きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2007.8.20 神奈川県真鶴半島・三ッ石 |
2007.9.13(木)
その2 その1へ
○田代卓氏詩集『晩鳥の森から』 |
2007.9.20 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税 |
<目次>
ウサギの爪音 6 糸とんぼのヤゴ 10
コバネイナゴ 14 超空洞を過ぎたあたりに 18
晩鳥(バンドリ)の森から 24 植物の吐く生ぬるい息が 28
クルミ実験林 32 稲刈りの田んぼ 36
追い抜く一群 40 詩人のカカト 44
眼の底に 48 杉木立の回廊で 52
叱られるよ 56 田んぼを作る 60
コイ 64 トグボ 68
ウンリュウヤナギ 72 風の季節 76
種 seed 80 模様の秋 84
ダル・セーニョ 88 隠れ里 92
雪 96 大覚野街道 100
牛 104. 眠そうな 眠そうな 108
乳搾り 112. 水牛 116
残されたリンゴ 120. リードカナリーグラス 124
解説 人間と自然との濃密な交感世界 森田 進 130
あとがき 134
バンドリ*
晩鳥の森から
迷いを残したまま出発する
北奥羽のふところ晩鳥森の奥深く
ランドマーク アオモリトドマツの古木がたつ
苔むした太い幹から乳白色の霧がわく
私は虫よけスプレーを裸にぬり
体にムシロ苔を隙間なくはりつける
木洩れ日を映す樹陰のシダに
光熱量子計をリセットする
光と熱の比が臨界にたっするとき
頂端細胞が呼吸にあわせてふるえる
考えないこと
脳から思考の回線をひきちぎること
五感のすべてをよみがえらすには
植物神経で反応を研ぎすますしかない
私が子供たちに伝えたいのは
古代から伝わる永遠のDNAの
紫色にゆれる可憐な糸口をつまみ
植物の小さなのぞき孔をとおして
自らの存在を認識するすべを
皮層の最外殻をおおう苔の膜を
天体で生まれたエネルギーが透過する
熱線と光粒子が摩擦し融合した瞬間
ゆっくりと晩鳥の森から飛翔する私は
膨張する宇宙の核心にむかうはずだ
薄闇のなかから聴覚がよみがえると
耳鳴りがとどろく脳髄の底から
遠くかすかに
なつかしい呼び声がリフレインする
* ムササビのこと。名の由来は、日没後、木の枝から枝へ飛び移ることからきた。
第1詩集です。ご出版おめでとうございます。農学博士号を持ち、秋田県八郎潟で農業を営むかたわら、5年前から「詩と思想研究会」で詩作を続けた著者の、その成果とも云うべき詩集です。ここではタイトルポエムを紹介してみました。「体にムシロ苔を隙間なくはりつけ」、「植物神経で反応を研ぎすます」という行為に驚きますが、これは実際のことなのか何かの喩なのかは判りませんが、「ゆっくりと晩鳥の森から飛翔」し、「膨張する宇宙の核心にむかう」ために必要なことと思います。新しいタイプの詩と考えてよいでしょう。今後のご活躍を祈念しています。
○詩とエッセイ『沙漠』248号 |
2007.9.10 福岡県行橋市 沙漠詩人集団事務局・麻生久氏発行 300円 |
<目次>
★ 作品
Treasure Hunting/平岡真寿 4 直中の老い/木村千恵子 5
激情カレー/千々和久幸 6 豪雨と雷と猫と、/原田暎子 7
メダカの話です/柳生じゅん子 8 電話/犬童かつよ 9
ちょっと違うだけで(12)ポテトチップス/穴戸節子
10 さつき/秋田文子 11
イーノックアーデン日本版その二/中原歓子 12 少女誘拐犯/河野正彦 13
食堂物産・山本園/河上 鴨 15 最後の引き揚げ船/麻生 久 16
にわか雨/藤川裕子 18 暗い春の朝/おだじろう 18
蛇/椎名美知子 20 愛の探究/菅沼一夫 21
家族/坪井勝男 22 青い花/福田良子 22
カティアのお返し/坂本梧朗 24 梅/風間美樹 25
■ エッセイ
より多くの書き手たちを連れ出して……/原田暎子 25
● 書評
織田修二詩集『光の中のシンフォニー』/柳生じゅん子 28 柴田康弘 30
『福岡県詩集2006年版』/寸評(6) 麻生 久 31
表紙・扉写真 坂本むつみ
最後の引き揚げ船
