きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.8.20 神奈川県真鶴半島・三ッ石




2007.9.9(日)


 午後から田中健太郎さんの新詩集『深海探索艇』の出版記念会に呼ばれて、浅草の「マノス」というロシア料理店に行ってきました。詩誌『木偶』の同人が主体となった20人ほどの会で、とても良かったです。来賓挨拶ということで、何と私が真っ先に挨拶させられたのには驚きましたけど、著者も会員になっていただいている日本詩人クラブの常任理事という肩書きを背負っていますから、まあ、しょうがないでしょうね。『木偶』の会には一度出させてもらっていますので見知ったお顔も多く、リラックスして呑ませていただきました。
『深海探索艇』はどんな詩集か、ハイパーリンクを張っておきましたのでご覧になってみてください。

 『木偶』同人で、一度お会いしたいと思っていた藤森さんが司会でした。イメージ通りの、繊細さの中にも思い切りの良さを持った詩人です。ポエトリーヴォイスサーキットをプロデュースしている天童さんも同じ席でした。18日の日本ペンクラブ例会で天童さんがクロアチア大使の翻訳詩を朗読なさることを、私は事前にペン事務局から知らされていましたから、そんなことを話しながら呑んでいました。出席者全員がスピーチをして、なごやかな会でした。

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 写真は花束を抱えて嬉しそうな田中さんです。まだ40代。この世界では若手になります。詩も佳品が多い人で、いずれは日本の詩壇を引っ張っていく詩人となるでしょう。職業は海外にも赴任経験のある某省の将来性ある官僚ですが、そんなことを感じさせない好青年です。『木偶』の皆さんともども応援していきたいと思っています。



詩誌『新自由詩空間−ミューズの広場−7号
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2004.12.28 千葉県柏市 酒井氏方・詩を語る会発行(代表:杏平太氏)
1000円

<目次>
巻頭詩 現代詩の実験について/東淵 修 2
新自由詩空間
目覚まし時計/近藤摩耶 6
作品/村松美御 8
そまびとのうた《すすき・そまびと・雲・栗の実・今について・水の一族・大樹・鳥・彼岸花》/武藤ゆかり 10
十一の月《クラゲ・アネモネ・バーチ・十一の月》/マサキ 19
竹浪忍の詩《無題・酸性・BLUES》/竹浪忍 28
アラカルト・アルカルパッチョ《クレイヨン・人間機関車・心の胸突き八丁、今が勝負時・どあほ・トラ猫・駒田さん・あかねさすちよろずの》/杏平太 34
ぶらぶら日記《村日記 マングローブのビンクァン村へ・旅日記 インギラート金沢》/駒田樹音 46
「海に還りたい」ほか一篇《海に還りたい・一卵性父子》/池みくさ 53
「別れ」ほか二篇《別れ・心の中をのぞくもう一つの目・青春》/栗川貞子 56
「初孫」ほか一篇《初孫・孫》/高梨晃一 59
おはよう・こんちは・さようなら《帰らなきゃ・不安な夜・いぬ・何という年か・初夏・夏の雨・人のつくりしもの・焼かないで下さい》/清藤天 62
名古屋の人に《涙・頭の中はパニックだ・タワービル・展望ラウンジにて・問答》/中谷江 75
じくう界断章《あなた・妻との協同・故郷−母の思い出・懐かしい人去る・四十二年ぶりの同級会・ユリと紫陽花・夏空・ゴジラ松井を五回連続敬遠した男−監督の指示に従って−・我愛宝島・タンポポの君・おばば》/じくう 81
杏平太「生命の環」韓国語訳/洪性ケン 107
新自由連詩 108
青みかん/詩を語る会名古屋連句 進行役=中谷江
スローナイト/詩を語る会新自由リレー連句 進行役=杏平太
ねむの木の子ら/詩を語る会第七回総会記念連句 進行役=杏平太
ミューズの広場 感仏記/清藤天 114
アクロポリスの森 老人の鋭い目/柴田きよし 117
詩を語る会会則等 119
編集後記 123



 目覚まし時計/近藤摩耶

目覚まし時計が鳴る前に
暗いうちから
覚めかけてしまう
救急車のサイレンが
近くの通りをよぎって行く
記憶の荒れ地を
茶色い風が吹き抜け
あたたかく湿った
モンスーンが
徐々に浮かび上がる
身を横たえている
静かなひと時
これから始まる今日という一日は
まだ見えないが
心地よいクワハウスの昨日が
ゆっくりよみがえる
生命の更新手続き
ラズベリーの甘い香りの
紅茶がなつかしい

