きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2007.10.15 箱根・湿生花園のコウホネ




2007.11.8(木)


 夕方から表参道のNHK青山荘で「フラメンコと朗読の夕べ」が開かれました。スペインの『ロルカと二七年世代の詩人たち』という翻訳書の出版を記念したもので、主催は詩と思想編集委員会。80人を超える人たちが狭い会場を埋め尽くしました。私は当初欠席の予定でしたが、何人か誘って出席せよ、ついでに写真も撮れ、ということでしたので急遽出席。私の急な誘いに乗ってくれた方にも感謝!です。

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 写真はまさにフラメンコと朗読。いやぁ、迫力がありましたね。参加して良かったですよ。まじめにフラメンコを観たのは初めてではないかと思います。写真のように高い舞台ではありませんから、間近です。私は写真を撮るという名目がありましたから、特に近寄って鑑賞できました。役得、役得(^^;

 後日、写真も添えたルポを書け、ということになって、詳しくは『詩と思想』1・2月合併号に書きました。12月末発売のようですから、お買い求めの上ご覧いただければうれしいです。



富田和夫氏詩集『アウシュヴッツの雨』
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2007.10.30 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
 T
ひまわりの咲く頃 8            鏡 12
夢 14                   鮪の唄 16
夜行列車に乗って 20            ヤドカリとイソギンチャク 24
道草 28                  雪渓 30
北西風
(なれえ)に揉(も)まれて 32        鮟鱇の苦言 34
 U
ニューオーリンズの十七年蝉 38       海の見えるパブ 42
ナイアガラの滝を訪れて 44         イスタンブールにて 48
シルケジ駅の古時計 50           アイリシュポテト 52
ロンドンの花市 54             アイスランドの疾風雨
(ロックあめ) 58
鮭帰る 62                 繕う女 66
ファド 70                 黒い鰯 74
マン島の鉄道馬車
(ホーストラム) 78.       蟻塚 82
夜明けを告げる 86             赤い河 90
プラハにて 94               アウシュヴイッツの雨 98
初出一覧 102
あとがき 104
.               装画 富田和夫



 アウシュヴィッツ
*1の雨

びしょびしょと 降りしきる雨
有刺鉄線の柵壁に まとわりつく

風雨に晒され 泥濘
(ぬかるみ)に佇む 強制収容所
汗と血で働かされ 生命を刻んだ 廃線跡
ただ 聞こえるのは 啾啾
(しゅうしゅう)とたたく 雨音のみ

アウシュヴイッツ アウシュヴイッツ
「額に汗して 額に汗して」と雨は 頬を濡らす

「労働すれば 自由になれる
*2」と励ました
ゲートの刻字 心地よい言葉 耳痛く聞える

アシュヴイッツ アシュヴイッツ
「灰の塊
(かけら) 遺骨の山」と雨垂れは 地に反響(こだま)する
墓標のように林立する 死体焼却炉の
焼けただれた形姿
(すがた) おもわず 目をおおう

ノーモア ノーモア アシュビッツ
もう 二度とあってはならぬ と弔鐘を鳴らす
なにもかも 洗い流せるものならば
ずぶ濡れになってもいい
雨脚は 横なぐり 肌に沁みる

雨に したたか 打たれている タンポポ
雨が上がり すっきり 晴れれば
花咲かせ はじける綿毛 風に乗り
茨線越え 飛び立っていくだろう

 *1 アウシュヴイッツ(Auschwitz)は、ポーランド南部の都市、オシフィエンチムのドイツ語名で、Aus Schwitze「汗をかいていることから、汗して」の縮約語。アシュビッツ(Ashes bits)は「灰の塊、遺骨の山」の意。
 *2 強制収容所の入口にドイツ語で、
ARBEIT MACHT FREI(労働すれば自由になれる)と掲げてあるのは痛烈なアイロニーである。

 6年ぶりの詩集だそうです。ここでは詩集の巻末に置かれたタイトルポエムを紹介してみました。「アウシュヴイッツ」と「アシュヴイッツ」を対応させて書かれた作品は、おそらく初めてではないかと思います。最終連の「タンポポ」は再生への願いであり、詩情性を高める上でも効果的だと感じました。
 本詩集中の巻頭作
「ひまわりの咲く頃」「ロンドンの花市」は、すでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて富田和夫詩の世界をご鑑賞いただければと思います。



山岸哲夫氏詩集『かもめ(Чайка)
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2007.10.30 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
第一部 かもめ
(Чайка)
二都物語 10                台風の日に 14
水平線 16                 罪と罰 18
『復活』を観る
(CINEMA) 20.       チャイカ(Чайка) 24
夜祭り 28                 白い人 32
回廊(ガレリア) 34             合併 36
お堀のさくらも咲く頃 38          女王様と騎士 40
砂の城 44                 王宮参る 46
白金の
campus 50.             bush 52
第二部 海と兵隊
海と兵隊 58                ザ・ガイドライン 60
風のように 64               変化 66
一丁目あたり 68              馬喰 70
牛の鼻取り 72               外浦の祭り 74
娘が馬小屋のベッドヘ生還した日 78     ミレニアムのぼろ船 82
池の畔の店 84
.              『墨東綺譚』の台詞 86
平城山(うたのこころ) 88
跋 辻元よしふみ 90            あとがき 93
表紙題字 早乙女貢
写真 著者