−二者による朗読のために 麻生 久
1957(昭和32)年5月20日 中国は北
京から天津 そしてタンクー その埠頭で待
機する興安丸 往きは中国人労働者の遺骨送
還の第7次奉持団を乗せて来た その一行と
遺児等の帰国者を含め 1776名は最後の
便として乗船する
夕方デッキの端に 鳥のように並んだ人々
ドラのけたたましい響きを合図に
埠頭に群がった人民服が何やら叫ぶ
投げるテープの端を争うのは友人か
脱いだ上着を打ち振るのは夫か
また会う日までとハンカチは舞う
「中国の歴史は長い 不幸な一時期はあった
が 香港経由が やがて北京へ 直行便で来
られる日がくる事を祈ってます」との周恩来
総理の声を 中南海で聞いたのは一昨日だ
出航して一夜明けると 黄砂が覆う空の下
甲板に人影はまばらだ だが船長室で 先ず
釈放戦犯6名の記者会見
年令は50から88才 内病気4 刑期満了2
職務階級で最高は憲兵と歩兵の大佐 佐官級では軍医も
罪状(刑期)230人処刑(14年)※石井部
隊送り(13年)ソ連スパイ送り(16年) 中
共党員送り(15年)大物暗殺(8年)
反省の言葉「戦争は罪悪 平和の為に余生を」
帰国者で便乗者を除く人達は 予め紅十字
で4大隊 下は分隊に編成されていて それ
らの代表が集合
問)どこかにおられましたか?
答・東北地区 黒龍江省が多い 他に吉林
撫順 天津 山東 河北 上海等
問)女の方が多いが 何をされてましたか?
答・開拓団にいたが 主人は召集され 子
供は亡くして転々 戦後中国人と結婚
問)ここに孤児は?
答・親とバラバラになって 今度は10人
問)戦後も12年 今までなぜ?
答・育ての親との別れ辛さ 私(代表)は
居残って植樹の教師養成
問)紅十字は面倒みてくれましたか?
答・開拓団の人は18元位しか持ってなかっ
た 肌着衣類革靴 パーマもかけて60元
くれたと
22日の朝 帰国の皆さんは朝食後 デッキ
に出て右舷を眺める 九州は霞んで見えない
白い波濃紺色の日本海 漁船が目立ち巡視
船も やがての解散に思い出の分隊毎の集合
写真・記者たちの出番 やがて軽飛行機にヘ
リコプターの歓迎 手を振って答える帰国者
ああ祖国 山陰沖をひたすら 舞鶴へ更に
一夜
23日 入港の前夜 興安丸の船長から 送
別の宴(うたげ)の招待 奉持団長と国会議員の随行者
記者10名にも
興安丸は戦前は関釜連絡船
戦後は引き揚げ船
この航海を最後に廃船となる
玉有船長は関門で水先案内人
とっておきのウイスキーで乾杯
ところで私も役員を辞し東京を去る
※石井部隊=細菌戦提唱の石井四郎軍医中将が旧満州で731部隊を創設・動物実験だけでなく生きた人間で実験・戦後その非人間性が問われた。だがその研究成果を米軍に渡す事で、不問に付された。
〈参考文献〉731部隊の真相(ハルゴールド著)七三一部隊(戦争犠牲者を心に刻む会刊)七三一部隊のはなし(内野留美子著)731(青木冨貴子著)細菌戦部隊(同研究会編)論争731部隊(松村高夫編)731免責の系譜(太田昌克著)インターネットより
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「二者による朗読のために」という副題がある通り、明朝体とゴジック体の部分を別々の人が朗読する前提だと思います。ブラウザでのゴジック体は明朝体と区別がつきにくいので、ゴジック体の太字としてあります。また、註釈はベタとしてありますこと、ご了承ください。
作品は私が8歳の頃の出来事ですから、記憶にありません。その後、長じて書物やTVなどで内容は知るようになりましたけど、改めて作品化されたものを拝読すると、歴史の貴重な証言だなと思います。作者はリアルタイムで体験していることだと想像していますが、こういう作品はもっと多く書かれなくてはならないでしょう。できるだけ風化させたくないものです。そんなことを感じながら拝読しました。
○季刊・詩の雑誌『鮫』111号 |
2007.9.10 東京都千代田区 鮫の会発行 500円 |
<目次>
鮫の座/原田麗子――表紙裏
[作品]
ある島国に生まれて/仁科龍――2 予感/原田麗子――4
ああ文明/瓜生幸三郎――6 海溝へ、地の底へ/井崎外枝子――8
