複雑な寄木細工のような空間の構成
狭い庭を 重なり合う屋根が区切る その改装は和洋折衷
畳の間と段差のある板の間 細い廊下 灯りは直接間接照明のコンビネーション
隅々まで計算されつくした時間の流れ 美味な酒と料理 木の風呂 和布団
細い路地は 明治の風を吹き寄せ 文明開化の活気と戸惑いを暗示する
ここで人力車から降りようとする異人が躓いたか 悪漢に切りつけられたか
公の歴史書には 詳しいことはなにひとつ記録されていない
むしろ ここでは一切の事実が記録されないことが 暗黙の了解だったのだろう
番頭は 常に往来に目を配り 来客に気を配り 従業員を使いこなした
濡れ場や 怪しげなふるまいには さぐりをいれながらも 決してでしゃばりはしない
流血は拭い去り 泥の汚れは洗い去り 金のもつれは知らんふり
眠ったようなふりをしながら すべてを飲み込み 的確に差配する役割
ここは特別の物理学が適用される場所 主観的時間はシュールレアリスト
飴のように伸び縮み 過ぎ去ることもなく ただ広がり続ける 重要な事項が
比例的にサイズを決定する そうしてぽっかりと空いた隠れ穴蔵の中は特別の法律が
通用される場所 殺しちゃいけないが 少々の修羅場や捨て台詞はお答めがない
あれから何年経ったのか おれの中に生きているあの旅館 覗けば感極まる万華鏡
薄暗い和室でふたつの重たそうな影がアクロバット体操に興じている うめき声か
あるいは叫び声か嗚咽か歓喜か 客観的な時間が秩序正しく並ばせた出来事の連続体
一瞬目をつぶれば それらをめったやたらにかき回し無秩序に並べ替えてしまう
時間の自由
タイトルもおもしろいのですが「番頭」が良いですね。「眠ったようなふりをしながら すべてを飲み込み 的確に差配する役割」はまさに番頭ならではのもの、現代社会にも通用する仕事師です。そして出来上がった「特別の物理学が適用される場所」。「そうしてぽっかりと空いた隠れ穴蔵の中は特別の法律が/通用される場所 殺しちゃいけないが 少々の修羅場や捨て台詞はお答めがない」も現代の会社組織の縮図のようです。「おれの中に生きているあの旅館」という回想のスタイルを採っていながら「一瞬目をつぶれば それらをめったやたらにかき回し無秩序に並べ替えてしまう」という「時間の自由」性を表出させた作品だと思いました。
○詩と評論『操車場』3号 |
2007.9.1 川崎市川崎区 田川紀久雄氏発行 500円 |
<目次>
■詩作品
臨海電車/倉田良成 1 ・・・かもしれない/金子啓子 2
暑中見舞い/高橋 馨 4 輪を出られない/大木重雄 5
コンニチハ悪性新生物サン3/坂井のぶこ 6
新潟県中越沖地震が起きる/田川紀久雄 7
生命の旅がやっと始まる/田川紀久雄 9 海の瞳/野間明子 12
庭作り/鈴木良一 14
■エッセイ
華厳の森/倉田良成 16 島村洋二郎の痕跡−33/坂井信夫 20
末期癌の恐怖/田川紀久雄 22
■後記・住所録 23 ■付録 渡林ミニ通信9号〜11号
暑中見舞い/高橋 馨
――倦怠素――
夏になると、ふらっと遊びに来る男がいる。別に夏とは限らないのだが、正体を鮮
明に現すのは、やはり蒸し暑い夏だ。本や雑誌や空のペットボトル・衣類などが乱雑
に散らかり足の踏み場もないような床にのうのうと横たわっている。
おれは、金縛りになったように、パソコンの前の椅子に腰をおろしたまま、男を眺
めている。
「よくそんな汚い床に寝転がっていられる」
「けちって冷房をつけないからさ。板の間はいくらか涼しい」
「冷房は体に悪い。汗臭くてたまらないから、どけよ」
「意地を張らないで、おまえもそこらに横になれ。椅子にふんぞり返って脚をだらし
なく机に載せた姿勢は腰骨に良くない」
「おい、団扇を使うのはやめろ。部屋中にほこりが舞っている」
「何ヶ月、掃除しないんだ」
「何ヶ月だっていいだろう。居候は黙っていろ」
むかっ腹を立てたのか、しばらく、口をきかない。網戸越しに、乱反射する空をぼ
けっと見上げている。やけに太ってきて生白い体腔動物を思わせる。
それでも、三時になると、決まって一階に下りて行く。冷蔵庫から缶ビールを二缶
持ってきて、机の上に置く。怠け者のくせにこのときばかりはマメである。虫が湧く
からと厳しく云ってあるので、つまみは持ち込まない。
二人して、ちびちび缶ビールを飲む。出来るだけ互いに顔を見合わせないようにし
て、飲む。
時には、日差しを我慢して川沿いの道を散歩する。さすがについてこない。いない
間、なにしていたか、聞くと、ぐうたらの答えは決まっている。
「川沿いを散歩している夢を見ていた」と答える。
一念発起の早朝、男が訪れる前に、書斎の引き戸に「入室厳禁」の張り紙を出した。
パソコンの電源を入れて、モニターに相対して、さて、というとき、ふと脇の床を
見ると、やつが板の間に寝転がってふやけた顔をしている。長い手を伸ばして、もう
電源を切っている。
形式はやつに通用しないようである。おそらく、おれが部屋に入るとするりと空気
のように、先に入り込む。
名前も分かっている。だが、手も足も出ない。床に寝ころぶ男を眺めているのでは
ない。やつにおれが魅入られている。
これはもう、自分自身ですね。「川沿いを散歩している夢を見ていた」というところで判りました。自嘲の作品は比較的多く発表されていますが、その中でもこの作品は徹底していて頂点に位置するものかと思います。副題の「倦怠素」という意味を調べましたが、日本語にはないようです。ネットで検索すると中国語で出てきました。正確な意味は判りませんけど、魅力的な副題だと思います。
(8月の部屋へ戻る)