 「目覚まし時計が鳴る前に」眼が覚めてしまうという作品ですが、後半の「生命の更新手続き」というフレーズがよく効いているように思います。ここでは「心地よいクワハウスの昨日」のことを言っているわけですけど、それにとどまらず目覚めも更新≠ネんだと読み取れます。「これから始まる今日という一日」を前向きにとらえた作品と考えてよいでしょう。さわやかな印象を持ちました。



詩誌『交野が原』63号
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2007.10.1 大阪府交野市
金堀則夫氏発行  非売品

<目次>
《詩》
普通の声/杉山平一 1           眺めていた日/小長谷清美 4
写真について/大橋政人 6         記憶の根/佐川亜紀 8
パイの皮をはがすように/平林敏彦 10    よばれて/岡島弘子 12
古郷(ふるごう)の月/松岡政則 14      金縛りの夜/山田隆昭 16
金漿(かね)つけ/金堀則夫 18        葦原伝説/溝口 章 20
林檎の花/藤田晴央 22           詩3篇「零点」「ナイフ」「満月」/一色真理 24
子葉声韻/高見弘也 26           じゅうたん/望月昶孝 28
黒舞茸/岩佐なを 30            よん/松尾静明 32
光の湾/岡野絵里子 34           ゆび借景/海埜今日子 36
余計な仕事/高階杞一 38          午前中/片岡直子 40
朝の太陽/田中国男 42           至福のエキストラ/宮内憲夫 44
なにもできはしない/辻元よしふみ46     五月の水/北岡淳子 48
はえる/田中眞由美 50           耕すひと/北原千代 52
白対黒/吉沢孝史 54            市境/島田陽子 56
聖餐/森田 進 57             束の間/天彦五男 58
タビガラス/四方彩瑛 60          思い出体操/瀬崎 祐 62
角を曲がると戦場だった/望月苑巳 64    添い寝/古賀博文 66
ベリアルの時−D・ボンヘッファーに/川中子義勝 68  廃市のオルフェたち ヴァーチャル連詩/八島賢太 70
昼の岸/渡辺めぐみ 72           陰樹/青木はるみ 74
《評論・エッセイ》
■北川冬彦・・・映像(イメージ)の遠近法/寺田 操 76
■野村喜和夫の三部作の詩集の完結/岡本勝人 80
《郷土エッセイ》
かるたウォーク『たわらを歩く(2)』/金堀則夫 106
《書評》
新川和江詩集『記憶する水』思潮社/鈴木東海子 82
細見和之詩集『ホッチキス』書肆山田/貞久秀紀 84
冨上芳秀詩集『アジアの青いアネモネ』詩遊社/相沢正一郎 86
篠崎勝己詩集『悲歌』銅林社/吉田博哉 88
曽根ヨシ詩集−新・日本現代詩文庫−土曜美術社出版販売/大橋政人 90
柴田三吉・草野信子往復書簡集『時が立つ』ジャンクション・ハーベスト/苗村吉昭 92
《詩集紹介》 美濃千鶴 94
・新井豊美詩集『草花丘陵』思潮社
・野谷美智子詩集『コレクション』洛西書院
・瀬崎祐詩集『雨降り舞踏団』思潮社
《子どもの詩広場》
第三十回小・中・高校生の詩賞「交野が原賞」作品発表 交野が原賞選考委員会 96
編集後記 108
《表紙デザイン・大薮直美》



 写真について/大橋政人

一週間前
という過去が
写真に写っている

一年前
という過去
十年前という過去が
写真に写っている

だからと言って
長方形の
こんな薄っぺらな紙に
過去が保存されているわけではない

その印画紙も
そこに写っている被写体も現在だ

何千年前の石器も
何億年前の化石も
現在という光の中にしかありはしない

いま私が手に持っている
一枚の写真

長方形で
キャビネ判の大きさの
そこにだけ過去が
紛れ込んでいるというわけではない

 「その印画紙も/そこに写っている被写体も現在だ」という発想に驚かされます。「現在だ」という理由として「何千年前の石器も/何億年前の化石も/現在という光の中にしかありはしない」と述べているわけですが、この意味はよく分かりますね。昔、たまたま写真会社に勤めていたことがあって、写真の経時変化を調べていたことがあります。化学的にはもちろん変化していきます。「一週間前」とは違い、「一年前」なら大きく違います。人間の眼ではほとんど変化を感じ取れませんが、機械の目でははっきりと分かります。それが「現在という光の中」なのです。大橋さんはそのことを感覚的に分かったのでしょうか。おもしろい作品です。