知られざる乱/前田美智子――12 まけてくれへんやろか/芳賀稔幸――15
朝、ひと時/芳賀稔幸――16 森の、ツォツィ/原田道子――18
[詩書案内]
大掛史子・詩集『桜鬼(はなおに)』/芳賀章内――20
弓田弓子・詩集『ベケットが少し動いた』/高橋次夫――20
禿慶子・詩集『我が王国から』/原田道子――20
[作品]
くずれる家だけど/大河原巌――22 螢の裏声/飯島研一――24
秩序/高橋次夫――26 魚影あり/松浦成友――28
老いた眠りの定説/いわたにあきら――30 会話/岸本マチ子――33
綴方教室(T)/芳賀章内――56
[謝肉祭]
読みたい・む/前田美智子――39 こころは脳の中の水から/原田道子――40
[詩誌探訪] 原田道子――41
編集後記 表紙・馬面俊之
魚影あり/松浦成友
――宮地広へ――
魚の影を追っていたい あの 一瞬の 影を
水を打つ そして 彼方へと消えていく 幻
の肢体
なだらかな背面と液体を近づけぬおびただし
い鱗のきらめきは 海に射す 光の帯を浴
びて 乱反射し 波の化身と化してしまう
蒼い 透明の 薄い 裸体で 走りゆく
水を切り裂き 時空を超えていく
あの目だ 汚れたものを映さない目
感情という地上の有様を何も求めない眼よ
流れる音楽を乱さずに擦り抜けていく皮膚
水底に映る影
めくるめく眩い行跡を作る……
あまり釣をしたことがなく(作品は釣ではなく、観察のように受け取れますが)、「魚の影を追」うという経験が少ないのですが、作品全体から魚に対する愛情のようなものを感じます。特に第2連の「液体を近づけぬ」、「海に射す 光の帯を浴/びて」、「波の化身」などの詩語にそれを強く思います。愛情の理由は第4連でしょうか。「汚れたものを映さない目/感情という地上の有様を何も求めない眼」というフレーズは、作者の並々ならぬ魚への思いが込められています。稀有で、おもしろい作品だと思いました。
○個人詩誌『魚信旗』39号 |
2007.9.15 埼玉県入間市 平野敏氏発行 非売品 |
<目次>
旅の行方 騒ぐ魂 1 旅の行方 夢枕 2
写真集:8月の散歩道 5 旅の行方 沈黙 6
旅の行方 山へ 8 旅の行方 島巡り 9
後書きエッセー 10
旅の行方
騒ぐ魂
なぜか遠くへ行きたがる
時宜にかなえばだまっていても
遠いところに行けるのに
遥かな旅をなぜ人は恋うるのか
今朝も旅の広告を新聞に見て
カネと日数と料理と景色と
宿の部屋と温泉の有無などをチェックしながら
はや旅の舞台は空転していて
あとは決断だけ
留守中のこと心配だらけ
私と妻の持病のことも頭をよぎり
熱い季節はいやだねと
こうして二転三転計画の前段は頓挫して
新聞の次のページの商品広告に目が移っていく
行ったことのない場所をあこがれて
涎(よだれ)だけを垂らす旅路もあるのだと
誰もが体験している
これも想像上の旅の通過点
ほんとうの旅の行方はわからない
魂の安住を求めて
ことによっては不帰の果てしない彼方までも行くことがある
旅の準備中に急逝した七十三歳の友がいた
ここ十年ばかりは毎年海外を旅してきた元銀行マン
成田空港に向かう途中突然倒れて不帰の人となった
アフリカの貧困地帯をまわってくるはずだった
くるりと向きを変えたいま . .
旅の魂は黄泉にあらせられて ゆめ豊穣か聞いてみたい
言葉が必要としないその場所は ああ幸(さき)わいか聞いてみたい
今号のテーマは旅=Bそれも実際の旅行のみならず人生の旅≠煬ゥ据えた作品群です。ここでは巻頭の「騒ぐ魂」を紹介してみました。「はや旅の舞台は空転していて」というフレーズはよく判りますね。旅の楽しみは行く前から始まりますが、その多くが「空転」してしまいます。まさに「行ったことのない場所をあこがれて/涎だけを垂らす旅路もあるのだと/誰もが体験している」通りです。
第2連は「成田空港に向かう途中突然倒れて不帰の人となった」、「七十三歳の友」の「黄泉」への旅を扱っていますが、「言葉が必要としないその場所」へは、いずれ誰もが訪れる旅先。「幸わい」多いところであってほしいものです。
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