きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.8.1 東京日仏学院




2007.8.13(月)


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田中郁子氏詩集『ナナカマドの歌』
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2007.7.31 東京都新宿区 思潮社刊 2200円+税

<目次>
締まらない戸 8              ナナカマドの歌 12
わたしの知らないわたし 16         唄の行方 20
雑木林 24                 鳥影 26
雪の時間 28                カヤパの庭 32
オブジェ 34                所在 36
花冷え 38                 降ってくるのだ体の中に 42
遠い記憶の風の中で 44           六十年 48
白の旋律 52                そのままの朝 54
遊び 56                  花いちもんめ 58
一つの風 62                夏の終わり 64
春の雪 66                 冬の記 68
夢 74                   カシミールの空 76
日を編む 80                ひそかな土地 84
山村の草 88                アセビの花 90
あとがき 93



 ナナカマドの歌

ススキが銀色になびく季節
わたしはちちやははから生まれたのでした
けれども ちちやはははわたしから生まれたのでした
やはりススキが銀色にひかる季節でした
高い山のすそ野でした
そこにはススキの原がみわたすかぎりひろがって
波うつしげみに深く生まれたのでした
ナナカマドがあかく実をつけると
わたしは逢いに行くのです
雪が降らないうちにおいでください
と 知らせてくるのです
わたしは高い所には近づかず
崖っぷちには近づかず
「死の陰の谷」
は通り抜け
足もとを選んで昇っていくのでした
ススキの原の空は白い雲と黒い雲が
あわただしくからみあって
陣痛を起こしているのでした
ここで ちちやはははもう一度あたらしく生まれるのです
わたしはかきわけてふるいちちやははをさがし
息のとどくほど近づき
横たわった背中に手をおく
するとあえぎながら――いってきます――というのです
ナナカマドがつやつやひかっていました
わたしは手をふって――いっていらっしゃい――というのです
にんげんの無数の訣別と約束の日々を
いま きた道を
やすらかに帰っていくのです
これで何度めでしょう
ナナカマドから知らせがきたのは

 * 「 」は旧約聖書の詩篇第二三篇

  5年ぶりの第6詩集だそうです。ここではタイトルポエムを紹介してみました。「わたしはちちやははから生まれたのでした/けれども ちちやはははわたしから生まれたのでした」というフレーズは輪廻転生と解釈できるかもしれません。「ふるいちちやはは」が「もう一度あたらしく生まれる」というところにもそれを思います。「にんげんの無数の訣別と約束の日々を」「ナナカマドから知らせが」来るという発想もおもしろく感じました。独特の思考回路に魅了される作品、詩集と云えましょう。



隔月刊誌『新・原詩人』13号
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2007.8 東京都多摩市 江原茂雄氏方事務所 200円

<目次>
《この詩XI》【鳥島紀行】(上) アホウドリのいる島/山室達夫 1
短歌 髪結い通り六番地/浴田由紀子 3   読者の声 3
両横綱/江原茂雄 3            亀山剣鶴坊さんの思い出/乱 鬼龍 3
冗句 乱 鬼龍 4

風/丸本明子 4              星ではない/中 正敏 4
詩と/まつうらまさみ 4          てのひらまつり/山田塊也 4
(『礫』25より) 山本日出夫 5       蛮族の王/小林忠明 6
短歌 湧水を欲る/津波古勝子 5
《多摩川シリーズ3》古墳と兵庫島/江 素瑛 5
悲しみと怒り/丸山裕子 6
事務局より



 船酔い/山室達夫

体を横ざまに傾けながら
蚕棚のベッドに差し入れ
ベッドランプをつけて
本のページを繰っている
さっき飲んだビールが腹のなかで
だぼり、だぼり
寄せては返している
時には無重力状態で宙に浮んでは
胃壁に容赦なく叩きつける

船が波に揺られる
俺は船の動きに身を委ねている
胃袋のビールは波に同調している
ぐらり、船が揺れる
ごろっと俺が転がる
ビールは胃壁を這い上がって
ばしゃっと胃の天井から崩れ落ちる
ぐらり、ごろり、ばしゃっ
ぐらり、ごろり、ばしゃっ

