きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.9.9 東京・浅草




2007.10.25(木)


 夕方、所要で実家に帰りました。通常は昼間の帰省が多く、日が暮れてからというのは珍しいことです。実家は静岡県小山町。私の現住所も田舎ですけど、もっと田舎で、久しぶりに暗い夜でした。遠くの東名高速の明かりと疎らな街路灯の世界。子供の頃の夜がそのままです。ネオンもなし、呑み屋さんもなし。たまにはいいものです。



『続現代日本生活語詩集』
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2007.11.1 「続・現代日本生活語詩集」編集委員会編
大阪市中央区 澪標刊  1524円+税

<目次>
はじめに−有馬 敲 1
T北海道・東北
乾 葉子 イタンキ浜 14          大村孝子 ごまんざい 16
斉藤征義 星の位置 18/ハッタルセ深潭 19  原子 修 海 20/三平汁 20/鴎 21
矢口以文 プロポーズ 22          渋谷 聡 こいでぇあ 24
斗沢テルオ ジョッパリりんご26/しなぷけ27 木村淳子 凍れるねぇ 28
児玉智江 母親像 30/偽善者 31      斎藤彰吾 義理しび考 32
佐藤春子 同級生達へ案内 34/案内 35   高橋トシ ふうせんかずら 36
中澤 彰 サンマ 38/雨 39        藤野なほ子 林檎園 40
森 三紗 飢餓っ子 42/絣の夜具 43    山本くみ 陸中国天一眼神 44
吉野重雄 かでぇろ 46           渡邊眞吾 江釣子村の唄 48
八重樫哲 迎えだなんて 50         山家常雄 独白
死んだ兵士たちの歌4 52
黒沢せいこ 雪女の湯っこ 54        白根厚子 凍った月 56/ぬくだまりの心 57
田口 映 帰宅−凍み大根− 58       島村圭一 For ever 60/春先 61
U関東・中部
鈴木文子 おはなし 64           星 善博 願かけ茶毘の話 66
辻元よしふみ せんじんくん 68       水崎野里子 べらんめえ! 70/息子がスーツを着て行く朝 71
安永圭子 ヒュルヒュルと咽を通る 72/飛べ飛べ自転車 73
佐川亜紀 っていうか 74          山越敏生 六十二年目の跡地 76
徳沢愛子「かさだかであるようなないような日常」78
岡崎 純 敷居またぎ 80/土 80/夢 81  吉村伊紅美 モーニングサービス 82/旧友 83
加藤千香子 駅の名 84           川端 進 年寄りに新湯 86
谷本州子 母の米寿 88           田畑 実 瓢箪から出た話 90
中岡淳一 橋を渡るごとに 92        山本倫子 出来過ぎのはなし−キャベツ瞑す− 94
V関西
小川聖子 相合傘 98            穂田 清 お婆ちゃんの茶飲み話 100
有馬 敲 仕事 102/いましめ 102     井上哲士 そやけど…… 104/からす 105
白川 淑 お月さん106/いざよい(十六夜)106 田中国男 遺言のように 108/虫の詩法 109
戸田和樹 寒梅 110
.            根来眞知子 寂しいお金 112/眠り考 113
日高 滋 先達・うぱーりさん 114      本多清子 祇園石段下界隈 116
村上知久 おとぎばなし 118
.        安森ソノ子 パリでの京女 120/衿もおくみも 121
山田英子 イタチみめよし 122/京女三人よれば 123
和田杳子 京都っ子 124
.          秋野光子 そんなに あわてんかてええやん 126/火の消える時 127
池田美砂子 歳いくってなに 128