岡隆夫氏詩集『二億年のイネ』
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2007.10.8 東京都板橋区 コールサック社刊
2000円+税

<目次>
第一章 コシヒカリがこわい
コシヒカリがこわい 10           農薬一発イネグリーン 17
コシヒカリ・コシヒカリ 20         DDTとPCB 26
劣化米 33                 万全のコメ 36
稲泣き 42                 仰山出来りゃぁ 51
イネの立ち葉 56              葦間のイネ 60
第二章 二億年のイネ
古古米コッコ 70              天山 73
二億年のイネ 76              久米 84
いんぎょうちんぎょう 88          かおり米カバシコ 92
朝日米 96                 わがイネの小都 98
池は死に絶え 102
.             イタリアのコメ 104
藺刈り 110
.                黒いパン 112
第三章 指がとび
指がとび 116
.               落ちる 122
肋を挟まれ 124
.              親子だんご 129
黒ゴマだんご 132
.             ソフトな盆だご 136
やつまただんご 140
.            糀づくり 144
甘酒とにごり酒 147
.            エコ米 151
参考文献 164
あとがき 166



 二億年のイネ

  灰汁
(あくた)色の嵐がめくれ
  かぐろい風が山野を
  かけぬけ荒れくるう
  <ぼっこう吹かにゃあええがなあ>

「オリザみんな死ぬか、オリザみんな死なないか」
1
賢治にとってオリザは人間以上にいとおしく
Orza Sativaとかれは原語2で詩を書いた
オリザ族には五二のオリザ属があり
栽培種はサティヴア属とグラベリマ属のみ
オリザ・サティヴアが世界の九割九分
ごく微量のグラベリマが西アフリカにある

一粒一匕
(いっぴ)のグラベリマから新アフリカ米ネリカ3が誕生する
雑草・病虫害・旱魃につよいグラベリマと
多収性のサティヴアとの三大陸を跨いだ種間交雑
いまや芋からでなくネリカから無量のデンプンが
摂れだした アフリカの女たちは
炊飯器でおコメを炊いて冷めるとチンし
街に行っては遊び呆け夫君たちはご機嫌斜め

二億年以前ゴンドワナ大陸に
野生イネの祖先種があった
4
四五〇〇万年前インド亜大陸がユーラシア大陸に
衝突するまで進化し その後も進化しつづけた
Sativaの祖先は野生種オリザ・ルフィポゴン
サティヴアが栽培種の源だと知った賢治は
人類の起源や人間の定住について想いを巡らす――

「洪積世
(こうせきせい)が了(おは)って・・・その後八万年の間に
あるひはそこらの著名な山岳の名や
古い鬼神の名前を記されたりして
いま秩序よく分散する」
5
最近三三〇万年前の三歳の女の子が見つかった
6
想うに猿人は四〇〇万年前だったか
半猿類は恐竜絶滅後の六〇〇〇万年前だったか

二億四五〇〇万年前より六五〇〇万年前までの恐竜時代
その半ばジュラ紀の後期 羽毛恐竜ペドペナンが現れる
7
猿類はその頃どのように生きたろう
猿類の祖先は何だったろう
恐竜をはじめ六〇%の種が死滅してもイネたちは生きのびた!
二億年以前に生まれたイネたちは
三億年前からの銀杏の下に身を寄せていたろうか

サティヴアの栽培はどこで始まった?
東南アジアは雲南・アッサムだ
いや 七〇〇〇年前の長江中下流域
8だと喧しい
サティヴア自体も様々だ
一六三センチもの長大な草丈と長大な芒をもつ
種子島のジャバニカ型赤うるち神饌米が
小園の一角に薄のように垂れている

丸っこい大粒のジャポニカ型の最先端コシヒカリ
登熟まえに黒褐色になるインディカ型の稲穂が
小園の一角に重々しく列をなしている
フィリッピンのうすベンガラの細長い籾が
ながい草丈をしならせている
数センチもの赤褐色の芒をもつ神丹穂
(かんにほ)
茅のように伸び折り重なっている

