きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.10.15 箱根・湿生花園のコウホネ




2007.11.24(土)


 根津の「立原道造記念館」に行ってみました。一度訪ねてみたいと思っていたのですが、行ってみると東大弥生門の目の前でした。3階建てではありますが、驚くほど小さな記念館で、道造のゆかしさが具現しているようにも感じす。企画展は「生前未発表詩・物語を中心として[前期]」となっていました。手づくり詩集も4冊展示されていて、なかなか見応えのあるものでした。

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 写真は、電柱と電線が何とも無粋ですが、記念館の外観です。床面積は拙宅と変わらないのではないかと思ったほどです。まあ、都内ですからね、個人の設立で記念館として存続しているだけでも立派なものと言わなければならないでしょう。
 展示はさすがに充実していました。東大工学部建築科出身らしく、デバイスやコンパスの製図用具、幻のヒアシンスハウスの模型などもあって、道造の息吹に触れることができます。道造ファンならずも、日本の詩に関わる人は一度見ておくと良いでしょう。お薦めです。



林木林氏詩集『植星鉢ぷらねたぷらんた
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2007.11.20 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊
 2000円+税

<目次>       夕焼け 6      ひとこと 12
秋晴れの朝に 16   空のいろ 20     金魚 24
九月 30       みなも 36      庭 40
母 42        銀河すくい 46    白紙 50
進級 54       プール安らかに 58  ずっとむかしの九月 62
歯 66        翼の蕾 70      花 74
水曜日の都合 78   宇宙の赤ちゃん 82  夕陽の中で 88
あとがき 94



 

太陽に葉っぱがあって花びらがあった
星空に枝があって幹があった
月の中に桶を降ろして水を汲んだ
雲が晴れると小さな庭が見えた
木陰が揺れ花が咲いて井戸があった
あなたと私は星をもいでは食べて話をした
私たちの木靴のそばには
太陽が咲いていた
母さんが私たちの名を呼んだけれど
私たちにはどちらが自分の名なのか分からない

 第1詩集です。ご出版おめでとうございます。しかもこの詩集は自費出版ではなく、企画本というのですから羨ましい限りです。正確には第15回詩と思想新人賞の副賞としての出版ですが、第1詩集を企画で出せるというだけでも幸先の良いスタートと云えましょう。
 詩集に「
植星鉢」という作品もありませんし、読みの「ぷらねたぷらんた」も造語だと思います。この言葉を採っただけでも彼女の言語感覚が判ろうというものですが、ここでは最も短い「庭」を紹介してみました。「植星鉢」は直訳すれば星を植えている鉢≠ニいうことでしょう。それをこの「庭」からも読み取ることができます。私たちの小さな人生だけでなく「太陽」や「星」や「月」を相手にする視線は、現代詩が忘れ去ったものを思い起こさせてくれます。
 まだお若い詩人の、今後の活躍に期待しています。皆さんもどうぞ応援してあげてください。ちなみにブログは
こちら です。



斎藤さち子氏詩集『間』
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2007.11.1 栃木県宇都宮市
しもつけの心出版社刊  非売品

<目次>
T
角が取れるということ 6          姿勢 8
あとしまつ 10    扉 12        持ち味 14
立場 16       柔らかに 18     間 20
天秤 22       ほどほどに 24
U
心のひだ 28     丸い背中 30     見えない 32
ひかり 34      涙 36        ものさし 37
たなごころ 38
V
これから 42     タテヤマリンドウ 44  芽吹く 46
しだれ桜 48     歩調 50
あとがき 52     写真:齋藤 茂    題字・レイアウト:井上光夫



 角が取れるということ

人の心は円だよ
円になるように
心の角を取るのだよ

そして
あなたの心は今
尖った三角形ね
数学の女教師は笑った

私は
新聞紙で尖った三角形を作り
角を次々と鋏で切っていった

なるほど
角が無くなる
紙は小さくなるばかり
そして 新聞紙は無くなった

ある日
数え棒で三角形を作り
棒を一本増やして四角形
一本足して五角形
一本加えて六角形
また一本 また一本
一本ずつ数え棒を増やし続けた
大きな大きな円ができてきた

角は取るのではなく
増やしていくものなのだ

 「なるほど」、「新聞紙は無くなっ」てしまったかと思いました。そこまでは私でも考えつくかもしれませんね。しかし第5連は思いもしませんでした。この発想はすごいことです。頭がしなやかでないと出てこないかもしれません。これからは「心の角を取る」とは言わずに「角は取るのではなく/増やしていくものなのだ」と言うようにしましょう!
 本詩集中の
「たなごころ」は、3年ほど前に拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて斎藤さち子詩の世界をお楽しみください。