.      今井直美男 かわいいね 150/ダラメ 130/惜しいなあ 130/今日の天気 131
井元ひとみ「何 しょん!」132/良縁 133  荻野優子 ふるさと 134/おくりっこ 135
川辺奈津子 子どもたちの自慢話 136/中年夫婦 137
佐相憲一 ゴマフアザラシさん こんにちは 138/コウモリ 139
島田陽子 いいかげんにしてや 140/だかまえる 141
寺本美智子 薬が嫌いな あつばあちゃん 142/主治医 143
富岡みち おばちゃんイタリアを往く 144/ひとりの人間 145
西田彩子 回転ずし星で 146
.        若松千恵子 押し問答 148
出石アカル 折り紙 150
.          玉川侑香 ご破算で ねがいましては 152
熊井三郎 メタぽん養生訓 154/重役とOL 154/大阪西天商店街 155
司 茜 はんごろし 156/夕日 157     八ッ口生子 ふるさと 158/京都から東京へ 159
曽我部昭美 元一等兵トシやんの話 160/麻痺 161
武西良和 トゲ 162/ことば 163
W中国・四国
永井ますみ 嵐のあと(弥生の昔の物語より) 166
真田かずこ 職員室 168
.          洲浜昌三 石見銀山 五百羅漢 川/花ビラのように 171
田村のり子 取り替えばや−竹島物語 172
.  岡村茂子 たけのこ泥棒 174/ホームシック 175
くにさだきみ <ほとばかいとる>共通語 176
. 斎藤恵子 繭玉 178
重光はるみ うわさ 180
.          壷阪輝代 おばさんの庭 182
なんば・みちこ 誰なのか 184
.       日笠芙美子 午前二時 186
山下静男 重ねた足がはずれる間の 188
.   上田由美子「どないしたん」 190
魚本藤子 美しい声 192/林檎 193     長津功三良 うじむし 194/ひろしまにて 195
藤元温子 存在 196/待合室 197      堀川豊平 五月問答 198/照魔鏡スケッチ 199
宮田小夜子 きんかんスパイラル 200
.    神山恭昭 デジタルビデオカメラ 202/愛情と尊敬 203
せんばふみよ おっとろっしゃ 204
.     中村玲子 柿 206
堀内統義 教室から 208
.          森原直子 桐の花が咲いとったよ 210
小松弘愛 のうがええ 212
.         鈴木網代 白い紙テープ 214
西岡寿美子 秋のうた 216
.         山本 衞 沙魚に 218/川 219
V九州・沖縄
おだ じろう 『くじょう』があるけん 222  門田照子 うしろ姿 224
中原歓子 ひとりごと 226
.         働 淳 カード・クローン 228/鳥の木 229
原田暎子 婆のひとりごと 230
.       樋口伸子 夢の高ざるき 232
斉藤宣廣 爺ちゃんの呟き 234/目が提灯 235 柳生じゅん子 魔法 236
田中洋子 ナガサキから 238/ララバイ 239/ばってん長崎 坂のまち 239
古賀博文 王墓の春 240
.          宇宿一成 おしごと 242
藏薗治己 洟をずんだれた神さあ 244/清蔵妻 244
田上悦子 母のかんつめ節 246/老いた母恋鳥 247
竹内美智代 あげどうふ 248
.        南浜伊作 母の呟き 250/鰯の缶詰 250/ないもかいもほたい忘れっ 251
飽満 敏 舟は山野を走る 252
.       高良 勉 老樹騒乱 254
佐々木薫 雨乞い謡 256
.          芝 憲子 のんきな店のちいさなもの 258/海岸線 259
中里友豪 9・11 260            山入端利子 ゆるんねんいくさば(夜のない戦場) 262
作者紹介 264
あとがき−島田陽子 276           装丁・挿画 田中国男