 ミレニアムのぼろ船

丸裸で
来てくれと言われても
借金まみれの今にも沈みそうな
ちっぽけな会社では
有名な今の所でのうのうと

ろくな出世も出来ぬまま
禄を食ませてもらったが
束の間の二十六年
(自分の顔に責任を持てるどころではない)
バブルに踊らされ、住宅ローンや他の心配もあるにはあるが
(むざむざと)志半ばにして超高層で討ち死にするも口惜しく
死んだ仲間やリタイヤしていった連中のことを思うと
一発奮起を、
事務所へ上げられて辞めた人
自らの血管破裂の予告をして本当に逝った人
朝の電車に乗る度目まいがして出社不可能に陥った同僚
鳴かず飛ばずで終わった者は少なくないのだ
(はてさて)当の私自身はどうすべきか?
ミレニアムのぼろ船を乗り換えるにも決断がいる
移るも地獄、留まるも地獄

 第一部では著者の詩的純粋さを、第二部では社会の中での著者の位置を描いた詩集と云ってよいでしょう。ここでは第二部から「ミレニアムのぼろ船」を紹介してみました。「移るも地獄、留まるも地獄」のサラリーマン生活が凝縮されていると思います。私自身も長いサラリーマンの経験がありますから、「鳴かず飛ばずで終わった者は少なくないのだ」というフレーズは実感です。子供の頃は、四十になったら「自分の顔に責任を持て」と言われてものですが、それもままならなくなった現代を描いた作品だと思いました。
 なお、目次の『墨東綺譚』の墨にはサンズイが付きますが、表記できないので略してあります。ご了承ください。



詩歌誌『ゆりかもめ』11号
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2007.11.23 埼玉県坂戸市
夏の会・山岸哲夫氏発行  400円

<目次>
ハエとビフテキ…辻元よしふみ 2      告天子…小林久美子 6
風に色を見た日…酒向明美 7        わたしの後に延びゆく道…酒向明美 9
スタッカート…山吹明日香 11        落とし穴…高橋和彦 13
コブクロ…高橋和彦 15           現場/溝の口…山本聖子 17
いまにわたしは…山本聖子 19        不便な部屋…桐野かおる 21
田楊…山岸哲夫 23             クライシスж痰…山岸哲夫 24
炎帝…山岸哲夫 25
あとがき



 風に色を見た日/酒向明美

花の下で
ふたりの老女が語らっている
ひとりは後ろ向き
もうひとりは横向きに行儀正しく座って
つつましくおだやかに

わたしは立ち止まって
桜の爛漫を眺め
見るとはなしにふたりを見ている
こんなに近くにいても
声さえ漏れてはこず

そこだけが
次元をたがえたようにも
あたりにすっかり
溶け込んでいるようにも見え
ふたりの時間は
光におおわれ
もう誰からも侵されない

そう
今を盛りの花だけが
輝いているとは限らない
美しさとは
風景になっていくことなのだ

折からの風に
ぱっと出立する花
今わたしはこの世のふちで
枝から離れて着地するまでの
花びらの
億万の旅に立ち合っている

その色を風に見た日

歩きかけたわたしのてのひらに
受けようともしていなかった
一片の花びらが
舞い込んでくる

 「ふたりの老女」と第4連の「今を盛りの花だけが/輝いているとは限らない」という対比が見事だと思います。続く「美しさとは/風景になっていくことなのだ」というフレーズで、本当の美とは何かを気づかされます。「枝から離れて着地するまでの/花びら」の「その色を風に見た日」という詩語も佳いですね。タイトルも含めて作者の繊細な感性が表出している作品だと思いました。



詩誌『るなりあ』19号
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2007.10.15 神奈川県相模原市
荻悦子氏ほか発行  300円

<目次>
鈴木正枝 記憶の条件 1   * 護るために 3
氏家篤子 白いシャツの日 5 * 夏の夜道 7
荻 悦子 スケール 9    * 土地の名 11
あとがき



 夏の夜道/氏家篤子

とにかく歩きましょう
ということになって
歩き出して
道幅いっぱいになりながら歩いている
待つバスはおろか
車もまったく来る気配がない
夜道には
ぼってりと昼間のほとぼりがたちこめていて
街路灯の赤みをおびた光の中の
木も草も
息をひそめている
おたがいの距離をはかる必要もない
解き放たれたように
おたがいそれとわかるありようで
灯の中にあるものに浸るように歩いている
その先は行ってみなければわからない
行ってみましょう
道なりに
そう 道なりに
夜道もろとも解けて
真昼間の
あれは誰だろう
黒いアゲハチョウが
鮮やかな時間を
出たり入ったりして

 「ぼってりと昼間のほとぼりがたちこめていて」、「灯の中にあるものに浸るように歩いている」というフレーズにまず魅かれました。夏の夜の、ちょっと気だるい感じが出ていると思います。作品の舞台は「夏の夜道」。何人いるのか、どんな夜道なのか判りませんが、そんな具体的なことを突き抜けたものを感じます。特に最終部分の「黒いアゲハチョウが/鮮やかな時間を/出たり入ったりして」が幻想的な感じもあって良いですね。




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