アクネ糯
(もち)・みどり糯・喜寿糯
低アミロース米・シルキーパール・スノーパール
総社・種子島・対馬の神饌米
紫稲・紫小町・紫式部・おくのむらさき
はまかおり・遍路選
(よ)り・サリークィーン
いずれが混じり いずれが強くて残るのか
虹の足がわたしの圃場で溶けている

水面下三・三m水上一・八mの浮き稲が
メコンデルタ最下流域にある
秋がきても実をつけないルフィポゴンの群落である
たまにしか実をつけないDNAがオリザ属にはある
オリザ属の親はオリザ族
オリザ族の兄弟はタケ族
両族の親はタケ亜科

イザナギは妹
(いも)イザナミに会いたいと櫛の歯に火をともし
禁断の黄泉の国に忍び入り見てはならぬものを見てしまう
死霊イザナミと雷神たちに追われつつ黄泉から逃れんと
イザナギが櫛を投げつけるとタケの芽に変わり
黒い髪飾りを投げつけるとブドウに変わり
追手がそれらを貪っているうちに黄泉の出口にたどり着く
瑞穂の国の奥城にオリザ族の兄弟
9たるタケがあったとは!

わたしの畑「大藪
(おおやぶ)」は鬱蒼たる孟宗藪に接しており
この藪
(やば)ァ六〇年ごと花が咲(せ)ぇて枯れるんじゃと古老がいう
ペルー四千mのプヤライモンディは百年に一度開花する
十七年蝉もいる 数十年に一度実をつけるイネがあるかもしれない
イネには多年生のDNAが確かにある 切り株から蘗
(ひこばえ)が生え
従姉妹にあたるススキやハトムギにも葉が出る これが証しだ
オリザの兄弟はタケ族 その親はタケ亜科なれば

古人はわが国を豊葦原の瑞穂の国と呼びならわした
姿形の類似した葦と稲はともに湿地に繁茂するため
葦属は稲
(オリザ)属の従兄弟10に当たることを察していたか
国土の三分の一もの山なす大和を豊かな葦原と見定め
より豊かな瑞穂の国にとこいねがったろうか
11
千数百年先を見越した何と壮大な夢だったか
「豊葦原」――なんと花も実もある枕詞か

1、宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』くもん出版、1993,27.
2、原子朗『新宮沢賢治語彙辞典』東京書籍、1999,58-59.
3、岡山大学農学部編『平成十七年度同上公開講座』2005,15.「コートジボワールの西アフリカ稲研究所が前世紀末に育成」『日本農業新聞』07/3/13,1.「ウガンダとインド、コメ(ネリカ)作りで生活向上」『朝日新聞』07/3/27,31.
4、岡山大学農学部編、11.
5、中村稔は、人類が地に根ざした生活を始めたことを暗示している、と。『宮沢賢治・日本の詩歌』中央公論社、1968,216.
6、『朝日新聞』06/9/21,29.
7、『朝日新聞』05/10/15,17.なお、地質年代の数字は川崎医科大学近藤芳朗氏の講演資料による。浅口市鴫方町、07/3/24.
8、佐藤洋一郎『イネの文明』PHP新書、2003,126.
9、佐藤『イネの文明』27.
10、佐藤『イネの文明』27.
11、十一・十二世紀には80〜90万ha、十八世紀中葉296.6万ha、内水田164.3万ha、反当ほぼ一石。明治中期444.7万ha、内水田259万ha、原田信男『コメを選んだ日本の歴史』文芸春秋、2006,162,164.耕地のピークは一九六一年761万ha。

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 著者は岡山大学教授で、農学・文学ともに造詣の深い詩人です。実際に農業にも従事しながら、教授もし翻訳もし、詩も創るというパワーにはいつも圧倒されています。本詩集でもそのアカデミックさと市井人としての視線がいかんなく発揮されていると云えましょう。ここではタイトルポエムを紹介してみましたが、その学識と詩に深さに敬服しました。学識の深さが詩の深さにつながるとは必ずしも言えないのですが、著者の詩に関してはそれが見事に達成されていると思っています。「二億年以前に生まれたイネたち」の歴史はその後の人類の歴史に重なります。そこを見据えながら人類の将来、地球の未来を語る好詩集です。ご一読をお薦めします。



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