 夢の高ざるき/樋口伸子

となりのケンちゃんが居らんごとなった
近所の小母さんたちも手分けして探した
校庭の鉄棒にはランドセル
町中の川の下り段にシャツと
穴の空いたズック靴
点在する遺留物件をたどって
名探偵のお祖父ちゃんに
やっと見つけられたケンちゃん
原っぱの木の下に眠りこけていた
拾った子犬を抱いたまま

学校帰りにさるき回ったらいかんとバイ!
なんべん叱
(が)られても根っからの夢野久作どん
こらぁ よっぽどの大もんかバカタリや

となりのケンちゃんがまた居らんごとなった
辰巳屋の大将が博多大橋の付近で見かけ
スクーターの後に乗せて無事ご帰還
堀端を通るチンチン電車と
走りぐっちょをして駆けてるうちに
知らんところまで行っとったげな
ケンちゃんの高ざるきは有名やった
大人になっても やまらんやった
嫁さんもろても やまらんやった
好いて好かれて歳をとっても直らんやった
集金に出たまま博多の街をそうついて
子どもがでけても治らんかった
走りぐっちょも呑みぐっちょも強かばって
商売の儲けぐっちょは すったりやった
そいばって かわいか嫁女と誰かれに
良う好かれたんは人徳ちゅうもんやろか
番頭さんと嫁さん泣かせの高ざるき
爺さんになっても仏さんになってもバイ
(いんま)に仏壇からも墓からも抜け出すとよ

きのう十年ぶりに蛍ば見に行ったら
ふわっふわあっ てケンちゃんのたましいが
夢のごと夜の高ざるきば しござった
うれしかばってん恥ずかしかねぇ
これ ウチの兄ちゃんやもん

わが付けた生前の贈り名も立派なもんたい
〈無冠の大夫藤原のバカ足り〉
愛らしか蛍になった嫁さん相手に
きょうも元気に焼酎呑みござる

 *さるく=「為(し)歩く」から、ぶらぶら歩く
 *高ざるき=遠出、遠くまでぶらつくこと
 *――ぐっちょ=――を競うこと

 昨年6月に刊行された『
現代日本生活語詩集』の続編です。一般にはまだ馴染みの薄い生活語≠ノついて、あとがきで島田陽子さんが次のように書いています。
<生活語とは何か、を掘り下げるとき、有馬敲氏が第一集(二〇〇六年版)の「あとがき」に書かれたように、方言以外に俗語、職業語、専門語、若者語なども含める広い視野で考えるべきではないか、という提言は示唆に富むものといえる。つまり、共通語以外の、すべての日本語、アイヌ語まで含めて、それぞれの生活に根ざしたことばを指している。>
 この生活語で書かれた第2集というわけです。私の居住する神奈川県西部にも、細かく言えば小田原弁や平塚弁などがありますが、総じて標準語≠ノ近いので、各地の生活語には目を瞠るものがありました。

 一例として福岡にお住まいの樋口伸子さんの作品を紹介してみました。「
さるく」「高ざるき」「ぐっちょ」などは註釈がないと判りませんが、なんとも味のある言葉です。ここを標準語にしてしまっては「ケンちゃん」の人間性まで消えてしまうでしょう。福岡という地域を背負って立っているような「ケンちゃん」の姿が生き生きと浮かんできます。
 北海道から沖縄まで、まさに現代日本の生活語で書かれた作品は、現代詩の閉塞に風穴を開けるものだと思います。ぜひ書店でお求めになって読んでみてください。お薦めです。



星清彦氏詩集『砂糖湯の思い出』
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2007.10.21 東京都新宿区
サンライズパブリケーション刊  非売品

<目次>
前書きとして 5
「愛来風優」より
故郷 6                  ひとつの星屑物語 8
愛来風優 9
「月夜のうさぎ」より
駅の風景 〜冬〜 11            憧れ色の風 12
佑樹 〜生まれ来た君に〜 13        月夜のうさぎ 15
「駅の風景」より
黒い自転車と麦藁と 18           妻の攪乱 20
駅の風景 〜春〜 21
「蝶旋階段の夏」より
風のパンチュール 23            七本の向日葵 24
大きくなった佑樹 26
「君の掌」より
脳外科病棟 29               透明な現実 32
君の掌 33
「峠の石に腰かけて」より
クレヨンの夏 36              匙で掬う 37
峠の石に腰かけて 38            ラフティングなるもの 39
出世稲荷 44
「卒業」より
往来には 48                菜種梅雨 49
卒業 50                  幸福の値段 52
大手を振って 55              星さん初めてジュエリーを買う 59
絆 64                   石に 67
帰るということ 69
「卒業」以後
第二最上川橋梁 72             昭和五十年神田神保町界隈 76
二人暮らし 81               砂糖湯の想い出 84
半生 87