一定のリズムという奴が
大の苦手な俺を見透かしてか
出し抜けにピッチングがやってくる
すっと浮かしておいて
ぐぐっとベッドに押しつける
こいつは面白れえやと
胃袋のなかのビールまで
はしゃいでいやがる

〈四百トンクラスの船が一番揺れるぞ
だいたい船酔いってのはな
三半規管とか平衡感覚などは関係ねえんだ
天動説を信じるか、地動説を信じるか
どちらかで決まるんだ〉

それにおめえのような
体制順応主義者には
船酔いは縁はないよ
右と言われりゃ右・左と言われりゃ左
そういう手合いは船には強いのさ

何を言いやがる
それじゃここは一番
地球に忠節を誓って
重力って奴を盲信してやろうじゃないか
何が何でも船酔いしてやるぞ
と心にいささか決するところがあったのだが……

ところがどっこい
その念願の船酔いという奴が
なかなかやってこない
こいつはちょっと参った
成田山とくらあ、ういーっ
船酔いよりも
ビールの酔いが回ってきたようだ

ぐらり、ごろり、ばしゃっ
ぐらり、ごろり、ばしゃっ
どどっ、どすん
腹のなかのビールと一緒に
こいつは成る程面白えと
狭い船の通路をひらり、ひらり
泳ぎ回っているようじゃ
船酔いなんかできっこねえ

絶対背いたりしませんからと
御大師様、いや御大地様に
いったん忠誠を誓ったこの俺だったが
その俺を転がしたり、浮き上がらせたり
する力にはすぐ揉み手をして
擦り寄ってしまう
所詮船酔いなど夢のまた夢か
ういっー

 冒頭の「《この詩XI》【鳥島紀行】(上) アホウドリのいる島」というエッセイの作中詩です。鳥島でアホウドリを観察した紀行文が2回に渡って載せられるようです。今回の第1回目は小笠原諸島を過ぎたところまで。その船中の作品ですが、おもしろいですね。特に第4連、5連は言いえて妙です。「天動説を信じるか、地動説を信じるか」、「体制順応主義者には/船酔いは縁はない」などのフレーズに思わず笑ってしまいました。もちろんこじ付けですけど、説得力があります。それにしても作者は相当船酔いに強いようです。次号も楽しみです。



個人詩誌『魚信旗』38号
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2007.8.15 埼玉県入間市 平野敏氏発行 非売品

<目次>
消息 第一の詩話 1  消息 第二の詩話 4  消息 第三の詩話 6
消息 第四の詩話 8  消息 第五の詩話 9
後書きエッセー 10



 消息 第五の詩話

死者生者ひしめく高野からの消息
今の位置を報告するがごとくも便り
行く先のあるかに明るい友の旅

旅先の印象がまぶしい
先輩作家からのいつもの寸言絵葉書
気晴らしのひとり旅 取材の旅
家族サービスの旅 衝撃的な突然の旅
よく歩く先輩の消息は遺言のように厳しい
美しいものは心を豊かにするが自分の美を創れと
惹かれるものには心根
(こころね)の程を見すれと
旅は神さびる月日をあたらしくすると
錆びたり消失していくものに
別れのあいさつするのも旅回りの礼儀だと
消息は求心的な言葉で綴られてくる
衝撃的な突然の旅とは
モネの絵のようなたたずまいに自分を殺すことだと
有りのままは絵にはならない
旅の情景はすべての旅人に同じように作用されない
死んでこの太平を得るのは吾輩は猫のたぐいである
生きてこの太平を得るのは旅人の権利である
当節はどこでも旅ののりものがつながっている
地底へ
さらば地底へと温泉の旅もよいとか
先輩の次の消息
辻風とともに待たれる

 黄泉へ旅立った人、南極観測に携わる人、それぞれの「消息」が5編収められています。ここでは最後の「第五の詩話」を紹介してみました。それまでの4つの詩話の総まとめのように思います。「よく歩く先輩の消息は遺言のように厳しい」、「有りのままは絵にはならない」などに詩語に魅了されます。特に「有りのままは絵にはならない」は有りのままは詩にはならない≠ニ読み替えられるように思います。有りのままを見て、そこから何を感ずるかが絵であり詩なのでしょう。勉強させていただきました。



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