個人詩誌Quake28号
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2007.11.25 川崎市麻生区 奥野祐子氏発行
非売品

<目次>
右と左 一      ジャガイモをむく手 六
朱の一点 七     午睡 十一



 ジャガイモをむく手

  台所の片隅で ひっそりと ジャガイモをむいている
 ふしくれだった 傷だらけの手。 朝早く 道端を掃き清める
 しゅっしゅっしゅっという 箒の音。 乾いた植木に 水をやる
 ときに ふわり たちのぼる 土の香り。
  世界の片隅で 単調に繰り返され続けている 慎ましい営みに
 瞳を閉じて 思いをはせる。 祈りのような気持ちになって
 あの手を あの音を あの香りを まるで 自らの身体の一部の
 ように くっきりと 思い出す。
  その中心に 恐ろしく煮えたぎる 怒りのマグマをかかえた
 惑星でさえもが ひれ伏し 静かに回りだすような 無欲な手
 素朴な音 いのちのにおい。
  薄暗い台所のすみっこで ふしくれだった手に 包丁を握り
 無心に ただ ジャガイモの皮をむいている。世界をまあるく
支えているのは ただひとつ そんなあなたの傷だらけの手なのだ。

 個人詩誌『Quake』と一緒に、最近はA4版2枚の「Gravity」という通信も添えられるようになっています。その中にアメリカの画家アンドリュー・ワイエスのことが書かれていました。中年の一人の農婦を10年以上に渡って描き続けた「ヘルガ」という作品があるようです。
 ワイエスは先日、青山ユニマット美術館で初めて観たばかりですが、農家や納屋を静かな色調で描く印象深い作品ばかりでした。そのときに求めた画集を繰って「ヘルガ」を探してみましたけど、残念ながらそこには載っていませんでした。しかし、画集の印象の延長として「ヘルガ」を想像することができます。紹介した「ジャガイモをむく手」は、おそらくその「ヘルガ」を書いたのではないかと思いました。
 詩作品の鑑賞に他のことを持ち出す必要はなく、純粋にその詩を読めばよいのでしょう。「ジャガイモをむく手」も当然そのように読めます。でも、関連づけて読むと、さらに印象が深くなるんですね。おそらく「無欲な手/ 素朴な音 いのちのにおい」は、こんな色調、「ふしくれだった手に 包丁を握」っているのは、こんな構図、と想像力を逞しくして拝読しました。それもまた詩の読み方のひとつではないかなと思っています。間違っていたらゴメンナサイですけどね。



『かわさき詩人会議通信』45号
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2007.12.1 非売品

<目次>
散文
永井荷風は「小説作法」で読書、思索、観察を強調/河津みのる
名作童話から詩心を学ぶ/斉藤 薫

二〇〇七年 秋/枕木一平          小田実さんと/寺尾知沙
さがしもの/山口洋子            フォークダンス(二)/丸山緑子
約束の秋/さがの真紀            早朝さんぽ問答/小杉知也
リックサック/寺尾知沙



 さがしもの/山口洋子

天をのぞめば曇り空
地を踏みしめれば
雨に湿った黒い土
人はそれぞれ
誰も心をあやつれない
練炭自殺の惨い集団
家族の嘆きの外に
思いつめた魂の果て
天使は羽を閉じ
イエスキリストに額ずく乙女は
神にひたすら祈る
いずれの一日も一日

苦悩と悦楽は矛盾の中
無理に引きはがせば血がしたたる
日常の些未(さまつ)な行為に
偽りがひそんでいても
微笑んで飲み干せばいい
舌に受けるほろ苦さも
人生の薬にはなる
曇り空は永遠とはいえない
晴れヽばたちまちに蒼穹
月さえも同じ舞台に昇らせる

一喜一憂 未熟な魂
詩という得体のしれないものに
愚かしくも 命そそぐ
暮らしに潜む惨状 あの人此の人
掬う心に鋭くそだった山椒の棘
百舌がキィーキィー呼びかける
思わせぶりな言葉はいらない
せめて一条水の流れ
命を惜しむ呼びかけに
なにを差し出せばいい。

 「練炭自殺」をしても「神にひたすら祈」っても、「いずれの一日も一日」だと謂うのは名言だと思います。「曇り空は永遠とはいえない」、「思わせぶりな言葉はいらない」などのフレーズも佳いですね。タイトルの「さがしもの」は、最終連の「命を惜しむ呼びかけに/なにを差し出せばいい。」に懸かってくると思いますが、この設問はかなり深いことを言っているのでしょう。それを求めて私たちは生きているのかもしれません。



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