 砂糖湯の想い出

運送会社の社宅が私の記憶の始まり
その幾つかの社宅の真ん中あたり
共同井戸のようなところが
母親達の社交の場だった
その井戸の二軒ほど隣の家に
足繁く遊びに行っていたことを
ぼんやりと覚えている
その家の子供は小児麻痺で
歩くことが叶わず
寝てばかりいなくてはならないのだった
だから小さい私などでも遊びに来てくれるのが
嬉しかったのかも知れない

それはその少年の母親が
作ってくれたものだった
砂糖湯を初めて飲んだ時の
たまらない感動
温かくて 甘くて
今までのどんな飲み物よりも美味しかった
子どもの私とその少年は
きっと顔を見合わせ
微笑んでいたに違いない
あまりの驚きで 家に帰ってすぐに
自分の家でも作ってもらったが
それは母の手で作られても
矢張り美味しかった
三歳か四歳の頃だから
昭和三十四年か三十五年の
戦争が終わってまだ十年と少しの頃の話である

けれども今では誰もあんなもので
感動する子供はいないだろう
むしろ不満顔になって飲みもしない筈だ
どれでも美味しいことは当たり前
大抵のことではもう感動なんて
ありはしない
決して豊かではなかったけれど
決して不幸ではなかったあの頃
一体何が幸せで
何が不幸せなのだろう
小さな匙一杯の砂糖しか入っていないお湯だけでも
幸せになれるほど
幸せはずっと身近にあった筈なのに
豊かであることと引き替えに
幸せは何処に置いてきてしまったのだろう
幸せは何処に飛んでいってしまったのだろう

掌の中で温かかった幸せを
あなたはまだ覚えていますか

 19歳で出した第1詩集から一昨年の第7詩集までの抄録に、最近の作品を加えた詩集です。タイトルポエムを紹介してみましたが、私にも「砂糖湯の想い出」はありますね。「決して豊かではなかったけれど/決して不幸ではなかったあの頃」を思い出します。現在の「豊かであることと引き替えに/幸せは何処に置いてきてしまったのだろう/幸せは何処に飛んでいってしまったのだろう」という嘆きは、「昭和三十四年か三十五年の/戦争が終わってまだ十年と少しの頃」を知っている者の共通の認識のように思います。
 本詩集中の
「幸福の値段」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて星清彦詩の世界をご鑑賞いただければと思います。



詩とエッセイ『海嶺』29号
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2007.10.30 さいたま市南区
杜みち子氏代表・海嶺の会発行  非売品

<目次>
扉詩 河村靖子/意志 1

植村秋江/貢もの・帰り道 4        杜みち子/草原・番傘 8
河村靖子/ひまつぶし・理由 12       桜井さざえ/夫婦岩・共潜ぎ 16
散歩道<空>
杜みち子/母の空 21            河村靖子/私の中の空 22
桜井さざえ/もうひとつの空 23       植村秋江/空いろいろ 25
雑記帳 27
編集後記                  表紙絵・カット 杜みち子



 意志/河村靖子

咲き揃った花の位置を
変えた途端
いきものとしての主張が始まった

五つの顔が キッと
前を見据えている

今日の胡蝶蘭は
すこし不機嫌

 今号の扉詩です。「胡蝶蘭」にも「意志」があるという作品ですが、「すこし不機嫌」というところが良いですね。これが機嫌の良い胡蝶蘭では意志を感じさせません。人間の都合や気ままによって「位置を/変え」られたからこそ「いきものとしての主張が始まった」のでしょう。擬人化は詩の手法として頻繁に使われますけど、この詩の場合はそう言えるかどうかギリギリのところだと思います。その意味でも、扉詩らしく見事な作品と思いました。



月刊詩誌『柵』251号
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2007.11.1 大阪府箕面市
詩画工房・志賀英夫氏発行 572円+税

<目次>
現代詩展望 世界に挑戦する詩人の言葉−嶋岡晨詩集『キープ・カマヨに捧げる詩』…中村不二夫 72
審判14 逆照…森徳治 76
流動する今日の世界の中で日本の詩とは35 第三次韓日詩の祝祭報告「アリラン」と「ふるさと」大合唱…水崎野里子 80
薄田泣董と大阪5 作品にかかわりの深い人たち…黒田えみ 84
風見鶏…石内英典 寺内宏之 滝口忠雄 小林妙子 吉原幸宏 90
現代情況論ノート18 サッカーの勝利とテロ…石原 武 92

江良亜来子/熟柿 4            進 一男/旅の途中で 6
大貫裕司/茗荷 8             肌勢とみ子/ミシシッピー河 10
南 邦和/火切地蔵 12           山崎 森/やがて啼かなくなる 14
今泉協子/夏いくたび 16          宗 昇/そこ 18
柳原省三/心の宝石 20           名古きよえ/受け継がれてきた草木の文化 22
平野秀哉/バトル 24            忍城春宣/怒り富士 26
北村愛子/食事 28             山口格郎/「新学部」続出 30
八幡堅造/欲しいと求めないの間で 32    中原道夫/隠れん坊 34
織田美沙子/譚詩舎にて 36         小沢千恵/雨あがりの空の下で 38
西森美智子/谷町筋 40           川内久栄/「かげろうの羽」という呼び名にしたい 43
小城江壮智/枯れ葉 46           安森ソノ子/タクラマカン砂漠の少年 48
北野明治/道 50              門林岩雄/料理法 他 52
松田悦子/かわたれて新宿 54        鈴木一成/昨日今日 56
字井 一/小さな贈り物 58         月谷小夜子/光を連れて 60
若狭雄裕/山茶花の慕情 62         前田考一/迷想義務教育 64
野老比左子/寂として 66          佐藤勝太/闇の炎 68
徐柄銀/水尾の詩 70

世界文学の詩的悦楽−ディレッタント的随想17 タゴールの『ギータンジャリ』から−死生観をめぐって/小川聖子 94
世界の裏窓から−カリブ篇3 カリブ海のホメーロス/谷口ちかえ 98
ベトナム現代詩人レ・パム・レの詩6『風はどこから吹く』/水埼野里子訳 102
コクトオ覚書226 コクトオの詩想(男娼/風聞)数々6/三木英治 104
丸山由美子著「上田幸法論」を読む 詩精神の決別と和解の書/神谷 恵 108
東日本・三冊の詩集 中正敏『星ではない』 今村弘光『うちの柱時計』 梁瀬重雄『野辺の唄』/中原道夫 110
西日本・三冊の詩集 岡隆夫『二億年のイネ』 蔭山辰子『ヘリオトロープの花たち』 羽室よし子『南の向こうから明日は』/佐藤勝太 114
受贈図書 89  受贈詩誌 117  柵通信 118  身辺雑記 121
表紙絵 中島由夫/扉絵 申錫弼/カット 野口晋・中島由夫・申錫弼



 怒り富士/忍城春宣

濃霧で登山道が見えない
晴れるまで 山傍
(やまび)
火を焚き 暖をとり
にぎりを頬張る

突如 空の一角に
茜が広がった
焼けただれた
頂上の茶肌が見える
赤富士だ

目を凝らすと
頭上に薄い笠雲がかかった
と思いきや
乱気流が笠雲を蹴散らした
富士の怒りだ

 富士山の赤富士はなかなか見られるものではありません。夕方、私の家の裏山にあたる足柄峠までクルマを飛ばして見に行ったものですが、年に何度も空振りでした。この作品では富士の登山道から見ているようですから、見事なものだったんでしょうね。乱気流も遠くからでは判りませんので、近くから見ただろうことが推測されます。その乱気流を「富士の怒り」としたところが眼目で、気流の悪い富士山上空を自身に引き寄せています。一幅の絵を観ているようで、富士の麓の住む詩人の面目躍如たる作品と云えましょう。



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